二章 二日目 ⑨
「シスターニーナはどういう方なんでしょう? 何をして懲罰房に入れられたのですか?」
私の様子からニコラも何かを感じ取ったのだろう、追及の言葉に力が籠る。シスターイザベラは一瞬口ごもり、
「悪魔に憑りつかれたのです」
声を抑えてそう言った。
「元々シスターニーナは口数が少なく、他人とあまり関わろうとしない人でした。感情が顔に出にくくて何を考えているのかわからない……不気味だと言う人も少なくありませんでした。でも、決して心根の悪い方ではないのです。お勤めにも熱心で誰に迷惑をかけることもなくて……なのに、いつの頃からかそんな彼女に悪魔が憑りついていると噂されるようになりました」
「その噂は誰が?」
「わかりません。もちろんそんな噂を本気にする者は誰もいませんでした。しかし、シスターニーナに悪魔が憑りつく瞬間を見たと言い出すものが現われまして」
「悪魔が憑りつく瞬間……ですか?」
「それも一人や二人じゃありません。毎日のように目撃者が増えていきまして。こうなると誰も彼女に近付こうとしなくなります。ご存知だと思いますが、聖職者にとって悪魔は最も忌避すべき存在ですから」
その『聖職者』の内には自分も含まれているのだろう。シスターイザベラの声は恐怖に震えていた。
「シスターニーナは完全に孤立するようになりました。当時の彼女の話し相手は鳥小屋の鳩だけだったと思います。その頃には修道院長のお耳にも噂が届くようになり、シスターニーナは度々修道院長からお呼びを受けるようになりました」
「修道院長とはこの寺院のトップ、イッター4世のことですね」
「はい。これは良い知らせでした。みんなは喜び、期待しました。修道院長がきっとシスターニーナに憑りついた悪魔を祓ってくれると。でも、何度やっても上手くはいきませんでした。困り果てた修道院長は彼女を懲罰房に隔離することにしたのです、ちょうど十日前のことです。これ以上寺院に動揺が広がらないようにと」
「つまり、臭い物に蓋をしたのか」
「――っ」
カイの言葉に、シスターイザベラが一瞬目を剥いた。しかし、経験を積んだシスターの自制心はそれ以上の感情を表に出すことを許さず、顔を伏せるだけに留めさせた。
「罪を逃れようとは思いません。私は修道院長の提案に抗うことができませんでした……私は地獄の業火に焼かれることでしょう」
「そんな!」
二人の修道女がすぐさまシスターイザベラの肩を抱く。
「シスターイザベラは最後まで懲罰房の使用に反対していたじゃないですか」
「そうですよ! それにシスターイザベラは、今でも懲罰房で一人ぼっちのシスターニーナを思って毎日祈りを捧げています」
「……今でも懲罰房で一人?」
瞬時、ニコラとカイの間で視線の会話が交わされた。
「あなた達! どれだけ偉いか知りませんが、シスターイザベラを侮辱すると私達が許しませんよ!」
「大変失礼をいたしました。主人に代わって発言の撤回と謝罪をさせてください。シスターイザベラ、あなたは天羽教の信条を体現する鑑です。是非とも謝礼をお渡ししたいのですが」
「私には必要ありません。寄付なら入り口で受け付けています」
「ではそうさせていただきます。最後に一つだけ。そのシスターニーナという方は茶色の髪の毛で、背丈は私の胸程度、痩せ型で、歯ぎしりの酷い方でしたか?」
……は? 歯ぎしり?
「どうだったかしら。その通りだった気もします。あなた達はシスターニーナをご存知なのですか」
「さあな、もしかしたらそうなのかもしれん」
曖昧に答えるカイの顔をしばし見つめ、シスターイザベラはポケットから何かを取り出した。
「であればこれは、あなたに受け取ってもらった方がいいのかもしれません。懲罰房に入る前にシスターニーナが私に託したものです。では、これで失礼いたします。あなた達に天の羽が降りますように」
二人の修道女に支えられながら、シスターイザベラはよろよろとした足取りで裏庭を去っていく。カイはその背中を最後まで仏頂面で見送った。
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