第9話 とても痛い
「お前、なんで起きてる」
「さぁな?」
目の前の転生者に弾かれたナイフを恨めしく睨みながら問う。
通常睡眠魔法は魔法に精通してる人間の中でもさらに魔法耐性が高いものだけが抵抗できるものだ。少なくとも転生して3週間ぽっちの人間が耐えられるものではない。
「だがまぁいいお前も殺して後ろのガキも殺す、そんでもって絶望したリューナを殺す、工程が一つ増えたくらいで俺の計画は変わらない」
「俺をさらうっていうのはどこ行ったよ」
「あ?確かにそんなのあったな、けどもう忘れたよ」
「あっそ」
転生者、柊は少し視線を動かし横で倒れてるロナを見やる、腕はあらぬ方向に曲がっており首から血が流れ出ている。………まずい出血が止まってない、このままじゃ。
後ろにいるリューナもぼろぼろだ。膝をついて立てそうにもない。体も震えている。
………ここまでしたのかこいつは、あぁそうか、じゃあ
「許せない」
「はっ雑魚が何言ってんんだ」
「ねぇ、あなただい、じょうぶ、なの?」
「なんだリューナお前いつもと違って弱弱しいな、大丈夫だよだって………」
リューナの不安を余裕で受け止められるくらいの理由が彼にはあった。それは………
「まったく、我らがギルドで散々暴れまくってくれたな?」
「あなたのことは未来永劫覚えておきます」
「いんやメイルこんなゴミクズ覚えておく必要もないさ」
「殺す、何をおいても殺す」
「ぶっ潰す」
「だって、ギルドのメンバーを起こしてきたからね」
廊下の奥からぞろぞろとやってきたのはギルドの皆さんだ。その足はまっすぐにメリージュンの方へと向かっている。殺意ましましと言った感じで武器を振り回している人もいる。カリンさんにいたってはご自慢の筋肉を膨張させ、肩にイノシシが埋まっているのではと思うほど膨れ上がってる。
「みんな………」
「あとはまかせろリューナ、私達でなんとかしてやる」
「はっ貴様らごときすぐに殺してやる」
メリージュンとギルドメンバーの両方は睨みを効かせお互いにけん制しあっている。
「だ、そうだ俺は急いでロナの状態を見る、リューナもできたら手伝ってくれるか?」
後のことは彼女らに任せておけば多分大丈夫だ。メリージュンは確かに強いけど獅子王の騎士団のやつらに囲まれたらどうしようもないはずだ。
「え、あ、えぇ」
リューナは少しとまどいながらもそばに寄って来た。
くっそ、まじでやばい。血が止まらない。後ろではもう戦闘が始まってる、急がなくちゃいけない。なのに首から流れる多量の血のせいで脳が働かない。
まずは何をしたらいい、救急車を呼ぶ?いやそんな概念ここにあるはずないだろ!違うまずは、まずは………。
「………大丈夫?」
リューナの小さな手が俺の震える手の上に置かれた。それはとても安心できるもので一息つくことができた。………助けに来たってのに俺はださいなぁ。
「リューナ、輸血用の道具ってあるか?」
「ないわ、ここでは基本的に治癒魔法で傷を治してきたから」
「なるほど」
「じゃあ近くに診療所みたいなのってあるか?」
「ないわ、ここは山奥にあって一番近い診療所まで20キロメートルはある」
「くっ、そうか」
ってことは今現在治癒魔法使える唯一の魔法使いリューナが魔法使えていないからこの重態のロナを救う手立てはないと。
となると………もう切り札を切るべきときがきたとはな。
「リューナ、止血処理を頼めるか?」
「えぇ少し覚えはあるわ」
「じゃあ頼む、俺はあるものをとってくる」
「あるものって………」
「ロナを必ず助けてくれる道具さ」
「ちょっ」
リューナの静止の声を振り切って走り出す。
………ただ、あれはリスクがある。もし失敗すればロナはもう助からない。
「だけどやるしかない」
目の前で戦っているギルドの人達とメリージュンを避けるようにして俺は階段を駆け上った。
・
サンシャインライズというゲームには”エリクサー”という最強ヒールアイテムがある。このアイテムはある条件を満たすと手に入ることができるアイテムで、それを使えばどれだけ瀕死な人間だとしても一瞬のうちに蘇生することができる。
だが死んだ人間は元通りにはならない。だから急がなくてはならない、ロナが死んでしまうその前に。
「くっそ、こんなことなら先にやっとくんだった」
部屋に戻り、引き出しに入れていた以前リューナと一緒に行ったミラの街で拾ったなんの変哲もないただの石ころを取り出す。
「ふぅ、集中しろ」
ゲーム内でこの石ころは街中のどこでも拾うことができるものだ。最初の内は使い道がないただの石ころだがその価値はゲーム後半で跳ね上がる。
この石ころは正しい手順で石をはがしていくことによってエリクサーを手に入れることができる。はがす方法は小型ハンマーをつかってのものだ。
このハンマーを使うってのがまた難しくてな、力加減を間違えるとすぐ壊れてしまう。ゲーム内でも難しかったそれが現実世界でできるのか?
………けどやらなくちゃ。
「………」
黙々と小型ハンマーを手に取り、机に置いた石を丁寧にとんとん、と揺らす。浮いた石の皮を丁寧にはがしていく。
「ふぅ」
見えてきたのは石に囲まれていたものとは思えないきらびやかな何かだった。
「第一段階クリア」
多分この感じだとあと30回はこれを繰り返さないといけないな。
総プレイ時間600時間の意地を見せてやる。
とんとん………
とんとん………
「はぁ、はぁ」
汗が机を濡らし、額からたれてきたものが視界を遮る。だがそんなものどうでもよくなるくらい俺は集中していた。
後から気付いたことだけど床は汗のシミのせいで一部変色していた。
「………後10回」
7割くらいの作業を終え、その中身の輪郭があらわになり始める。
それは小瓶のようなものだった。少し発光しているということ以外は普通の小瓶だ。
とんとん………
とんとん………
作業はその後も続いていき、着々と石は剥がれ落ちていく。その剥がれ落ちる石のように俺の集中力もだんだんと落ちていった。
さっきまでまるで気づかなかった、下の階の轟音が耳に入ってくる。外にいる鳥のざわめきですら気が散る要因の一つとなっていた。
「ラスト」
石の皮のまとまりは残り一つのところまで来ていた。
「はぁ、はぁ、はぁくぅー」
後一つだというのに、その後一つがはてしなく遠く感じる。この一つの石の皮を外すのがどうしようもなく怖い。その前に一度天を仰ぎ息を吐く。
「よし、やるか」
やることは前までやっていたやつと同じ行為だ。違うのは叩くのがエリクサー本体だということだ。
基本的に石を叩いてどこかの浮いた石をとっていくのが今までの作業だった。けど叩くものがない今叩けるのは本体以外ない。
「大丈夫、大丈夫」
ゲーム内でもこの作業が一番難しかった。今までもよりも精密なハンマーの調整が必要だ。
とん、とん、とん。
割れるなよ、絶対に割れるなよ。本当に頼むぞ。
「………」
あと、少し。
とん。
「よし、浮いた」
ゆっくり、ゆっくりと浮いた石をはがしていく。傷をつけないように慎重に、ゆっくりと。
「………ふぅーー」
よかった、うまくいった。ほんと600時間もゲームをしていたことがここに来て大きなメリットになったぜ。
「急ごう」
椅子を蹴飛ばして、エリクサーを抱えながらドアを蹴破る。後は廊下を渡って階段を下りるだけ、それだけのはずだった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「なんでお前が生きてる」
「はぁ、はぁ、お前、それエリクサーだなよこせ」
ぎし、ぎし、と弱弱しい足取りでこっち向かってきていたのはあらゆるところに深い切り傷と強烈な打撲痕をつけたメリージュンその人だった。
「お前、ギルドの人達はどうした?」
「殺したよ、全員」
「は?お前そんなでたらめを」
「ほらよ、土産だ」
重量感のある何かが俺の胸に向かって投げられた。ずしっと来るその何かを俺は腰を下げてキャッチする。
「………これは」
「おい、そんなのはどうでもいい殺されたくなかったらエリクサーをよこせ」
それは腕だった。まだ切られたばかりなのか肩とつながれていたはずの場所からは地がだらだらと零れ落ちている。そしてこの筋骨隆々な腕には見覚えしかなかった。
「お前、カリンさんを」
「あぁ?あのゴリラカリンって言ったのか、まぁそんなことはどうでもいい、ここにお前の味方はいないさぁ早くそのエリクサーを渡せ」
「くっそ、くっそ、くっそ」
「ちっ!早く渡せって言ってんだよぉぉぉ!」
手負いのメリージュンから放たれたのは巨大な火の玉だ。当たれば即死だろうな、もう助かりようもない。
………で?それがどうした、そんなのどうだっていい、俺は死んでもあいつを殺す。
「魔法・流水の陣!」
「は!?」
俺は下に向けてを置き、水の壁を顕現する。一瞬の間の後、水が柱のように飛びあがる。強烈な水圧によって火の玉は掻き消えた。
「………俺の魔法をかき消した?」
「俺がなんの準備もなしにここまで来たと思ってるのか?」
「ちっなるほどそういう理由か、しょうもねぇ、ぐっ」
メリージュンは打撲痕が痛むのか、ふらっと足をぐらつかせた。
・
魔法には保管という技術があるらしい。この技術は魔法が発動するまであと少しのところまで詠唱を繰り返し、発動しないぎりぎりで止める。そうすることで詠唱は保管することができ、初心者でも必要なときに短い詠唱で魔法を使うことができるという。
これはゲーム内ではなかったものだった。それもそのはず、実用性があまりないからだった。どうやらこの詠唱の補完は通常の魔法にだけ適用されるもので大魔法はその例から漏れるらしい。
普通の魔法は詠唱の補完をするまでもないため、この技術を使うのは初心者だけなのだ。
………そう初心者だけ、まさに俺のことだ。
「はっ、それは自分のことを未熟といってるようなものだぞ」
「それでいい未熟でも何でもいい、お前は殺す」
不思議だ。煮えたぎるほど怒っているはずのなのに頭は驚くほど冷えている。
………多分今の俺は人を殺せる。
「そんな未熟な魔法で何ができるってんだ」
「お前を殺せる」
「たわけを言うな」
「魔法・水力の砲台!!」
手からあふれ出た砲台のような水の塊がメリージュンに襲い掛かる。
「はっ!くだらない」
メリージュンは俺が2時間も詠唱をかけた魔法をいともたやすくはじき返した。飛び散った水の粒はメリージュンの視界いっぱいに広がる。
「………」
ここ、この脇腹は奴にとっての死角になる。
そして、あの深い切り傷をえぐり取ってやる。
「がっ!お前、死角から!?」
「死ね!」
「っ!」
傷口の溝に爪をひっかき、傷口を思いっきり開いた。
「なめるな!」
「魔法・水力の砲台!」
抵抗として出してきたメリージュンの炎に水の大砲を当て相殺する。
「クソガキ!くっそもういい大魔法・流転生者の………「魔法・水力の砲台!!」きっ!」
「ぶっ!?」
上手く大魔法を防げたと思ったが、返しの炎魔法に頬が焼かれる。皮膚がただれていく痛みに歯を食いしばって耐える。
「魔法・水力の………「うるせぇ!!」がっ!」
今度は腕が炎に包まれた。もう腕には熱すら感じない………だめだな。腕は捨てよう。ぶちっ!となんのためらいもなく燃え行く腕を捨てる。
そして俺の詠唱が間に合う距離まで一度距離をとる。
このままじゃだめだ、俺が詠唱を言い終わる前にあっちが魔法を発動してしまう。完全にじり貧だ。
何か、策を………。
「死ね」
「っ!!」
廊下一面に広がった炎が出た。………このまま後ろに逃げれば俺は生きることができるだろう。だがそれじゃあいつは逃げる。それはだめだ、あいつは殺す。だから………
突っ込んでやる。
「魔法・流水の陣!」
俺は自らが目の前に生み出した水に突っ込んだ後、襲い掛かって来た炎に飛び込む。
「あっつ!!!!」
体中に燃え広がる熱さは想像を絶するものだった。体に水をかけてなかったら即死だっただろう。
まぁこれもこれで生殺しというやつだろうがな。自分の神経がどんどん焼けていくのがわかる。皮膚がただれて燃やされる、びちょ、びちょ、と自分の皮がとけて地面に落ちる。
それでも歩みは止めない。止めてなどなるものか、こいつを殺すまでは。
「はっくだらねぇ、大魔法・流転生者………は!?」
「じねぇぇぇぇ!!!」
「このくそがきがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
相手は炎から抜け出た俺にびびったのか、たじろいでい尻もちをついた。俺はその隙を狙い口の中に手を入れた。
返しの歯が手に刺さるが残ったこの右腕にはもう感覚なんてない。後俺にできるのは………
「やm、がぽっ」
「魔法・水力の砲台!!!!!!!」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
水で体が埋まったメリージュンは一気に体が膨張し目が爆発するように吹き飛んだ。体中の穴という穴かた体の中を経由した汚い水があふれ出てきた。
びくん!っと体が一度跳ねてからメリージュンの体は動くことはなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
びちゃ、びちゃ、次々と俺の足元に何かが落ち続ける。もうそれは原型もとどめていないもので俺の体のどこかだということくらいしかわからなかった。
あぁ俺は死ぬのか、よくわからないけど死がそこにある気がした。
「………ごうかい、はない」
血が口に交じってどこまでも苦しいけど、俺はよくやったんじゃないかな、うんもう死んでも………。
「こっちだ!こっちで轟音が」
「へ?」
もう残り微かな視界で見えたのは片腕欠損しながらも軽快に走るカリンさんの姿だった。
………あぁ死ぬ間際になんでこんな、ここまで幸せなことってあるのか?
「あぁ、よがっだ」
「おい!柊!待ってろ今助けてやる」
近寄って来たカリンさんや他のギルドメンバーの人達が俺を囲って何か慰めのような言葉を吐いている。
その言葉は遠くよく聞き取れなかったけれど、どこかうれしかった気がする。
「がりん、さん、ごれ、エリぐさー、です、ロナに」
「………お前」
「ろな、に使って」
俺はもういい、もう満足だ。だからもしロナがまだ生きてるのならロナに使ってほしい。それだけで俺は鬱展開を一つ潰せた男として死ぬことができるから。
「あり、がど」
「柊、おい柊!!」
俺の最後がこんな、こんなに多くの人に囲まれながらだなんて、地球にいたころは考えることもできなかった。
あぁほんといい世界だ。
鬱ゲーに転生した俺、どうしようもない世界で自由に生きたい @rereretyutyuchiko
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