第29話 駆け抜ける!
《百六十日目》
魔石作りは、二、三度試してみたが、作製法を改善するいい方法は特に思いつかず、ちょっと精神的にも疲れるので浄化優先で旅程を進めることにした。
明日には領都に入れるはずだ。かなりの範囲を浄化してきたと思う。
それにしても大海嘯とはよく言ったものだ。行く先々で魔物の群れが途絶えることが無い。これだけの量が一気に押し寄せれば津波の様だろう。
「あ、たくさんの人がいます。魔物と戦っているみたい。」
突然、クレアが首を上げて言った。それに対してシンが言った。
「そうか。もう領都が近い。領軍の前線が戦っているんだろうな。よし! 少し急ぐか。」
シンがそう言ったので、あたしは行く先に向かって、ある程度指向性のあるスキルを強く放った。これまであたしは数えきれないほど、浄化スキルを使ってきたが、いつの間にかその強さ、大きさや指向性をコントロールできるようになっていた。
あたしの探知でも分かるレベルで、魔物の群れが二つに割れていく。
(モーゼかな?)
「す、凄いです! 前方に魔物がいなくなっちゃいましたよ?」
クレアが目を丸くして言った。
「よし! 駆けるぞ!」
シンの号令に従い、あたしもブランシュを駆り立てる。
『ピロン! スキル〝乗馬〟のレベルが20になりました。上位スキル〝騎獣〟を獲得しました。聖女クラス44になりました。』
(おおっ! 〝乗馬〟カンストしちゃったよ。シンに半ば強引に乗馬させられて怖かったのが嘘みたい。)
今は風のようにブランシュを走らせることができる。前に座るクレアもすっかり慣れて、いくら飛ばしても余裕の表情だ。
暫く走ると、前方で右往左往している人たちがいる。武装しているところを見るとシンが予想した通り、領都の兵たちのようだ。
速度を緩めて近づいて行くと、先方でもこちらに気が付いた様だ。
騎乗した兵が何人か近づいてくると、武器を構えてこちらに呼びかけた。
「何者だ! 魔物の群れの方から来るとは奇っ怪な! そこで止まれっ! ん? あっ! まさか!」
先頭の騎乗した者は指揮官だろうか。何かに気付いて慌てて馬から下りた。
「あっ! シンジエンじゃないか! こんなところで会うとは!」
クレスがノアールの上から兵士に声をかけた。
「や、やはり! クレス様! それにクレア様まで。」
聞くと、シンジエンと呼ばれた見たところ二十代後半くらいの兵士は、クレス達に剣を教えている者の一人であり、サージの弟子でもあった。つまり、クレスとは兄弟弟子の間柄で親しい仲のようだ。
「あ、紹介するよ。こちらはぼくたちをサンクトレイルから送り届けてくれた冒険者のシンさんとマシロさん。こちらは領都騎士団の副長を務めてますシンジエンです。」
前半は戸惑いながらもあたしたちを眺めていたそこにいた兵士達に向けた言葉だ。
「おお! ありがとうございます! クレス様、クレア様を護衛して頂いて。しかし、どうやって? こんな魔物に溢れるミルス領を、ここまで踏破するとは! それよりもドムトリニアが攻め入ったとの情報もあります! 国境はどうなって・・・ ああ、訊きたいことが山ほどあって・・ すみません・・」
シンジエンの言葉に頷いたクレスが返した。
「それらは追々。それより、ここまで前線を上げているということは領都は無事なのか? 父上、母上はご無事か?」
「はっ! 領都は無事です。サレド様は怪我を負っておいでですが、快方に向かっております。カミーユ様はお変わりなく。戦況としましては、ドムトリニアの侵攻情報があって、王都の援軍を要請し、彼らの到着と同時に我らは領都を発進。王都軍は領都のある程度の安全が確保されたところでこちらを追う手筈となっています。そろそろ領都を発進した頃合いだと思います。」
その言葉を訊いてクレスとクレアはほっと安心したように肩の力を抜いた。
「よかったね。」
あたしはクレアの耳元で囁くと、クレアが小さく頷いた。かなり張りつめていたのだろう。両親が無事と聞いて安心したのか、あたしに体を預けて来た。あたしはクレアの頭を撫でてあげた。
「団長は一緒じゃないの?」
クレスは周りを見渡しながら言った。兵たちはとても統率が取れているようには見えなかった。たった今まで魔物と乱戦状態だったろうから無理もないだろうが。
「アルセント団長は先程散っていった魔物をすごい勢いで追撃して行きましたよ。」
少し困り顔でシンジエンが答えると、クレスも苦笑いした。
「相変わらずの猪突猛進ぶりだなぁ。さて、ぼくたちはこのまま領都に向かう。ここからぼくたちが来た先は魔物が大分減っているはずだ。予定通り作戦を実行して。あ、それからドムトリニアの侵攻は無くなったから。」
クレスがそう言うとシンジエンは目を見開いて言った。
「いやいや! どういうことでしょうか? 先程までここは魔物が溢れていて激戦中だったのですが連中急に走り去って。我々は混乱の最中だったのです。兵士の半分くらいは追撃に出たままで。魔物が減っていると? ドムトリニアの侵攻が無い? どういうことでしょう?」
シンジエンの混乱したような様子にアレスは無情な言葉で返した。
「うん。それは話せば長くなるし、ぼくたちは急いで領都に行かないといけない。あとはサージにでも訊いて?」
「はぁ? 御大将にですか? え? 御大将が関わってるんですか? いったい何が起きたんですか!」
シンジエンは相変わらずの混乱ぶり。
「じゃあ。ここは任せた! 団長にもよろしく!」
クレスは話をバッサリ切って、状況を見守っていたシンに目配せをした。
シンは面白そうに微笑むとノアールに合図を送り、再び駆けさせる。
「はは。クレスもなかなかやるもんだ。初めて会った時はまだまだ幼い感じだったが大人の兵士相手になかなかどうして。」
シンが今の出来事を見て感想を述べた。チラッと後ろを振り返るとシンジエンがまだ何か叫んでいる。
「実際、おにいちゃんはここ数週間ですごく成長したと思います。なんだか頼れる感じになったというか・・・ 一番びっくりしたのはシンジエンかも知れませんね!」
クレアの言葉にクレスが照れて言った。
「そ、そうかな?」
「そういうクレアちゃんだって随分大人びて来たような気がするよ?」
あたしが感想を言うと、クレアが勢いよく喰いついて来た。
「ほ、本当ですか! おにいちゃん! わたし大人っぽくなってる?」
突然振られたクレスがびっくりして思わず頷いている。
クレアは両頬を押さえて嬉しそうにしている。自分の容姿が幼いことをずっと気にしていたんだろう。
(かわいいからいいじゃない、と思うのは本人じゃないから言えることだよね。あたしも自分がこんなかわいらしい容姿だったらどんなだろうって夢想しちゃうもんね。)
あたしは遠くに目を遣りながら、ノアールを追った。
♢ ♢ ♢
「あ、人がこちらに向かってます。結構速いなぁ。」
また、クレアが首を上げて言った。それに対してシンが答えた。
「さっき話があった王都軍だろう。斥候かな? 数は?」
「・・・一騎・・・いえ、別の方向に二騎。全部で三騎?」
クレアがちょこんと首を傾げながら言った。
「真ん中の後に本体が控えているだろうね。会うと面倒だな。」
そういうシンの言葉にクレスが答えた。
「では避けて行きましょう。ぼくたちも急ぎたいですからね。クレア。斥候にも本体にも会わないルートを指示して。マシロさん。〝静寂〟展開お願いします。」
そうクレアが言うと、ノアールの姿がふっと消えた。
「クレスくんも魔法に随分慣れたものね。息をするように使いこなしてる。」
あたしが誰に言うことなく言うと、前に座るクレアが嬉しそうにあたしを見上げて来た。
あたしはすぐに〝静寂〟を展開しノアールを追って近づくと、効果範囲に入ってお互いに見えるようになった。
♢ ♢ ♢
「あ、左に行ってください。もっと・・」
今はクレアの指示で動いてるので、あたしのブランシュが先行している。
実際、クレアの索敵範囲はすごく広いので、少々の事では優秀な王都軍の斥候部隊でも躱すことは簡単である。
「うわ~」
クレアが感心したような、吃驚したような声をあげた。
「どうしたの?」
あたしが訊くと、クレアが答えた。
「恐らくですが王都軍本体が視えました。」
「数は?」
シンが訊ねると、クレアのいつもの考える癖でちょこんと首を傾けて間を取った。
「・・・恐らく、五千は下らないかと・・・」
「五千!」
クレアの言葉に反応したのはクレスだった。クレスによると、王都軍ほぼ全軍の数らしい。それだけ、今回の出陣は重要視されてるってことだ。
「マシロさん、もっと左へ。王都軍は広く横列陣で進んできます。」
クレアがそう言ったのでシンが返した。
「ローラー作戦だな。魔物の討ち漏らしを無くすためだろう。」
あたしたちは従来の進路からほぼ真横に移動する羽目になったが、王都軍本体を躱すことができた。
♢ ♢ ♢
草原の川が流れる小さな岩場で休憩を取っていると、ふとした疑問をあたしは投げてみた。
「ねえ。〝静寂〟があるなら王都軍の真ん中を突っ切ってもバレなかったんじゃない?」
これにはクレスが答えてくれた。
「王都軍って優秀なんですよ。エリートっていうか。中にはどんなスキルを持ってる人がいるか分かんないし・・・」
「それはそうだねぇ。そういえばクレアちゃんは〝静寂〟使用中でもクレスくんの居場所がわかるんだっけ。」
そう訊くと、クレアはにっこり笑って得意そうな顔をした。
「そうなんですよ! 言いましたっけ? クレアは昔からぼくがどこにいても見つけ出すんです。それで助かったこともありますが。ぼくが〝静寂〟を獲得したらさすがに分からなくなるだろうと思いましたが、クレアも対抗するようなスキルを獲得しちゃって。」
「ふふ。おにいちゃんはすぐ怠けるんだから。わたしが見張ってないと。」
そう言われたクレスは苦笑いで返すが満更嫌でもない様子だ。兄妹仲が良いのは良いことだ。
「そういえば、王都軍の中にクレイブ様がいたよ?」
何気にクレアがクレスに告げた。
「え? 王太子自ら出陣されてるの? ていうか、そこまで分かるようになったの?」
クレスが混乱している。相当吃驚した様だ。あたしは訊いてみた。
「サンドレア国の王太子ってこと? 珍しいの?」
クレスが顔を上げて答える。
「あ、はい。よっぽどの危急じゃないと王族が出ることはありません。逆に言うと、よっぽどの非常事態ということでしょうか。・・・ぼくたちは国外に出てたし、最近はシンさんやマシロさんの非常識な、あっとごめんなさい。圧倒的な能力に助けて頂いて、感覚がマヒしていたのかも。まあ。少し考えればわかりますね。未曽有の大海嘯にシンジエンの侵攻って! 普通に考えれば国の存亡の危機と言っても過言ではありませんね!」
クレスがいつもの考える時の、顎を手の平で支えるポーズをしながら考え込んでいた。
あたしはこの機会だから訊いてみた。
「ねえねえ。シンもあたしも多少常識外の自覚があるのよ。けど、クレス君の目から見てどのくらい非常識なのか教えてくれない? 今後の行動の参考にしたいの。」
あたしは振り向いてシンの目を見つめると、シンは同意するように頷いた。
クレスの方に顔を戻すと、そこには驚いた様なクレスの目があった。
「いや、えーと。正直、お二人の行動はある程度自覚があってのものと思ってました。勿論、勇者様と聖女様の能力といったものは過去の伝承に伝え聞く限り、凄いものですが突飛な物ではないのです。けれど、お二人の場合は、なんというか伝承の外れにあるというか。いえ! 元々そんなものかも知れませんが。先ほども言いましたが、そんなお二人を前に、ぼくたちは感覚がマヒしてるのだと思います。ねえ?」
最後はクレアに向けて同意を求めた言葉だった。クレアも深く頷いた。
「お二人と一緒にいるからだと思いますけれど、わたしたちもスキルが進化して以前からは考えられない能力を発揮できるようになりました。この能力だって、結構常識外だわ。でも使い慣れて来ると、自分の中では常識になってしまって。そんなものですよね。能力って。」
隣でクレスがうんうんと頷いている。
「マシロさんの質問に対するぼくの答えですが、正直、一線を越えた非常識さです。これまで立ち寄った町では気を付けて立ちまわられていたようですが、見る人が見ればその異常さに気付くんじゃないでしょうか。今頃は大騒ぎになってるかもですよ? それ以上の能力は幸いぼくとクレア、それにサージぐらいしか直に見てないから大丈夫と思いますが・・」
「え~? 帰りにまた来るねってお別れした街もあるんだけどなぁ。」
あたしはそう言ってチラッとシンを見た。
「まあ。その時はその時さ。今後はもっと控えて行動しよう!」
そう言うシンの顔を見て、あたしは言った。
「できるの?」
するとシンは真面目に指を顎に当てて考える姿勢になった。
「う~ん。まあ、面倒くさいからと言って派手なのぶっ放すのを控えれば大丈夫だろう。」
「ええ~? なに? その脳筋発言! あのインテリジェンス漂うシンはどこ行ったの?」
ははっと笑顔を向けるシンを見てあたしは思った。考えても仕方のないことだ。やるときはやるだろうし、その時はあたしも出し惜しみをするつもりはない。
そう開き直ると非常識がどうのと考えていた心が軽くなった。一緒にふふっと笑いがこぼれる。
(その時はその時!)
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