5 茹で卵
そして、角砂糖の壜を取ってテーブルに持ってきた。
エヴァは砂糖を珈琲に落とし、ジョナサンはナプキンの上で角砂糖を砕いて粉状にした。それに殻を剥いたゆで卵を押し付けて、一口かじる。
これに顔をしかめるエヴァ。
だが、ジョナサンは意外そうに眉を上げた。
率直に言って、悪くなかった。まず、ゆで卵特有の硫黄臭さがなぜか甘みと混ざることで消えていた。これはゆで卵としては初めての感覚だった。
「うまい、これはこれでいけるぞ」
「そんな嘘でしょ」
「いやホントだって。考えてもみろ、ケーキだって卵に砂糖を使うだろう。そういう感覚の食べ物と思えば、かなり良い」
その言葉に、マリッサは目を丸くしながら、ジョナサンのナプキンの上の砂糖に卵の端をつける。
「ちょっと本気?」
「ミスター・クレインは子供っぽいところもありますが、悪いいたずらはしない人ですから」
そういって白身を一口ぱくっといく。とたんに、ん、と唸った。
「うん……これは、お菓子の味」
「だろ! ほら見ろ」
そういっていぶかしむ妻にぐっと拳を見せる大人げない夫。
最後におそるおそるエヴァも砂糖をひとつまみとって、食べかけのゆで卵にふりかけて、かじる。
険しく眉間に寄っていたシワが、ふわっとほどける。
「うそ、信じられない」
3人そろって、砂糖に卵を二度付けしてもう一口、二口と食べた。
それからリンゴをかじると、たちまちジョナサンは苦笑した。
「しまった、リンゴを先にいくべきだった」
「うん、こっちの甘味より砂糖の甘さのほうが強い」
「ここにストーブとお鍋とナイフがあったら、薄切りにして甘く煮るのに」
三者三様に、果物の自然な甘みよりゆで卵の砂糖がけの方が甘味として勝っていることを告げた。
それでも珈琲の苦みを交えれば一応それなりには食べることができた。
そうして無事食事を済ませた。
「はいごちそうさま、いってらっしゃい」
そういってエヴァはさっさと3人分のナプキンを集め、カバンから古新聞を一枚出してその中にぱらぱらと食べかすやリンゴの芯などを捨てる。
それを横目にマリッサはジョナサンに向き合った。
「昨夜はありがとう。ご飯まで買ってきてくれて、つきっきりで面倒まで」
「それはいいよ。……それより、出かける前に、ちょっといいか」
ジョナサンが、やや身構えた調子で二人それぞれの顔を見た。
「ん?」
普段の夫の様子からして、なにか思い切ったことを言いたげな具合を感じて、エヴァは片付けの手を止めた。これにマリッサも倣う。
「あのさ、一緒に暮らさないか」
「は?」
「え?」
唐突の提案に声を漏らす女性二人。
「いやその、ここの様子を見てたら、なんかもっとちゃんとした暮らしをしたほうがいいと思ったんだ。3人の賃金あわせたら、いや、あわせなくても、僕らの今のアパートよりもう1部屋か2部屋大きなところに移れると思うんだ」
それを聞いて、女性2人は顔を見合わせた。
「いや、けど、2人は御夫婦だし」
「待って、ミストレス・バトン」
そう言ってエヴァは咳払いを一つして、夫の顔をなにか看破しているかのような強い眼差しで見た。
「……そう、私もいい考えだと思う。ここの暮らしぶりはよほど慣れないと快適とは感じられないだろうし。だけどね、ジョナサン・クレイン、その前にきちんと白状しなさい」
そういわれて、エヴァに構えた態度と口調でそういわれて、ジョナサンは小首をかしげる。
「すっとぼけない。それとも、私をナメてる?」
「いや、ナメてない」
「じゃあ、私から言うよ」
なにか隠し事を掴んでいるとでも言うような口ぶりだった。これに対してジョナサンも後ろ暗いところはないつもりだから鷹揚に構えた。
「ん? ああどうぞ」
「あなた、彼女のことが好きでしょ」
そう言われて、ジョナサンはぎょっとした顔して、しかしすぐになにか虚を突かれたとでもいうように息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
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