第6話 魔女の過去②


「私という婚約者がありながら、どこの馬ともしれない男と子どもをこさえたのか!」


 見当違いもはなはだしい。

 そもそも長年婚約者の状態で会いもせず放置されているのはこちらだと言うのに、何故怒鳴られ責められなければならないのか。


「私への嫌がらせか!? 魔女の分際で!」


 王太子殿下は赤茶の髪をイライラとかきむしっている。いつもは偉そうにつんと澄ました顔をしているくせに珍しいと思った。


 王太子殿下の大声に、エミルが怯えて私の背中に隠れた。

 私はエミルを隠すように前に立つ。

 

「違います。この子は私の弟子で――」


 親のいない拾った子どもだとは、エミル本人の目の前で口にしたくなかった。

 たとえ事実としてはそうであっても、エミルは既に私の大切な弟子だ。万が一にも傷つけたくは無い。

 

「やかましい!」


 だが、王太子殿下は私の言葉を一蹴いっしゅうすると冷たい目で私を睨み据えた。


「――お前との婚約の話はなしだ。金輪際こんりんざい、私の前に姿を現すな」


 14歳の頃に婚約した王太子殿下と、21歳にして今さらにして婚約破棄。


 周囲に勝手に決められた、愛も何も無い婚約だった。

 元から仲もよくなく、いつかはそうなるだろうとは思ってはいた。

 だがその出来事は、それなり以上のショックを私に与えた。

 

 王太子殿下との婚約が破棄されたことがきっかけとなって、やけになった私は恋人を探し始めた。

 単純に寂しかったし、慣れない子育てや突然自分が師匠になったことへの責任でストレスが溜まっていたのだと思う。

 

 しかし、私が引っかかった男は一人残らず見事な駄目男で、その度にエミルにため息をつかれる羽目になった。


「……師匠、どうしてそんなに変な男の人とばかり仲良くなれるんですか?」


「こっちが聞きたいわよ……」


 幼いエミルから哀れみの視線を向けられると、余計虚しくなる。

 私は、エミルが入れてくれた紅茶を行儀悪くかっ食らった。

 やけ酒ならぬ、やけ紅茶だ。


「あーあ、私だって幸せな結婚式したかった……」


 両腕を投げ出して顔をテーブルに押し付ける。

 結婚式は、やはりいつの時代であっても女性の憧れだ。人とは少々異なる魔女とて、例外では無い。

 純白のウェディングドレスを着て、みなに祝福される。永遠に誰かと愛し、愛されることを誓う。

 そのことにどうしても憧れはある。


「けっこんしき……?」


 ボヤいた私の言葉が耳慣れなかったのか、エミルは首を捻っていた。


「ああ、エミルは見たことないっけ。一番仲のいい人と、綺麗なドレスやタキシードを着てずっと一緒にいることを誓うのよ」


「仲のいい……。ずっと、一緒……」

 

 私がそう教えると、エミルはなにやら口の中で反芻はんすうしていた。

 うつむいて考えている仕草もまた可愛らしい。


 エミルと共に過ごして早6年。私は弟子の可愛さにメロメロだった。


「じゃあ、僕と結婚してください」


 真剣な顔でこちらを見つめてきたエミルに、私は一瞬面食らう。

 

「ええ……? エミルが結婚できる頃には私おばさんよ?」


 この国での結婚可能年齢は男女共に16歳。

 エミルからすれば10年後。私はその時、31歳。彼から見たらきっとおばさんだ。


「大丈夫です。僕が必ず、師匠に綺麗なドレスを着せてみせます」


 年の差は15もある。どう考えても現実的では無い。

 幼い子どものたわいない発言だろう。

 よくあるあれだ。お父さん、もしくはお母さんと結婚する、と子どもが無邪気に言うような。

 

「あはは。期待しているわ」


 そう思った私は、エミルの言葉に笑って答えた。

 きっと大人になった彼は、今日の出来事など忘れているだろう。

 そして、エミルにふさわしい可愛らしい女の子を連れてきて「この人と結婚します」と報告してくるのだ。

 

 ――ああ、考えただけで泣きそう……。


 そのときは、厄介な姑にだけはならないようにしないといけない。


 このとき私は、予想すらしていなかったのだ。

 というか、誰が予想できるだろう。

 15年後に我が愛弟子が、本当に私用のウェディングドレスをカタカタとミシンで縫っているところを目撃することになるなんて。


 

 

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