第7話
「なんで襲ってこないんだ…?」
俺は首を傾げる。
一戦交える覚悟で隣の部屋に侵入を果たしたにも関わらず、部屋の主であるゾンビ女は全く俺に襲ってこようとはしなかった。
俺に気づいていないのではなく、気づいた上で全く興味を示さない。
俺が至近距離を移動しても、顔を動かさず、目で追うこともしない。
何が起きているのか全くわからなかった。
「生存者を襲わないゾンビもいるのか…?」
俺はもう一度このゾンビ女を観察する。
見た目は間違いなくゾンビだ。
皮膚は紫色のゾンビ色。
俺に殴られた肩は変形し、凹んでいるが、全く痛みを感じている様子もない。
隣人のこの女は間違いなくゾンビになっているわけだが、どうしたわけか俺に襲いかかってこない。
これまで見てきたゾンビは、例外なく生存者に襲いかかっていた。
この女がたまたま生存者を襲わないタイプのゾンビなのか。
それとも俺がゾンビに襲われないなんらかの体質を獲得したのか。
「一度ウイルスに感染したらゾンビ判定なのか…?」
あり得る。
もしかしたら一度ウイルスに感染した俺は、ゾンビからすると同じゾンビ仲間なのかも知れなかった。
ぐぅううう…
「そうだ…食料…」
腹の虫がなり、この部屋に侵入した本来の目的を俺は思い出す。
「し、失礼しますよ〜」
ゾンビ女に断って冷蔵庫や戸棚の中を漁らせてもらう。
一応常にゾンビ女の方には注意を向けていたのだが、部屋をうろつくだけで全く襲ってくる気配はなかった。
「お、これ…」
ゾンビ女の部屋を明後日みて出てきたのは、カップ麺と、ガスコンロだった。
ガスは充電とガスがあれば使えるやつで、充電はまだ残っているようだった。
他にも食料はあったのだが、全て腐ってしまって食べられそうなのはそれぐらいだった。
俺は自分の部屋から水を持ってきて、ガスコンロでお湯を沸かし、カップ麺に注いで食べた。
「…うまいっ」
涙が出るほどにうまい。
久しぶりのまともな食事だ。
俺は夢中になってカップ麺を啜った。
「ご馳走様」
スープまでしっかり飲み干してから手を合わせる。
満腹になるには足りないが、残りの二つのカップ麺はとっておくことにした。
継続的に食料が確保できるようになるまでは、最小限の食事で生きていかなければならない。
「…」
しばらく食事の余韻に浸りながら、部屋の中を彷徨いているゾンビ女を眺める。
相変わらず俺には興味がないようで、部屋をうろついたり、ベランダに出たりしている。
ゾンビ女は、ちょうど会社から帰ってきた後にゾンビ化したのか、スーツを身につけていた。
上半身はかなりはだけていて、胸が露出している。
黒いスカート丈も結構短く、むっちりとした太ももが存在感をアピールしていた。
「…っ」
食事をとって食欲がそれなりに解消された結果なのか、一瞬ムラッときてしまった。
ゾンビ女は、俺に全く興味を示さない。
多分その気になれば、大した抵抗もなく簡単に組み敷けるのではないだろうか。
はだけた上着を脱がせ、スカートを剥ぎ…
「いや、ないだろ」
そこまで考えて、俺は首を振った。
馬鹿な想像を頭から追い出し、部屋に帰る準備をする。
ゾンビを犯す趣味なんてない。
死者を冒涜するなんて許されざることだ、などという倫理観があるわけではないが、そんな馬鹿なことをして体力を消耗するのは愚かだ。
「じゃーな。またくるかも知れんが」
俺はリュックサックにまだ使えるガスコンロと残ったカップ麺二つを入れて、自分の部屋へと戻ったのだった。
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