焚いたフラッシュ、焚いた写真。
あめはしつつじ
夏に、置いてきた
この夏を、一緒に過ごしてほしいの。
私は、彼の下駄箱に、そう書いた手紙と。加工した、私の写真を一枚。誰にも見られないように、そっと入れた。
明日から、夏休み。
終業式を終え、私は。写真部の部室で、一人。彼を待っていた。
「あれ? 君? ずいぶんと、写真と違うようだけれど」
「いけませんでしたか? マコト先輩。面食いだって、みんなが言うものでしたから」
「いや、まあ、うん。悪くないね」
偽物の私の写真を、指で、ピンと弾き、床に飛ばす。先輩は私に迫る。
「『この夏を、一緒に過ごしてほしい』、こーゆー手紙を俺に送ってくるってことは、分かってんの?」
先輩は、第二ボタンまで開いたワイシャツの、第三ボタンに指をかけ。外す。
第四。第五。第六。
白いシャツを脱いだ先輩の、黒のタンクトップが近づく。
汗と、制汗剤の、混じったにおい。
私は、窓際に、後退る。
「暗く。暗く、してほしいの」
先輩は、何も言わず。私の後ろから差す、夏の日差しを。カーテンを閉め、遮る。
「カーテンを閉めるだけじゃ、だめ。もっと、真っ暗にして……」
黒く、伸びる、筋肉質の、先輩の腕の下を通って。写真部の部室の、隅の方へ。
暗室への扉を、引いて開く。
私は、暗室の。奥の方へ、奥の方へ。
追って先輩が、
「うおっ、本当に真っ暗だ」
「あの、扉。閉めて、ください」
黒渦。一切の光の無い闇の中。三半規管が失調し、目の前が、ぐるりぐるりと、黒く、渦巻く。
「もー、いー、かい?」
「まだです。少し、待って、ください。あの、このことは、誰にも、言ってないですか?」
「言わないよ、誰にも。行為の最中に、誰かに邪魔されるのが、一番萎えるからね」
「そうですか……、分かりました」
私は。ただ。待った。
暗室に。沈黙と。蒸し暑さ。
「暑いな。もう、我慢できない」
先輩は、ベルトをかちゃかちゃと、外し、スラックスを脱いだ。後ろに投げたのか、ベルトの金具が床とぶつかる音がした。
「いいだろ、もう」
先輩の鼻息が大きく、大きく。近づいてくる。
生暖かい、鼻息が。私の、顔にかかる。
私は、暗室に置いてあった、カメラを手にとる。
鼻息に、顔を背け。思い切り、目を瞑って。
先輩の顔に向けて、最大出力の、フラッシュを、焚いた。
「うぐぁっ、目が、目がぁっ」
カメラを持ったまま、先輩の横を抜ける。
スラックスを拾って、布越しにノブを回し、暗室の扉を、押し開ける。
扉を閉め、急いで、用意していた棚や机を、暗室の扉と、反対側の壁に、組んで噛ませる。
暗室の扉は、もう、開かない。
「くそっ、くそっ、どこだ、くそっ、ううっ」
扉の向こうから、先輩が呻く声が、小さく聞こえる。
コンコンコン、コンコンコン、私は、扉をノックする。
音に誘われて、先輩も扉の前に。
どんっ、どんっ、と、激しく叩く。
「くそがこらっ。開けろ、おいっ、開けろっ」
どんっ、どんっ、と開かない扉を叩く音を聞きながら、私は。先輩のスラックスから、スマホを取り出した。
要件は、短く、手短に。相手に付け入る隙を与えないように。
「パスワード。スマホのパスワード教えてください」
「あんっ、誰が。開けろこらっ、開けろっ」
「パスワード」
「開けろっ」
「パスワード」
「くそっ」
「パスワード」
先輩は、四桁の数字を言った。
開いた。
スマホの写真フォルダを開く。
何人もの、裸の、女性の、写真。
何枚も何枚も。
一括削除しますか?
はい
クラウドの、バックアップも。きちんと、削除する。
スマホについた指紋を、丁寧に丁寧に、拭き取る。
どんっ、どんっ、と扉を叩く音。
元気だなー、まだ。
スマホをスラックスに戻す。
おっと、忘れてはいけない。
ポケットから、私の書いた手紙と、えーと、確か、ここら辺に、あった。床に落ちた、加工した、私の写真を一枚回収する。
さて。
棚と、机と、ベルトの皮のところ、バックルのところ。
指紋を綺麗に拭き取って。
うん。
時間をかけて。私がこの部屋にいた、痕跡を、全て、消して。
暗室の、扉の向こう側に、耳を澄ます。
何も、聞こえない。
コンっ、と小さく、ノックすると。
どんどんどんっ、どんどんどんっ。
元気だね、まだ。
私は、鍵を閉め、部室を後にした。
もしもし、うん。
夏祭り、一緒に行かない?
そう、二人で。
うん。うん。
プールとか、海とか、
この夏は、一緒に過ごそうよ。
うん。うん。
心配ないって。
うん。
写真? 撮られた?
大丈夫。夏に置いてきたから。
焚いたフラッシュ、焚いた写真。 あめはしつつじ @amehashi_224
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