第5話 魔女の過去①


 その夜、私は夢を見た。

 昔の夢だ。



 当時、魔力を持つ人間は、普通の人間たちの中に紛れ生活していた。

 さらに過去を遡ると、魔女が迫害されていた時代もある。だがその時代は過ぎ去り、魔女・魔法使いは便利なもの、そして黒の厄災に立ち向かえる唯一の存在として受け入れられつつあったのである。

 

 かくいう私も、村に溶け込み暮らしていた。

 魔法を使った一種の便利屋のような仕事をしていて、その日も村の人からの依頼を受けた帰り道だった。


 森を抜け、村に入る。遠くに見える家には点々とあかりが点っていた。


 王都辺境にある小さな村、リンドベリー。

 この村には、外れものの魔女であった私にも優しくしてくれる人ばかりが住んでいた。


 ――私も早く帰って夕飯を食べよう。


 私は急ぎ足で中央広場へと足を踏み入れた。

 真ん中には村長の石像がたっていて、季節に一度は祭りが開かれている。昼間であれば、多くの人が行き交うその広場は、夕暮れ時の今は人っ子一人いない。


 いつもなら、何も思わず通り過ぎる中央広場。

 だが、不意に視線をやった石像の下に目を奪われて、私は足を止めてしまった。

 

 一人の赤子が捨て置かれていたのだ。

 金の髪が美しい赤ん坊だ。

 

 弱っているのか、上手く泣けもしないその子に、私は心を奪われてしまった。

 その必死な様子に、だけでは無い。

 赤子のうちに微かに宿る魔力が、やたら美しいと思った。

 魔力を持つもの同士であれば、互いの魔力の大きさは分かる。


 その赤子に眠る魔力は、魔女一族の中で歴代最強だと言われた私以上だと思った。

 

 ――この子は、助けないと。

 

 私はすぐに赤子を抱き抱えて、村中の家々をまわった。

 この子を捨てた親が、もしかしたら村の住人にいるかもしれないと思ったからだ。

 しかし、赤子の両親は見つかることなく、小さなこの村の住民は基本的に自分の生活で手一杯だった。エミルが孤児院へ連れていかれそうになったそのとき、私は思わず引き止めてしまった。


「私が育てます……!」


 当時私は15歳。一族から離れて、王都辺境にあるこの村に住み始めてしばらくが経った頃だった。

 不安げに見つめる村人たちを、私は必死で説得した。


 この子には魔力があること。

 この力を育てることは、国のためにもなるのだということ。


 それっぽい理由を並べ立てたが、私の本心は少し違っていた。


 ――この、美しい子の成長を見てみたい。


 そんなワガママな想いを抱いていたのである。


 それからの日々は、あっという間だった。

 村人たちに手伝ってもらいながら、慣れない子育てに奮闘ふんとうした。

 ある程度エミルが成長してからは、全く手のかからない不思議な子どもに育ったが、それまでが大変だったのである。


 

 エミルが5歳になったある日。

 長年私を放置していた婚約者のアルフォンス王太子殿下が、珍しくも村にやってきた。

 私は、これでも国一番の魔女だったので、この国に縛り逃げられないようにするためか、国王陛下によって王太子殿下を婚約者に当てられていたのである。

 しかし、当の王太子殿下と私の関係は最悪で、彼がどこぞの公爵令嬢と恋仲であることは、私のみならず誰もが知っている周知の事実であった。

 

 私が王城すぐそばの王都ではなく辺境の村に住んでいたのは、口さがない噂から逃れるためだ。

 王族お膝元である王都では、どうしても王太子の話は耳に入ってくる。当然、その恋人である公爵令嬢の話も。

 その二人の話になれば、どうあがいても婚約者である私も話にあがるというものだ。そんな話をしょっちゅう耳にするのはしんどいものがあった。

 

 王太子殿下は、村に住む私のことなど目もくれず、王城に立ち入ることも許さなかった。

 だから私も、王太子殿下のことなど放置していたのだ。

 

「なんだ、その子どもは!」


 それなのに、突然村にやってきた王太子殿下は、エミルを見るなり緑の瞳を釣り上げて声を荒らげた。

 

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