8 面談

 ジョナサンとエヴァはその翌月、二人揃って半月ほど休暇を取ることにした。新婚旅行ならぬ離婚旅行である。

 だがそれに先立って、ジョナサンはエヴァを通してアルバートに面談を求めた。


 返事は速達で来た。

 日時と向こうの職場近くの食堂への案内図と共に、『会える日を楽しみにしています』という言葉があった。


 予定の時刻、店の受付にクレインと予約名を名乗ると、ジョナサンはまっすぐに店の半ばの席に通された。そこにはジャケットと分厚い書類鞄と紐付き封筒を添えの椅子に置いて、そわそわとしている痩せた若い青年がいた。


 落下防止の紐付きの鼻眼鏡パンスネに、きちんと刈り上げられた側頭部、法律家と言うには本当に若いようでひげなどはきれいに剃り落としている。


 席に案内されると、彼は立ち上がって迎えてくれた。

 ジョナサンも握手で応える。体の線の細さの割に手の肉はしっかりと厚い。


「結婚式以来かな。今日からネイサンでいいよ」

「お会いできて嬉しいです。僕のことはアルと」

「わかった、時間を作ってくれてありがとう、アル……ところで、なにかスポーツでもやってたの?」

「え? ええ、大学生時代は拳闘を少し」

「今はグローブをペンに変えて法律か」


「ええ、まあ。まだ判例の写しや弁護士の手伝い仕事ばかりですけど……まあ、法曹試験を通るまでは仕方ないです」

「そうか、法律家の道は大変だね」

「そちらは、エンジニアさんでしたね。ミセス・クレインから頂いてるお手紙で読みました」

「ああ、専門は機械設計だ。大学に入る前では製造を目指してたんだが、どうにもこちらの方が適正があってね。いい眼鏡だね」


「ああ、これですか。最近作ったばかりで、外すとほら」

 そういって、鼻の付け根のつまみを掴んで鼻眼鏡を取ってみせた。その顔はおおよそ成人には見えない。童顔である。


「若く見えるのは悪いことじゃない」

「いえ、多少は威厳がないとつらいんです。顧客の中には見た目で信頼度を図る方もいますし」

「なるほど」

「弁護士は顧客の依頼あってこその仕事です。実績を積んで名前だけで信頼を獲得するまでは客商売のようなところがあるので」

「それはそうだ。うちの仕事も仕事の出来で判断してもらえるまでは、期待してもらえるかどうかにかかってる。そういう点で似たようなところがある」

「たしかに」


 そう言い合っている間に、ウエイターが注文を取りに来た。メニューを差し出され、開く。

「おすすめは?」

「今日は大身のニシンでいいのが入っています。フィッシュパイのフライドトマト添えなどいかかでしょう」

「ニシンのパイというと頭むき出しスターゲイジー?」

「いえ、切り身にして骨を取り除いて一度調理をつけたものを、パイとして更に火を入れたものです。オーバルではなく、カットしたものをお出しています」

「じゃあそれをもらおう」

「同じものを、それと適当な白ワインを」

 そういうアルバートに、ジョナサンは少し迷った顔でバー・メニューを見ていた。


「ええと、酒の入ってないものは? なければ水でもいい」

「トニックウォーターでよろしければご用意できます」


「それで頼む。悪いね、付き合いが悪くて。酒を飲むと湿疹が出る体質なもので」

「ああ、それはそれは」


「酒はよく飲むのかい?」

「昼はワイン1杯までと決めてます」

「いい心がけだ。なにか失敗したことでも?」

「ええ、大学時代に寮の仲間と飲み比べをした時、記憶をなくすほど飲んで気がついたら講堂の壇上で全裸で寝ていたことがあって……それ以来節制してます」

 それをきいて一笑するジョナサン。


「まあ学生時代はやらかすものだよな。酒で誰かを怪我をさせたりしていないだけマシさ」

「そんなことが?」

「大学の寮のルームメイトが酒乱でね。週末の夜になると顔にアザをつくって帰って来ることがよくあった」

「なるほど」

「その点、拳闘の心得はあってもそれを濫用しない君はまともそうだ」

 そういわれて、アルバートは照れたように笑った。


「童顔をナメられたくなくて鍛え始めたようなものですから」

「そうか……大卒でその年なら結婚相手の紹介の話もよくあるだろう」

「ええ、まあ……ただ、お断りしています」


 それを聞いて、ジョナサンは小さく息をついた。

「あくまでもエヴァ・メイ一筋か」

「ええ、ミセス・クレインになっても、変わりません」

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