第4話 牛乳早飲み対決
壁を1週間で直せという指示があってから、丸1週間が経った。その間に俺はなんとか扉を修復することに成功した。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇはぁ」
図書館にあるはずの魔法に関する書物を読み込むつもりがまったくもって進めることができなかった。
噴き出し続ける汗をぬぐい、完璧に前の状態を取り戻した扉に体重を預ける。
いやほんとうに大変だった。まず、扉を元の形にするためにパズルのように組み合わせていこうとしたんだが、これがまぁ大変で、大きいピースから小さいピースまで様々なピースがあったのだがピースはなくなるは新人いびりみたいな行為を他の団員の人達にされて最初からになったりと、本当に、本当に大変だった。
そしてぇ!こんなに大変なのに道行くほかの団員達は俺の事を白けた目で見るし、俺は家畜か何かですかぁ!?少しぐらい「手伝いましょうか?」とか言ってほしいものだよ。
確かに俺は一か月後に出荷みたいな扱いされるから仕方ないかもだけど、なら無視してくれよなぁ。
………いやまぁ全員が全員そんな感じではなかったんだけどな、メイドのメイルや団長のアーサーさん、そんでロナあたりは手伝ってくれていた。
けどアーサーさんは忙しすぎて十分くらい手伝ってくれたらいなくなってしまった。残されたのはアーサーさんがくっつけてくれようとしていたであろう粉々になったドアの破片だけだった。あの人力強いけど細かい作業は苦手なようだったから、つい力が入っちゃって破片はどんどん粉みじんになっていったんだよな。
「ふむっ加減が難しいな」
「あ、アーサーさんもういいので、ほんとめちゃくちゃ助かったのでっ!」
「そうか、助かっているのなら遠慮はいらないなっ!」
「やめてぇぇぇアーサーさんっ!!!!!」
最終的にはドアの瓦礫の山がこんもりと築かれていた。日本人の遠慮しいな所が裏目に出てしまった。
そして元々が粉々だったドアをさらに粉々にしたドアの破片を俺が繋ぎ合わせていくということをしていた、まぁ本当に申し訳ないんだけど、お帰り頂きたかった。
任務とやらに行く前に「すまないな、君に責任を取らせてしまった」と一言もらえなかったら泣いていたかもしれない。
ロナもロナで手伝ってくれるのはいいものの、いちいち俺に小言言ってきやがる。「なんですかあなたは断るという勇気すらなかったんですか、本当に意気地のない男です」とか
「はぁなんて私は優しいのでしょう、女神にでも祝福されるかもしれません、ふふっそしたら王子様と結婚したいです………聞いてるのですか?」
「いや、聞いてないよ」
「だからモテないないのです」
「そ、それは関係ないだろうっ!!」
………まじでうるせぇって感じだったわ、そんな嫌味を言うなら手伝わなくていいんだけどな。………俺だってモテてた時期ぐらいあるしっ。
まぁ結果としては助かったけどさぁ、気疲れしちゃったよ。
唯一助かったのはメイルさんだけだったわ。あの人はものすごいスピードでドアを接着していってくれた、彼女が一瞬女神に見えてしまったくらいに彼女の対応は素晴らしかった。それに加え………
「少し待っていてください紅茶を入れてまいりますので」
とか言ってくれたんだよ、もう本当にありがとうメイルさん。
と、まぁ色々な苦難があったわけだけど無事終わってよかった。
「………よし、ようやく魔法探しに着手できる」
の前にいったん椅子に座って休もうか。近くにあった椅子に腰をかける。
「ふぃー疲れたー」
「ほんとに直ってる………」
「直しましたぜ、マスター」
心底意外といわんばかりに開いた口を抑えるように手を添える。俺は後ろに来たその忌々しい存在に今できる精一杯の敵意の視線を送る。皮肉たっぷりの言葉を添えて。
「………ちょっと待ってて」
リューナは本を腕に抱えたまま、翻した。………何をしに行くんだろ、あっちには食堂しかないのに。疑問に思いながらも肩に穴が開いた大人びたドレスのような服を着た少女を目で追いかける。
「?」
しばらくすると彼女は牛乳瓶を片手に戻って来た。そしてそのまま俺の前まで歩いてきて、無言のままずいっと牛乳瓶を渡してきた。
「え、何?」
「あげるわドアの修理お疲れ様、ほめてあげる」
「あ、どうも」
彼女が差し出してきた牛乳瓶をおとなしく受け取る。
その牛乳瓶のふたの淵にはなにやら文字が書かれた札がついてあった。
「なぁこれってなんて書いてるの?」
「………知らぬが仏よ」
「はぁ?」
意味深な言葉だけを残してリューナは図書館に入っていった。ぱたんっと閉じられた扉はもう開かなかった。
「つかめないなぁ」
妬ましく扉を見つめながら瓶のふたを取る。だが
「にしてもすごいな、こんなにも日本の牛乳瓶を再現するとは、ここに来た日本人の転生者はまじで優秀だな」
「あ、牛乳飲んでる」
「はっうらやましいか?」
俺が今にも牛乳瓶に口づけをしようとしたときに横からロリらしい幼い声が聞こえてきた。十中八九ロナだ。
最近では敬語も外れ気味になってきている。まぁ一週間もあれば俺が舐めれる存在ということがわかったのだろうな。
「いや全然、私専用の牛乳瓶があるから」
「ん?それって名前とか書いてるのか?」
「当たり前、じゃないとどうやって判断するのです?」
「………ここに書いてある文字読んでくんない?俺まだ文字読めないからさ」
嫌な予感がした俺はロナに近づき牛乳瓶の淵についていた札を見せる。
「もしかして他の人の牛乳飲んじゃったの?しょうがないわね読んであげる、えーと”転生者用”………なんだ合ってるじゃん」
「くっそ………」
いかにも自分が牛乳をおごってあげたかのように見せておいて、結局は俺用に用意されてた牛乳を持ってきただけじゃん!
推しから推しの好物をもらったと思ってちょっと好感度上がったのかな?とか思った俺がバカみたいだ。
そういや前アーサーさんに怒られてて牛乳禁止令が出されてたっけ、それで誰が牛乳を飲んだかわかるように札を貼ったって言ってたな。俺には関係ない話だと思ってたけどまさか俺の分まで用意してあるとは………。
まじかよ、画面上ではこんなうざったいとこもかわいいなとか思ってたのに、現実で主人公と同じ目にあわされるとまじで腹立つな。
ほんとに、ほんとにドアの修理大変だったのにこの仕打ちかよっ!!
「一言言ってやる」
”何してんだこいつ”というロナの冷ややかな視線を無視して俺は図書館の扉に手をかける。
前アーサーさんに注意されてたから今度は開くはず!
という期待を胸に思いっきり扉を開けた。あまりにもスムーズに開くものだから少し勢い余って倒れかける。
「っと」
だがすぐに態勢を立て直し、標的を睨む。やつは俺の襲撃に一切焦ることなく、なんなら視線すら向けることなく本に集中している。
「おいこら!お前この牛乳瓶元々俺のじゃないか!あたかも自分が与えたものみたいな顔すんな!」
「何?この私がわざわざ冷蔵庫から持ってきてあげたのよ、まずはそれを感謝すべきじゃないかしら、それに本当ならあなたの牛乳は私が飲むつもりだったのよ」
こいつジャイアン思考を持ち合わせていやがる。自分が言ってる可笑しさにまるで気づいてない。
リューナにとってはもとより俺の牛乳なんてものはなく、”転生者”と書かれた牛乳瓶は自分のものだと思っていた、と。
「はぁ?なんですかぁ?ジャイアニズムですかぁ?どんだけ牛乳好きなんだよ」
「牛乳はとても栄養価が高いもの、たくさん飲んでおいて損はないわ」
俺がやかましくなってきたのか、リューナは一度本を置き、俺の方を見る。その瞳の中には”やってやろうじゃない”という闘志が感じられる。
「だいたいなぁ、あんたは心が狭すぎなんだよ!ちょっと仲良くなろうとしただけで俺を出禁にしたりよぉ!」
「あれは本当にうっとうしかったもの」
「そんなんだからっ………」
”友達ができない”という言葉は呑み込んだ。それは超えてはいけない線だと思ったから。
「そんなんだから、あんたは苦手なんだ!」
「うるさいわね、別にあなたに嫌われようがどうでもいいわ」
「あーそうですか、じゃあ一生嫌ってやるバーカ!!」
「馬鹿と言った方が馬鹿なのよ赤ちゃんのときに習わなかったのかしら」
「………知ってるか?その返しをする方が子供っぽいんだぜ」
「っ!?………」
リューナは自らの口を両手で覆う。
「………」
「………」
静寂が流れる中、俺とリューナはにらみ合い、火花が散る。冷戦状態によって図書館の中が凍り付く。ここに誰もいないということだけが幸運だった。
「お前らぁ、そんなにお互い譲れないなら勝負でもしたらどうだぁ?」
後ろから聞こえてきたのは野獣にも似た粗暴な声。その声には聞き覚えがあった。
「カリンさん、なんでここに?」
「あぁん?ロナのやつが転生者とリューナが喧嘩してるって言ってきてな、面白そうだから来た」
にかっとこれでもからという笑みを見せる。真っ白の歯から見える犬歯が特徴的な女の人だ。
この人の名前は”カリン”転生者捜索中に俺のことを見つけてくれたらしい女性だ。”げっ最悪”と言ったのも彼女だ。とてもガタイがいい女性で、肉付きだけで言えば俺の三倍はある。いつもぴっちぴちのシャツを着ていて筋肉を浮き出させている。
基本めんどくさがりで任務とやらに行く時もけだるげにしているが自分の筋肉をいじめるときは笑顔を絶やさない変態だ。
前気まぐれに夜食として鶏肉を蒸していたときに出会って、脳筋だということを知っていたから、何個かあった鶏肉のうちの一つをあげた。それ食べたら筋肉つきやすいですよとコメントをつけて。
”うまい!やるなぁお前!これで筋肉もつくとは至高の食べ物ではないか!”と大変好みだったらしい。
それからは結構挨拶とかもしてくれるようになった。ドアの修理をしてるときは”ガンバ”とだけ言ってどっか行っちゃったけど。
「カリンあなたには関係ない話よ、出て行って」
「あぁ?いやだねこんなおもしろそうな話逃してたまるか」
カリンさんは快活に笑う。
「………」
対してリューナのやつは本当に不満気に睨みつける。
「さて、勝負の内容だが」
「ちょっ、俺まだやるって言ったわけじゃっ」
「男が駄々こねんじゃないよっ、こういうときは胸張って受けて立つとでも言えばいいのさっ!」
「こんなのパワハラだっ!」
「なんだパワハラって、筋肉つく食べ物か?」
「………」
この人はほんと、頭の中まで筋肉なんだからっ!!
「まぁ気を取り直して、勝負をしてすべてを決着させようか」
「いいわ、受けて立とうじゃない」
ずいっと一歩前に出たリューナは意気込みばっちりと言った感じだ。
………くそー、これじゃ引くに引けないじゃないか。
「………やってやりますよ」
「その意気やよし!で、勝負の内容だが!これだぁっ」
だぁぁぁんっ!という音とともにカリンさんの後ろから取り出されたのは巨大な机の上に乗った牛乳瓶の数々だった。
「………まさか」
「そのまさかだ転生者、お前らには牛乳早飲み対決をしてもらう」
「ふっ勝ったわ」
リューナは余裕の笑みを持ちいつの間にか用意された椅子に座る。何自信あるのかこいつ、いつにもましてにやけてるな。………いや違うさてはこいつ最近牛乳を飲んでなかったから合法的に飲むために参加したな。
「私は牛乳が好きよ、牛乳のこととなると目がくらむくらいにはね、そんな私は牛乳の早飲みにも精通している、最高記録は8秒、この記録を抜いた人間は誰もいない」
「な、十一秒だと!?この私でさえ最高記録は10秒台だというのに」
………牛乳瓶を8秒か、ふっまだまだ赤子だぜ。
「いいだろう、その程度の秒数は自慢できるものではないということを教えてやる」
「なんですって?私を超えると?」
「超えるも何も俺はすでにお前を超えている」
「なにを………」
リューナは”何を戯言を”とでも言いたげに眉を顰める。
「まぁ見てな」
「では両者牛乳瓶を手に取って、ギャラリーは盛り上げて!」
「おー!やったれ転生者」「リューナー!あんたの底力見せてくれ」
と盛り上げる人物はロナただ一人、たった一人だけでいろんな役をこなしていた。………まったくやる気が感じられない、身振り手振りも適当だ、明らかに嫌々やっているのがわかる。
………ふっ観客は一人か、この俺の伝説を見届けるには少々少ないがまぁ伝承するには十分か。
「では始めっ」
・
牛乳瓶を早く飲むには牛乳を受け付ける喉を大きく開く必要がある。一瞬でも喉を閉じて牛乳が滞ってしまえばそれはタイムロスになる、そして私は喉を開け続ける術を知っている、その上でのタイムが8秒、この記録を塗り替えるなんて不可能
と、でも思っているのか?リューナよう。
甘いなぁ、それは既に俺が小学校のときに通った道だ、インターネットという便利なものがある現代ではな、コークスクリュー飲み(名称:俺)という飲み方が開発されてんだよ。
瓶に口をつけながら瓶を横に一回転させる、それによってできた渦が牛乳を一瞬のうちに喉に流しこまれるのだ。
この技を使うことでタイムは6秒を切る。
「俺の勝ち、だな」
「………うそ、でしょ?」
リューナは口をぽかんと開けて、まだ完全に飲み終わっていない牛乳瓶を置いた。
視線は空になった俺の牛乳瓶にくぎ付けだ。
「なぜ、そんなに早く飲めるの?もしかしてそんな魔法が」
「なわけないだろ、これは俺のスキルだよ」
「「え」」
別に特段変なことを言ったつもりはなかったのだが、場が完全に凍り付いた。氷の女王リューナはもちろんカリンさんやロナまでも口を開けている。
「そう、あなたも大変ね、図書館は勝手に使っていいわ、多少うるさくしても文句は言わないことにするわ」
「え、何急に」
リューナが突然立ち上がったかと思えば俺の肩に手を置いて憐みの視線を送って来た。
「いやなんだ、こうまで不憫だと筋肉どうこうとかいう話じゃなくなるな」
「え、何、何」
「まぁ気をよく持ってください、そんなスキルでもこの広い世界では求められることもあるさ」
「おい何か勘違いしてないか?」
カリンやロナもリューナと同じような憐みの目を向けてきた。
………何か盛大に勘違いされてる気がするけど、まぁいいや勝負は俺の勝ちだそんでもって図書館も使えるようになった!これで魔法を学べるぜ!
・
おまけ
それは転生者である柊が扉の修理を初めて3日が経った後のことであった。
「はぁ、はぁやば、まじ疲れた」
ある男が粉々になった木の破片が大量に散らばった前で愚痴を吐く。彼の隣には出来損ないの不完全な扉が悲しくも転がっている。
「休憩ーー」
ふら、ふらっとおぼつかない足取りで彼は壁に体重を預けながら少しずつ進んでいく。
「ぶーん!!」
「あ………」
廊下にでたところで彼の前を通り過ぎていったのは金髪ツインテールの幼女といって差し支えない少女だった。
どうやら落ち着きがない様子で腕を大っぴらに広げながら廊下を蛇行して走っている。
「何かいいことでもあったのか、ロナのやつ」
いつもと違う同居人の様子に少し違和感を覚えたが、今はそんなことどうでもいいくらい彼は疲れていた。
「水………」
とりあえず何か飲み物をと、食堂に足を向けたとき後ろからばんっ!という音が聞こえた。
「え、何」
彼が音の方に振り向くと、その先には柱か何かに頭をぶつけたのか、額から血を流しているロナがぶっ倒れていた。
「………」
彼は一瞬思考を止める。
「いや、やばいやばいやばい」
浅い医学知識しか持っていない彼でも頭から血を出すのは相当やばい状況だとわかったのか急いでロナの元に駆け寄よろうとする。だが一歩目を踏み出したところでその足はとまった。
「………………」
(リューナ?)
なぜか反射的に図書館の扉があったはずの場所に身を隠し、扉の縁から顔をのぞかせて様子を見やる。
彼女は腕に抱えていた本を地面に置き、思案気にロナの頭に手を置く。
「治れ」
彼女が短く息を吐くと手が緑に光りだし、気づけばロナの額にあった血はもう止まっていた。
「………………」
その後隣においてあった本をロナの頭の下にしき、枕替わりにしてあげていた。
それらすべては彼女にとって当たり前のことだったのか、特に表情を動かすことなく平然と立ち上がる。
(………かわいい)
だがそんな当たり前が、”ギャップ”としてある男の心にクリーンヒットしたのは言うまでもない。
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