第10話 15年振りの街②
「……これって誰が建てさせたの?」
私が発した疑問に、エミルは端正な顔立ちを
露骨に嫌そうな様子で口を開く。
「師匠もよく知っている方ですよ。現国王陛下……、いえ師匠にもわかるように言えば、あなたの元婚約者だったあの方です」
「えええええ……」
エミルの口から出てきた思いもよらぬ相手に、私まで眉間にしわを寄せてしまった。
私の元婚約者ということは、アルフォンス王太子殿下ということか。当時王太子だった忌まわしき私の婚約者。どうやら順当に国王になっているらしい。
「あれだけ師匠に嫌な思いをさせておいて、後々になってから崇めるとは本当に図々しい……」
小声で王族相手への発言としてはふさわしくない言葉をエミルがぶつくさ呟いているが、意味はよく理解できなかった。
崇める?
長年放置された挙句浮気されるほど不仲だったのに(なんなら別れ方さえも最悪)、わざわざ私の像を建てさせるとは思わなかった。国民の手前、さすがに国を救った英雄相手にずさんな対応はできなかったというだろうか。
そもそも、良く考えればここは王都だ。王都の広場に石像を建てるには、どんな意図があれど国王の許可は必要不可欠だろう。
「ああ、そうだ。一つ伝え忘れていました」
「なに?」
何かを思い出したらしいエミルに、私は視線を向けた。
「あなたは15年前に世界を救った英雄ですが、表向きは亡くなったことになっています」
「……そっか」
私だって、15年前のあの日に死んだとばかり思っていた。だから世間からも死んだと思われているのはある意味当然と言えば当然だ。
驚きはない。
なんならむしろ、肩の荷が下りた様な心地がした。
「15年前のあの日からずっと、僕が師匠を隠して魔力を与え続けていましたので、あなたの存在を知るものは僕ともう一人以外はおりません」
――もう一人?
それについてはよく分からないが……。
私は生まれた時からずっと、歴代最強の魔力をもつ魔女として生きてきた。
魔女一族の悲願であった黒の厄災を討ち滅ぼすことを期待され、人間からは足枷のように王太子の婚約者としての役割に当てはめられた。
だけれどそんなリラ・オルデンベルクは過去の英雄で、私はもう国一番の魔女じゃない。
そのことは、私に悲しみではなく、喜びを与えたのだ。
「じゃあこれからは自由に生きられるわね! エミルのおかげだわ」
晴れやかな気分で告げた私に、エミルはぱちぱちと目を瞬かせた。
きっと
いくら育ての親とはいえ、世間では英雄と呼ばれる仮死状態の女を隠し続け、挙句の果てに15年もかけて生き返らせた。
だけれど、私はそんな彼の師匠だ。
彼の思考をおかしいと思わない程度には、私だって狂っている。
「……僕は、師匠のそういう考え方が好きです」
「ふふん。もっと褒めてくれていいのよ?」
そんなにおだてないで欲しい。私は調子に乗りやすい性格なのだ。自覚はしているが、自重できるかは怪しいのだから。
得意げに胸をそらした私の手を、エミルはそっとすくい上げた。
「ッ!?」
私の指先が、エミルの口元まで持っていかれる。
唇が触れるか触れないかの距離。指先にエミルの吐息がかかってくすぐったい。
――いや、ここ、街中!!
人目を引くエミルの容姿のせいか、広場にいた何人かの女性が、遠巻きにうっとりとこちら(主にエミル)を見つめているのがわかる。
だけれど、私はエミルの手を振り解けなかった。
エミルが幸せそうに微笑んでいたから。
「僕は、師匠のことが大好きです。あなたとまたこうして話せて幸せだ」
どうしよう。エミルから目が離せない。
昔から数え切れないほど「大好きです」とエミルは伝えてくれた。
かつてと同じ言葉。成長したとはいえ、発している人も同じだ。
それなのに、今は違う意味が込められているように感じてしまう。
何か言葉を返さなくてはと思うのに、口の中が乾いて上手く声を出せない。
「エミル――」
私がどうにかエミルの名前を口にしたその時、
「エミル……。しばらく姿を見せないと思ったらこんな街中でいちゃつきやがって。俺への当て付けか?」
「……っ!?」
背後から低く落ち着いた男性の声が聞こえてきて、私はびくりと肩をはね上げた。
慌ててエミルに掴まれていた手を引っこ抜く。
振り返った先にいたのは、丸メガネをかけた白衣姿の男性だった。
――な、なに、この人……。
一言で言うなら胡散臭い、という言葉が一番似合うだろう。
ツーブロックに短く整えられた銀灰色の髪と、気だるそうな雰囲気の割に鋭い光を放つ琥珀の瞳。
その男は、片方の手で中途半端に伸びたあご髭をさすりながら、反対の手を白衣のポケットに手を突っ込んでこちらに近づいてきた。
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