第7話 景色

大魔法、それは魔法の中でも上位に位置する技術でありその高位な能力は工程を踏まないと使うことができないほどだ。


通常、多少の修練を積んだ魔法使いならば魔法に詠唱などの余計な動作を行う必要はない、だが大魔法ともなると詠唱による工程は必須となってくる。


昨日、メリージュンとリューナの両方が大魔法を使っていたけれどあれはどっちもかなり高位の魔法使いだったから両者の詠唱はあれだけ短くて済んだんだ。けどメリージュンは確か短縮詠唱っていうスキルがあったはずだけど、それでも相当すごい。


多分俺が大魔法を使おうとしたら詠唱に1000年はかかるだろう。


まぁつまり13歳にして大魔法をあの短い詠唱で使えるリューナはまじもんの天才だってことだな。


「リューナって天才、あぁほんと天才だなぁ」

俺は今図書館で魔法を使う練習をしている。メリージュンは一回偵察として転生者と接触してから撤退し、二回目の接触で本格的にさらうのが手法だ。だから早急に自衛の手段を確保しないといけないからだ。


昨日あったことはアーサーさんに事細かに説明して、今日の午前中にはもう解放してもらった。対応はアーサーさんの方でするそうだ。そして現在、おわびとしてもらった牛乳を飲みながら”誰でも使える魔法100選”という本を見て勉強中だ。ゲームじゃ魔法についての言及はされてなかったからな。


だがこれがまぁ難しくて、皆この魔法から始めるよ!みたいな超初心者の魔法でも唱えるのに40分もかかってしまった。そんでもってその魔法を唱えてできたのは手からちょろっと水が出るくらいのしょうもないものだった。


40分も同じ詠唱を繰り返し、魔法が発現するのを願い続けていた。もうまじで気が狂いそうになったね。おんなじ言葉を何回も何回も何回も!


「はぁ、気疲れするわぁ」

一端小休止にトイレしに行こうと、立ち上がる。そこで目の端に映ったのは静かに本のページをめくっているリューナの存在だった。


さっき「天才、あぁほんと天才だなぁ」という独り言によってリューナの機嫌をとって魔法でも教えてもらおうかと策を練ってたんだけど、この感じだと聞こえてないなぁ、残念。


「………ねぇそこまで魔法を知りたいのなら教えてあげなくもない、けど」

「ほんと!!?」

「いやまぁ………そのそういう風に捉えることもできると思うわ」

歯切れが悪い、明らかに”うん”というのを拒んでいるように思える。


「じゃあお願いしてもいい?」

「えぇ」

短く淡泊、だがそれでいい。了承をとれてる時点で彼女との距離は縮まっているということだから。


「頼むぜ先生」


数時間後


「いいぞぉ!柊!もっと歯を食いしばれ!」

「イエッサー!!!」

「まだまだ足りん!もっと腰を下ろせ!!」

「イエッサー!!」

「次は腕立て伏せだぁ!行くぞ柊!」

「イエッサー!!」

俺はカリンさんと一緒に筋トレをしていた。否、させられていた。


なぜか、それは俺がリューナから魔法を教えてもらっていたときのこと………


「いい?魔法っていうのは空気上に存在する魔力というものを体にと取り込んで使用するもの」

「はい」

「けどあなたはそれがなってない、魔力を取り込む効率が悪いのよ、だからだらだらと詠唱を唱えないといけなくなる」

「でもつかめないんだよな、魔力って見えない力だろ?そんなのどうやってそれを取り込むっていうんだよ」

「こればっかりは経験していくほかないわ、繰り返し練習あるのみね」

魔法について話すときのリューナはどこかうきうきしていた。ほんとに魔法が好きなんだと伝わってくる。


「ただ早く習得するためのコツは魔法を好きになることだと思う」

「好きに?」

「えぇ、あなたはまだ魔法を好きになれていない」

「結構好きなつもりだったけどなぁ」

「いいえ、さっきまでの詠唱とかをずっと聞いていたけれどただの作業のように唱えてただけだった」

「実際作業じゃない?」

「そうね作業と言い切ることもできる、けどそう思わないでほしいの」

「………」

リューナは一度立ち上がり、「ちょっと待ってて」とだけ言い残し図書館を後にした。


しばらくするとリューナはコップを持って扉を開けてきた。


コップを俺の前に置き、目の前で手をかざす。そうか、あの魔法を見せてくれるのか。ゲーム内で最初の方に一度だけあったイベントを間近で見ることになろうとは。

「これは私が好きな魔法、牛乳を作り出す魔法」

「………おー」

少し待つと少しづづコップ内に牛乳のような白い液体が溜まっていく。なんの前触れもなく突然にだ。


「実際おいしくはなかったわ地球製の牛乳の方が何倍もすばらしい、けど、とても素敵だと思った」

魔法を使っている彼女の瞳はどこかキラキラしていて、コップに溜まっていく牛乳をただ眺めている、それだけで幸せだというようにほんの少しの笑みを浮かべながら。

「あぁそうだな、確かにロマンがある」

「あなたに魔法でやりたいものはある?」

「そうだなー」

俺が魔法でやりたいこと………まぁ一撃で家を焼き払うほどの火力を持ち合わせた魔法とか使ってみたいけど、うーんなんか違う気がするんだよな、俺が本当に使いたい魔法ってなんだ?


ゲームでもいろんな魔法が使われてたけど一番使いたいのは………。あ、そうだあれだ、あの魔法は是が非でも使いたい。


「俺が使いたいのはどこでも好きな場所に移動できる魔法だな」

「………それはあなたには無理、大魔法の部類よ」

「え、使いたい魔法は何って言われて答えただけなのに」

「………確かにそうね、それじゃ好きになろうにもなれない」

リューナはひとしきり悩んだ後、思いついたように手を皿にしてポンと叩く。


「私が見せてあげる、あなたが好きだという大魔法を」

「それって………」

できるのか、ゲームにおいて一番多く使われるであろうあの魔法が!?


「じゃあ行くわ、大魔法・流転生者の送り」

大魔法にしてもあまりにも短い詠唱、その短い詠唱で彼女は大魔法を完成させる。


あたりが彼女を中心に光だし、黄金の草原が現れる。草原は俺とリューナを包みながら図書館の天井を突き抜けて天高く伸びていく。


あぁ、なんて綺麗な景色だろうか。


そう思ったのもつかの間黄金の草原は役目を失ったように散り散りになっていく。その黄金の粒子ははるか空に消えていった。


見えてきたのは………

「ここは………」

「ここは私が好きな場所、いいでしょ?景色」

「あぁ確かにすごくいい景色だ」

そこにあったのは一面に広がる海だった。丁度正午の日差しが海を照らし、逆光のおかげで海の可憐さが増している。はるか遠くまで続く地平線はその果てがまるで見えない。引き込まれそうな海の魔力が怖くも美しいと思えた。


「………いい景色」

俺らは丁度砂浜にワープしてきたようでリューナは柔らかい砂の上に座る。それに習って俺も腰を下ろす。どうにも安心できる砂の暖かさに最近の緊張状態だった体が柔らかくなった気がした。

「あなたは………」

しばらくしてリューナが口を開いたかと思えばまた閉じる。

「ん?」

「いやなんでもないわ、じゃあ次に行きましょうか」

「あぁいいぞ、次はどこ行くんだ?」

「それなんだけど、あなたが行きたい場所はどこなの?」

「あぁそうだなー、本で見たんだけどミラっていう都市にいってみたいかな」

「そうわかったわじゃあミラに行きましょうか」

腰についた砂をはらいながら立ち上がったリューナはまたも同じ詠唱を唱え始める。


「大魔法・流転生者の送り」


ミラっていうのは主人公達が最初に訪れる町だ。あそこには便利アイテムがごろごろ落ちてるからな。今の内に拾っておいて損はないだろう。ってさっきまでは思ってたんだけど、あんな景色を見せてもらっちゃそんな邪な思いは捨てて俺もミラにある絶景スポットを教えないとな。


「おーーー、すごっ!」

立ち並ぶのは様々な露天の数々、行きかう人も騎士団の中じゃ考えられないくらい多くて、とめどなく波のように流れていく。少し先の丘に見える城のような建物やその周りに立つ少し高い建造物に息をのむ。

「ミラは獅子王の騎士団の近くにある町の中でも発展してる方の街だから、これくらいの露店はあるわ」

「いや、ほんとやばっ」

「そうね、あなたは騎士団に縛られっぱなしだったものね、外の世界は久々………あっ」

そこで何かに気付いたのかリューナは自分の口を手で押さえた。


「ん?どうした?」

「いえあとの祭りよ、気にしないで」

「………そう、ならいいけど」

「で、あなたはここに来て何かしたいこととかあるの?」

「あるよ見せたいものがある、ちょっとついてきてくれる?」

「………私もついていかなくちゃならないの?魔導書をさがそうとしていたのだけれど」

明らかにめんどくさそうに顔をしかめた。どんだけ嫌なんだよ。


「まぁまぁすぐ終わるからさ」

「………いや」

「頼む!俺の分の牛乳飲んでいいから!」

「いいわ、早く行きましょう」

俺の言葉を聞いてからか態度を一気に変えたリューナは最早俺より前に出向いてやる気を全面に出す。


「あぁ行こうか」


そこはサンシャインライズにおいてミラの街で行ける場所にある。そこは別にストーリー上なんの関係もない場所だ。だがそこの景色はまじで綺麗なんだ。そこはミラの街に眠る宝箱をすべて開けた後にもらえる地図からいける場所で、とんでもないお宝が眠ってるんだ。


「えーと、ここを右に曲がって」

「ちょっとこんな狭いところを通るの?」

俺達が今通っているのは人が一人入れるか入れないかくらい狭い道だ。しかもここは入り組みすぎてて適当に曲がってたら絶対に目的の場所にたどり着けない。


ていうかまず地図がないとこんな細い路地裏の道を見つけることができない。え?なんで俺は知ってるのかって?そりゃもちろん俺が地図を持………


「ねぇ、あなたは本当にどこに行こうとしてるの?まさか私に変なことを………」

後ろに続いていたリューナが突然自分の体を抱きしめるように俺のことを汚らしい目で見てくる。

「するわけないだろ!!」

「それならいいわ、早くいきましょ」

くっそこいつ俺の自慢話を邪魔しやがって、まぁいいや、とりあえず今は道を間違わないようにしないとな。前ゲームでやったときも軽く1時間は迷ってたからな。


「そんで、ここは左に行って、出てきた階段を上る」

見えてきたのはさび付いた螺旋階段、今にも崩れそうなのかパラパラと鉄くずが落ち続けている。だがまだ自分の役目は終わってないといわんばかりに階段の形だけはなんとか取り持っている。


ここがゲームの世界でありながら現実よりの世界でよかった。本来ならここにある階段は宝箱を全部開けてないと存在しないものだからな。


「こんなところにこんな階段があったなんて」

流石のリューナも驚きを隠せないのか目がまん丸に開いている。

「じゃ、これを上ろうか」

「いや絶対に崩れるじゃない、私は空中浮遊魔法であなたについていくわ」

「えー、じゃあ俺も連れてってよ」

「悪いけど私の浮遊魔法は一人用なの」

うわぁ悪い笑顔、一切わたくしめを助ける気がない感じですね。

「どこのスネちゃまだよ」

俺はおとなしくきしみをあげる階段を登ることとにした。


きし、きし、ぎし、体重を預ける度に今にでも壊れるんじゃないかと不安になりながらも慎重に登っていく。


「遅い」

「うるさいなぁこっちは怖い思いしてるっていうのに」

「まぁそれもそうね、じゃあゆっくりあなたの怖がる顔でも見てようかしら」

「この悪女め」

とかなんやら軽口をたたきながら気が遠くなりそうなほど高くまで続く階段を登っていく。


「はぁ、はぁ、はぁ」

………どのくらい登っただろうか、もう時間的感覚も失いつつある。

「10分くらいしか登ってないのに何言ってるの?」

「………飛んでるやつと飛んでないやつとで疲れ方は違うに決まってるじゃん」

「何か言った?」

「いやなんも………ってあ!出口だ!」

「そうね、ようやくここから出られる」

見えてきたのは出口と思わしき一筋の光、そこに向けて一直線に駆け上がる。階段のきしみなんて関係ない、今はのぼることに集中しよう。


そして光の筋の中に入り、抜け出した先には………


「はぁ、はぁ、はぁ、………うんやっぱいいなここは」

絶景が広がっていた、今は丁度夕焼け時、町の昼の営みが終わりを迎え人の往来が主婦から冒険帰りの冒険者で埋め尽くされるような時間帯、太陽の光で十分だった出店は日が落ちると同時に魔道具の電球をとりつけ、火をともす。ほのかな光がぽつ、ぽつ、と少しづつ増えていく。


遠くに見える山脈の合間から見える夕日に当てられた家屋の屋根は優しい赤みを帯びている。城下町の隣に位置する城は白色だったはずの壁にもその赤色の塗料が塗られている。

「………………」

隣にいるリューナは茫然とした様子でこの景色を眺めている。その目はもう景色に集中しているという様子だ。

「どうだ?リューナ、綺麗だろ?」

「えぇ、それだけは同意するわ」

「ならよかった」

「………ほんとにいい景色」

はっ、いつもの俺への悪口はどこへやら今は景色にご執心だ。


………ここでなら言えそうだな。

「なぁリューナ、俺前お前のこと苦手って言ったろ?」

「?、えぇ突然どうしたの?」

俺の様子がおかしいことに気が付いたのか首をかしげて俺の顔を見上げている。


「あれ取り消すよ、今のリューナは苦手じゃない」

するとリューナはつり目だった目を丸くして俺のことを見てくる。くっだめだ、リューナの顔が見てられない。


思わず顔をそらしてしまう。ほんの少し瞳を動かし横目でリューナの顔見る。


「………そ」

続きの言葉を言うのかと思えばリューナは特に何をいう訳でもなく、景色の方に顔を向き直した。その横顔は夕日のせいかやけに赤かった。


そうだよな、俺は主人公じゃない、モブ中のモブだ。ゲーム中では名前もないようなほどのモブだ。リューナが俺に興味を示してくれるはずもない。俺がリューナのことを苦手か苦手じゃないかなんてどうでもいいんだろう。


………いいさ、これを言えただけで十分だ。正直今のリューナには苦手だっていう意識はなかったからな、苦手だって伝えたまんまじゃすっきりしなかった。リューナは主人公のものだもんな、最終的に好きになるのは主人公だけだ。俺は部外者、ちょっと物語の端に出てきたモブなんだ。そんな思いは捨てないとな。


「んじゃそろそろ帰ろうか」

少し名残惜しいがそろそろ帰らないとアーサーさんも心配するだろうしな。

「………いやもう少しだけここにいましょ」

「え、なんで?」

「その、いや、ほらあなたって転生者でしょ?」

その言葉で俺は思い出した。最初にアーサーさんに言われた”絶対に外に出るな”というとても大事な言葉を………。


「やばい、帰れない」

「あなたも思い出したようね、………ちなみにアーサーが怒ったら大変なことになるわよ」

「やばい」

「さて、今頃私達、というよりもあなたを見つけるために屋敷中を探し回ってるでしょうね」

「やばい」

あれ?まじでもう怒られるしかなくないか?


「仕方ないおとなしく怒られようか」

「………………じゃあ魔法唱えるわね」

嫌そうだなぁ、眉毛曲げすぎじゃない?


「………大魔法・流転生者の………「あ!」何?」

リューナが詠唱を終えようとしたとき俺はあるものを見つけてつい声を出してしまった。その声に驚いたのか一度詠唱を中断して不機嫌そうに眉をひそめる。


「これ!めっちゃレアなやつだ!」

ひゃっほいー!とどこぞの世紀末のヤンキーのごとき勢いで酒瓶の形に固まったような石を拾う。うはっ!これが手に入るなんて思わなかったぞ。

「そんなゴミ拾ってどうするの?」

「いんやこれは後で使えるんだ、ごめん中断させて続けてくれ」

「全く変な人、それじゃあ続けるわね、大魔法・流転生者の送り」

金色の草原が現れ、気づけば俺は図書室に立っていた。


アーサーさんの出迎え付きで………。


「さて、どう説明してもらおうか」

「旅をしたかったんです」

俺のいい笑顔に対して同じようににこっと笑ったアーサーさんはカリンと短く呼ぶ。うわぁ嫌な予感しかしないぞ。


「団長、やっていいんだな?」

「あぁ、後悔するくらいたっぷりしごいてくれ」

「そんな、ばなな」

「じゃ私はこれで………」

一人で逃げようとしたリューナの肩をアーサーさんはつかむ。


「お前は1か月屋敷の掃除だ」

「そんな………」

リューナはがくっと膝を落とした。その顔はもうこれでもかと絶望に染まっている。………いやほんとごめん俺のせいで。


「そのー勝手に抜け出してほんとすいません」

「あぁよくも約束を破ってくれたな、ここからは後悔の時間だ」

「ひゃい」

とんでもない圧力のもと、俺はただうなずくしかなかった。


「さぁ!柊!最初はスクワットだぁぁぁぁ!!」

そして話は冒頭に戻ったとさ。






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