2日目:寝かしつけ

 リスナーのそばで、十秒ほど本をめくる音が続く。

 ヒロインの、自然な呼吸音と吐息が聞こえる。

 ごそごそと衣擦れの音がする。

 ヒロインがリスナーの顔を覗き込むようにして声をかける。


「まだ少しだけ、起きていたい?」


 ヒロインの長い髪が、リスナーの耳に触れる。髪が揺れる、サラサラという音がする。リスナーの正面から、ヒロインの囁き声が聞こえる。


「でも、意識は既に微睡みの中だろう」


 ヒロインがリスナーの前髪を撫で付ける。髪を梳くような音がする。

 

「目はすっかり閉じてしまって、意識はふわふわとした微睡みの中。いつでも夢の世界に旅立てる状態だ」


「深呼吸して、リラックスしようか。昨日と同じように、ゆっくりとした深呼吸」


 ヒロインの声が右側に移動する。

 ヒロインが横たわるイメージ。布団に潜り込む音がする。

 右側からのみ、ヒロインの声、呼吸音が聞こえる。


「鼻から大きく息を吸って……

 口からゆっくりと息を吐いて……」


 四秒息を吸い、三秒無音、六秒かけて息を吐き出す。


「ゆ~っくり大きく息を吸って……

 もっとゆ~っくり、息を吐いて……」


 四秒息を吸い、三秒無音、六秒かけて息を吐き出す。

 

「鼻から、吸って……

 口から、吐いて……」


 四秒息を吸い、三秒無音、六秒かけて息を吐き出す。


 呼吸音が四回続く。


「そう。そのまま。自分のペースで続けてみて」


 呼吸音が小さくなる。フェードアウトしていく。


「ポーションの効果で、君の手足からは力が溶けて、漏れ出ていってるはず」 

「ほら、意識してみて」


 再び、耳が塞がれたような音。くぐもった音が聞こえてくる。

 暫くの間、常に耳が塞がれている状態。

 

「右手、力が抜けて、漏れ出ていく。

 指先から、力が漏れていく……抜けていく……

 肘から、力が漏れていく。

 二の腕、肩から、力が漏れていく……抜けていく……」


「左手も、力が抜けて、漏れ出ていく。

 指先から力が漏れていく……抜けていく……

 肘から力が漏れていく。

 二の腕、肩から、力が漏れていく……抜けていく……」 


「次は、両足。

 つま先から、力が漏れていく……抜けていく……

 膝、太腿、力が漏れていく……抜けていく……」


「腰……おなか……力が漏れていく……抜けていく……

 胸……首……力が漏れていく……抜けていく……」


 塞いでいた耳が解放される。


「全身の力がぜ~んぶ抜けていってしまったね。

 今、君の体は、全部の力が抜けて、重~くなっている状態だ」


 ヒロインがリスナーの耳元で囁く。

 

「意識、ぼ~んやりと、しているだろう?

 そのまま、意識を沈めていこうか」


 ヒロインの声が少しだけ離れる。


「カウントダウンをしよう。

 私が数え下ろすのに合わせて、君の意識が沈んでいくよ」

 

「階段を下るように。

 一段、一段、ゆっくりと下るように。

 君の意識は、深~く、深く、沈んでいく……

 深~く、深~く、沈んでいく……」


 かまどで薪が燃えている。パチパチと音がし続けている。

 ヒロインが動く度、衣擦れの音がする。

  

 ヒロインがゆっくりとカウントダウンをしていく。 カウントダウンに合わせて、木製の階段を下るような、カツン、カツンという靴音がする。


「10、9、8……」

「君の意識が、深く沈んでいく……」


「7、6、5……」

「安心して眠れる、意識の底へ……」


「4……3……」

「深い深~い、意識の底へ……」


「2…………1…………」

「沈んでいく……」


「ゼロ……」


 全ての音がフェードアウトしていき、やがて無音になる。


「ここが、君の意識の底。安心して眠れる場所。

 さあ、今日はもうお休み」


「幸せな夢を見れますように」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る