第4話 魔女は頭が痛い
「エミル……。私はあなたより15も歳上なのよ? 分かってるの?」
私はエミルを諭すように静かに言った。
彼からすれば、私は師匠であり育ての親のはずだ。
この愛弟子は、一体どこまで本気で言っているのだろう。
――なまじ、冗談には聞こえないのよねぇええ……。
そもそもエミルは、幼い頃から真面目で理知的な賢い子どもだった。
成長した今の姿からも、その印象は大して変わらない。
向けられる瞳の真剣さといい、言葉の重みといい、冗談を言っているように思えないのがまた怖い。
いや、仮にすべてが冗談なのにウェディングドレスを仕立てているのであれば、それはそれですごいけれども。
「見た目の話でしたら、あなたは15年前から何も変わっていませんよ」
エミルはそういうと、近くにあったサイドボードの引き出しから手鏡を取りだした。「ほら」といって鏡面を私に向けてくる。
「仮死状態だったせいか、あなたの成長は15年前に止まったままです」
エミルの言葉通り、鏡に映る私は15年前と何一つ変わっていないようだった。
癖の強い赤毛の髪に、薄紫の瞳。歳を重ねるごとに現れるであろう、シワもシミもたるみもさして見当たらない。
本来であれば36であるはずの私は、21のあの日に心も体も成長が止まってしまっていた。
……若々しいままである意味助かった。
眠っている間に36まで体が成長(……老化?)してしまっていたら、きっとそれなりにショックを受けていたに違いない。
「そういう問題じゃないわ」
だけれど、成長が止まっていれば良いという話ではないのだ。
私にとってエミルは、可愛い愛弟子だ。
腹を痛めて産んだわけではないが、我が子のような存在。
そんな相手を今さら恋愛対象として、見られるわけが無い。
私はエミルの姿を改めて見返す。
かつての面影はあれど、どこからどう見ても21歳の青年だ。
王子様のような儚い見た目で、老若男女問わず人気がありそう。なんなら何人かたぶらかして
――見た目は抜群に私の好みだけれども……。
私はいやいやとすぐさま首を横に振った。
可愛い愛弟子であるエミルを、異性として見られるわけがないのだ。見てはいけない。
そんな私の内心を知ってか知らずか、
「まぁ、仮にあなたの見た目が本来の姿であっても、僕は変わらずあなたのことを愛していますけれども」
エミルは平気な顔でのたまう。
「…………えーと」
どうしよう。
目が本気だ。
あまりに真剣に見つめられて、こちらの方は目が泳いでしまう。
「大体僕は、昔からあなたのことを好きだと伝えていたはずですよ」
「それは、そうだけど」
確かに、エミルから「師匠、大好きです」という言葉は昔から何度も聞いていた。「結婚したいです」とも。
だけれど、常識のある大人であれば、たわいない幼い子どもの言葉だと思うだろう。
親しい大人へ向ける、好意の表れだと。
「……必ず僕を好きにさせてみせますから。覚悟していてくださいね」
エミルはそう囁くと私の頬に手を当て、そっとキスを落とした。一瞬で離れていく。
だけれど、その一瞬でエミルの唇が触れた箇所が一気に熱をもったように感じる。
私は咄嗟に燃えるように熱い頬を押えた。
「……っあなたを育てた親の顔が見て見たいわ!!」
「鏡をもう一度ご覧になりますか?」
「……くっ!」
確かに彼を育てたのは私だ。正論を放つエミルに、私は言葉に詰まってしまう。
それにしても、この15年の月日でエミルに何があったというのか。
時間というものは人を変えるものだけれども、姿だけでなく使う言葉も大人のものへと変化しているのでどうしても戸惑ってしまう。
……いや、昔からこういう子だったような気もする。
年齢以上に賢い子どもだったし、好意を伝える言葉はストレートに口にしてくるような子だった。
変わったのは、彼の姿と。それに応じて、私の受け取り方。
――ああ、頭が痛い……。
その後、15年ぶりに目覚めたので体が弱っているだろうということから、エミルは
15年眠っていた、と言われても、私としてはあまり実感がわかない。仮死状態だったせいだろうか。
「美味しいですか?」
「……ええ」
エミルは、粥を口に運ぶ私を眺めながらニコニコとしている。
随分年下だったはずの弟子が、今は同い年になっていると言われても、にわかには信じられないものがある。会話の内容から、彼がエミルでしかありえないと理解はしたのに。
「……僕はずっと、あなたが目覚めるのを待っていたんですよ。目の前に動いているあなたがいるなんて、幸せだ」
「……っ」
エミルは言葉通り、幸せそうに目を細めて私を見つめてくる。
彼が私の弟子でなかったら、私は恋に落ちていたかもしれない。それほどまでに惹き付けられるものがあった。
だけれど、彼は私の弟子で。
見た目年齢はともかくとして、本来の年の差は15もあって。
本当に、一体全体どうしたらいいのやら。
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