第9話 15年振りの街①
あの後エミルは、1着のワンピースを渡してくれた。ベージュのワンピースに太いベルトがついていてかわいらしい。この国ではよく見かける民族的な衣装だ。
「可愛いわね。ありがとう」
そう言った受け取ると、エミルは口元をゆるめた。どことなく嬉しそうだ。
「師匠のためにつくったので、気に入っていただけて嬉しいです」
「……作った?」
まさかとは思うがこのワンピース、エミルが作ったの言うのか。
信じられない思いでエミルを見返すと、エミルはこくりと頷いた。
「はい。練習用として作ったんですが、師匠のお気に召したなら、もっと作りますね!」
「…………はは」
ありがたいけれど、純粋に喜んでいいのだろうか。
私は複雑な気持ちで、から笑いを浮かべるしか無かった。
◇◇◇◇◇◇
「とりあえず、今日は無理せずに少しだけ歩きましょうか」
エミルはそう言って、玄関の扉を開けてくれる。
「わ……」
外に出ると、澄んだ空気と明るい日差しがそこにあった。
黒の厄災も、魔物も、世界を
街の通りを行き交う人々は、皆楽しそうに笑っている。
私はその光景に、思わず玄関を出て直ぐに立ち止まってしまった。
――ああ、15年前とは違うんだ。
燃える家々。人々の悲鳴。いなくなっていく魔女たち。
私の記憶に残る最後の景色は、凄惨なものだ。
「随分と平和になったのね」
街の様子にほっとすると同時、私はどこか他人事な気分だった。
「そうですね。すべては、あなたのおかげです」
エミルは微笑みを浮かべてそう言うが、あまり嬉しそうではなかった。どうしてだろう。街へと向けられるエミルの視線が、どことなく冷たい気がする。
――でも、私のおかげ、か……。
確かにエミルの言う通り、この平和の一端は私が担っているものなのだろう。
長年人々を悩ませていた黒の厄災を倒したのは結果的に私なのだから。
だけれど、私個人としては今ひとつ実感が湧かないというのが正直なところだった。
「……この平和は、師匠の15年という時間を代償に成り立っているものだ」
街を眺め、エミルは小さく吐き捨てる。
その声には、どこか
「そういえば、ここってどこなの?」
つらそうなエミルの表情を見ていられなくて、私は意図的に話をそらす。
今更と言えば今更な質問だ。
だが、こうして外に出て街を歩いてみて、15年という年月が経っているせいもあるのだろうが、街並みに見覚えが無さすぎた。
少なくとも、私が住んでいた王都辺境の村ではないだろう。
「ここは王都セレンディアになります。師匠と過ごしたリンドベリーにいてもよかったんですが、少々事情がありまして……」
「ふぅん?」
あれから15年だ。どうしても子ども扱いしてしまいそうになるが、もうエミルは子どもではない。エミルにもエミルの事情というものがあるのだろう。
しかし、それにしても王都か……。
私は改めて周囲の景色を見渡した。
最後に王都へ来たのはいつだっただろうか。辺境の村へ移り住む前だから、少なくとも今から20年近く前になる。
それだけの時間が経っていれば、当時とは随分と街並みが変わっているのも納得だ。
「……あ、ほら見てください。師匠の功績を讃える像が立てられたんですよ」
「ん?」
エミルの声に、私は顔を上げる。
どうやら歩いているうちに、広場のような場所にたどり着いたらしい。
エミルが示すほうを見上げれば、広場の中央に
「……うわ」
石像の顔をしげしげと眺めて、私は思わず顔をしかめてしまう。
緩い癖のあるロングの髪型。あまり肉付きの良くない細めの体。多少顔立ちは美化されているが、明らかに石像のモデルは私だ。
「なにこれ……」
「あなたは世界を救った英雄ですからね。当然です」
そう言うエミルはどこか誇らしげだった。
平和の代償に私の時間が失われたことは悔しいが、私が世界を救ったことは弟子として誇らしいことらしい。
――世界を救った、か……。
石像を見ても、やはり実感は湧かないのだ。
私が世界を救っただなんて。
しかしまぁ、この石像の私はかなり美化されている気がする。
本物よりも美女すぎる。鼻筋はシュッとしているし、胸も大きい……。正直羨ま――なんでもない。
こんなもの、一体誰が建てさせたのだろうか。
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