第2話
予想が当たった、本当に最悪なことに。ここは鬱ゲーサンシャインライズ、略してシャイズの世界だということが確定した。なぜならこの世界について、目の前にいる女性によって明かされてしまったからだ。
シャイズの舞台となっているここは”ベルセーユ”という星にある世界で、俺はこの世界に神によって転生させられた、”転生者”と呼ばれる存在になるだろうな。これがまぁ厄介で………いやこれは後で説明しようか。
それでこの世界にも結構転生者はいて、そのすべては地球からのものになっている。ということは俺は別に特別ではないということになる。だから現代知識で無双するという俺の浅はかな夢は消え去った。本当に夢見てたんだけどな。
けどまぁここも悪くはない、普通に醤油もあるし、塩コショウ、みりん、その他にもカレー、天ぷら、ラーメンと、地球で食べれたほとんどのものが食べられる。てかいい所に目を向けないとやっていけない。
なぜなら、ここには地球にはないもの、典型的なのがモンスターや魔法といった、ガチファンタジーの存在があるからだ。ほんと胃が痛いよ、日本人は環境の変化には弱いのよ。
冒険者という基本的にはモンスターを狩ってその素材を売ったりする日本人にとって夢のような職業もあるけど、死亡率は高いわ、実力がないと全然稼げないわで、あんまりおいしい職業とはいえない。まぁ逆に強けりゃウハウハできるけどね。
だがモンスターよりも危ないのは転生者達の方だ、やつらは転生者特有の能力をもって大きな犯罪を行っている。それも組織的にな。それらが主な鬱展開につながる原因なのだ。まぁこういうのもあとで説明していくさ。
ちなみに俺が殺したのはゴブリンという認識で合っていたようで、しかしめちゃくちゃ弱いモンスターだ、そこらへんにいる成人した大人が戦えば負けることはない。やり遂げた俺の偉業はこの世界にとっちゃ普遍的なことだったってわけだ。
そして何を言おう俺をあの平原から移動してくれたのは”獅子王の騎士団”と呼ばれる最大手ギルドだ。
ギルドっていうのはモンスターを退治したり、町の困りごとを解決したりする便利屋集団みたいなもので、ギルドの上には冒険者協会っていうお偉いさんが陣取ってて、ギルドに依頼とかを提供する役割を持っている。
そんでもって獅子王の騎士団を取りまとめてるのは今俺の目の前でこの世界について説明している”アーサー”という、麗しい女性であった。
彼女はまぁなんというか、責任感が強い人なんだ。なんでもしょい込んでしまう、過去の回想シーンでそれが発覚した。だからか物語が始まる前に彼女は仲間をかばって処刑されている。………ほんと胸糞悪い理由でね。
「私達は冒険者協会から”転生者の捜索”という依頼を出されてあそこを探索していた、ちょうどそのとき君を見つけたんだ」
口を開けばアーサーさんの口調は優しいもので、内容がすぐに入ってきてくれた。本当に優しい人なんだろうな。
「はぁにしても定期捜索でこんな厄が入ってこようとは、やはり断るべきだったか、くっそあの厄神冒険者協会め」
………やっぱ取り消そうかな、さっきの感情。
「………そんなゴミカス共の話はもういいんだ」
あ、ついに冒険者協会って言わなくなった。
「ここからが本題でね、君をここ獅子王の騎士団で一か月保護することになっているんだ」
「え、どうしてですか?」
………理由は知ってる、けどここで聞き返さないと怪しまれるからな。
「冒険者協会にそう言われるんだっ!あのゴミカス共保護くらいそっちでやれってんだ!こんな面倒なことおしつけやがって!」
………アーサーさん心の声漏れてますよ、それは俺が傷付くやつですよぉ。
涙がこぼれそうになる涙腺を根性でこらえて下唇を噛む。てかアーサーさんってこういうキャラだったんだ、クールキャラだと思ってたけど案外感情的というかなんというか。
「………あぁすまん、取り乱してしまったな今のは忘れてくれ」
「………」
心の傷ってのは治らないものなんですよ、アーサーさん………。
「とにかくだ君はここで一か月過ごすことが決定した、それが今回言いたかったこだ」
「わかりました………」
あぁ最悪だ、これからのことを本格的に考えていかなくちゃならなくなった………。
「部屋は君が起きたあの部屋を使ってくれ、何か欲しいものがあれば廊下にいるメイドに言ってくれればいい、風呂はないがシャワー室がある、ギルドメンバー用と客人用で分けているから客人用の方を使ってくれ時間はいつでもいい、だが絶対に外には出るな」
やっぱそう来るか。
「理由を聞いても?」
「だめだ、それを聞くことは許さない」
だよな、あなたはそれを言うことができないもんな。あぁほんとどこまでもゲーム通りじゃないか。
「………わかりました」
「………すまないな」
「いえ、そちら側にも事情はあるんでしょうから」
「そうか、ありがとうな」
乾いた笑みをこぼしたアーサーさんは立ち上がり、俺の元に歩いてくる。やべ、多分あれをつけられちゃうな。
それを警戒してつい一歩後ずさりしてしまう。
「君、名前は?」
俺の横まで歩いてきたアーサーさんに見下ろされながらそう聞かれた。え、名前?
「あ、言ってませんでしたでね、俺の名前はひい………」
「いや、やはりやめよう」
「え、なんっ」
名前を言いかけたところでアーサーさんはそれを手で制す。彼女の人差し指が唇に触れる。まるでそれ以上何も言うなとでも言うかの行動だ。
どういうことだ?転生者を保護したらあれをつけさせるのが義務のはずなのに。
「君のここ一か月の安全はこの獅子王の騎士団が保証しよう」
「あり、がとうございます?」
「あぁではな」
それだけを言い残し、彼女は部屋を出ていった。
おかしい、なぜ………
「ん、忘れ物かな」
彼女がさっきまで座っていたあたりに、なにやら黒色の突起物があるのが見えた。近づくと、それは腕輪であることがわかった。
あまりにも無骨で無機質なその腕輪は鈍い色で光っている。
それを確認して問答無用で拾い、さっきアーサーさんが出ていった扉を開ける。
「………アーサーさん、あなたという人は」
廊下の先には誰も存在せず、かち、かちと古時計がさみしく秒を刻む。廊下には窓がないようで、太陽の光が入っておらず温かみがない。少し奥の天窓から漏れる太陽光が薄く照らすだけだ。
この腕輪は転生者に装着させることが義務づけられている、その効力は外に出た瞬間腕輪が反応し、心臓を止まらせるというもの。
こういう魔法のような道具を魔道具という。
そしてこの魔道具をつけさせないと後で冒険者から厳しいお咎めが回ってくる。
優しい人だ、自らの身より他人のことに気を回してくれるなんて。
そうか、こんなことをしていたから最終的には処刑されたのか。初めて彼女の背景を知ったことで怒りがふつふつと湧いてくる。
胸糞悪い、本当に。
この世界には大量の転生者がいる、だが彼ら全員がいい人というわけではなく、人間が住む生活圏の外に組織を生成し転生者ではない人間に牙を剥いている。
その被害は甚大であり、年に10万人ほどの現地人の被害者が出ている。
最初はそこまで大きな組織ではなかった、だが彼らは特別な力をもってここに来る、そして地球にある知識はこの世界よりもはるかに先を進んでいる、現地人もその力が、そして知識が欲しくなってしまった。
だから隷属の首輪という装着したものは主人となるものの人間の命令に逆らえなくなる悪魔の魔道具を生成し、それを使い転生者達をこき使うようにした。まぁもちろん賃金は払うし、待遇自体は悪くないんだけどな。しかし扱いは最悪だ。
多分、隷属の首輪をつけられるってこと自体が気に障ったんだろうな、転生者の裏切りへの保険は転生者達へ不信感を募らせた、結果、転生者は外の転生者組織に逃げていくようになってしまった。
それによって被害は拡大していった。
それを現地人はよしとせず新たにやってくる転生者には特に説明することなく、転生者捜索を定期的なものとし、発見したギルドに逃げられない腕輪をつけさせることを義務とさせた。まぁ逃げても心臓が止まるから次の犯罪者を生まないようにしていると。
全部人間のエゴだ。
………だがそれを彼女はつけさせなかった。多分このまま一か月が過ぎた後に冒険者協会のやつらが来たらアーサーさんは、ひどいおしおきを受けるだろう。まぁ腕輪をつけさせないだけだったら罰金くらいで済むと思うけど、けど多分彼女は、最後まで転生者の面倒をみてしまうのだろう。
だから最後は………
はぁここまで来れば嫌でもわかってしまう、ここはゲームが始まる前アーサーさんが処刑されるよりも前の時間軸だ、そして俺が転生したのはそのアーサーさんが処刑される原因を作った転生者だ。
ここで俺が逃げてしまえば、俺は自由になるかもだけど、アーサーさんは確実に処刑されてしまう。………それはできないよなぁ。
頭を掻いて下を向くと
………そこにはロリがいた。
「名前」
「え?」
「だから名前はなんだって聞いてるのです」
「あ、あぁ柊優斗だよ」
「そうですか私はロナ、あなたの案内役を承りましたです」
「あ、そうよろしくね」
「はい、では早速ここの禁止事項についての説明と簡単な案内をさせていただきますです」
ロナは背を向けて、チャームポイントのツインテールを左右に振り子のように揺らしながら歩き出した。
この子は確か全クリ後の裏ストーリーでちょっと出てきたくらいで、あんま覚えがないんだよな、けど一部の紳士から絶大な人気を獲得していたのは覚えている。あれは最早狂気と言っていいものだったな。
おとなしくロナの背中についていき、この大広間みたいな場所を後にした。ほんの少しの苦みを残して………
「一階はさっき優斗がいたリビングを中心にいろんな小部屋が備わっています、例えばそこにはキッチン、その隣にはトイレがあります、ギルド用のものではなくその隣にある客人の方を使ってくださいです」
「ちなみにギルド用のものを使っちゃたら?」
ただの興味本位、考えなしのその問いを俺は数秒後後悔することになる。
ロナは親指を突き立て、それを横に向けてまるで自分の首を掻っ切るようなしぐさをした。
………なるほど、処刑と。
「では次の案内に向かいましょう」
「はい」
気を引き締めてから同じようについていく。
その後も色んな入ったら危険な部屋を紹介された、魔法の薬品を保管してる部屋とか魔法の研究をしている部屋とか、とにかく魔法関係の部屋には入るなってことですね。ちゃんと”魔法始めました”って看板が部屋の前にあるしね、この注意書きの看板のおかげで絶対に入ることはないと思うよ、絶対にね。
うん、たとえ俺が生き残るために必要な魔道具がそこにあるとしても絶対に行かないよ。
「最後、これが一番大事です」
二階に足を踏み入れたところでロナは足を止めた。
「ここから先はギルドメンバーたちの自室になります、絶対に足を踏み入れないようにしてください」
「了解、もちろん入ったら死刑でしょ」
「理解が早くて助かりますです」
「この理解だけはあんましたくなかったけどねー」
あぁ日本にいたころのあの安寧が懐かしいよ。
でもなんだろう、ゲームの裏側を知ってるみたいでなんかわくわくするな。
「これで案内は終わりです、注意事項に気をつけていれば何も問題ないですからそれを留意して自由に徘徊でもしていてくださいです」
「はーい」
それだけを言ってロナはどこかに行ってしまった、ふむとりあえず何をしようか。
憂いはある、このままだったらアーサーさんは処刑されてしまうだろうし、それどころか普通に俺が殺されるかもな。
くそっ!原作での俺だったやつが死んだかどうだかわかんないから不安で仕方ない!
「あぁ、まじどうするかなぁ」
三階に向かう階段の中腹、少しだけゆとりのあるスペースで頭をかきむしる。そんな俺の目の端に見知った女神の影が通っていった。その影は階段を下りて行った。
「………もしかしてっ」
俺の足は自然と動いていた、”あの最強の魔法使いがいる!”という原動力だけで俺は足を動かしていた。
途中メイドさんらしき人達に挨拶をしながらさっき案内された図書館に赴く。
中は案外日本の図書館と変わらず、ずらっと本が並んでいるだけの質素な場所だった。
少し荒ぶった息を整えながら暖かみの感じる木製の本棚の木目をなぞる。
不思議な感じだった、触り心地は普通の木なのにどこか冷たい、内包する熱がどこかに奪われているような感じだ。
「何をしに来たの?」
冷たい、どこまでも突き放すような冷気を持つ声が聞こえた。
視線をその声の方向に向けると、そこに美しい女神があった。
いや正確には違う、それは人間なのだ。
だがその姿があまりにも綺麗で、女神像と間違っただけのこと………。
彼女がもう椅子と一体化してるのではないかと疑うほど微動だにしていないことも理由の一つだろう。
こちらには絶対に視線を移さず、ただ淡々と手元にある本のページをめくっている。
彼女の前にあるテーブルには一つのカップが置かれてる、多分中身はオレンジジュースかな。オレンジ色だし。
彼女によく似合ったショートボブの髪形に、本を読むのに邪魔で耳にかけたであろう髪がはらりと落ち、目の横にたれる。
だが服装だけは奇怪だった、ミニスカートに、セーラー服、そして猫耳と、あぁゲーム通りだ、と安心すると同時に自分の推しが目の前にいるという興奮に胸の動悸が抑えられずにいた。
「本物だ………」
彼女には決して聞こえないように小さい声でぼやく。もっと、もっと近くで彼女を拝んでみたい、そんな気持ちが先行して彼女の顔の前に回り込んでみる。
「………何?」
うっとうしそうに眉をひそめられた。
そんな厳しい視線一つでもどきっとしてしまう。自分の推しが自分のことを認識しているというだけでうれしくなってしまう。
「いや、なんで猫耳をつけてるのかなって」
でも俺には好感をもってると全面に出す度胸を持ち合わせていなかった。
すると彼女は目を見張り、”驚いた”といわんばかりに口をぽかんと開ける。
「………さぁ」
そして彼女はもう一度本に視線を戻す。心底俺に興味がないようだった。
「そう………です、か」
「で、あなたは何をしに来たの?冷やかしなら帰ってくれないかしら」
そうですよね、あなたはそう言うだろうね、うん解釈一致だ。
「あ、いや俺はここの人達と仲良くなりたくて………」
「そう、私にはそんな気持ちないから帰って」
「そこをなんとか仲良くなりましょうよぉ」
「いや、家畜にさける時間なんてないから」
「家畜って………」
「ちっ、さっきからうっとうしい」
ついに本を閉じた彼女は俺の方を見てにらみつける。
………まぁ話してくれるって感じじゃないよね。
彼女とは仲良くなっておきたかったんだけど、無理そうです。
「ご、ごめん!もう帰るから!」
「………」
「うげっ!?」
彼女が指をくいっと上に動かすと、その動きに合わせたように俺の体は宙に浮き始める。
まるで首に首輪でもつけられたような不快感だ。
「二度とここに来ないで、そして今日見たこの恰好のことは忘れて」
「ふえっ!?」
ぱっ、と首にかかっていた圧力が消えたかと思えば目の前には図書館の扉があった。
「まじかよぉ」
こんなくだらないことで魔法使うやつがあるかぁ?
………てかあれ?確か我が推しリューナのあの猫耳姿は物語の後半にならないと明かされないはずだったのに、それまでは確か魔法で隠してたはず、?、なんで?
・
「………」
彼女はさっきまでいたある一人の”害虫”がいた場所を眺める。
閉じ切られた扉は一切の侵入者を許さないと固く閉じられている。
「なんで、これが見えたの?魔法で隠してたのに」
自分がつけている、猫耳を気恥ずかしそうに撫でる。
「もう、つけられないじゃない」
頬を赤く染めた彼女はひっそりと猫耳を下ろした。
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