第7話 弟子にドキドキとかありえない


 カタカタカタカタ……。

 軽快に針が進む音が聞こえる。


 ――うう……この音は……。


 昨日見てしまった、金髪碧眼美青年が鼻歌混じりにミシンをカタカタ言わせている衝撃的な光景を思い出して、反射的に私は眉をしかめてしまう。

 うっすらと目を開けるとそこには……。


「すみません。起こしてしまいましたか?」


 想像した通り、足踏みミシンをカタカタさせてウェディングドレスを縫う我が弟子の姿があった。

 エミルのこの姿を見るのは二度目になるが、やはりインパクトが強すぎる。


「お、おはよう」


 正直予想が外れていて欲しかったと思いながら体を起こすと、エミルは手を止めてにこりと微笑んだ。


「おはようございます。師匠」


 エミルの手にある、純白の布地。

 進捗は、素人がパッと見たところ半分といったところだろうか。

 昨日は気づかなかったが、こじんまりとした簡素な部屋の部屋の隅にはトルソーが置かれていた。そこには、既に縫われているであろう見頃が掛けられている。

 

「……ねぇそれって、もしかしてだけど――」


「はい?」


 私は無意識のうちにエミルに問いかけてしまっていた。

 ふと、昨夜夢で思い出した、かつてのエミルとの会話が私の脳裏に過ぎったのだ。



『僕が必ず、師匠に綺麗なドレスを着せてみせます』



 もしかして、あの時の言葉を覚えていて、私のために作っているのではなかろうかと。


 ――そんなまさか、ね……?

 

 当時エミルは6歳。

 賢い子だが、覚えているかどうかは怪しい。

 昨日「好きです」と告白されたような気がしないでもないが、まさか15年前の口約束にも満たないものを実行しているわけではあるまい。


「……ううん、なんでもない」


 私は、喉まででかかった問いかける言葉を引っ込めることにした。

 さすがにそれは自意識過剰というものだろう。違っていたら恥ずかしい。

 エミルは不思議そうに首を傾げている。だが、追求してはこなかった。


 ――それに……どうして魔法を使わないんだろう。


 魔法でドレスを縫い上げることくらい簡単なことだ。

 今の私の魔力量でできるかは怪しいが、似たような依頼を過去に村の人から受けたことがあった。ドレスの制作を手伝って欲しいと。

 

 見る限り、エミルの魔力は最盛期の私を超えている。

 できないわけではないだろう。


「朝食でも食べますか?」


「あ、うん。今日は私も手伝うわ」


 私の中に浮かんだ疑問は、エミルに話しかけられて掻き消えていった。

 立ち上がったエミルに続いて、私もベッドから降りる。

 この部屋から出るのは初めてだ。


「そういえば、ここってエミルの家?」


「そうですよ。小さいですけどね」

 

 短い廊下を歩きながら尋ねると、エミルからはそんな答えが返ってきた。

 ああ、我が弟子は家を構えられるようになったのか。一つ一つのことに、弟子の成長を感じて感動してしまう。


 エミルは私に気づかってか、昨日と同様に簡単ではあるが消化に優しいものを用意してくれた。

 私もテーブルや食器の用意を手伝う。

 

 正直、体に不調はないし、そこまで気にしなくても食べられる気はする。だが、エミルの心遣いを無にするのは失礼な気がしたので大人しく食べることにした。


 粥を口に運びながら、私は目の前に座るエミルをチラリと盗み見た。

 幼い頃から整った顔立ちをしているとは思っていたが、成長したその姿は想像以上に美青年だと改めて思う。

 イケメンは、粥を食べる姿すらイケメンだ。


「師匠? どうしました?」


 声をかけられてハッとする。

 私は、おかしい。弟子に視線を奪われるなんて。

 15年の眠りで、どこか狂ってしまったのかもしれない。


「あ、ご、ごめん。ぼーっとしていたわ」


 私は誤魔化すように笑顔を取り繕うと、スプーンを握り直した。

 確かに私は、エミルの可愛さに昔からメロメロだった自覚はある。

 だけれど、今のエミルに可愛いなんて言葉似合わない。


 中性的だが、かっこよくて美しい男の人だ。

 見惚れるなんて、おかしい。……いや、おかしくは無いのか? 彼が私の育てた弟子でなければ。


「……師匠」


 呼ばれて目線を上げる。

 ちょうど、スプーンを置いたエミルが私に向かって手を伸ばしてきていた。

 

「……へっ!?」


 驚くと同時、エミルの長い指先が私の頬に触れる。


 ――え、なになになに!?


 肉の薄いエミルの指が私の口元に当てられて、思わずドキリと心臓がはねた。

 婚約者がいたことはあるし、揃いも揃って駄目男ばかりだったが恋人(?)もいたことはある。

 だが、なんだかんだ男性に口元を触れられたことなど初めてで、どうしても動揺してしまった。相手はエミルだというのに、無条件で鼓動が早くなっていく。


「……っ」


「……師匠」


 目の前の真剣な青い瞳に耐えられなくて、私がギュッと目を瞑ったその時。


「……口元に粥がついていますよ。相変わらずそそっかしいなぁ」


 ――そういうことね! ドキドキした私が馬鹿だったわ! だいたい弟子にドキドキしてどうするのよ!


 エミルはくすくすと笑いながら、私の口元を指先で撫でた。指先はすっと離れていく。

 口元についた粥を拭ってくれたようで、エミルはぺろりと指先をなめた。

 その仕草がまたなんとも色っぽくて、どぎまぎしてしまう。

 

 バレてしまわないようにと、私は慌てて下を向いて粥を食べるふりをした。


 

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