Ⅱ 水域の支配者(2)

「──おおお! なんという魚の数! このような光景は見たことがないでござる!」


「これなら簡単に獲れそうですねえ」


 一方、その甲板の上では、船縁より海の様子を眺めてキホルテスとサウロが目をまん丸くしている。


「すごーい! やっぱお頭の魔術は効果覿面てきめんだね!」


ハオ。コレだけいれバ、しばらく食うに困らないネ」


 また、マリアンネと露華の二人も波立つ水面を船上から見つめ、その眼をキラキラと輝かせている。


「魚料理か……ま、酒の肴には申し分ねえな」


 さらに先刻まで壁にめり込んでいたリュカも、腫れ上がった頬を摩りながら懲りずにまた呑むことを考えている。


「どれどれぇ……おお、これはまた派手に飛び跳ねてるな。フォカロルのやつ、ちゃんと仕事をしてくれたみたいだ」


 そんな仲間達の背中越しに、船長室から出て来たマルクも海を覗き込むと感嘆の言葉を口にする。


 彼らが見つめる船の足下では、大量の魚達がピチピチと飛び跳ね、まるで撒き餌をしたかの如く水面に無数の白浪を立たせていた。


「うひょー! こいつはスゲえ数だな。まさに入れ食い状態だぜ!」


 その光景にめり込んだ壁から引っこ抜かれて意識を取り戻したリュカも、黄色い眼を輝かせて感嘆の声をあげる。


「これだけのお魚ガあれバ、しばらくハ飢えずに済みそうネ」


 同じく露華も大量の食材を前にして満足げに頷いている。


「うむ。腕が鳴るの。こんなこともあろうかと、専用のものを用意していたのだ……サウロ!」


「はい! 旦那さま!」


 その傍らではドン・キホルテスがサウロに命じ、一本の先端が三又に別れた銛のようなものをむんずとその手に掴む。


 それは〝トライデント〟と呼ばれる、海神ポセイドンの持つ銛を模した槍なのだ。


「さあ、魚どもよ、いざ勝負! 勝負〜っ!」


 そして、その銛型武器を投槍のような恰好で構え、さっそく魚の群へ挑んでゆこうとするキホルテスであったが。


「ちょっと待ったーっ! そんな無駄な労力使うことないよ?」


 その勇ましき騎士の戦いを、不意にマリアンネの溌剌とした声が静止する。


「本日初お披露目! わたしの新発明品をとくとご覧じよ!」


 続けて、そう芝居がかった口調で叫んだ彼女が何かを海に投げ込むと、次の瞬間、ドォオォォォーン…! と巨大な水柱が魚を巻き上げながら水面に立ち昇った。


「……うぷ……あ! 魚がみんな!」


 派手に水飛沫を浴びた後、静かになった海面を見てサウロが驚いたように叫ぶ。先程まで飛び跳ねていた魚達が、すべて気絶して浮かんでいるのだ。


「どうかしら? わたしの作った〝水雷〟の威力は?」


 サウロ同様、唖然とする面々に対して、マリアンネは得意気に胸を張ってみせる。


 そう……彼女が投げ込んだのは水中で爆発する新機軸の爆弾なのだ。その同心円状に広がる衝撃波によって魚達は気を失ったのである。


「でも、これだけじゃないよ? うんしょっ……と。今度はこいつで……ファイヤーっ!」


 だが、マリアンネの発明品はそれだけに終わらない。今度は荷台に乗ったカノン砲を引っ張ってくると、それを海面に向けて躊躇なくぶっ放つ……しかし、放たれたのは砲弾ではない。爆煙をあげる砲口からは大きな網が飛び出し、複数の先端に付いた錘によって放射状に拡がったのだ。つまりは投網のようなものである。


「おお! 魚達が捕えられてるでござる!」


 キホルテスが言うように、拡がったその網は浮ぶ魚の群れの上にちょうどかぶさっている。


「もともとは対人用に造ってみた捕縛用兵器なんだけどね。これは使えると思って、ちょっとお魚用に改修してみたんだよ」


 またも驚く仲間達に、やはり自慢げな様子でマリアンネはそう説明する。


「とはいえ、これだけじゃお魚を猟れないからね。リュカちゃん、犬かき・・・なら得意だよね? ちょっと海に入って網の端を結んでくれる?」


 さらに彼女はリュカに頼み、魚の上に拡がった網を袋状に調整しようとするのだったが。


「……ん? ああ、おう。任せときな……てか、犬かき・・・じゃなくても普通に泳げるわ! いい加減、犬と同じに見るのはやめろ! せめて犬じゃなく狼だと思え!」 


 天然にも犬扱いしてくれるマリアンネの言葉に、じつは〝人狼〟だったりするリュカは時間差で文句をつける。


「…ったく、誰がワンコだ……」


「仕掛けの方はこれでよしっと……あとはゴリアテちゃんと一緒に網をみんなで引っ張ってね」


「オオオオオオ…」


 それでもぶつくさ言いながらリュカが海へと飛び込むと、続いてマリアンは砲身に縛りつけられていた網の頂点となる綱を解き、彼女の使役する粘土の巨人、


 ゴーレムの〝ゴリアテ〟にその端を渡してそう指示を出す。


「なるほど。まさに一網打尽ネ」


「いつの間にこんなものを……さすがマリアンネ。相変わらずおもしろいもの造ってくれるじゃないか」


 思わぬその発明品の効果に、船縁から海面を覗き込んで露華とマルクも感心している。


「エッヘン!」


 そんな皆の反応に鼻高々なマリアンネがさらに胸を張る一方、その間にもスイスイと海の中を動き回りながら、リュカは網の端を結んで魚群を囲み込もうとしている。


 フランクル王国の辺鄙な片田舎ジュオーディン地方出身のリュカ、内陸部の森育ちではあるものの、さすがは人狼だけあって筋肉量が半端ないため、犬かき・・・でなくとも泳ぎは余裕なのである。

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