第3話 弟子の成長


「それで! 一体あれから何があったっていうの……!」


 半ばやけになりながら私が尋ねると、エミルは「ああ」といって体を離した。


「ここは、あなたが黒の厄災を倒した日から15年後の世界ですよ、師匠」


「15年後……」


 どうやら私は、無事に黒の厄災を倒していたらしくて安心する。

 しかし、15年後とはどういうことなのか。

 私の疑問を察したようで、エミルは少しだけ目元を伏せた。


「あの日、黒の厄災や魔物が消えて、僕はすぐに師匠を探しに行きました。……見つけたあなたは、黒の厄災を倒した後魔力がなくなったのか仮死状態だった。僕は、ただあなたを失いたくなくて毎日魔力を注ぎ続けたんです。今日この時まで」


 彼の言葉通り、私の体には自分の魔力だけでなくてエミルのものもあるようだった。

 というか、正直現在の私の体を占めている魔力は私のものよりエミルのものの方が多いのではないだろうか。


「まさか、目覚めるために必要な魔力が回復するまで15年もかかるとは思いませんでしたけど……」


 エミルは懐かしむような、苦々しいような、そんな表情を浮かべていた。

 

「エミル……」


 この15年、エミルはどんな思いで魔力を注ぎ続けてくれたのだろう。

 いつ目覚めるかも分からない私をただひたすら待ってくれていたなんて、師匠冥利に尽きる。

 なんというか、感動だ。じーんと胸が熱くなる。

 私はなんていい弟子を持ったのだろう。

 

「心配、かけたわね」


「いいえ。ある意味役得でしたから」


「んん?」


 にこっと微笑むエミルにわずかな違和感を覚える。

 そういえば、魔力を注ぐとはどんな方法をとったのだろう。

 他者に魔力を注ぐ方法はいくつかあるが……。

 なんとなく聞くのが怖くて、私は話を変えることにした。

 

「ところで、一体あれから何があってドレスなんて仕立てていたの……? もしかして……、誰かと結婚でもするの?」


 ウェディングドレスの使用理由なんて一つしかない。結婚式だ。

 結婚相手のために、エミルがせっせとドレスを仕立てているのだとしたら泣けてくる。

 

 ――私のかわいい一番弟子が結婚する日が来るなんて……。

 

 そりゃ、15年前の当時だって想像したことがないわけでは無い。

 いつか大人になったら、エミルにふさわしい女の子を連れてくるんだろうな、その時私は絶対号泣するだろうな、などと考えていた。


 ああ、この時が来るなんて。育てた弟子が我が手を離れていくのは寂しいけれど、エミルが幸せになれるところを見られるなら、生き残って良かったと思う。

 我が弟子は、なんと立派な成長をしたのだろう。師匠として誇らしい。


「何言っているんですか、これを着るのは師匠ですよ?」


「…………はい?」


 ナンダッテ?

 思わず聞き返してしまう。

 今、とんでもない発言が聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか。

 

「サイズだって、バッチリ師匠のサイズ合わせて仕立ててあります」


「…………」

 

 どうやら気のせいではなかったらしい。

 このウェディングドレスは私のために仕立てられていたもの、という認めたくない事実に再び気が遠くなるような気がした。


「あ、もちろん、隣に立つのは僕ですよ。それは絶対に他の誰にも譲りません」


 誰が追い打ちをかけろと言った!

 

 完全に絶句してしまった私の手を、エミルはそっとすくいとった。

 恭しい仕草で、手の甲に口付けてくる。

 

「師匠、15年前からずっと愛しています。僕と結婚してください」


「……お断りしますっ!」


 私はわなわなと震えながらエミルの手を振り払った。

 エミルはというと、「相変わらず釣れないなぁ」などと大して残念そうでもなくぼやいている。


 さっきまで私は、エミルはなんて立派に成長をしたのだろうと喜んでいた。

 しかし前言撤回だ。

 我が弟子は、なんて不可思議な成長をしたのだろう。師匠としては疑問しか浮かばない。

15も年の差のある女(しかも育ての親)へプロポーズするだけならまだしも、許可されてもいないのにドレスを仕立てあげようとするなんてとち狂っているとしか思えない。

 

 ――終わった……。


 私は弟子の教育を失敗したのだ。

 それに気づいた時には15年経っていたなんて、どんな笑い話だろう。

 私は一人、頭を抱えるしかなかった。

 

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