Ⅱ 水域の支配者(1)
「──さて、漁業関係となると……まあ、海関係ってことで、今回はこいつにするかな……」
窓のカーテンが閉めきられた薄暗い船長室……その薄闇の中でマルクは、紐に通してまとめられたペンタクル(※金属円盤)の束から儀式に使うものを選び出す。
「んじゃま、ちゃっちゃっとやっちゃいますか……」
そして、左胸に金の
そのカーペットには、とぐろを巻く蛇の同心円と
「霊よ、現れよ! 偉大な神の徳と知恵と慈愛によって、我は汝に命ずる。汝、ソロモン王の72柱の悪魔序列41番! 水域の公爵フォカロル!」
その姿で魔法円の中心に立ったマルクは、腰の短銃を引き抜くと銃口を前方の闇に掲げ、悪魔召喚のための〝通常の召喚
その短銃の銃口からはハシバミの枝が生えており、一見、マスケット短銃のように見せかけて、じつは魔術武器の
「…霊よ、現れよ! 偉大な神の徳と知恵と慈愛によって、我は汝に命ずる!」
短銃型
そのウェブがかった濃緑の髪は海藻のようでもあり、また身体にはキラキラと輝く鱗が貼りついている。
「我を呼び出したのは貴様か、マルク・デ・スファラニア」
「やあ、フォカロル。久しぶりだね」
蒼白い顔を歪ませ、ものすごく嫌そうにその男が尋ねると、マルクの方は親しげな様子で男に挨拶を返す。
その異形の者こそがマルクの呼び出した悪魔──魔導書『ゲーティア』に記されるソロモン王の使役していた72柱の悪魔の一柱、水域の公爵フォカロルである。
「呼び出したってことは当然頼みごとだよな? なんか厄介事じゃないだろうな?」
「ああ。海を支配する君にたっての頼みだよ。魚でもタコでもイカでもいいから、魚介類がいっぱい
さらに嫌そうな顔をしてフォカロルが尋ねると、悪魔相手とは思えないような馴れ馴れしい態度で、マルクは微笑みを湛えながらそう願い事をする。
「もちろん、魂も含めて対価なしでだよ?」
さらに先程選んでいたペンタクルを見せつけるようにして掲げ、そんな言葉も続けて付け加える。
そのペンタクルの表面には線刻画のような模様が刻まれているのだが、それはフォカロルに対応した
「うっ……だから、貴様に呼び出されるのは嫌なんだよ。素人みたいに魂を対価にする交渉すらできないんだからな」
ペンタクルを突きつけられたフォカロルは、苦悶に表情を歪ませながら、悪魔らしからぬ人間臭い調子でボヤキを口にする。
じつはマルク、歳は若いが幼少の頃より大魔術師に仕込まれたこの道のベテランであり、過去にも幾度か呼び出しといるためにフォカロルとも顔馴染みなのだ。
「その代わり大漁にしてくれた暁には、君の効能と偉大さを広く世に説いてあげるからさ。なあ、頼むよ。君の力なら造作もないことだろ?」
「ハァ……オーケー、オーケー。魚介類がたくさん漁れりゃあいいんだろ? 仕方ねえ。その願いかなえてやるよ。ただし、魚介の種類は任せてもらうぜ?」
ペンタクルによる脅しに加え、言葉巧みに丸め込もうともする魔術師マルクに、フォカロルも交渉は無駄だとわかっているため、あっさり折れてしぶしぶ願いを了承する。
「ああ。なるべく美味しいやつを頼むよ? いやあ、さすがは水域の公爵。海の上では頼りになるねえ」
「フン。なんの足しにもならねえお世辞なんかいらねえよ。ああ、送り返す呪文もいらねえからな……」
願いが聞き届けられ、満足げに悪魔を
本来、召喚魔術では最後に悪魔を送り返すための儀式もせねばならないのだが、どうやら不貞腐れたフォカロルは勝手に帰ってしまったらしい。
「…あ、なんだよ。せっかちなやつだなぁ……でも、これで準備万端だ。さあ、お魚ちゃん達、集まって来てくれてるかなあ……」
予想外にもいきなり儀式が終了してしまい、眉をひそめて文句をつけるマルクであるが、すぐに笑顔を取り戻すと短銃型
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