第4話 セックスから始まった恋

 同窓会の最中に、いつの間にか招待されていたLINEのグループチャットに気付いたのは、帰りの電車の中だった。

 【花村高校20回卒業生】とタイトルが付けられらグループチャットには、同窓会に参加していた半分ぐらいの同窓生が参加していた。

 その中に朔也もいたのだ。


『昨日はいつの間にか帰ってたね』


 彼からのそんなメッセージが始まりだった。

 グループから個別でメッセージを送って来たのだ


『昨日はお疲れ様! 何時まで飲んでたの?』


『俺は30分ぐらい二次会に参加して終電で帰ったよ』


『そりゃあそうよね。結婚を控えた大事な時期なんだから』


『今夜会えない?』

 会話の脈略を無視した誘いに、しばし戸惑ったが

『いいよ』

 と返信した。

 彼のバックボーンなど、瞳子にはさほど重要じゃなかった。

 逢いたいと思った気持ちの方が大切に思えた。


 彼が指定した場所は、少し落ち着いた個室のある居酒屋さんだった。

 生ビールで乾杯して、思い思いのつまみを注文して。


 戸惑いながら、躓きながら、彼はこんな話をした。


「俺さぁ、高校の時、実は柏木さんの事、ずっと好きだったんだよ。同窓会で会ったら言ってみようと思ってたのに、タイミングが掴めなくて……」


「ほんとに? 全然知らなかった」


「誰にも言ってなかったんだけど、田代が幹事やってただろう。メールで同窓会のお知らせもらった時、あいつに訊かれたんだよ。好きだった子いるか? って」


「あ! そう言えば、私も訊かれた」


「なんでそんな事訊かれるのかなと思ったんだけど、席順みてピンと来たんだ」


「あー! それで隣の席だったの?」


「そうそう、あいつに仕組まれたんだよ」


 朔也は二口ほどのビールですっかり顔を赤くしていた。


「君は、誰って答えたの?」


「え? 私は、同級生にはいなかったって答えた」


 そして、二人で大笑いした。


「なんだー。俺、もしかしたら俺だったんじゃないかなって勝手に盛り上がってたわー」


 そう言って、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。


「あ、でも、久しぶりに会って、こんなに素敵な人だったっけ? って思ったよ」


「マジ?」


「うん。マジ。でも、美月君、結婚するんでしょ」


「それなんだけど……」


 朔也は急に神妙な顔をした。


「先月、別れたんだ」


「え? そうなの?」


「ほかに好きな人が出来たって、あっさり振られちゃって」


「え、結婚の約束までしといて? 酷い!」


「そう。式場も何軒も一緒に回ったのにな。傷心中ですよー」

 苦笑しながらジョッキをあおった。

 そんな彼が、やたら痛々しく見えた。


「飲もう! 今日はとことん飲もう。どこまでも付き合うよ」


 運命といえば大げさかもしれない。

 自然と芽生えた小さな想いはドクドクと脈打ち、確実に無視できない大きさになろうとしていた。


 二人っきりでのお酒の席は、さほど会話が弾まなかった。

 瞳子は朔也の婚約者だった人の事を、無理に訊こうとはしなかったし、朔也も瞳子のこれまでの恋愛遍歴について訪ねる事はしなかった。


 高校時代の懐かしい風景を、朔也は嬉々として語った。

 瞳子はその話にひたすら相槌を打っては笑っていた。

 ただそうしている事が楽しかった。

 過ぎて行く時間も忘れてしまう程に。


「このまま帰るの、もったいな」

「俺も、そう思ってた」

「もっと一緒にいたい」

「俺も、もっと君を知りたい」


 二人の足取りは、自然と同じ方向へと向かって行った。


 ラブホテルのベッドの上で、腕枕をしながら彼はこう言った。


「勘違いしないで欲しいんだけど、遊びじゃないんだ」

「私だって、遊びでこんな所まで来ない」


「昨日、君に再会するまで、ずっとこうしたいと思ってた。君にちゃんとあの頃の想いを伝えて、抱くまでを何度もシミュレーションしてた」


「抱くまで? その後の事は考えてなかったの?」


「考えてたよ」


 しばし無言の時間が続いて


「君さえよければ、俺と付き合って」


 少し掠れて上ずった声で、そう言って抱き寄せた。


「私でよければ、喜んで」


 セックスから始まる恋。

 それが大人の恋愛だ。


 いくつも迷って、何度も間違って、ようやくここへたどり着いたような気がした。

 これこそが、真実の愛だ! なんて思ったっけ。

 あの日、二人で見た朝焼けは、儚くて美しかった。

 朝焼けに顔を赤く染めた朔也は、これまで出会った誰よりも素敵だった。



 夜勤明けて家に帰ると、キッチンに朔也がいた。

 コーヒーメーカーに豆をセットしている。

 あの頃と何も変わらない横顔は、少し微笑んで「おかえり」と言った。


「ただいま。おはよう。瞬は?」


「まだ寝てる」


「そっか、今日は土曜日だね」


「うん。瞳子もゆっくり寝なよ。瞬の事は任せて」


 いつもの会話だ。

 しかし、いつもとは違う。


「どこに行くの? 瞬を連れて、どこへ……」


「どこにも行かないよ」


 もう一人のママって誰なの?

 そんな疑問は燻ったまま、瞳子の口から吐き出される事はなかった。

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