第8話 二度目の襲撃
私は5歳のとき”死”に直面した。それは我が母の死だった。物語では登場人物が死ぬときは壮大に、なにやら遺言めいたことを残して死ぬ、けど現実の死は一瞬だ。
私が誤って招き入れてしまった人間に擬態した魔物のせいで母は抵抗する間もなく心臓をえぐり取られた。家には母が作っていた結界があってどんな外敵からの攻撃も通さなかった。だけど私が家に入れてしまったせいで母は死んでしまった。
ぐちゃっと、心臓からあふれ出た血が池のようにたまり、母の体がその池に投げ入れられ、はじけ飛んだ血が頬をかすめた。鉄みたいな強烈なにおいが本当に不快だったのを今でも覚えている。
魔物は私には興味がなかったのかすぐに家から出ていった。
魔物が襲ってくるまで私を守ろうと向けてくれたいたあの目は心臓がえぐりとられた瞬間私を向かなくなり、どこか遠くを眺めていた。握られていた手は力をなくし、ただ胸元から流れる血だけがその場においての唯一のうごくものだった。
「おかあさん!おかあさん!起きてよお母さん!!」
何度も、何度も叫んだ。私はそのとき”死”というものを理解できていなかった、だからただ母が眠っただけだと思っていた。そう言い聞かせようとした。だけど、どれだけ言い聞かせても涙は止まらなかった。
私、リューナはそのトラウマのせいで身近な人の死に敏感になってしまった。少しでも死んでほしくないと思った人にはすぐ治療魔法をかけてしまうくらいには死が怖いのだ。
そのまま時は進んでいき私は冒険者となりアーサーに誘われ獅子王の騎士団に所属することとなった。そこで私ははじめての人種と出会うことになる。
初めて会ったとき、こいつはなんだと思った。あんなに突き放すような言い方をしたっていうのにしつこく絡んできて、ほんとうにめんどくさいやつという印象だった。
実際めんどくさい人間ではあった。そしてさらに面倒なのは私の偽装魔法を見破って私が好きな地球の衣装を指摘してきた。それが心底むかつく。今まで誰にも知られず着ていたのに、あんなここに来てすぐのやつに見破られるなんて。
多分その見破られた件があいつを嫌った原因のほとんどを担ってると思う。だから図書室に二度と入らせないように、あいつが扉を開けられないように扉を魔法で調整した。
「おい!リューナ、なんで扉を閉めた、彼が入ってこれないだろ!」
そのせいでアーサーに注意されて、さらに図書館の扉も壊されてしまった。さらには牛乳を飲むのも禁止された。全部全部、あいつのせい、だから意地悪に扉の修理を頼んだ。
一週間という短い期間を指定させた。特に期待はしていなかった。どうせ修理は終わらないだろうとたかをくくっていた。だけどあいつは全部終わらせて見せた。
「ほんとに直ってる………」
「直しましたぜ、マスター」
どうやら一週間ほぼ休みなしで扉の修理をしていたらしい。目の下に隈ができてる。………なんで、そんな真面目に。
私はあなたにあんなにひどい対応をしたのに、随分なお人よしなのね。
彼の印象が少しだけ変わった。
「ちょっと待ってて」
だから仕方なく私が飲もうとしていた転生者用の牛乳を手渡してあげた。これでおーけーと思っていたらその人は図書館の扉をこじ開け文句を言ってきた。
「おいこら!お前この牛乳瓶元々俺のじゃないか!あたかも自分が与えたものみたいな顔すんな!」
「何?この私がわざわざ冷蔵庫から持ってきてあげたのよ、まずはそれを感謝すべきじゃないかしら、それに本当ならあなたの牛乳は私が飲むつもりだったのよ」
何を当然のことを言ってるのかしらこの人は。
けどその後に行った牛乳早飲み対決での飲みっぷりだけは評価できる。あのスピードで飲めるのは最早超人の域よ。
「俺は、あんたが苦手だ!」
だけどこの件で決定的になったでしょうね、彼は私のことを完全に嫌いになった。まぁこれで話しかけられることもないでしょう。またあのときの平穏な日常が戻ってくると思っていた。
「リューナもいるか?」
だからそれは衝撃だった。私のことは嫌いで、どうでもいい存在だと感じていると思っていたのに私の分の料理も作ると彼は言ったのだ。
「じゃあお願いしようかしら」
理解ができない生物だ。嫌いなはずの人間のために料理を作るなんて、正直言ってありえない。彼のことがほんの少しだけ気になるようになってしまった。
「なんであなたは私のことが嫌いなのに料理を作ってくれたの?」
「………いや嫌いなんじゃなくて苦手だってだけだからな、それだけの理由で仲間外れにするのはかわいそうだろ」
「私はそんなにやわじゃないのだけれど」
なんなんだ、苦手と嫌いは同じ意味ではないのか、わからない、私には彼の事が余計わからなくなった。
けどあのサラダチキンという料理は本当においしかった。また作ってくれないかしら………。
そして外部の転生者からの来襲のときには食事の借りを返すために扉に魔法をかけて誰も入ってこれない状況にしてから治療魔法をかけてあげた。
これでもう借りは返した、後腐れないわ。
「あ!そうだ!ありがとな!リューナ!」
天窓の後ろに隠れながらその後の状況を見るためにのぞき見をしていた私の耳にその言葉が届いた。
………うるさい、そんなこと言わなくてもいいのに………。
次の日、その人は魔法の練習をしていた。
「すべてをつかさどれ水の神、御霊の精霊循環の輪、節理を超えし魔法の神秘、今こそ顕現せよ水力の権化よ!!魔法・水生成」
かれこれ数十分詠唱を続けていた彼はようやく魔法の権限に成功していた。それは初心者によくあるひ弱な魔法だ。掌からコップ一杯分の水を出すだけのかわいいもの、それがどこか懐かしくて思わず彼の練習を魔導書を読みながら横目でずっと見ていた。
………納得いかないみたいな顔ね、確かに私も最初はそう思っていた。あんなに時間をかけて唱えた詠唱の結果がそれだと悲しくなる、でもねその先にロマンがあるから魔法は楽しいのよ。
だからそのロマンを見つけてほし………
「リューナって天才、あぁほんと天才だなぁ」
………そんな回りくどいことしなくても教えてって言えば教えてあげるのに、本当馬鹿な人ね。
「はぁ、気疲れするなー」
席を立とうとする彼を止めるように私の口は半強制的に動いていた。
「………ねぇそこまで魔法を知りたいのなら教えてあげなくもない、けど」
私は何を言ってるの?何を私から誘っているの?これじゃまるで私が教えたいみたいじゃない。
それでも、その言葉を否定したくはなかった。
「ほんと!」
「えぇ」
なんというか、そういう流れで私は彼に魔法を教えることになった。
これは持論だけど魔法は魔法を好きになればなるほど上手く扱えるようになると思う。魔法を好奇心で操れるようになればその先は早いのだけれど、それが難しいというのも事実、だからとりあえず彼には好きな魔法を聞いた。
「俺は一瞬でいろんな場所に移動できる魔法が使いたい」
そして私が大魔法を使い彼が行きたいという場所に来た。
「綺麗」
そこは私が好きな景色と同じくらい目が惹かれる場所だった。定期的に来てもいいと思えるくらい美しかった。
「なぁ前リューナのこと苦手って言ったけどあれ取り消すよ、今のリューナは苦手じゃない」
………そんな、突然言われてもなんて返すのかわからないわ。私は、そういうの得意じゃないの、嫌悪以外の感情の受け取り方なんて子供のころに忘れてしまった。
「そ」
短い、だけどそれくらいしか思いつかなかった。頭が熱くてうまく処理できない。今の彼の顔をまともに見ることができない。
私が私じゃなくなっていっているような気がした。
・
リューナが魔法を教え始めてから5日が経ったある夜のこと。
昼間は差し込む太陽光のおかげで暖かみをおびていた廊下は夜になると落ち着き、少し肌寒いと思えるほどまで気温は下がっている。光はないにもひとしい。だがその薄暗い廊下に一つの灯火が揺らめいでいる。
「寒い………」
シースルーの服では少々堪えたのか廊下を歩いていた少女は腕をさすっている。彼女のお腹の前にはランタンが浮かんでいて、周囲を淡く照らしている。歩くだけならば問題ないくらいの光源である。
「………」
彼女の足は少し急いている、理由は………
(屋敷に広まってるのは多分睡眠魔法、何があったのかはわからないけれどこれほど強力な睡眠魔法、私以外の魔法耐性が低い人達はもう熟睡してるはず)
「急いでアーサーを起こしにいかないと」
彼女は顔の無表情さと裏腹に焦りを心に抱えていた。
(なぜか今は魔法が使えない、探知結界も機能していない、だけどアーサーさえ起こせれば………)
リューナの急ぎ早な足はさらに歩調を早め螺旋階段を降り、一階に位置する団長アーサーの部屋にたどり着く。だがその部屋の前には一つの人影が見える。
「………あなただったの」
「あー、やっぱここに来たかそりゃあそうだよな、あんたが魔法を使えない今来るのは最高戦力のアーサーのところだろうなぁ」
そこにいたのは作業着のようなつなぎを着た、リューナにとっても見覚えがある姿をした男だった。名前はメリージュン、この屋敷にいる転生者を拉致ろうとした男である。
「邪魔」
「はっ!どかしてみろ」
ひゅっとリューナはポケットから取り出した何の変哲もない石を投げつける。
「こんな安物の魔道具が俺に効くと思うか?」
男は石が当たる直前体を液体状に変態させて、石を受け止める。石は即座に爆発しスライム状となった男の体は四散する。
「………」
リューナは冷たい瞳をより細め追加で小瓶のようなものを取り出す。
慣れた手つきでぽんっ!と小瓶の頂点についている蓋を外す。出てきたのは多量の煙でその煙は一瞬のうちに廊下全体を埋め尽くした。
「瓶型の魔道具か」
(今の内にアーサーの部屋に………っ!)
「見逃すわけないよな?」
リューナがドアノブに手をかけようとしたときそれをとがめるようにメリージュンが腕をつかんだ。
「ちっ!」
「つかまえたぜぇおらぁ!」
「がっ!」
その隙をつかれリューナの顔面にメリージュンの拳がめり込む。頬が裂けるほどの威力とともにリューナは近くの壁に打ち付けられる。だがとっさに後ろに飛んだことで威力を軽減していた。
「上手く後ろに飛んだな?獅子王の獅子王の騎士団は護衛術も教えてるみたいだなぁ?」
「………」
少女は依然しゃべらない、そこには余裕のなさが垣間見える。瓦礫の下からにらみつけるその目つきは鋭くメリージュンを捕らえている。
「くっくっ、これじゃああの天下のリューナ様も形無しだなぁ?」
メリージュンはまるで勝利を確信したかのようにリューナを見下しながら近づいてくる。
「………まるで自分がもう勝ったみたいな口調だけど」
「実際そうだろ?今のあんたじゃ俺には勝てない」
「そう、あなたはそう思ってるの」
「は?」
彼女は手を地面に置いている、それだけのはず、それだけのはずなのだがその威圧感は何者も寄せ付けないものを感じる。
「何を?」
彼女の足から広がるのは青い血管のようなものは地を這うようにメリージュンに向かって走っていく。その血管はメリージュンを通り過ぎ、廊下一体を埋め尽くした後でより強く光りだす。
薄暗かった廊下は昼の栄華を取り戻す。廊下に置かれている、なんのために置かれているのかわからない花瓶が、アーサーが誰だかわからずただおしゃれだからという理由で買ってきた絵画がこれから仕事だぞと輝きだす。
「私があなたの再度襲撃に備えて何もしていないと思った?」
「お前まさか事前に陣を組んでいたのか!」
「なめないで、私は獅子王の騎士団の魔法使いだ」
「くっそ!」
魔法陣、それはただ魔力をつぎ込むだけで魔法が発生する地雷装置のようなもの、魔法陣に描かれた紋様の規模によって魔法は移り変わる、そしてリューナが描いた紋様はこの屋敷全体にも及んでいた。
それにより、屋敷のどこにいても魔力を注ぎ込むことができる。
「これが、私の魔法よ」
「くっそが、これじゃ魔法を使えなくした意味がないだろ」
かたかた、と花瓶が動き出し、絵画はステップを始める。廊下は海のように波打つようになり壁はメリージュンを覆いかぶさるように圧迫していく。
そしてリューナを主演とするように廊下はさらに拡張を続けメリージュンを押しのけ、リューナの地面を高くしていく。さっきまで見下ろしていた役が完全に逆転していた。
「ショーの始まりよ」
「はっ、こんなのが魔法だと?このでたらめが!」
「それが魔法を研究するということよ」
リューナの周りにはティーカップやフォークなどの食器をはじめタオル、本棚、様々なものがリューナを守るナイトとなっている。
「あなたはもう逃げられない」
・
がしゃんっ!と俺の頭に強い衝撃が走った。それにより夢うつつだった頭が鮮明になりだす。
「ぐっ、ほげ!?」
やっば、今俺寝てたのか!?………廊下が異常なほどにうねっている、てことは多分あいつが襲撃してきたんだ、この魔法はリューナで間違いないな。よし、ここまでは原作通り。
俺は自作した絶対に眠らないマシーンを横目で見る。マシーンといっても構造はすごくシンプルだ。部屋に木の幹みたいなのにとりつけ、その先端に糸を回し、糸の先にちょっと重い石をつけるというだけの安直なもの。そして夜になったらその糸を持ち、時が流れるのを待つ、完全に寝付いてしまったら石が頭におち俺の目を覚まさせる。
睡眠魔法はその対処を知ってるか知らないかでその効力には歴然とした差が出る。目を覚まさせる手段、それは起きる意志がある人間に強い衝撃を与えるというもの。これによって俺は目を覚ますことができた。
「よかった、ちゃんとマシーンが機能してくれて」
原作ではあいつは二回目の襲撃で睡眠魔法を使ってから誘拐するという手段をとっていた。………主人公パーティー以外には、主人公パーティーのうちの転生者の一人をさらおうとしたメリージュンは一回目の襲撃でリューナに魔法で完敗してしまう。そしてプライドを傷つけられたメリージュンは二回目の襲撃で50000人の生命力を使いリューナだけが魔法を使えない結界を生成した。
それによって魔法が使えないリューナは事前に設置していた魔法陣でなんとか善戦するのだがリューナと面識がある人を人質にとられてしまい結果負けてしまう。
だけど謎の主人公補正で睡眠魔法から起きることができた主人公はメリージュンと戦うことになる。
これが原作の流れだ。でもこれはあくまでゲーム内での話で実際のところはよくわかってなかった、けど実際は俺の予想通りの展開になっていると思う。この廊下がうねるような魔法はゲームでもリューナが使ってるのを見たことがあるからな。
「急がないと」
そう急がないとならないのだ。今主人公の立ち位置を拝借しているのは俺なのだから。
「俺がやらなくちゃ」
俺はドアを蹴破り廊下を走った。
・
「次はこっちよ」
「くっ!」
廊下という足場を自由に動かせるリューナがメリージュンの足元をおぼつかなくさせ、その隙を色々な小道具で攻撃していく。それらすべてはメリージュンの魔法によって消し去られていくが、何分数が多い。メリージュンは防戦一方となっていた。
「それ!」
「当たるわけないでしょ?」
「ちっ!」
やぶれかぶれに放った火の玉を出すだけの魔法はリューナの周囲に漂っていた本棚によってかき消される。
(………ちっ大魔法を使えば一瞬であたり一帯の小道具は消し去れるがそんなことしたらあの化け物の目を覚ましちまうかもしれない)
「めんど………」
「何か言った?」
「がっ!」
指をついっと動かしたリューナはメリージュンの腹にティーポットをぶつける。
「このクソガキ………」
(だがこいつ、これだけの物を操れるならアーサーのこと起こすのも簡単だろうに、なぜそれをしない?)
「何顔をしかめてるの?さっきの威勢はどこに行ったのかしら」
「………」
(こいつ、さては自分のプライドの保持に必死になってアーサーを起こすこと忘れてやがるな、なら好都合)
「なぁおいこのイカれた魔法やめてくれないか?」
「弱音?情けない」
「………ならこっちにも手はある」
するとメリージュンは体を再びスライム状に変えて、ドアの隙間に入り込んでいった。
「………」
これにはさしものリューナも警戒し、さっきまで飛ばしていた家具を戻して自分の周りを手厚く守る。
(あんな魔法は見たことないあれは多分スキルの類、体を液状化させて壁の隙間とかに入れるのね、なら防御壁を何層も作る)
彼女は家具に触れた物を探知できる。その性質を利用し、家具で作られた球状の壁を何層も厚くして襲撃にそなえる。
「………こない?」
だがいつまでたってもこないメリージュンの攻撃に違和感を覚え始める。
「何が………」
「おい!そのでっかいドームを開けてこれを見ろ」
そんなときドームの外からさっきまでの忌々しい声が聞こえてきた。怪しいと思いながらもドームの形は崩さずにドームにほんの少しの穴を開けて状況を見る。
「………お前」
「こいつ、どうなってもいいのかい?」
男の腕にはロナが抱えられていた。ロナの首にはナイフが突き立てられていて少しでも彼が手を動かせば刺さってしまいそうになるような距離感だ。
ロナは涙目になっており、今にも泣きだしそうだ。だが口が塞がれて泣き声を出すことすら許されていない。
「ロナを離せ」
「いやだね、お前がこの魔法陣を解除してくれない限りな」
「………そんな状況飲むとでも」
「あっそ」
「っ!!!?」
ぼきっ!!とロナの腕はいとも簡単にあらぬ方向へと折られてしまう。悲痛な叫びがメリージュンの腕越しに伝わってくる。声ではなくその苦悶の表情だけで。
「やめろぉ!!」
防護壁を解除し、家具をすべてメリージュンに向けて投げつける。
「いいのか?そんなことして死んじゃうぜこいつ」
「つ!」
ナイフがメリージュンの喉元に肉薄した状態で止まっている。
メリージュンが持っているナイフがロナの首に傷をいれるほど近づいている。
それは彼女にとって見逃せるものではなく………。
「はっ!そんなにこの小娘が大事か」
「離せ」
「だからよぉ行ってるだろ?離してほしかったら魔法陣を解けとな」
「それは………」
それは最早敗北宣言に等しい、一度解かれた魔法陣はもう二度と効力を発揮することはない。
「あぁいいのか?どんどん深くなっていくぜ?」
「くっ!」
ロナの首から徐々に流れる血の量が増えていく。その量が増える度に一つ、二つ、と徐々にリューナが操る家具の数は減っていっている。
「さぁ魔法陣をっていった!」
口を抑えていた指を噛まれたのか一時的に口から手を離した。
「リューナさん!私のことは大丈夫です!!」
「このクソガキぃ!」
「いたいっ!」
眉間に血管を浮かべたメリージュンがロナの頭を思いっきり振りかぶって殴る。
「ぐむっ」
その後すぐに態勢を立て直し近くにあったタオルをロナの口に突っ込んでナイフを今一度首に当てなおす。
「ちっ、邪魔が入ったがリューナ、お前はどうする?」
「………」
リューナは抵抗するそぶりをやめおとなしくしているロナを見やる。
「くっ………」
ロナの言葉はリューナにとって呪縛になる。その重しが魔法陣にめぐった光が少しづつ落ちていった。めぐった光は力をなくしていきうねった廊下は少しづつ元の形に戻りつつある。
栄華を誇ったただの廊下はいつも通りの廊下に戻っていく。それは彼女の敗北宣言と同義だった。
「はっ、馬鹿だなぁお前」
「………魔法陣は解いた、だから彼女を」
「あ、解放すると思ったぁ?」
「は?」
他人をあざ笑うようにベロを出す。それは明らかにリューナのことを見下すものだった。リューナはドスのきいた声でにらみつける。
「こいつは殺す」
「お前、だましたのか」
「あっは♪こんなのひっかかるお前が悪いだろ」
リューナの足には力がはいらない。その目の瞳孔はより小さくなり瞳は揺れ動いている。
「お前、あの魔法陣使ったとき自分が対処するのに一生懸命でアーサーを起こすこと忘れてたろ?全部お前の責任だよ、こうなったのは」
「………っ、あ」
「馬鹿みたいなプライドで、馬鹿みたいな結果だなぁ」
「ぅ、くっ」
それらすべては紛れもない事実であり、まだ16歳の彼女の心をへし折るのには十分すぎるものだった。
膝を折られ地面を見る。そこにあるのは特になんの変哲もない、いつも通りの絨毯だ。彼女はそれを見続けるしかできない。顔あげればそこにあるのは非日常、そして彼女がもう二度と見たくない”死”があるはずだから。
「やめ、て」
それは彼女のトラウマだ。目を背けていたい。できるだけ楽な方を向いていたいのだ。ほんの少しでも日常を感じれるもの見ていないとだめなのだ。そうでもしないと彼女が彼女でなくなって気がしてしまうから。
ぽた、ぽた、と絨毯がシミがつきはじめる。彼女の心の余裕をなくすように着々と満ちていく。
「じゃあ行くぜ」
「やめ、やめ、てっ!」
彼女の悲痛な叫びはもう声にならない声となり、吐息だけで発音している。
「絶望しろぉぉぉ!!リューナ!!」
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」
目をつむる。それが彼女にとって二度目の”死”になるはずだった。
だがそれはある異邦人によって止められた。
「ごめん遅くなった、今更だけど助けに来た」
「っ!」
その聞きなじみのある声に顔をあげる。その人は振り下ろされるはずだったナイフを止めて薙ぎ払っていた。その隙にロナを抱えて優しく地面に置いた。
そこにいたのはいつも見かける黒髪黒目、中肉中背のなんの特徴もないただの転生者、魔法がへたくそで初心者用の魔法を出すのにも40分もかかる人、けどほんの少し料理がうまくて、ほんの少し優しい人。
「なん、でっ」
「なんでって、そりゃ助けにも来るさ俺だってここのメンバーだろ?」
あなたはそう言って笑う。なんでもないような顔をして笑ってくれる。それがどれだけ安心できるか。
「あり、がと、う」
「どういたしまして」
本当にありがとう、この日を乗り越えたらあなたの名前を聞かせて、あなたのことをもっと知りたいから。
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