二章 二日目 ②
「部屋が暗かったですか? 少々お待ちくださいね」
ニコラは仕える主人の横暴さと帳尻を合わせるかのような柔和な所作で、一つ一つ部屋のカーテンを開けて回った。彼が窓に近寄るたびに部屋に光が溢れていく。それはまるで地上に明るさをもたらす天使のようで――。
あ、ヤバイヤバイこっちにやってくる。私は逃げるようにベッドの中に潜り込んだ。
……さっき逃げようとしていたの、バレていないのかしら?
布団を鼻まで引き上げて若執事の挙動を盗み見る。ニコラは鼻歌交じりに全てのカーテンを開いて窓を解放させると、そのままゆっくりとベッドの脇に歩み寄り、
「失礼します」
花嫁のベールを捲るように私の布団をそっと剥がした。
「え……?」
カイとは別種の美しい顔が目の前にあった。穏やかな笑顔、キラキラと輝く金色の髪、海の結晶のような青い瞳。
「あの、ニコラさん……」
「お静かに」
ニコラは長い人差し指を形のよい唇に押し当て、また私の顔を覗き込む。
えっと、長くないですか? いつまで見つめられているの? これ以上は顔が火を噴く。その一秒前に、
「顔色が良くなられましたね」
ニコラは笑みを浮かべて顔を引いた。
「顔色……ですか?」
「はい。一昨日に比べると随分と」
反射的に鏡台に目をやると、這い出したての死体と目が合った。これより悪い顔色って、一昨日の私は何色だったんだろう。
「ベッドにお運びした時はシーツの色と区別がつかない程蒼白でしたから。悪夢を見られていたのか表情も窓ガラスに写った悪霊のように歪んでいて、濡れた髪の毛が触手のように……」
「わ、わかりました! もう結構です!」
お願いですから天使様のような顔で女の酷い顔色を描写しないでください。
「とにかく、回復されて何よりです。早速ですがお着替えをお持ちしました。お手伝いは必要ですか?」
「え、手伝いですか?」
「そのままベッドに座ったままで結構ですよ……慣れていますので」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。手伝いは結構です。自分でできますから」
「そうですか、もちろん無理にとは申しません」
悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、ニコラは手を引っ込めた。
悪戯……ですよね? ニコラの見本のような笑顔を見ていると本気なのか冗談なのか判別がつかなくなる。やっぱり、ラグフォルツ家の人間だ。主人とは違った種類の曲者なのかもしれない。
「それでは何か御用がございましたら、いつでもお声掛けください」
そう言うとニコラは深々と頭を下げ、
「そう、一点ご忠告申し上げます」
指を一本立てながら身を起こした。
「この部屋から勝手に抜け出そうとするのはお奨めいたしません。閣下からは捕虜として丁重に扱えと申しつけられておりますが、少しでも逃げる素振りがあれば容赦なく扱いを落とすとも仰られておりましたので」
「捕虜……ですか?」
「足の柔軟体操は程々になさいませ。それでは失礼いたします」
ああ、さっきのお転婆な足。やっぱり見られていたのか。
一昨日の酷い顔色の件といい、今朝の記憶だけは明日には消え去っていてほしい。
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