第33話 共闘結果


「――ごきげんよう。よい夜ですわね」


 人の目では暗闇にしか見えないような、深い森。そんな森にミアが声をかけると、茂みの一つが大きく揺れた。


 姿を現したのは――獣人。


 丸太のような腕。巌のような胸筋。ともすれば鈍重になりそうな筋肉の付き方であるが、それでもなお不思議と俊敏さを感じさせる男である。


 おそらく。噂に聞く獣人の戦士階級というものであろう。獣人は人間のような軍隊を編成することはなく、才能ある子供を幼い頃から徹底的に鍛え上げ、戦士とするのだという。その力は圧倒的で、獣人の戦士は騎士十人でも止められないとされている。


「……人間、殺す」


「あら?」


 不思議と獣人の言葉を理解できるミアであった。獣人の言葉など、将来の王妃として複数の言語を習得させられたリリーナでも知らなかったのに。


≪臨時契約ということで、自動翻訳ヴァーセットも発動するはずです。マスターと違い、私を手放せば効果はなくなりますが≫


 さすがは聖剣。そのようなこともできるらしい。

 言葉が通じるならまずは交渉をするのが知的生命体というものだ。


「……さて。名も知らぬ獣人様。こちらとしては誘拐された子供たちを引き渡す用意がありますが。もちろん、貴方様が保護者であると証明された場合に限りますが」


「人間の言葉など、信頼できるものか」


 鋭い爪の伸びた指をボキボキと鳴らす獣人。たしかに人間が誘拐したのだからごもっともではあるのだが……。これは一度痛い目に遭わせないと交渉もできない展開であろう。


 まぁつまり、ミア好みの展開である。


「――――っ!」


 何とも言葉で表現しにくい絶叫を挙げながら、獣人がミアに突撃してきた。


 ミアがその動きに合わせて剣を腰だめに構え、横薙ぎをした――瞬間、獣人の姿がかき消えた・・・・・


 突撃の途中で地面を蹴り、空中に舞い上がったのだ。


 突如として消えた姿。

 生物として警戒しにくい空中。


 ミアは獣人の姿を見失ったはずだった。

 訳も分からぬまま剣を横に薙ぎ払い、その隙を突かれて空からの一撃を食らうはずであった。


 しかし、ミアはその動きを読んでいた・・・・・


 最初からそうするつもりだったのだろう。剣の横薙ぎを途中で止めたミアは華麗な動きで刀身を上に曲げ、剣を空へと跳ね上げた。


「―――っ!?」


 空中からの攻撃は、奇襲であれば効果抜群だ。

 だが、反撃されてしまえば、避けることすら難しくなる。


 それでも獣人は恐るべき身体能力で身体を捻り、ギリギリで致命傷を避けてみせた。


 鮮血が宙を舞う。


 獣人が驚くほどの身軽さで地面に降り立った。

 ミアには獣人を斬った手応えがあったが、致命傷ではなさそうだ。


 そして、すでにその傷口はふさがり始めている。獣人の体質として回復力が高いのか、あるいはこの獣人が特殊なスキルを持っているのか……。どちらであるかミアには分からないが、まだまだ楽しめそう・・・・・なのは確かなようだった。


 そうして真夜中の第二幕が幕を開けようとして――



「――こういうのって、『チート武器をゲットした主人公が無双する!』っていうのがテンプレじゃないの? 異世界転生ものとしては。なぜ妹分が聖剣を振っているのかしら?」



 外から溢れる殺気に気づいて起き出してきたリリーナが、そんな、どこか呆れたような声を上げたのだった。


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