第8話 変わっていないところ


 朝食後。

 私はエミルによって、こんこんと説教されていた。


「師匠。この15年間、僕がどれほど心配し続けていたかお分かりですか? しばらく安静にしてください」


 エミルは腕を組んで、椅子に座る私を見下ろしている。

 完全に、説教する体勢だ。この体勢で昔もよくエミルから説教されたものだ。主に駄目男に引っかかった時だが……。

 こういうところは、幼い頃から全く変わっていない。私を諭そうとする時の姿勢だ……。


 ――なんでこんなことに。


 朝食を食べたあと、私はエミルに「外に出てみたい」と切り出した。

 だが、今現在、エミルから猛反対を受けて説教を受けていた。

 エミルが心配性なのは昔からだが、心なしか悪化しているような気がしてならない。


「大体、あなたの魔力は回復しきってはいないんですからね? 分かっています?」


「……分かっているわよ」

 

 小言のようなことを繰り返すエミルに、私は苦笑してしまった。

 確かに彼の言うとおり、15年前と比べて私の魔力が不安定なことは、私自身分かっている。


 魔女にとって魔力とは、生きていくために必要不可欠な身体の構成要素の一つだ。

 普通の人間で言うところの、水分のようなもの。なくてはならないものだ。

 それが抜け落ちて一度仮死状態になった私に、上から無理やり魔力をかけて生き返らせた状態が今の私だ。

 通常であれば、魔力は私自身が体内で生成できる。だが、どうにもまだ不調らしく、15年前よりも魔力の生成が遅い。


「今は、15年間かけ続けた僕の魔力で動けているようなものなんですからね」


「う……」


 正論すぎてぐうの音も出ない。

 エミルの言う通り、私の魔力量は最盛期の10分の1以下。

 それなのに動けているのは、エミルの魔力が私の内にあるからに他ならない。

 かつては国一番の魔女と謳われたはずなのに情けないことだ。


「僕は、もう二度とあなたを失いたくないんですよ」


「……」


 そんな悲しげで切なげな、憂いを帯びた表情で言われたら、こちらが負けてしまいそうになる。姿がどんなに大人へと変わろうとも、私はエミルに弱いらしい。

 だけれど、やはり15年後の世界とやらがどうなっているのか気になるのだ。


「ど、どうせほら、エミルがついてきてくれるでしょ?」


 どうにか弟子をいいくるめたい私は、必死に言葉を探す。

 そもそも頭のいいエミルに言葉で勝とうとしてはダメだ。情に訴えてかけてどうにかするしかない。


「それはもちろんですけど……」


 ――これは、もう一押しで行ける気がする。


 エミルの表情が一瞬弱まったのを見て、私は確信した。

 結局のところ、私がエミルに弱いのと同様に、エミルだって私に弱いのだ。

 その辺は変わっていないようで安心する。


「ほ、ほら、エミルが昔好きだった、人食いベリーのケーキ作ってあげるから!」


「……!」


 私の言葉に、エミルが青い瞳をきらりと輝かせた。

 

 恐ろしい名称をもっているが、人食いベリーとは野生ベリーの一種だ。森の奥深くにしか自生していないため、採りに行った人間が帰ってこられないことが多かった。そのためこんな妙な名前をつけられてしまったのだ。なお、味は名称からは信じられないくらい甘く、美味だ。

 エミルが幼い頃は、人食いベリーで作ったケーキが大好物だった。よく、一緒に森へベリーを摘みに行ってはケーキを作ってあげたものだ。


「し、仕方が無いですね……」


 エミルはふいと視線を逸らした。ほんの少し頬が赤いような気がして可愛らしい。昔もよく、彼はこんな反応をしていた。


 ――……やっぱり、私の可愛いエミルだわ。


 不意にこういう可愛い一面を見せてくるから、どんなに小生意気でも憎めないのだ。

 

「じゃあ、一つ予告しておきます。あなたの様子に違和感が生じたら、即刻連れ帰ります。いいですね」


「はぁい」


 どうにか外に出られる許可を得られた私は、機嫌よく返事をする。


 そうして私はエミルとともに、15年振りの外へ出かけることになったのだった。


 

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