4 朝食
翌朝、ジョナサンは外套の襟を立ててぴっちりと着込んだ格好で、椅子に座り込んで腕組みをし、うつらうつらとしていた。
奥の壁に沿って据えられたシングルベッドでは、マリッサが重ねた毛布を鼻のあたりまで被って眠っている。
部屋は冷え切っていた。
昨晩は大家に事情を話したところ、湯たんぽだけでなく厚手の毛布まで貸してくれた。
それらでマリッサを十分に温めたのが効いたのか、幸い、明け方を迎える頃には熱は下がった。
それに安堵して一息つくつもりが、そのままジョナサンは書き物机の椅子で寝入ってしまったのだ。
むろん、病人相手に男女のどうこうということは何もなかった。
戸が叩かれる音で目を覚ますと、ジョナサンは立ち上がりかけて、思わぬ体の痛みに呻いて、すぐには立てなかった。体がぎしぎしと音を立てそうなほどこわばっていた。特に座ったままだった腰が痛い。
そんな彼より先に、ベッドが軋む音がした。
マリッサがよろよろと立ち上がり、玄関の鍵を外した。
入ってきたのはブルネットの肩口で髪を切りそろえた、赤い唇の女。
ジョナサンが普段毎日見ていて、毎朝キスを交わす相手の顔だった。
「あら、起きて大丈夫なの?」
そう声をかけながら二人はハグをかわした。
「うちでいつも食べてるもので悪いけど、もってきたから」
「そんなお手数を……ネズミが出ると嫌だから、ここにはパンも置かないようにしていて」
「いい、わかる。女の一人暮らしは色々キツイよね。あなたのことは
そういわれて、マリッサは頷いた。
「エヴァ、わるいね、今何時だ」
ジョナサンがそう聞きながら、外套の腹のあたりのボタンを緩めて、中の上着のポケットから懐中時計を出そうとした。
その間にエヴァはまっすぐに彼のほうに歩み寄ってきた。
そしてまるで子供でも相手にするように座ったまま動けないジョナサンの頭を両手で包み、額に口づけをし、ついた口紅を指で拭った。
「もう珈琲屋さんが開いてる時間。あ、お店からあなたに『今日いっぱいきちんと休んで養生しなさい』って」
マリッサに振り返って、彼女はそう言った。
「え、そんな、店に寄ってきてくれたなんて……ありがとう」
会釈のようにマリッサは頭を下げた。
ジョナサンはゆっくりと立ち上がって、腰に手をついて体を反らした。そのついでに時計を出して、時間を見る。8時15分を少し過ぎている。
「もうこんな時間か、軽く食べたらすぐに出ないと、昼前にクライアントと面談があるんだ。その用意をしないと」
「私は学校に電話をかけて午前中だけ半休にしてもらった」
「すまない」
そういうと、エヴァはジョナサンの脇を強めにつついた。
「あっ、今は腰が!」
「ありがとう、でしょ」
「ああ、ありがとう、愛してるよ」
そういって、軽くハグする。
「都合が悪い時ばっかりそういって」
「そうか? そんなつもりはないんだが」
「はいはい、食べるもの出すから、場所あけて」
そう夫婦でじゃれ合っている間にも、マリッサはけほけほと小さく咳をしている。
「……あとこの部屋、きちんと掃除しないと」
そうぼやくように言って、食事の用意をした。エヴァは用意がいいもので、温かい珈琲入った寒暖壜の他にブリキのカップを3つと、3枚のナプキンを持ってきていた。
本を積み上げて足りない椅子とテーブルのかわりにし、それぞれにテーブルクロスのようにナプキンを広げてかけた。
珈琲をわけ、本の上のナプキンを皿代わりに食べ物を並べる。
パンにリンゴにチーズにゆで卵……どれも夫婦で毎朝食べているものだ。
「あ、お塩持ってくるの忘れた」
「角砂糖でよければ、そこの棚に」
ゆで卵に砂糖? とでも言わんとするように怪訝な顔になるエヴァに対し、ジョナサンは迷わず指された棚の戸板をあけた。
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