第3話:ネイリスト、異世界でサバイバル!
目を覚ますと、広大な森が広がっていた。鳥のさえずりと木々のざわめきが耳に入る。周りには人の気配がない。
「ここはどこなんだろう……」
立ち上がると、肩にはネイルバッグが背負われていた。神様が私の道具まで転生させてくれたらしい。服装はこの世界の民族衣装だろうか?ベージュのブラウスに革のベルト、ゆったりとしたパンツに革のブーツへと変更されて居たが、外見と元々の長い黒髪はそのままだった。
バッグの中を確認すると、愛用のネイル道具がそのまま入っている。一つ一つ手に取り、壊れていないことを確かめる。
「よかった……全部無事だね。これならこの世界でもネイルはできそう。でも……どうやってこの森を出たらいいんだろう……」
まずは水と食料の確保が優先だ。森を彷徨い、動物の足跡を辿ることにした。木々の間を進むと、葉が青々と茂る場所に小さな清流を見つける。鼓動が高鳴り、希望が胸に広がる。
「やった……!水だ……!」
膝をついて水を掬い、喉を潤す。冷水が喉を滑り降りる瞬間、不安が少し和らいだ。
「これでしばらくは大丈夫……神様、ありがとう……。」
次に食料を探すが、見慣れない植物ばかりで不安だ。ふと、小動物がスグリのような木の実を食べているのを見つける。小動物をじっと見つめ、その動きを真似てこの木の実を食べてみることに決めた。
「動物が食べられるなら、私も食べられるかも……」
果実を摘んで口に含む。甘みと酸味が広がり、ラズベリーに似た味がした。思わず顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「美味しい!これなら食べられそう!」
不安が少し和らぎ、生きる希望が湧いてきた。
夜が訪れ、森が薄暗くなる前に野営の準備をすることにした。
「火が必要だよね。でもどうやって火を起こそう……」
ネイルバッグを開き、アセトン、鉄製のネイルファイル(爪やすり)、ステンレスの攪拌用スティックを使って火を起こすことに挑戦する。手元に集中しながら初めての火起こしに、私の心臓は緊張で早鐘のように打っていた。
「よし……!」
乾いた葉っぱや小枝を集め、緊張で汗ばんだ手でネイルファイルとスステンレスのティックを擦って火花を飛ばす。何度か試みたところ、小さな火をつけることに成功した。
「やった!」
乾いた枝にアセトンを垂らして焚き火を大きくすると、安心感に包まれた。森の静寂の中、焚き火の音だけが響く。火の光が顔を暖かく照らし、心に少しの安らぎをもたらした。
夜の森は怖かったが、焚き火がある分だけ安心できた。その時、暗闇の中に不思議な光が瞬いていることに気づく。
「あれ、なんだろう……」
光に引き寄せられるように歩き出すと、星が地上に降りたかのように輝く花が咲いていた。花に触れると一層強く輝き、心に温かさと安らぎをもたらす。
その見たこともない美しい光景に感動し、この暗く恐ろしい森の中でも生きる勇気が湧いてきた。
「この世界にも、こんな素晴らしいものがあるんだ……。よし、明日も頑張ろう!」
翌朝、日差しが木漏れ日として森を照らす中で目を覚ます。花の光が頭に残り、今日も希望を持って行動しようと決意する。
「よし、今日も頑張るぞ……!」
水源で顔を洗い、簡単な朝食を済ませる。川に沿って森を探索していると、古びた遺跡を見つけた。
入り口の石碑には古代の文字が刻まれているが、その意味を理解することはできない。苔むした壁画には、この森に住む危険な動植物達が描かれている。
かつての人々がこれらの危険性を示すために描いたものだろうか。特に気になったのは真っ赤な目をした黒い狼のような生き物の絵だ。一匹の大きな狼の後ろには複数の狼が描かれて、人間を襲っている姿が描かれている。
「この生き物は群れで行動するんだ……気をつけないと。」
見つけた情報を基に、自分を守るための対策を考える。
万が一壁画に描かれて居た生き物に遭遇した時に対応できる様に何本かの松明を事前に作って夜に備えた。
二日目の夜が訪れると、不気味な気配が漂い始めた。
松明を構えて周囲を警戒する。
「なんだろうこの嫌な感じ……」
暗闇の中から赤い二つの光が現れる。狼のシルエットが闇の中にうっすらと見えた。心臓がバクバクと音を立てて高鳴り、恐怖が全身に広がる。
「壁画で見た赤い目をした黒い大きな狼!」
震える手で松明を強く握り、大きな声をあげて松明を振り回しながら威嚇をする。汗が手のひらににじみ、松明を振るたびに心臓が跳ねるように鼓動する。
「わあああ!!」
不気味な唸り声をあげ、涎を垂らしながら迫ってくるその大きな狼に思わず足がすくむ。
しかし狼はそれ以上近づいてこなかった。しかし、引きもしない。こちらの様子をじっと伺っているようだ。
こちらから一歩近づいて松明を大きく振ると、狼も一歩下がる。だが去る様子はない。
地道な攻防が数分続いた後、狼は諦めたのかその場から消えた。
「はぁ……はぁ……」
初めての野生生物との遭遇に疲れ切り、その場にへたり込む。今回はうまくいったが、もし群れで襲われていたらどうしようもなかった。あんな恐ろしい生き物がいる森に一人でいることを痛感し、恐怖が押し寄せてきた。
しかし、神様にもらった二度目の命。絶対に無駄にはしない!そう強く決心し、恐怖を感じながらも、焚き火をさらに大きくして夜を過ごした。
三日目の夜、不気味な気配が再び漂い始める。しかも今回は一体だけではない。暗闇に光る目は複数、あの狼が群れを率いてきたのだと察した。唸り声がそこかしこから聞こえてくる。完全に囲まれた……!
「負けない……ここでやられる訳にはいかない……!」
松明を振り回し、大きな声を上げて威嚇する。しかし全く怯む様子はない。
昨晩、自分達に危害を加えるほどの力がないのを悟られたのか、ゆっくりと隙を伺うように私の周りを徘徊する。冷や汗が背中を伝って流れ、鼓動が早鐘のように脈打つ。
必死に松明を振り回し、狼たちを威嚇するも、じりじりと距離は縮まり、狼達の息遣いが聞こえる距離まで迫られていた。
駄目だ、このままじゃ殺される……!
その時。
突然、辺りが眩い光で包まれた。まるで太陽が地上に降りたかのような強烈な光に、とっさに目を閉じた。
光の強さに驚き、心臓が一瞬止まりそうになる。眩しさに耐えながら、私は目を開けた。
光の中から現れた人影に息を呑んだ。そこには長い耳を持つ美しい女性が立っていた。
彼女の銀髪は腰まで流れ、絹のように滑らかで、淡い輝きを放っていた。透き通るような白い肌は大理石のように完璧で、その美しさは物語でよく見るエルフ特有のものだった。
胸元には輝くクリスタルのネックレスがあり、それはまるで彼女の氷のような瞳を映し出しているかのようだった。クリスタルは月光を浴びてきらりと光り、神聖な空気を漂わせていた。彼女の衣装はどこか伝統的なデザインを反映しているように見えた。長い白いローブは上質な布で作られ、端には精緻な刺繍が施されており、彼女の高貴な身分を示していた。
しかし、彼女の瞳は鋭く、冷静さと知性が宿っていた。まるで敵を見据えるかのような鋭い目つきで、狼たちを睨みつけていた。
彼女の動作は滑らかで、まるで舞うように手を掲げた。その動きには一切の無駄がなく、彼女の力強さと優雅さを同時に感じさせた。
彼女は冷静な声で呪文を唱え始めた。その声はまるで風に乗る囁きのように耳に心地よかった。
「Lúmion Narsil!(ルーミオン・ナルシル)」
その声と共に、周囲に光の魔法陣が展開され、狼たちの攻撃を防いだ。狼たちは混乱し、その場から後ずさり始めた。
さらにエルフの女性は次々と光の矢を召喚し、正確に狼たちを射抜いていった。矢が命中すると、眩い光と共に爆発し、周囲の敵もろとも撃退していった。
狼たちは次第に怯み、やがて悲鳴をあげながら撤退していった。
「す、すごい……。」
あっという間に戦いが終わり茫然とする私に、謎の女性は私の方に近づいてきた。
私は初めて目の当たりにする魔法の力に驚きながらも、慌てて頭を下げ、感謝の言葉を述べた。心臓はまだ激しく鼓動しており、全身が震えていた。
「あ、ありがとうございました!危ないところを助けていただいて……」
彼女は私をじいっと見つめたかと思うと、氷のように冷たい瞳を向けたまま何かを問いかけた。
「Lly omman io lle sina?(リィ・オマン・イ・オ・シナ?)」
「え……?」
「Lí enna la sanna lí.(リィ・エナ・ラ・サナ・リィ)」
「(どうしよう、言っている言葉が全然わからない……)」
戸惑う私に、エルフの女性は言葉が通じないことを悟ったのか、少し怪訝な顔をした後、無言で歩き始めた。
「あ、あの!お願いです、助けてくれませんか?」
エルフの女性は一度振り返り、再び黙って歩き始めた。
私はこの人に見捨てられたら生きていけないと本能的に察し、ネイルバッグを背負うと彼女の後を追った。
疲れてふらふらの私を気にかけるように、彼女は時折立ち止まり、私がついてきているか確認するかのように振り返った。
その無言の優しさに、私は何とか力を振り絞り、懸命に彼女の後ろを追った。
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