Ⅳ 幻の怪物(2)

「敵は文字通りの大物・・。久々に大鉈を振るでござる。サウロ! ツヴァイヘンダーだ!」


「はい! 旦那さま!」


 マルクの檄に他の者達もすぐさま行動に移る……キホルテスが冗談混じりにサウロへ命じると、優秀な従者は無数の刀剣類の差し込まれた籠の中から長大な両手剣を選び出して放り投げる。


「うむ。クラーケン、いざ、尋常に勝負でござる!」


 その大剣を受け取るとや否や、一気呵成にキホルテスは長大な刃を思いっきり振り下ろす……メインマストに絡みついた巨大するぎるタコ足も、その一撃でスッパリと両断された。


「オオオオオオ…」


 さらに、まだマストに絡みついたままの触手の先は、ゴリアテがその怪力で強引に引き剥がして甲板上へと放り投げる。これにより、メインマストを折られる危機からは逃れることができた。


「なるほど。こいつも切って焼きゃあ食えそうだな。おい、騎士バカ! どうせ切るんならもっと細かく切り刻め! こんな風にな! ワオォォォォーン…!」


 また、キホルテスの活躍を見たリュカはクラーケンも食糧と見なし、船縁に取り付く触手へと跳躍して襲いかかる……雄叫びととともに高速で振り回される十本の鋭利な獣の爪は、一瞬にしてその軟体動物の脚を無数の肉塊へと変化させた。


「確かに。大きなイカだと思えバ一度二大量の食材確保ネ……ハァァァァ……ハイッ!」


 他方、露華も、また別の船縁に絡みついた触手へと少々奇妙なパンチを喰らわせる。


 勢いよく突き込んだ割りには派手な音を立てず、静かにタコ脚へとめり込んだその拳……だが一拍置いた後、殴打したその場所は内部から爆発するかのように弾け飛ぶ。


 それは、露華の一族に伝わる陳氏双極拳の奥義〝陰拳〟……打ち込んだ対象の表面を爆発的に破壊する通常の〝陽拳〟に対し、陰拳は衝撃波を体内奥深くまで伝え、内部からそのものを破壊するのである。


 軟体の触手は打撃への耐性が強いと見て、露華は陰拳の特性を利用したのだ。


「ガハハハ…! どうだクラーケン! 我が剣の切れ味、恐れ入ったか!」


 そうして瞬く間に船体へ絡みついた触手をすべて排除し、余裕の高笑いを甲板に響かせるキホルテス達であったが、獰猛なクラーケンもそれしきで諦めたりはしない。


「まだです、旦那さま! うわっ…! またとりつかれた!」


 気づいたサウロが叫んだ直後、再び別の触手が巨大な鞭の如く振り下ろされ、絡みついたレヴィアタン号の船体を波間に大きく揺り動かす。


「チッ…しつけえタコ野郎だぜ」


「いくら脚を切ってモ本体叩かないとやっぱり駄目ネ……」


 露華のいう通り、触手の二本や三本失ったところで巨大なクラーケンはまるで応えていない。しかも、海に浮かぶその本体までは結構な距離があり、近接戦闘を専らとする彼女達の攻撃では届かないのだ。


「みんな〜お待たせ〜! ピッタリな武器持ってきたよ〜!」


 と、そんな時。なんだか愉しげなマリアンネの声が背後から聞こえてきた。


 そちらを覗えば、彼女の発明品である歯車を用いた人力エレベーターによって、台車に載せられたカノン砲のようなものが下の甲板からせり上がってくる。


「それは……ただのカノン砲じゃなさそうですね?」


 サウロが訝しげに尋ねた通り、砲身は一般的なカノン砲のように見えるが、その砲口にはカエシ・・・の付いた太っとい銛のようなものが刺さっている。


「そのとおり! これはわたしの造った対大物魚介捕獲用新兵器、銛を撃ち出す〝ハープーヌ・カノン〟だよ♪ これなら遠く離れた本体も狙えるし、ぶよぶよのクラーケンの肉も貫けるよ?」


「おお、こいつはイイ。となれば、やっぱりここはバルバトスだな……」


 サウロの質問に、マリアンネが新発明を自慢げに説明する傍ら、いつの間にか船長室へ行っていたマルクも戻って来ていて、ハープーヌ・カノンを目にするとほくそ笑んでみせる。


 そんな彼の左胸には金の五芒星ペンタグラム、右裾には仔牛の革製の六芒星ヘキサグラム円盤が着けられており、先刻同様に悪魔召喚儀式に臨む出立ちだ。


 また、その腕に抱えられていたカーペットのようなものを甲板の上に開くと、それはあの色鮮やかな〝ソロモン王の魔法円〟が描かれたものだった。


「そいつはクラーケン退治に最適な兵器だけど、それでもまだ仕留めるには物足りない。そこで、これからその銛に悪魔の力を宿して強化する。みんな、もう少しだけタコ足の相手を頼むよ」


 マルクはそう告げるや対象悪魔の印章シジルが刻まれた金属円盤ペンタクルを懐から取り出し、加えて腰に下げていたカットラス…のように見せかけて、じつは刀身が短剣ダガーになっているという魔術武器も引き抜くと、それらを携え早々に儀式を始めようとする。


「了解! じゃ、それが完了するまではこれでわたしも……」


 一方、時間稼ぎを頼まれた仲間達も自らの役目に余念がない。


 マルクの言葉にマリアンネは手にした黒い球状のものの導火線に火を点け、最寄りの触手へ近づくと、それを吸盤の一つへとうまいこと吸い付かせる……それは、先程、魚を獲る時にも使った〝水雷〟である。


 わずか後、ドォォォォーン…! と派手な音を立てて爆発すると、巨大な触手もその部分から真っ二つに千切れ飛んだ。


「オオオオオオ…」


「あ、ゴリアテちゃん! ナイスアシスト!」


 その衝撃に、本体側の生きてる触手の方が俄かに暴れ出すが、それにゴリアテは取りつくと、締めあげて主人を危機から救う。


「我らも負けておられぬ……参るぞ、サウロ! セヤアッ!」


「はい! 旦那さま!」


 ドン・キホルテスとサウロの騎士主従も再び絡みつく触手へと果敢に挑んでゆく……キホルテスは引き続きツヴァイヘンダーで、サウロは長柄戦斧ポールアックスを用いて太いタコ足をそれぞれに両断する。


「今夜はタコパー…いや、イカパーティーか? ま、どっちでもいいけど、酒の肴になってもらおうじゃねえか!」 


 またリュカも先程と同様に、相変わらずの減らず口を叩きながら、鋭い爪でクラーケンの脚を切り刻んでゆく。


「リュカ、細かすぎると拾うの面倒ダカラ、やっぱり程良い大きさにしとくネ……スゥゥゥゥー……ハイッ!」


 一方、そんなリュカに文句をつけると、露華は大きく息を吸って気を溜め、今度は拳ではなくいかづちが如き高速の飛び蹴りを弾力ある触手へとめり込ませる。


 だが、今回は軟体の肉が弾け飛ぶようなことはない。ただ、代わりにビクン…! と一度だけ震えると、それっきり触手は動かなくなってしまう。


 陰拳に代わって露華が用いたのは、双極拳のもう一つの奥義、〝八卦はっけ拳〟の内の〝震脚〟という技だった。


 八卦拳……それは東方の哲学に云うところの世界を構成する根本の性質──陰・陽の二極からさらに派生した八卦はっけ──即ち〝乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤〟の八つの元素に仮託した武術である。


 その中で雷の性質を表す〝震〟の技は、打ち込まれた気が波紋の如く体内へと広がり、あたかも雷に打たれたかのように筋肉を痺れさせるのだ。


「さ、ブツ切りニシテ回収ネ……」


 そして、どこからか大きな辰国風包丁を取り出した露華は、動かなくなった触手を適度な大きさへと早速に切り分け始めた。

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