第15話 使命への自覚

《百五日目》


「あれっ? これはどういうことだい?」

 次の日、朝食もそこそこにして孤児院に再訪したとき、シンが驚いた声で言った。

 ドアを開けた時、殆どの子供たちがベッドの上に起き上がっていたからだ。

「あ。シンさん。ユーリ。もう来てくれたんだね? 見て見て? 子供たちがだいぶ元気になったんだよ! 一番ひどかった子もすっかり熱が下がって、今はぐっすり眠ってる。信じられない! どんな魔法を使ったの?」

 シンディが駆け寄ってきてあたしの手を握り、迫って来た。近い。

 シンといい、興奮すると距離が近くなる人が多いな。

「さすがは子供の回復力だな。ユーリの栄養剤が効いたんだろう。ちょっと診ようかね。」

 シンが落ち着いた様子で言ったので、シンディは我に返った様だ。

「シンさん、ありがとう! 早速だけどお願い。」

 いや、本当にどうしたんだろう。アラレイドルの時はこんなに回復は早くなかった。子供だからか? けれども子供は基礎体力が大人に比べて劣るし。

「昨日の今日だが順調だな。ユーリ。今日も栄養剤を出しておいて。シンディ。子供たちは食事がとれるようだったら、なるべく取るように。この病気は体力勝負だからな。」

 シンが何でもないようにシンディに指示した。

「ありがとう! シンさん。昨日までの不安が嘘のようだよ!」

 シンディは心なしか涙ぐんでいる様に見える。あたしはシンディの肩を抱いて言った。

「良かったね。シンディ。もう大丈夫だと思うよ。また明日来るね。」

「ありがとう。ユーリ。よかった~ 本当に!」

 シンディが抱き返して来たので、暫く落ち着くまでそのままにしておいた。


        ♢ ♢ ♢


「何やったんだい? マシロ? いやぁ。驚いた!」

 孤児院を離れ、救護施設に行く道すがら、シンが興奮した様子であたしに迫って来た。急に距離を詰められると心臓に悪い。

 シンディの時と違ってドッキドキだ。

「ど、どうしたの? さっきは何事もなく当たり前のように診察してたじゃない。」

「どうもこうも、昨日の見立てじゃ、結構深刻だったんだよ。とにかくみんな体力が削がれてて。アラレイドルの経験から結構かかるかなと思ってたんだ。俺はスキル使ってないからやったのはマシロだろ? 本当にびっくりだ! あそこで俺が騒ぎ立てたら、異常さが際立つだろ? 平静保つのに苦労したんだぜ?」

 シンが近い。そうだった。興奮するとシンはこの距離感になるんだった。あたしは焦った。

「え、え~? 全然気づかなかったよ。あのくらい回復することもあるのかなって思っちゃった。あ、そうか。シンの演技でシンディもおかしいとは感じなかったかもね。え? 異常だったの?」

 あたしがとんちんかんな返しをすると、シンが益々迫って来た。最早、通りの建物の壁際で壁ドンを通り越し、傍から見ればイケメンが街娘に迫っている様に見えるだろう。人がいなくて良かった。

「あ、そうだ。この調子だと、救護施設の方もえらいことになってるかもな。言い訳を考えないと。」

 言うとシンはスッと体を離し、何やらブツブツと自分の世界に入っている。

「あ。」

 シンに迫られてドキドキしていたあたしは、急に離れられて寂しいような、勿体ないような変な気持ちになって、思わず手を差し伸べかけた。思わず、別の手でそれを抑える。

(な、何をしかけたかな? あたしってば。おちつけ~)

 恐らく、あたしの顔は真っ赤だろう。さっきとは違う別のドキドキがあたしを襲い、まともに顔を上げられない。幸い、シンは自分の考えに没頭しているようで気が付いてない様だ。

 あたしは看護助手の役に切り替えることで、この場を凌ぐことにした。設定した役に入るのは得意だ。シンの前に出て、スタスタと歩き出す。

「先生? 患者が待ってます。急いでいきましょう!」


        ♢ ♢ ♢

  

「コレハ、王都の教会で分けてもらった聖水が効いたのではナイカ?」

 シンってば、棒読み! 

 救護施設に着いて患者たちの様子を診た時、明らかな著しい回復が見られた。

 昨日の晩に突然現れて、簡単にとは言え治療行為をした以上、治癒に貢献したのがあたしたちだというのは当然の認識だろう。

 あたしたちが救護施設に顔を出した時には、凄い歓迎っぷりだった。

 年を取っていて、体力も無くし、明日をも知れない父親を看病していた娘さんなどは、その回復を目の当たりにして、あたしたちを神様などと崇めたてる姿勢を示したので、周りの皆さんがそれに同調し始めた。

 よっぽど追い詰められていたのだろう。患者自身も世話をしている人たちも、その急回復が奇跡としか思えなかったに違いない。

 シンの言葉はその奇跡を体現すると信じられている〝教会〟にみんなの注意を逸らすつもりで言ったものだろう。

 ならば、全力でそれに乗るしかない!

「ああ。そうですね先生。この栄養剤には教会でわたくしたちに支給された聖水が使われています! 長い治癒の旅に出るわたくしたちに司教様が手ずから渡されたのです。少しでも治癒の役に立てばと! 神様に感謝を!」

 いささか説明口調になったが、どうだろう今のアドリブ演技。けど、ここの神様ってどんなだったかな?

「ああ! そうだったのですね。これはまさしくアウラティア様の奇跡。感謝いたします!」

 あたしは思わず暴走気味に神への感謝を口走ったが、良い方向に作用した様だ。一人が感謝の言葉をつぶやき始めると、そこにいた人たちは急に静かになり神への祈りをその場で唱え始めた。この世界の人たちは意外と信仰深いようだ。

 即座にユリペディアを開く。

『アウラティア。アークシード世界三神の一柱。風と水の女神。主にユリアナ大陸で広く信仰される。』

(へぇ。そうなんだ。今後の為にも後で勉強しとこ。)

 みんなの興奮が沈静化したところで、シンが〝普通の〟診療を始める。あたしも〝普通の〟助手だ。

 あたしたちが、あまりにも普通だったので、それに飲まれてか、患者の皆さん、看護の皆さんも普通の対応に戻った。

 けれども、一通り診療を済ませ、栄養剤を配り終えてその場を去ろうとすると、やはり皆に感謝されて声をかけられ続けた。

 感謝されて悪い気持がするはずがない。また来ますね。と言って、にこやかに手を振ってその場を離れた。


        ♢ ♢ ♢


 陽がだいぶ傾いた宿への道をシンと並んで歩く。

「シンがこの道・・お医者さまの道を選んだ訳が分かる気がする。」

 あたしがシンの顔を覗き込むようにして言うと、シンが照れたように笑う。

「そうだな。みんなが元気になって感謝の言葉を貰うと、こっちも元気になる。自分の能力でそれができるとなると尚更にね。前にも言ったけど。俺のいた国は紛争が絶えなくってね。ケガ人や病人は常に大勢いた。それも殆ど放置だ。それに比べるとここは良い国だ。少なくとも収容施設はあるし、看護師も派遣されている。生存率は格段の差があるよ。加えてマシロの存在だ。その安心感は凄いね! 自分の能力じゃないのに万能感があふれるっていうか。」

 珍しくシンが饒舌だ。最後は急にあたしに矛先が向いたので慌てて言った。

「あたしはなにもしてないよ? 自分に与えられたスキルをそのまま使ってるだけ。診療だってシンの指示について行ってるだけだもの。」

「そんなことはないさ。俺もそうだが、マシロだって病人やけが人を見たら助けたいと思うだろ? その気持ちが大事なんだと思うぜ? だからそれに沿うようなスキルが得られてるんじゃないかな。」

 そう言ってくれて、何だかあたしも嬉しくなった。

「まあ、そうだね。人の役に立つのは嬉しいよね。ふふ。もっと頑張るよ。」

 ガランとした通りをゆっくりと話をしながら並んで歩いて行くと、ふとした瞬間に指が触れ合った。けれどあたしは穏やかな気持ちでいたので、特に慌てることもなくいると、自然に指と指が絡み合い、手を繋ぐ状態になった。

 あたしがシンを見上げると、そこには穏やかな表情で微笑むシンと目が合った。あたしは頬が熱くなるのを感じていたが、目をそらさずに言った。

「ふふっ。こういうのもいいね。」

「ああ。」

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