Ⅳ 幻の怪物(1)

「な、なんネ!?」


「サメの次はバケモノにござるか!?」


 無論、その信じ難き光景に、露華、キホルテスをはじめとして他の者達も唖然と立ち尽くしている。


「た、タコ!?」


「いや、イカじゃないですかね……?」 


 通常の数百倍はあろうかというスケール感ではあるものの、吸盤のついたその触手の形状に思わずマリアンネとサウロはそう呟く。


「いや、違う……〝クラーケン〟だ! 今度はサメを追ってクラーケンまでやって来たんだ!」


 すると、二人の言葉を継ぐようにして、顔面蒼白のマルクがその正体について言及する。


「クラーケン……って、まさかそんな怪物が現実に……」


 その名を聞いたサウロは半信半疑ながらも、ますます以て驚愕の表情を浮かべる。


 クラーケン……それは、船乗り達の間で古くから恐れられる、巨大なタコともイカとも云われる伝説上の怪物である。運悪くも出会えば船を沈めらると広く知られているが、反面、実際お目にかかったという者は滅多におらず、幻想の産物であるとも云われる存在だ。


 だが、マルクの言葉を証明するかのようにして、まるで小山か何かのようにこんもり海面が盛り上がったかと思うと、触手ですらまだ小さく見える程のバカでかい胴体部が海上へと姿を現す。


「うわっ…!」


「キャッ…!」


 その巨大な怪物が引き起こした波に揉まれ、気を抜けば振り落とされそうになるくらいにレヴィアタン号の船体は大きく揺れる。


「タコでもイカでもデカすぎるネ!」


 そして、そのタコにも似た巨体の中心にぽっかりと空く、無数の棘々が生える口らしき穴は、ギギギギギギ…と奇怪な音を海上に響かせながら触手の運んで来たサメを丸呑みにする。


「魚につられてサメが、そのサメにつられて今度はクラーケンが参ったか……」


「おいおい、いくらなんでも、んなもんと遭遇するなんてレアケースすぎんだろ?」


 次々と締め上げたサメを喰らってゆくクラーケンを前に、キホルテスは先程のサウロ同様、その怪物の現れた原因を探り、リュカは驚きを通り越して最早、呆れている。


「そうか! フォカロルのやつだ! あいつ、やけにおとなしく魚をくれたと思ったら、僕への腹いせにサメやクラーケンまで招き寄せるように仕向けてたんだ……」


 一方、マルクは一連のできすぎた流れから、その背後で悪魔の力が働いていることに思い至った。


 水域の公爵フォカロル……その悪魔は大海を支配し、海にまつわる様々な利益を人々に与えてくれもすれば、反面、船を転覆させて人間を溺死させることをその喜びともしているのだ。


「まずい! フォカロルめ、クラーケンでこの船を沈めるつもりだ! あの野郎、表向きは言うこと聞くふりして、しれっとこっちの魂奪いに来やがったな……」


 いつになく苦虫を潰したかのように眉根をひそめるマルクの脳裏に、「ケケケ…」と悪どく笑うフォカロルの顔が過ぎる。


「キャっ…! た、タコ足が!」


「アイヤー! イカゲソが絡みついたネ!」


 と、マルクが悪魔に腹を立てているその内にも、またもや船体が大きく揺れ動き、マリアンネや露華が叫んでいるようにレヴィアタン号の船縁にクラーケンの触手が絡みつく。


「おい! マストにも絡みつきやがったぞ! 俺達の船を餌だと思ってやがんな……」


 いや、船縁ばかりではない。リュカの言葉通りメインマストにももう一本の触手が伸びると、ぐるぐると巻きついて吸盤を吸いつけている。


「みんな! このままじゃ船が沈められる! こうなったらクラーケンを倒すしかない! 各人、全力であのバケモノを船から引き剥がすんだ! マリアンネ、ゴリアテにも手伝いを頼む!」


 突如として訪れた不測の事態に、この危機的状況を打開すべく、マルクはテキパキと仲間達に指示を送る。 


「あと、あの軟体動物に効きそうな武器とかなんかない?」


「ああ、それならちょうどイイのがあるよ! ほんとはクジラでも来たら捕まえようと思って造っといたんだあ……今、用意するからちょっと待ってて。ゴリアテちゃん! みんなと一緒にタコ足をお願い!」


 続けて尋ねるマルクにそう答え、マリアンネは自らの〝ゴーレム〟に指示を出して甲板の下へと降りていった。

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