第42話 閑話 王太子殿下・2


 王太子カインは執事からの報告を受けていた。公都に向かわせたワイバーン便が戻ってきたというのだ。


「リリーナは見つかったか?」


「いえ。すでに公都を出て、王都へ向かっている模様です」


「王都へ?」


「はい。故・ギュラフ公から陛下への手紙を預かっているようでして」


「ふぅん。追放されて大変だろうに。わざわざ本人が王都までやって来るとはらしい・・・というか何というか……」


 あの頃から変わらないリリーナの態度にカインは思わず頬を緩めてしまう。彼女のああいう甘さというか流されやすさは欠点であるが、心の優しさの証明でもあるし、なにより『夫』となる人間が無茶振りをしなければいいだけの話だ。カインとしては何の問題もない。


 王都に向かっていて、陛下への手紙を持っているなら王太子である自分にも自然に会うことができるな。いやここは王都に入った時点で出迎えるべきか。いくらリリーナでもそう簡単に陛下との約束を取り付けられないのだから――、そんなことを(上機嫌に)カインが考えていると、執事が冷や汗を掻きながら申し訳なさそうな声を絞り出した。


「で、殿下……。その、早急に判断していただきたい問題が……」


「何かあるのか?」


「はい。そのギュラフ公のご子息、ケイタス卿なのですが……」


「…………」


 リリーナを追放した馬鹿息子の名前を聞き、一気に不機嫌となるカイン。

 だが八つ当たりするような愚者にはなれなかったのでカインは表面上穏やかに続きを促した。


「ケイタス卿ですが、ギュラフ公の告別式を行うために王城の迎賓館を貸して欲しいと申し込んできてきておりまして……」


 迎賓館は本来賓客を迎えるものであり、死者の告別式を行うような場所ではない。

 だが、故ギュラフ公の王国への貢献を考えれば、強く反対はできない申し出だ。


「前例はないはずだが、ギュラフ公の告別式であれば致し方無しか」


「ですが、その……予定日が一ヶ月後でして」


「はぁ?」


 一ヶ月。

 あまりにも短い準備期間だ。

 王国は広いのだから、領地から王都への行き帰りに一週間二週間かかる貴族も多いし、開催が一ヶ月後では予定の調整が難しい者も多いだろう。


 そもそも迎賓館ではもうすぐ今年のデビュタントが行われるのだ。告別式とでは内装を丸ごと変えなければならないし、その準備をするのは王宮に勤める使用人たちなのだ。


 王宮に勤める使用人は下級貴族出身の、家を継げないような者が多い。公爵家の人間からすれば木っ端のような人間だろう。


 だが、彼らはあくまで王宮に勤め、王家に忠誠を誓った人間だ。


 そんな彼らを自分の都合でこき使おうとするなど……王家に喧嘩を売っていると解釈されても仕方のない愚行だ。


「いかがいたしましょう?」


「……まぁ、やりたいというのなら貸すしかないかな。――リリーナがいない状況で、噂の次期公爵夫人がどれだけの準備ができるか見物だけれどね」


 高位貴族たちが集まる告別式の準備はただでさえ気を遣うというのに、それをあと一ヶ月で準備するなど……。ケイタス卿からしてみれば、告別式をさっさと終えて正式な公爵になりたいのだろうが……。


 失敗すれば、次期公爵と公爵夫人の名声は地に落ちるだろう。先代の告別式すらまともにできない愚か者と。


 もしも(奇跡に奇跡が重なって)成功したとしても、無茶なスケジュールで王宮に無茶を強いた事実は変わらない。


 どちらに転んでも、カインにとっては悪くない状況であった。


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