Ⅲ 海のギャング
「これでよしっと……フゥ…おおーい! できたぜー! さあ、引っ張ってくれーっ!」
さらに操船で培った技術も功を奏し、テキパキと綱を結んで気絶した魚の大半を網で包んだリュカは、船上の仲間達に合図を送る。
「りょうか〜い! じゃ、みんな、それぞれ網を持って。せーので引っ張るよ? せーの……あっ! リュカちゃん、後!」
それに答え、皆で網を引く音頭をとろうとするマリアンネだったが、その途中でなぜか言葉を切ると、リュカの背後へ視線を向けながら注意するように言葉を叫ぶ。
「あ! リュカさん! 後!」
「リュカ殿! 後でござる!」
「リュカ、後見るネ!」
「りゅ、リュカくん、後に……」
いやマリアンネばかりではない。それと前後してサウロ、キホルテス、露華、マルクもリュカの後方を見つめながら口々に声をあげている。
「ああん? 後? ……なっ!?」
皆の指摘に怪訝な顔で振り返ったリュカは、そこに見たものに眼と口を大きくポカーン…と開いた。
そこには、大きな三角形をした
「さ、サメ!? ま、マジかよ……よ、よせ、俺は食ってもうまくない…うぎゃあああ〜っ…!」
唖然とするリュカが「話せばわかる…」と静止するその間にも、無音で接近した巨大なサメは派手な水飛沫とともに尖った頭を現し、鋭利な歯の並ぶ大きな口で彼に容赦なく襲いかかった。
わずかの後、リュカとサメの巨影は海中に消え去り、バシャバシャと波立つ水面にはみるみると赤い色が広がってゆく……やがて、その激しい白波も徐々に静けさを取り戻すと、真っ赤な血に染まった海面はすっかり静かになった。
「りゅ、リュカさん……」
「リュカちゃんがサメに食べられた!」
一瞬にして起きたその惨劇に、サウロは目を大きく見開き、マリアンネは口を手で抑えて二人とも顔面蒼白である。
「リュカ……日頃ノ悪い行いのせいデ、とうとう本当にサメの餌なったネ」
「不憫とは思うでござるが……リュカ殿、サメに遅れをとるとはなんたる不様な最期! 海賊の恥さらし者にござる」
「まさか、こんな終わり方をするとはねえ……ま、僕ら人間も魚を食べるし、これも自然の摂理、弱肉強食の食物連鎖だから仕方がない。彼のことはすっぱりと諦めよう」
一方、露華、キホルテス、マルクの三人は、一応、哀れんではいるものの、なんだかヒドイ言いようである。
「…ぶはっ! 誰がサメの餌だ! こんなんに俺様が喰われるかアホ!」
と、その時。再び派手な水飛沫が上がったかと思うと、海中からリュカとサメが飛び出してくる。
だが、水上に現れた彼の姿は先程までのリュカのそれではない。その顔も腕も灰色の毛にすっかり覆われ、鼻口は前方へと獣のように長く伸びると、尖った耳元まで裂けた赤い口には鋭い牙が無数に並んでいる。
それに、爛々と光る琥珀のような黄色い猛禽の眼……そう。人狼に変身した彼の姿である。
「さ、サメの方がリュカちゃんに食べられてる!」
また、マリアンネが唖然と驚きの声をあげたように、リュカの抱えたサメの首にはバックリと食いちぎられたかのような丸く
「…プッ! ま、生だし、あんまし美味くはなかったけどな。こいつも焼きゃあ美味くなんのか?」
マリアンネに答え、口に残ったサメの肉をリュカは傍へ吐き出すと、鋭利な爪を突き立ててサメの胴体を頭上へと持ち上げる。
「よ、ヨかったネ。きっと無事ダト信じてたネ……」
「おお! さすがはリュカ殿! それでこそ秘鍵団の一員にござる」
「い、いやあ、リュカくんならこれしきのことで死ぬことはないと、僕は最初から思っていたよ……アハ、アハハハハハ…」
一方、まったく無傷なリュカの姿を確認した三人は、少々バツが悪そうに先程とはなんだか違うことを言っている。
「チッ…調子のいいこと言いやがって……ま、ともかくもさっさと魚捕っちまおうぜ? 早く網を引っ張ってくれよ」
そんな薄情な仲間達に舌打ちをしつつも、早々、漁の続きに戻ろうとするリュカだったが。
「あ! 安心するのはまだ早いです! 向こうを見てください!」
不意にサウロが大声をあげて、またもリュカの背後を慌てた様子で指差してみせる。
「ああん? まだ他にもサメがいたか……って、な、なんだ!?」
頭上にサメを担いだまま、気怠そうに振り向くリュカであったが、そこに広がる予想外の光景に思わず琥珀色の眼を見開く。
なんと、一匹や二匹ではなく十数匹はいようかというくらいのサメの背鰭が、リュカを取り囲むようにして海面に顔を覗かせていたのである。
「な、なんでこんなにサメがたくさん!?」
「そうか。魚の群にサメまで誘き寄せられたんだ!」
驚くマリアンネの疑問に対し、サウロがその答えとなるような原因に思い至る……さっきのサメもだが、魚を獲るために集めたことが皮肉にも災いしてしまったのだ。
「フカが大漁ネ……じゃなかっタ! リュカも今度こそ万事休すネ!」
「リュカ殿! 多勢に無勢、ここはいったん退くでござる!」
「リュカ、網を登って早く逃げるんだ!」
再びの仲間のピンチに、今度は露華達三人も一応はリュカのことを心配している様子だ。
「チッ…言われなくてもそうするぜ。向こうが見逃してくれればだがな!」
舌打ちしたリュカは、言うが早いか身体を反転させると投網に掴まってよじ登ろうとする。
だが、人狼といえども水中ではその跳躍力を活かすことができず、網へ取りつくのにも少々手間をとってしまう……その間にも十数枚の三角形をした不気味な背鰭は、彼の背後へと猛スピードで迫ってきていた。
「クソっ! 間に合わねえ……」
ところが、ずぶ濡れになった獲物に無数の歯が突き立てられようとしたその瞬間、ドォォォーン…! と突如、巨大な水柱が上がったかと思うと、サメ達は水上高く海中より放り出される。
「うおっ…と!」
一方、リュカもその煽りを食い、サメ達同様に放り上げられると、網を登るまでもなく船縁に掴まることができた。
「おい、今度はいったいなんだってんだよ? ……て、ほんとになんだ!?」
助かったはいいものの、不可解な現象に文句をつけるようにして呟くリュカだったが、背後の海を振り返った彼はまたもや眼を見開いてしまう。
なんと、海面より突き出た数本の巨大な触手が、軽々とサメの巨体を締め上げていたのである!
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