Ⅰ 食糧の危機(2)

「うぃ? …どごはぁあぁぁぁぁーっ…!


 怒りの鉄拳制裁を喰らったリュカは吹っ飛ばされると、背後の壁をバリバリに破って頭からめり込む。


「デモ、アタシがムカつくだけならマダいいネ。全員ぶっ飛ばせばイイだけだからナ……問題ハもっと深刻ネ」


 それを見て、自分達が調子に乗っていたことを悟る目が点な秘鍵団の面々であるが、さらっと怖いことを言いながらも意味深な言葉を露華は口にする。


「深刻? ……な、なんのことだい?」


「オマエらガ飲み食いし過ぎたせいデ、もうじき食糧が尽きるネ……ハムもソーセージも小麦粉もポテトも、みんな、あとわずかしかないネ」


 そこで、冷や汗を額に浮かべつつ、恐る恐るマルクが尋ねてみると、確かに大問題な答えが返ってくる。


「え? もうないのかい? おかしいな。確かに必要な分は積んだはずなんだけど……」


 その想定外な事態にマルクは驚くと、腕を組んで小首を傾げる。


「私もお頭に言われた分、ちゃんと買い込んでおきましたよ?」


 続いて実際に航海用の物資を手配した、秘鍵団唯一の常識人サウロも怪訝な表情でその矛盾に対して疑問を呈する。


「だから、オマエ達ガ食い過ぎるからいけないネ! あれだけ毎日飲み食いしてれバ、そりゃあ食糧モいつかハ尽きるネ!」


「うっ…まあ、確かに最近、ちょっと太ったような気も……」


 そんな二人に再び声を荒げて露華が反論すると、コルセットを着けたお腹をさすりながらマリアンネは顔を引き攣らせる。


「うーん…前にエウロパ(※旧大陸)まで航海した時は、今よりも雇い船員の数多かったけど間に合ったのになあ……あ、でも、あの時は全員、悪魔宿して奴隷化させてたし、食糧も一日パン一個ぐらいしか与えてなかったからな」


「悪魔ネ。可愛らしい童顔して、やっぱりコイツ、悪魔ネ……」


 一方、以前の航海を思い出してようやく納得をするマルクに、露華は人でなしと白い眼を向ける。


「トニカク! 食糧を確保しなきゃニ、三日デ確実ニ飢えるネ! 早く島カどっかニ寄って補給するネ!」


「島かあ……こんな事態は想定してなかったからね。この大海のどこにそんな島があるのか把握してないよ。そもそもあるものかどうかもわからないし」


 それでも気を取り直し、早急な物資補給を提案する露華であるが、マルクは再び腕組みをすると難しい顔で考え込む。


 新天地とエウロパの間に横たわる西の大海──アトランティーナは、近年まで新天地の存在がエウロパで知られていなかったことからもわかる通り、どこまでも広大な海原が広がるばかりで人が住めるような島は皆無。少なくとも海図には載っていないのである。


「それじゃあどうするネ! マダマダ、旧大陸ニハ着かないんダロ?」


「なあに、こういう時のための魔導書と悪魔の力だよ……幸いなことにもここは海。魚介類の宝庫だからね」


 しかし、慌てる露華にニヤリと笑うと、手に携えていた分厚い黒い本をマルクは見せつける。


 エウロパの各国王権や教会がその所持・使用を禁じていても、裏の市場マーケットでは公然と魔導書が流通しており、無許可で魔導書の魔術を用いる者達も少なからず存在している……無論、王権からその魔導書を奪い、写本を作って世に流している張本人であるマルクは、その最たるもぐり・・・の魔術師なのだ。


「漁場は僕がなんとかしよう。でも、肉体労働は専門外だからね。獲物の捕獲はみんなに頼んだよ?」


「ああ、その手がありましたね! さすがは魔導書の悪魔召喚魔術」


「海ノ幸カ……ハオ。それならしばらくハ食っていけそうネ」


 思わせぶりなマルクの言葉に、察しのよいサウロはポン! と手を叩き、露華もその解決策にうんと首を縦に振る。


「海での漁か……いさなとりは初めてだが、狩猟にはいささか腕に憶えがござる。任せておかれよ」


「わたしもちょうど試してみたい新兵器があったんだよね。そういうことなら大歓迎だよ!」


 また、キホルテスとマリアンネもなんだかその話に乗り気だ。


「………………」


 ただ一人、壁にめり込んだリュカだけは、いまだ撃沈して沈黙したままだ。


「じゃ、日が暮れる前に終わらせたいし、さっそく始めようか……ああ、僕が儀式してる間にリュカくん起こして壁修理しといてね?」


 そんな仲間達を見渡して告げると、マルクは身を翻して船長室の方へと向かった──。

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