鬱ゲーに転生した俺、どうしようもない世界で自由に生きたい
@rereretyutyuchiko
第一章 旅立ち
第1話 異世界転移
カタカタ、とパソコンのタイピング音が無機質になるオフィスの中で俺は黙々とそのタイピングの音の波に身を任せている。
そろそろ文字をPCの画面に打つのも飽きてきて、伸びをしたところで隣に座る後輩が好機と見てか話しかけてきた。
「あのー先輩今日っていつ帰れるんすかねー」
「知らん部長の機嫌しだいだ、終電までに帰れることを祈っておくことだな」
「そんなーいつもそうじゃないすか、ひどいっすよー先輩がなんか言ってくださいよー」
「まったくひどい言い草だねぇ、諸君?」
「「げ」」
俺と後輩の声が重なる。その声の主は直前まで噂をしていた部長その人だったのだ。
「まったく君たちは、もう今日は帰っていい、過労で死なれては困るからな」
「うへーい」
軽い返事をしてからそそくさとデスクに広げた道具を片し始める。
「よーしじゃあ俺も………」
「君はまだその仕事があるだろう」
「うへーい………」
俺とは違い絶望の感情がこもったため息を吐きながら後輩は仕事を再開させた。
「じゃあな、俺は先に帰らせてもらうぜ」
「先輩の薄情者ー」
「へっ言ってろ」
後輩に嫌味を残してから俺は帰路についた。
・
俺の人生はまぁ平たく言えば平凡だった。小中高と、それなりに友人を作って、普通に大学に入って、普通にブラック企業勤めになってしまった。
「………」
もう人気がなくなった駅にあるもの悲しい雰囲気を醸し出した電子時計を見る。
そこには”23:49”と書かれていた。それは終電の1個前の電車に乗るのにちょうどいい時間帯、まぁこの電車の10分後とかに終電の電車は来ちゃうんだけどね。
まぁ、終電1個前の電車に乗れるだけましか。
終電だと酔いつぶれた人達が多くなるからな。ほんと終電ぎりぎりに来るのはやめてほしい。それとなんとか乗ろうとしないでほしい、いやわかるけどね、確かに家に帰れないってのはつらいことだと思うけどたまにタクシーを使うのも乙なものだぜ。
「そんで帰ったら”シャインライズ”をやってやるのさ」
””シャインライズ”とはあるアクションゲームの名前でその名前とは真反対に鬱ゲー要素がいたるところにちりばめられている。でもバッドエンドではないところが、救いがあって好きなんだよね。
”さぁ今日は何して遊ぼうかなぁ、キャラ走らせてマップ探索もいいし、サイドエピソード見るのもいいよなぁ”
とかなんとか心の中で一人つぶやいていたら暗い、暗い、どこまでも暗い穴の奥から目をそむけたくなるほどの明るい2つの光が俺の瞳孔を刺した。
「来たか」
お迎えに来てくれた電車に謎の安堵を覚え、息をもらす。
そして強風が前髪をさらっていった。
「え」
自分でもびっくりするくらい間抜けな声がでた。
その理由は絶賛俺の前を通過していた電車がぴたりと止まったからだった。
別にこの駅で止まるんだからなにもびっくりする理由なぞない、と思うかもしれないけれど、それはそんな生易しいものじゃなかった。
なんの慣性も残さずぴたりと前で止まったのだ。
眼前には神々しく光る1枚の窓ガラス。普段なら昇降口となるはずのその場所は頑固として開かず、一つの人影があるのみだった。
「っ………!?」
”何が”と言わんとしたとき喉がその声の発生を許さない。
まるで魚の野太い骨が丸々一本喉を埋めているような感覚だった。
「………誰でもいいんだが」
その人影は何か言語のような何かを発した。自分でも何語かわからないのに不思議と意味を理解していた。
”一体何が起こってるっていうんだよ”焦燥が足の下から力を奪っていく。後数秒でもこの状況が続けば失禁でもしてしまいそうだ。
だがそんな俺の不安を見かねたのかその人影は続きの言葉を発する。
「まぁこんな生まれたての小鹿のようなものが案外あっちでも上手くやることもあるだろう」
自虐するようにその人影は笑い、そして指さした。
「期待しよう、お前という凡な男が見せるドラマというやつを」
その指の先には間違いなく俺がいる。
「あっ」
そこでようやく骨が取れたような感覚になり声が出てくれた、瞬間流れる電車の通り過ぎる音を見送りながらとめどなく流れる汗をぬぐうために一瞬だけ自分の視界を自らの腕で遮った。
「へ?」
今日2度目の間抜けな声、それは一度目よりもはるかに間抜けであり、もし平常時の俺がいたら恥ずかしさで顔を手で覆っていたことだろう。
だが今はそんなことどうでもいいくらいに目の前の状況が受け入れられなかった。
一瞬、ほんの一瞬だけ視界が途切れただけなのに、俺が今立つ世界は無機質な地下鉄のりばなんかじゃなく、現代日本ではありえないくらいうっそうとした平原だった。
ちくちくとする雑草の感覚が嫌味にもそれを現実だと押し付けられる。
「どういうことだよ………」
あまりにも普通な反応に自分でも呆れてしまう。
平原、平原、平原、どこを見渡しても、どう考えても俺の目の前に広がる光景は立派な平原に他ならなかった。
「俺、駅のホームにいたはずなんだけど………」
うわぁ早く電車に乗って家に帰りたいんだけど………明日も仕事があるのに。
などとこんな状況でもそんなことを考えてしまう俺はブラック企業に染まってしまったのだろうか。
「死後の世界とでもいうのかぁ?」
過労か、俺は実は意識すらできなかったほど病んでいて一線を越えて自殺してしまったのか。
この状況は死後の世界とでも言われなければ納得がいかないほど俺が知っている世界とはかけ離れていた。
にしてもあの最後に見た人影は一体………。
「どうしようか」
とにもかくにもここにいたままでは何も始まらない、とりあえずあたりに何かないか適当にぶらついてみるか。
5分ほど歩いてわかったことだが俺が元いた場所はどうやら丘の上にあったようだった。
丘をある程度下っていると下になにやら人工物のようなものが見えた。まだ10数分しかたっていないというのに人がいそうという予感だけでこんなに安心感を覚えるものなのだな。
「よし、あそこまで行って………」
そこまで言って俺は気が付いた、ついさっきまで俺を照らしてくれたこの世界で唯一身に覚えがあった太陽さんがいなくなっていることに。
曇りじゃあない。だって後数歩歩けばその先には太陽さんからの祝福があるのだから。
照らされていないのは、俺を取り囲んでいる影の中だけであり………
ぴと
と、俺の目の前に白い何かが落ちる。
「うひっ」
吐息のような生暖かい空気が俺の首筋にあたる。身震いするような寒気にも似た感覚に襲われ、おそるおそる後ろを振り返る。
「はげっ!?」
いた、それは日本にもいたが現実にはいないはずだったもの。すべてが人間から作られた人工的であったはずの二次元の存在。それが俺の後ろにいた。
ピノキオも顔負けの長い鼻を持ち、だがピノキオとは似てもにつかない歪な鼻を持ちえたその生物は鼻の先に汚れが溜まっていそうな白い塊が見える。
そして一番の特徴といえば気持ち悪いほどに緑な体の色だった。
”ふしゅー、ふしゅー”と眼前で呆けている獲物を今にも食いたくて仕方ないといったようなギラギラとした瞳を向けられている。
体躯は俺とあんまり変わんないけど、とても大きく見えた。
あぁどうしよもないほどゴブリンだなぁ。
”もっかい死ぬのか”という諦めた意志とは反対に俺の足は動いていて、ゴブリンに背中を見せていた。
「ははっ、何やってんだろ俺」
死ぬのはわかっているのに体が絶対に生きろと命令する。
「くっ」
腰抜けそうになっていた足に力を込めて地面を思い切り踏み仕切る。
「生きてやるぅぅぅぅ!!!」
「きゃはぁぁぁぁぁっ!!」
「はぁぁぁ!!?ジャンプ力化け物かよ!」
俺の立派な宣言を踏み潰すように跳躍したゴブリンは覆いかぶさるように俺に襲い掛かってくる。
「何か………」
このままではつぶされると判断し、手に持っていた手提げバッグをゴブリンの鼻頭めがけて投げつける。
「ぎゃぁ!」
醜いしゃがれ声をあげて倒れる。
ゴブリンは言いようもない痛みに襲われてか地面をじたばたと暴れまわっている。
「まじ?」
”その程度で倒れるのか”という慢心の声を抑えて追撃とばかりに胸ポケットから常備しているボールペンから切っ先を突き出し、倒れたゴブリンの目に突き立てようとしたとき………
「きゃぁ!」
ゴブリンの鋭利な爪が俺の頬を削る。
「あぶなっ!」
すんでのところでびびって尻もちをついてなきゃ多分顔面の皮膚全部もってかれてた。
「しゃあっ!」
立場逆転、今度はゴブリンの方が水を得た魚のように腕を振りかざし爪をまとめ、つき下ろす。
「なめんな!」
「きゃぁ?」
ボールペンをゴブリンの爪の間にはさみ、なんとか受け止める。
だがたかがボールペン一本が大人一人分くらいの重さに耐えられるはずもなく、綺麗にぽっきり折れてしまう。
だがまぁ、十分な役割を果たしてくれた。
「いいかぁきちんとした社会人っていうのは、二本目のボールペンを持ってるもんなだぜ」
「きゃ、あっ、が」
俺が取り出した二本目の刃はゴブリンの喉元に突き刺さっている。息ができずに苦しむゴブリンを冷めた目で見る。
喉元からあふれ出る血を一身に浴びて、俺の顔面は真っ赤に染まる。
「ふぅ、ふぅ」
不思議と動揺がない、始めて行った生の奪取は案外あっさりと幕を閉じる。
………それがただのアドレナリンによるものだとも知らずに。
息を整えてから数十秒が経過したとき、俺がやらかした大事に気づいてしまった。
「あれ?」
落ち着いたときにはもう遅かった、自らの手にびっしりと埋められている血痕は俺から正常な思考を奪っていき………。
「きゅう」
情けなくも意識を飛ばしてしまった。
「うわ、最悪」
最後に聞こえてきたのはため息にも似た、まるで俺のことをゴキブリだとでも認識しているような、そんな傷付く口調の言葉だった。
・
あぁ痛い、痛い、痛い、いたい。頭の中をムカデが這いずり回っているかのような不快感が襲う。
くっそ、死んだってのになんで痛みが走るんだよ、死んだ後くらいゆっくり優雅に暮らさせてくれよぉ。
たくっ、世間はつらいね、いつだって俺の敵をしやがる。
「先輩、今日も休みっすかー」
あぁ後輩よ、君のことも懐かしく思えてしまうよ、俺は今異世界っぽい所にいます、そこで俺は、俺は………
「ふわぁ」
体の芯から活動するためのやる気を奪うようなあくびが出て、伸びをしながら体を起こす。きしみを上げたベッドの音とともに木漏れ日が俺の片頬を照らす。
まばゆい光に思わず目をつむってしまうが、その一連の動作で自分がまだ生きているということを理解した。
「………もうどうなってんだ」
今自分がどんな状況にいるのかを確認するために回りを見渡す。
まぁ結論として言えば俺がいるのは質素な部屋だった。簡素に置かれた木製の本棚に、申し訳なさげに置かれた丸テーブルはもはや人が座って利用できないほど支柱の部分が長い。多分立って使う用のやつだろう。まぁそんな部屋は俺が知る日本にあるものではなかった、多分ゴブリンとかも夢ではなかったのだ。夢であってほしかったなぁ………みつを。
つまり、ここは異世界であるということが確定したということだ。多分この世界の自衛隊みたいなとこに保護でもされたのかな?よくわかんないけど
そんでもって俺が今使っているベッドは固すぎてもう床だ。こんなところで寝ていたら腰を痛めてしまう。
俺はまだ25だが腰の寿命は80を切っていると思っている。
最近はキッチンで料理をするために腰をいたわるための丸椅子を用意する始末、一種のおばあさんみたいなことをしているこの俺に、こんなベッドを用意するとは何事か!
とツッコミを入れるが、虚しくなっただけだったので一度ベッドから降りる。
「なんだ、別に大きい怪我とかはしてないんだな」
両手両足は動くし、寝起きだから頭がうまく回んないけど多分脳とかも大丈夫。
「そういや、ゴブリンに傷つけられたとこは………」
そう思い、頬に触れるとそこには布のようなものが貼ってあった。
「ん、若干ヒリヒリするけど、これって手入れでもしてもらったのだろうか?」
思ってもみない好待遇に逆に不安になってしまう。
社会人になって以来、こんなやさしさにはありつけたことはなかった。この優しさはそう小学生のとき、たかし君から妖怪ウォッチのメダルをもらったときくらい暖かいな。
「というか喉乾いた」
「………独り言多すぎです」
「うおっ、人がいたとはっ!」
「かなり前からドアを数センチだけ開けていました」
「えー、もっと早く声かけてよー」
言葉通りこの部屋に唯一ある扉がほんの少し開いており、そのわずかな隙間から声が聞こえてきた。
ほんとに僅かしか開いていないため姿は確認できないが声の感じからしてまだ年端もいかない少女といったところだろう。………というかこの女の子なんか見たことが、いや気のせいだよなきっと、うんだってそんなこと現実で起きるはずがないんだから。
「………あんなにぶつぶつ独り言を言ってる人に喋りかけるなんてできません、怖すぎます」
「まぁそれはどうでもいいにしても、ここはどこなの?」
そう、目下一番の問題はここはどこで、俺は今どんな立場になっているかを確認することだ。焦りはある、だがそれを表面に出してしまえばミスは多くなってしまう。
だからせめて平静を装え、それが社会で得た俺の知識その2である。
「そういう細かいのは私の担当ではないのです」
「そうか、じゃあ一体誰が説明してくれるの?」
「………ついてきてください」
パタン、と静かに扉は閉められた。
「………ふぅ、一旦休憩するか」
閉められた扉を鑑賞しながらぽすっとベッドに腰を下ろす。
「おーい!!!ついて来いって言っただろうがぁぁぁ!!」
口調を荒げた予想通りの幼女が扉を蹴り破り、ド派手な登場をして見せた。
どこにいても目立つであろうと思えるほど輝く金髪にをツインテールにしている。もう自分をロリだと自認しているような髪型だ。
だが服装は打って変わってなにやら堅苦しいものだった。黒いスーツにネクタイ、中には白いシャツを着ている、どこかに面接でも行くのですか?と聞きたくなるくらいぴしっとしていた。
うわぁ見れば見るほど俺が知ってるキャラに似てる。けどまぁ気のせいだよな、うん。そうだきっとそうだ。
そしてまんまるであっただろう碧眼の瞳は今は楕円を描き俺を睨んでいる。
「さっき言いましたよね?私についてきてくださいって、私完全に言いましたよねぇ?それともあんなはっきり言った私の言葉が聞こえなかったとも言うんですかぁぁぁ!?」
「………」
”かわいいな”っていう誉め言葉を呑み込んで、とりあえずだんまりを決め込む。
「もう一度言いますが、私について来い、です」
「はーい!!」
「………怖い人、です」
わぁ敬語が崩れてるー、そんなとこもかわいいー。
つかめばつぶれてしまいそうな背中に今度はおとなしくついていく。
いやぁロリはいじりがいがあるなぁ。
ロリがこの部屋から出たのを確認した後、俺も続いて部屋を出る。
「広っ」
最初に出てきた感想はごく平凡なものだった。
だってそこに広がる世界は俺が知っているものとはまるで違うものだったのだから。広い廊下、深紅に染まったカーペットを敷かれた豪華なその世界は果てが見えない。
奥に見えるのは暗い暗い、闇だけだった。いや未知のものだからそう見えるだけかもな。
まぁ総じていえば多分ここは屋敷だ。
ある程度歩いた後見えてきたのは木製の階段だった。歩く度にきしみを上げるものだから「この階段壊れたりしないの?」って幼女に聞いたけど「階段ですよ?壊れるわけないじゃないですか」なんて冷たく返されてしまった。
いや階段へのその絶対的信頼は何?
そして屋敷にいた他の人達に白い目で見られながらも特に何も起こらず目的の場所についたようだった。
重厚な扉、多分鉄でできているその扉はほとんどが木製で作られていたこの屋敷にはなじんでいなかった。
明らかな異質を感じる扉を目の前にして幼女の手を少し強く握ってしまう。今この瞬間、彼女がとてもたくましく思えた。
「ボス、失礼します転生者を連れてきました」
二回のノックの後、鉄の扉は幼女によって開かれる。
開かれた世界はとんでもなく広かった。中央に置かれた長テーブルには一番奥に座る女性を讃えるように空白の椅子がずらっと並んでいる。
横に並んでいるショーウインドには鉄の兵士の甲冑が飾られている。
そしてそんな豪華絢爛な部屋にあって一切の目を引くものは中央に鎮座する女性一人のみだった。彼女以外はすべておまけ、そう思わせるほどの威厳が彼女にはあった。
赤い髪は肩を通り越して床までついていて、深紅の瞳は俺を確実に見据えている。身に着けた黒スーツはまるでスーツの方が彼女に合わせているかと思うほどぴっしりと決まっていた。
「よく連れてきてくれたロナ、もう行っていいぞ」
彼女は厳かで重厚な声で言う。
「はいです」
ロナ、またの名をロリは一度お辞儀をしてから扉をまたぎ部屋を出ていった。ふーんロナって言うのね、シャインライズに出てくるキャラにもそんな名前がいたんだよねー。
俺をこの人と二人きりにしないでおくれよ、という情けない思いは胸の内にしまいロリを見送る。
「さて、君がどうしてここにいるのか、ここがどんな世界なのか、それを説明しようか」
彼女は自らの手を交差させ、その交差させた手の甲に顎を乗せた。
あーこの人も見覚えしかないわ。お願いします、どうか似てるだけの世界であってください、本当にお願いします。
そしてこの嫌な予感は的中することになる。
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