2日目:薬草のお勉強

 環境音がフェードインする。

 風が部屋に入り込む音。

 本をめくる音と、紙に鉛筆で文字を記入する音が、リスナーの正面から聞こえる。

 不意に、コツ、コツ、と。木製の机を鉛筆で叩く音がする。

 ヒロインの深いため息が聞こえる。ヒロインが、やや苛立ったようにリスナーへ声をかける。


「全く……今は勉強中だろう」


 音が鳴り止む。


「自分から学びたいと言ったんじゃないか。眠いならベッドに行きなさい」

「はぁ……眠気覚ましに、コーヒーでも飲むかい?」


 一拍置いて、再びため息。呆れたように。

 

「いらない? それなら、ちゃんと目を覚まして。姿勢を正して」


 再び、本をめくる音、紙に鉛筆を走らせる音がし始める。

 不定期に、断続的に、音が続く。


「昨日の復習だったね。

 昨日作ったあのポーション、材料は覚えてる?」


 本をめくる音が早くなる。焦って答えを探しているリスナーをイメージ。

 二秒ほど本をめくり、音が止まる。


「そう。よく見つけられたね」


 ヒロインが紙に指を滑らせる音。

 答えを見つけて、本を人差し指でトントンと叩く。


「ロートスの実と、乾燥したレモンバーム、そして、ローズマリー」


 声が近くなる。正面に顔を近付けて、低い小声で話す。内緒話くらいの声で。

 

「効果は何だったか、覚えてる?」


 ヒロインがゆっくりと本をめくる音。


「効果はね、精神汚染の呪いからの回復。そして、副作用が……」


 数ページめくった後、ページをめくる音が止まる。


「……ここに、そのポーションがある」


 ヒロインが、リスナーの耳元で水が入った瓶を振る。


「作りすぎてしまったからね。君にあげよう。

 でも、タダではあげられないよ。君が、これを手にするに相応しい知識があるかどうか、試させてもらおうか」


 ヒロインが椅子から立ち上がり、リスナーの方へ前かがみになる。

 リスナーの耳元で、ヒロインがくすくすと笑う。


「なんてね。ただのクイズだよ。今から出す問題に答えられたら、一瓶あげよう」


 瓶を爪でコツコツ叩く。


「魔法植物のロートス、その実を食べると、ヒトはどうなる?」

「十秒カウントするよ。さあ、答えて」


「いーち、にーい、さーん」


 時計の針の音が聞こえる。


「しー、ごー、ろーく」


 時計の針の音が段々と大きくなる。


「なーな、はーち、きゅーう……」

「昨日教えたはずだよ。覚えてないかい?」


 時計の針の音が止まる。 


「……………………十。

 時間切れ。残念だったね」 


「正解は、忘却と催眠。ロートスの実は、食べた人の記憶を曖昧にして、深い眠りに落としてしまう。

 実のままだと効果が強すぎるんだけど、水やハーブティなんかで薄めてしまえば、睡眠薬として役立つ」


 リスナーの耳元で、ポーションが入った瓶を振る。


「このポーションみたいにね」


 瓶に結びつけていたリボンをほどく音。 

 瓶からコルクの蓋を抜く、キュポンという音がする。


「このポーションの副作用は催眠だ。魔法使いの間では、その副作用を利用して、睡眠薬としても使われる」


 ヒロインがクスリと笑う。

 

「効果は絶大。飲めばあっという間に眠りに落ちて、朝までぐっすり。幸せな夢というオマケ付き。

 残念だね。この瓶おあずけだよ」


「でも、まぁ。ただおあずけというのも、つまらないだろう?

 ポーションの催眠効果、体験してみようじゃないか」


 リスナーの耳元で、イタズラっぽくクスクスと笑う。


「ホットミルクを作ろうか」

「まずはかまどに火をつけて」


 一秒程のウィンドチャイムの音がする。ヒロインが魔法を使う。

 かまどに火がつく。パチパチと薪が燃える音がする。

 ヒロインがかまどへと向かう。

 コツコツという足音。

 鍋をかまどに置く音。

 鍋に牛乳を注ぐ音。


「牛乳を温める」

「弱火でじっくり……焦がさないように……」


 薪が燃える音が少しだけ弱くなる。

 牛乳が沸騰するポコポコという音が聞こえてくる。

 暫くして、牛乳を温め終わる。かまどの火は消さずに、ホットミルクをマグカップに注ぐ。

 ヒロインがリスナーの元に近付く。


「そうしてできたホットミルクに、ポーションを一滴」


 耳元で、液体を垂らすポチャンという音が聞こえる。 

 リスナーの正面に、音を立てながらマグカップが置かれる。

 ヒロインが耳元で囁く。


「さあ、飲んでごらん

 大丈夫さ。変なものは入れてない」


 ヒロインが驚いたフリをしておどける。

 

「さっきのポーションこそ『変なもの』だって? ふふふ、確かにそうだ」


 クスクスと笑いながら。


「君はこれから、悪い悪い魔女に寝かしつけられてしまうんだ」

「まぁ、そんな私に弟子入りをしたいと言った君が悪いね」


 再び、リスナーの耳元で囁く。

 

「さ、観念して飲むといい」


 暫く無音。

 嚥下音。リスナーがホットミルクを飲むところをイメージ。


「飲んだね」

 

 他人の手で両耳を塞がれたような、くぐもった音がし始める。

(ポーションの効果によるものであり、ヒロインの仕業ではない)


「ポーションはすぐに効果を発揮する。

 耳が塞がれたような感覚があるだろう? そして、周りの音が遠く、くぐもったように聞こえるはずだ」


「大丈夫。ポーションによる、ただの催眠効果さ。君はこれから、ただぐっくりと眠るだけ」


「まだ寝たくない? でも君の体は、今すぐにでも寝たがっているようだよ?」


「意識がふわふわしてくるだろう?」


 ヒロインが、右から囁く。


「右にふわふわ~」


 左から囁く。


「左にふわふわ~って」


 正面から、笑いを含んだ声でヒロインが言う。


「今日はもう寝ようね。

 悪い悪い魔女に、睡眠薬を飲まされたんだ。あっという間に寝入ってしまうよ」

「私がベッドまで運んであげよう」


 ウィンドチャイムの音。魔法でリスナーをベッドに横たわらせるのをイメージ。

 リスナーの耳元(両耳)で、衣擦れの音がする。


 リスナーの右隣に、ヒロインが潜り込む。

 ヒロインがリスナーを茶化す。


「君が眠るまで、添い寝してあげよう。たまには保護者らしいことしないとね」 

「子供扱いじゃないさ。五百年生きた私にとってはね、君は本当に子供なんだよ。

 可愛い可愛い、私の弟子さ」


「まぁ、私のことは気にしないで。隣で本を読んでるだけだからさ」


 ヒロインがリスナーの隣でもぞもぞと姿勢を変える。

 布団に腹ばいになって、本を読んでいるイメージ。

 リスナーの耳元で、パラパラと本をめくる。

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