第13話 立ち寄りの町にて

《百三日目》


「あれだけの魔物、どこに行ったんだろう?」

 朝、明るくなってあたしは小屋を出て周りを見渡して言った。

「そうだな。それより昨晩討伐した魔物たちをどうしよう。このままにしておくのもなあ。」

 シンも顎に手をやり考え深げだ。倒した魔物は林の木々の中にあって、小屋からは余り見渡せないのが救いだ。シンとの戦闘で、倒木も目立つ。

「大丈夫ですよ? もう一晩経てば、魔物が持って行きますから。それにしても凄いですね・・・」

 クレスが寝起きの眼を擦りながら辺りを見渡し、その惨状の感想を言った。クレアはまだ起きて来れない様だ。

 昨晩はスキルの訓練と称し、へとへとになるまで兄妹に魔力を使わせたので、泥のように眠っていた。魔物の脅威を感じる余裕も無かったろう。

「どういうこと? 魔物が死骸を取りに来るの?」

「ぼくの国では、というか、辺境では魔物が多いので多少詳しいのですが、魔物の起源は大まかに二種類。魔素の池、この国で言うところの魔力溜りですが、そこから生まれて来るものと、野生動物が魔素を吸収して魔物になるもの。魔物は魔素をエネルギーにしてるので、倒れた魔物からは魔素を回収しようとする習性があるようです。」

 シンがクレスの説明に頷きながら言った。

「なるほど。それで死骸が少ないように感じたのは持ち帰ったのか。しかし、魔素が必要と言うのなら同士討ちとかもあるんじゃないのか?」

「はい。たまにはあるみたいですが、効率が悪いので。強い者と戦うにはエネルギーを大きく消耗するので同士討ちは本能的に避けるみたいですよ?」

「それで、比較的弱い人間を襲う訳か。」

「加えて、人間の持つ魔力は同じ魔素であっても質が違うみたいです。魔物の好物になるような改変がされてるみたいなんですよ。体の中で。厄介なことに。」

 あたしはクレスの言葉に素直な感想を言ってみた。

「ふ~ん。神様も厄介なシステムを人間に押し付けたものね? そうすることで、人間も世界という弱肉強食な輪に取り込まれてるのね?」

 すると、顎に手をやる相変わらずのポーズで思案していたシンが言った。

「なるほど神か! マシロ。良いヒントをくれてありがとう。」

 シンがあたしの言葉の何に反応したのか分からなかったけど、再び何やら長考に入ったのでそっとしておこう。

「さあ、朝ごはんを用意するね。クレスくんはクレアちゃん起こして? 顔洗って身支度ね。」

「はい!」

 クレスは元気な様だ。これなら心配ないかな。


        ♢ ♢ ♢


 簡単な朝食を済ませ、みんなで打ち合わせを始めた。今日の予定についてだ。

「今日こそはスラアンバーに着きたいところだが、俺たちはどうも迷子の様だ。そもそもこの地図が当てにならないとなればどうするか。何かいい案はあるかな?」

 暫くみんな考え込んでいたが、クレスが口を開いた。 

「そもそも街道に出れば、道標があるはずです。メインの街道にはそれこそ頻繁に。」

「なに? 道標なんかあったかね。マシロは見たかい?」

 あたしに話を振るシンの顔を見ながら思った。慌てるシンも珍しいな。

「あたしも気づかなかったな。そもそも地図があるから全く疑わなかったもんね。」

 あたしの言う地図は地理理解の脳内地図のことだ。

「ああ。全くだ。思い込みって怖いな。地図表記が絶対と、いつの間にか全幅の信頼を置いてたもんな。」

 目の前に略図のような簡単地図が置いてある。クレスがそれを見つめて、これのどこに全幅の信頼を置ける要素があるのか、真剣に考えているようだ。それを横目に見ながら、クレアが言った。

「すみません。あたしもマシロさんの前で、お話に夢中で。景色も綺麗で。周りに気を配ってなかったです。」

「いいのいいの! 子供は気を使わなくって。今回のことは大人である、あたしとシンのミスなんだから。ねえ、シン。」

「ああ、そうだ。こちらこそすまない。だが、安心してくれ。どんな状況でも君達のことは守るから。」

 すると、兄妹は安心したように顔を和らげた。それを見てあたしは言った。

「まあ、街道であれば何か道標はあるんでしょう? 先ずはそれを探してみましょうよ。」

「そうだな。昨日の道に戻ってみよう。この小屋の前にある道よりだいぶ広かったし、どこかに通じているだろう。」


        ♢ ♢ ♢


「おまたせ~」

 あたしとクレアが旅装の身支度を整える間、男性陣には馬と荷物の準備を整えてもらっていた。

 あたしが表に出ると、シンとクレスが言葉を失った様に目を見開いてこちらを見つめた。あたしは女装で出て来たのだ。

「やあ。マシロ! その姿も久しぶりだな! やっぱり凄く綺麗だな。だが、一体どうしたんだい?」

 シンのこの口撃にも大分慣れてきたようだ。以前ほどの動揺は無くなったが、やはり照れる。

「うん。気分転換かな? クレアちゃんの服作ってたりしてたら、ちょっとオシャレしたくなっちゃったりして・・ 」

「マシロさん。とっても綺麗。その髪もすてき!」

「これね。シンがくれた初めてのプレゼントなんだよ? いいでしょ?」

「へぇ~~」

 クレアが何と言って良いか分からない様な顔をシンに向けた。

「そんな意外そうな目で見るなよ。これでも俺は綺麗な物鑑定には自信があるんだぜ?」

「ぼくもすっごく素敵だと思います。なんでマシロさんを男性だと思い込んでたのか、今考えるととっても不思議です。」

 クレスも感想を言ってくれた。どうやら総じて好評の様である。あたしも少しは自信を持っていいのかな?

「あのね、お願いなんだけど、この姿の時のあたしはユリと呼んでね? ふふ。男装の時と女装の時で使い分けてるの。キャラで混乱するからね。あたし自身が。」

「ユーリさん? 素敵なお名前。はい。わかりました!」

 クレアが素直に受け入れてくれた。クレスも頷く。やっぱりここでもユーリと発音された。

 服は、先日町で徴収した服を乗馬用に少し手直ししたものである。

 昨日と同じで、馬上、クレスはシンの後ろ、あたしはクレアを前に乗せて一晩世話になった小屋を後にした。

 一度通った道は脳内地図に書き込まれていくので、迷うことはない。今度は道標を見落とさないように、なみあしで慎重に進んで行く。更に景色の目印や特徴も書き込んで行くようにした。

 昨日の街道に出たところの三叉路で、道標が確かにあった。それを見てシンが読んだ。

「なになに? 左がクーヤミで右がセルマアタか。」

 あたしは組合で貰った地図を広げる。

「ああ、あった。セルマアタ。スラアンバーより、なんか東にずれてるみたい。」

 シンが馬を寄せて覗きに来た。地図上を指差す。

「じゃあ。今はこの道を通っているのか?」

「たぶんそうね。それが正しいとすると、随分前に分岐点があったことになるけど。そんなのあったかな?」

「いやあ。どうだったか。だが、問題なのは今ここが道のどの辺かということだな。下手に、方角だけを頼りにスラアンバーに向かっても、また迷子になるかも知れん。確実にスラアンバーに辿り着くには、分岐点まで戻るか、一旦セルマアタに行くか、だな。」

「あたしはセルマアタに立ち寄るのがいいと思う。分岐点も大分前だろうし、確実に休むには町の方が安心。」

「そうだな。クレス、クレアもそれでいいかい?」

 シンは兄妹に訊いた。反対なんかは無いだろうに、シンはそういうところ律儀だ。

「勿論です。」

「初めての町。どんな所かな?」

 シンは二人に微笑むと馬首を巡らして右に向かった。

 今度は慎重に道標を確かめながら行く。

「よし! クレスくんにクレアちゃん。今日も訓練いくよ~」

 あたしの指導で、クレスとクレアには馬の上でも〝静寂〟と〝霊光〟を使うようにしてもらった。それにしても子供の学習能力は高い。出会った頃は、スキルを使うのに二人は結構な集中を必要としていたが、今はスキルを使いながらも、殆ど普段通りの会話ができるようになって来ていた。

 クレスも今やスキルを使っていることを感じさせない雰囲気だ。だが実際はシンの馬の姿は見えないし。スキルを使ってるのは明らかだ。側にいるのは分かるが。

「クレスくんのスキル凄いね。本当に見えないじゃん。会話は聞こえるけど。」

 あたしはクレアに訊いてみた。

「そうですね。けど、あたしにはハッキリとそこにいるのが分かります。」

 それはクレアのスキルによるものみたい。

 あたしもあれこれスキルを発動して、どれが引っかかるか試してみた。

 あたしも訓練のために常時発動中の〝探知〟には、青い点として常に認識されている。

 あたしの持ってる〝捜査〟や〝探査〟は見つけてないものを見つけるスキルだ。試しに起動してみたが、側にいるという感覚以外感じられなかった。つまり普通。

 同系統スキル〝幻惑〟はどうだろう。干渉するかな。

『ピロン! スキル〝幻惑〟のレベルが20になりました。上位スキル〝静寂〟を獲得しました。聖女クラス35になりました。』

(おっと! びっくりしたぁ! 折角〝静寂〟取れたからこれで試してみよう。)

 あたしは取得したての〝静寂〟を発動した。するとどうだろう。シンの馬が見えるようになった。〝静寂〟範囲を共有するようになったみたい。

「あっ! おにいちゃんが見えるようになった。」

「どうした?」

 シンが訊いてきた。

「シンの姿が見えないから、色々試してたら見えるようになった。」

 あたしが言うと、シンがおかしそうに笑った。

「なんだそれ! おもしろいな。マシロは俺よりよっぽど魔法適性が高いんだろうな。毎度驚かされる。あ。今はユーリだったな。」

 色々とスキルの検証やらおしゃべりしてたら、あっというまに道程はは進み、昼にはセルマアタに着いてしまった。

「あんまり距離が無かったね。」

 あたしが言うと、シンが頭を掻いて答えた。

「昨日、あのまま駆け抜けていてもここに辿り着いてたのかもな。」

「う~ん。けど、昨日の判断は正しかったと思うよ? 勉強になったし。」

「そうだな。今日はここでゆっくりしようか。」

 先日のクーヤミと同規模な町だ。大門は閉ざされてるので、勝手門から入る。取っ手を捜査して入る仕組みになっているので、普通には魔物は入ってこれない。

 門の内側に、人気は無い。周りを見渡していたシンが言った。

「先ずは、宿を探そうか。そろそろ昼だし、食事にしよう。」

 どうやら、この町も無人の様だ。あまり荒らされてないところを見ると、まだ外壁が無事なんだろう。

 外壁が無事ということは避難がスムーズだったということだ。魔物は魔力に惹かれるので、町中に人がいると、中に入って来ようとするらしい。

 落ち着いた雰囲気の宿を見つけたのでお邪魔する。大分使われてない雰囲気が漂ってくる。少し掃除した方がいいかな?

 みんなで泊まる部屋と厨房を少し掃除して昼ごはんにした。アラレイドルで用意したお弁当は昨日で食べてしまったので、〝収納〟から食材を取り出して、簡単なものを作る。サンドイッチだ。

「うまいな! これ。さすがはマシ・・ユーリだ!」

「本当においしい! 作り方教えて下さい!」

 シンとクレアに褒められて、いい気分だ。クレスは無言でがっついている。お気に召した様だ。

「パンに食材を挟むだけだから簡単だよ? 決め手はこのたまごで作ったソースだけど。クレアちゃんには作り方今度教えるね。今晩は暖かいもの食べよう。みんな手伝ってね!」

 するとみんな嬉しそうに賛成の返事をした。


        ♢ ♢ ♢


 夕飯はシチューを作ることにした。そう。王都の銀の月亭で、お友達になったフロフィーや、女将のジルにとても評判が良かったあれだ。

 食材探しに出かけたのだけれど、町には殆ど残されてなかった。

 まあ、〝収納〟には、まだお肉もお野菜もあるし、バター他食材も揃ってる。厨房を借りて、手順をクレアに教えながら、切ったり、煮たり。

 クレアは料理に興味があるみたいで、メモを取りながら真剣に覚えようとしている。小さな子供が一生懸命背伸びをしているみたいに見えて可愛い。十二歳なんだけどね。それにしても、辺境伯家の子供っていったら、お嬢様なんじゃないかと思うんだけど。これまでの経緯を考えると、この世界では、あたしが思うお嬢様像は違うのかも知れない。

「できたよ~。みんな運んで?」

 あたしが声をかけると、クレスと何やら話し込んでいたシンが返事した。

「ああ。今行く。」

 みんなで、お皿を食堂のテーブルに並べる。葉物野菜類をそろそろ消費しないとなので、前菜としてサラダ多めで、色彩的に豪華に見える感じになった。

 あとは焼いたパンと、あたしが作りためてた各種ジャム。

 シチューはもう少し煮込んで出す予定だ。

 料理は一皿盛りで、好きなだけ取って食べるスタイルだ。

「おにいちゃん。ちゃんと野菜食べないと。」

 クレアが野菜を盛ったプレートをクレスの前に置く。なかなか微笑ましい。あたしは訊いてみた。

「クレスくんは野菜苦手?」

「いえ。食べれない訳では無いですが、その~」

「おにいちゃんは、生野菜の苦みがダメみたいで。分からなくは無いですが。」

「そうよね~。あたしも子供の頃は野菜苦手だったもの。・・そうだ! そんなクレスくんにはこれを試してもらおう。」

 あたしは、王都やアラレイドルで材料を見つけては試作していたドレッシングを幾つか取り出した。その一つを、クレスのサラダにかけた。

 少しの間、野菜盛りを見つめていたクレスは野菜に手をつけた。

「わ! 美味しいですこれ。野菜の食感を損なわず、その苦みはこのソースと混然一体となって新しい味になってる。それに鼻を通る爽快な香り。すばらしい!」

 食レポかな?

 その反応に、クレアとシンも興味をそそられたらしい。用意したドレッシングを試していた。

「いいな、これ。野菜に味付けする発想は無かったな!」

 シンの発言に、?マークを立てたあたしは訊いてみた。

「そうなの? ああ、そういえば王都のレストランや宿でも野菜盛りはあまり出なかったなぁ。生野菜はみんなお塩振って食べてたっけ。んん?」

 実際、この世界では生野菜を食べるのは習慣じゃないみたいだが、食べない文化でもない。けど、異世界人のシンがドレッシングを知らないみたいなのはどうなんだろう。ふと疑問が湧いたがクレアのはしゃいだ様子で、その考えは霧散した。

「わぁ。これも作り方、是非教えて下さい! おいしい、これ! 野菜革命だよ? おにいちゃん!」

 クレスは頷きながら無言で野菜を掻き込んでいる。お気に召した様だ。うれしい。


        ♢ ♢ ♢


「さて、メインのシチューというスープです。色々なものが煮込んであるので栄養満点。王都で作ったことがあるんだけど、なかなか評判が良かったの。」

 あたしはテーブルの真ん中に鍋を置いて言った。お皿に注いでみんんなに手渡す。

「相変わらずいい匂いだ。俺の大好物なんだよ! まあ食べて見なよ。びっくりするぜ?」

 シンが兄妹に自分のことのように自慢する。

 シンには作ってあげたことがある。大好評だったので、今やあたしの自信料理になってしまった。

 クレスとクレアがシチューを口にする。

「ユーリさん! これもおいしい! 教えてもらった作り方でできるの? これ・・ みんなに食べさせたいなぁ・・」

 クレアが途中で涙声になった。

「本当においしい・・・ 僕たち、お二人が来なかったら、あの町で果ててたかも知れません。こんなに美味しい食事・・ 生きてて良かった・・」

 クレスもクレアにつられたのか、嗚咽が混じりだした。

「まあ、今は助かって、思い切り食べられて。それでいいじゃない。運も実力の内ってね。あたしたちが来なかったとしても、あなたたちは何とかできたんじゃないかと思う。それだけのモノも持ってるよ?」

 あたしが言うと。シンもフォローしてくれた。

「俺もそう思う。二人のスキルは魔物を回避するのに特化したものと言っても過言ではないし、頭も切れる。何とかしたんじゃないかな。」

「それでもっ! お二人のおかげでぼくたちは、ここにいる。あなた方は本当に命の恩人です!」

 クレスの言葉にクレアも涙目で頷いている。

「それを言うなら俺もマシロに救われたんだ。まさに命の恩人! 俺にとってはマシロが女神だ!」

 シンが言葉の矛先をあたしに向け、とんでもないことを言い出した。

「と、突然何を言い出すの! それは言わない約束じゃなかった? あたしだって、シンには救われてるのよ? お互い様じゃないの。」

 するとクレアが涙目のまま、手を胸元で握りしめて前と違った感じで言った。

「お二人のご関係が素敵です。お互いに思いやり、思いも分かち合って同じ道を行く。素敵な恋人同士です。わたしもそんな人に出会えるかなぁ・・」

「こっこここ、こい・・びと って・・・」

 クレアの言葉にあたしは動揺しすぎて言葉にならない。見た目幼女のクレアのませた発言に対してもあたしは混乱した。するとシンが言った。

「俺はマシロを敬愛してるし、とても大事だ。俺はマシロ一筋だし、これからもずっと変わらないだろう。マシロの為ならどんなことでもやるだろう。なんたって俺の女神さまだからなっ!」

 あ。どうやらあたしの想いとベクトルが少しずれてるやつだ。恥ずかしげもなくそんなセリフを吐けるのがその証拠。そう思うと、あれだけ動揺してた気持ちが急に冷静になった。

 クレアは「素敵です!」と言って手を合わせている。

「ハイハイ。シチューおかわりあるからね~。暖かいうちに食べましょう?」

 何にせよ、シンの発言で兄妹の深刻な方へ傾き始めた感情は元に戻った様だ。わざとかしら? もしそうだとしたらシンって侮れない。

 

        ♢ ♢ ♢


 夕食後に飲み物を前にみんなで雑談していた時に、クレアがふと顔を上げた。

「何か来ます。」

「どっちだ?」

 シンがクレアに問うと、クレアは西の方を指差す。これまで一緒にいて、クレアの〝霊感〟はかなり遠くても感知できることが分かっている。

 あたしはシンの方を見ると目が合う。シンは静かに首を振った。まだ〝探知〟の範囲外らしい。

「マシ・・ユーリ。西門に向かおう。クレスとクレアはここにいなさい。」

 シンの言葉に兄妹は頷いた。

 シンはあたしに対するユリ呼びにはなかなか慣れない様だ。変なこと言わない方が良かったかな?

 まだ時間に余裕があったので、あたしは動きやすいものに着替えた。それからあたしたちは西門まで走って行った。小さい町だし、万が一にも現場で馬たちを興奮させたくなかったのだ。

 暫くするとシンの〝探知〟に何か引っかかった様だ。

「青い点だな。何かに追われているようだ。魔物だろうが。」

 とっくに陽は落ちてる。外は真っ暗だ。

「ここが分かるように明かりを上げようか?」

 あたしは提案してみた。

「そうだな。この暗さじゃ方角だけで駆けて来ている可能性が高い。頼めるか? 俺が城門を開く。」

「わかった。」

 あたしは城門の上に登り、〝照光〟を掲げた。洞窟内とかで重宝するスキルだ。

 そのころになると、あたしの〝探知〟にも引っかかるようになってきた。青い点が三つ。その後ろや横から複数の赤い点が迫ってくる。少数だが前方にも赤い点がある。それらを打倒しながらだろう。赤い点を消しながら、方角を修正してこちらに向かって来た。明かりを見てくれたのだろう。速度からして馬に乗ってるらしい。

「シン。来たよ。」 

「ああ。視えてる。開けるぞ!」

 城門はチェーンの巻取りで開閉する方式だ。緊急時に即座に門を封鎖できるように、この方法を取っている城門が多いらしい。

 ゲートが上に上っていく。真ん中あたりまで上がったところで、3頭の馬が門を駆け抜けた。シンがゲートを落とす。大きな金属音が辺りに響き渡った。

 少しすると、唸り声や啼き声を伴って魔物が城門に押し寄せて来た。

 体当たりの音が響き渡る。

 先程までの静寂が嘘の様だ。クレスとクレアが怖がってないといいけど。

「助かった! ありがとう! 危機一髪だった。」

 駆け込んで来た三人は馬を降り、一人があたしたちの方に歩いて来て、お礼を言って来た。一番年かさのおじさんだ。

「怪我はないか?」

 シンが確認する。

「ああ。その二人がちょっとな。大したことはないと思うが、途中でやられた。俺はこのパーティ、〝ドラゴンネスト〟を預かっているアレンだ。冒険者をやっている。その二人はヨシュアとシンディ。よろしくな!」

 二人も挨拶をしてきた。

「本当に助かったよ! もうだめかと思ったぁ。」

「本当にね。いやあ。こんな危ない状況は久しぶりだったわ。ありがとね。」

 こんな危ない目に前にも逢ってるんかい! と心の中で突っ込みながらあたしは言った。

「無事で何より。あたしはユリ。そしてこちらはシン。よろしくね。」

 すると、驚いた様な声でアレンが言った。

「おや? お前さん女かい? こんなところで珍しいな。明かりをくれたのもお前さんかい? 本当に助かったぞ! 殆ど勘で駆けてたからな。街道から逸れないように頑張ったが。明かりが見えた時は神に感謝したくらいだ。しかし、俺たちが来たのがよく分かったな!」

 それにはシンが答えた。

「俺たちの連れに、探知系スキルを持つ者がいる。それでな。」

 わき腹を痛めているのだろう、そこを押さえながら地面に座っていたヨシュアが驚いた様に言った。

「それはお二人以外の人かい? 相当優秀な人だねぇ。・・・馬で近づく僕たちを見つけて誘導する時間まで稼げるってことは相当広い探知能力だなぁ。僕も探知得意な方なんだけど、この町すらも見つける余裕なかったもんなぁ・・・。その人は命の恩人だねぇ。あ、勿論お二人もだよ? ホント感謝に尽きない。」

 ヨシュアは少し軽そうな気配のする、あたしたちより少し上くらいのお兄さんだ。

 シンディもヨシュアと同じくらいの歴戦の冒険者という雰囲気を漂わせている、クールで少し蓮っ葉な様子のお姉さんだ。足を痛めてるのだろう。右足を引きずっている。

「俺は医者だ。二人とも傷を見せてくれ・・・」

 シンが言うと、シンディがその言葉に喰いつき、焦った様に急に口を挟んだ。

「あんた医者なのか! 是非、あたいたちと来てくれないか! 捜してたんだ!」

「シンディ! 急に言ったって何事か分からないぜ? 落ち着けよ。」

 アレンがフォローを入れた。何か事情がある様だ。あたしは口を添えた。

「何かあるみたいだけど、もう夜も遅いし、宿に行きましょう。治療するにしても、話するにしても、ゆっくりできるところがいいでしょ? ここ喧しいし。」

 先程から、魔物たちの城門への体当たりの音と、吠え声や啼き声が煩い。

 シンディも周りを見渡して我に返ったのか、ひとこと言った。

「ああ。すまない。恩に着る。」


        ♢ ♢ ♢


 宿に着いて、クレスとクレアにアレンたちを引き合わせた。

「うわっ! 可愛い! 双子なの? 信じられな~い! え? この子があたいたちを見つけてくれたの? ありがとう! ホント助かったよ! アイタタタ!」

 誰? シンディの人が変わったような様子に、シンとあたしは若干引いた様子で固まってしまった。兄妹も固まっている。

「シンディ。落ち着けって。足痛めてるのに動くな! すまない。シンディはこんな雰囲気と態度の癖に子供大好きでな。」

 先程はアランに落ち着けと言われてたシンディだったが、再びアランに宥められている。

 それに対しシンがふと笑みを浮かべて言った。

「子供好きに悪い奴はいないって言うしな。まあ、安心したよ。さあ、傷を診ようか。」

 シンはより傷が深そうなヨシュアから先に診た。見ると皮の防具が裂け、わき腹がざっくりとやられている。魔物の爪にでも引っかかれたか。

 防具を慎重に剥がし、わき腹を見ると割と深い傷が覗いた。流血は多いが致命的ではない。内臓にも達していない様だ。

「縫っとくか。マ・・ユーリ。消毒と麻酔薬を頼む。」

「ハイ。先生。」

 クレスとクレアが珍しいものを見るようにあたしに視線を送る。それに対してあたしが下手なウインクをすると、兄妹は小さく頷いた。

 そんなやり取りだけでこちらの意図を理解するなんて賢い兄妹だ。つまり、そういう設定なのだろうと飲み込んでくれたようだ。

「ユーリは俺の助手でな。優秀な薬師でもある。」

 シンが説明すると、再びシンディが喰いついて来た。

「本当なの? 医者ばかりか薬師まで! アレン。こっちに来て良かった。」

「シンディ。まだこの人たちを連れて行けると決まった訳じゃないぞ。すまない。これから説明する。二人には是非にもスラアンバーに来てもらいたいんだ。」


        ♢ ♢ ♢


 それからアレンが詳細を説明してくれた。ところどころでシンディとヨシュアが補足する形で話に加わった。

 スラアンバーでは避難指示に対応できなかった傷病者が残されているようだ。そこはアラレイドルと事情が一緒だが、孤児院の孤児たちも残された。引率の人手不足ということらしい。

 スラアンバーでも傷病者の治療が粗方済むと、治癒師は看護師を置いて次の街に移動したらしい。

 完治を待っていては、他の街の本当に治療を必要とする傷病者に対応できなくなる。そこもアラレイドルと事情は同じだった。どうやらサンクトレイルで定められた非常時の行動マニュアルがあるらしい。

 その辺がしっかりとしているので、国内では深刻な雰囲気が抑えられているのだろう。

 それはそれとして、病気の人はまだ治った訳ではないし、感染を抑えられている訳でもない。

 特に孤児院にいる子供たちは病気に対する抵抗力や体力が低いし、栄養も不足がちだ。徐々に病気で伏せる子供が増えて、十人ばかりの子供全員が今や寝込んでおり、中には深刻な容態の子もいるらしい。

 ドラゴンネスト、略してドラネスのパーティはスラアンバーを拠点にする冒険者パーティで、町を守るために残ったそうだ。

 シンディが孤児院の出で、そこの世話をしている事情もあったが、最近、病気になる子供たちが出てきたのを切っ掛けに、ドラネスは薬草採取を始めることになった。

 しかし、三人は薬草に詳しくなく、街にも詳しい人間はいないらしい。図鑑を片手に薬草を採取して街に持ち帰り、冒険者組合の資料を参考に薬を調合したり、食事に混ぜたりして対応していたが、一向に改善する様子もなかった。

 そのうち、シンディが可愛がっている子供の一人の容態が悪くなった。シンディの頼みでドラネスメンバーは効果の高い薬草が採れるという、〝カイアルの森〟に入り、道に迷ってしまって、今回の事態になったらしい。

「ごめんよ。あたいのせいで。みんなを危ない目に逢わせた・・・」

 シンディは少し落ち込んだ様に言った。それに対し丁度処置を終え、マシロの手で、包帯を巻かれていたヨシュアが答えた。

「まあ。結果オーライなんじゃない? 危なかったけど迷ったおかげでお医者様と薬師様に出会えたんだよ? 腕も間違いない。全然痛くなかったもん。」

 それを受けてアレンが突っ込んだ。

「もん、って。歳を考えろって。それにこの人たちが来てくれると決まった訳じゃない。だが。是非にも頼む! 俺たちにはお前さんたちが必要なんだ! 来てくれるなら何でもする。」

 アレンが必死な様子でシンに迫っている。

「まあ待て。俺たちは元々、スラアンバーを経由して北に向かう予定だったんだ。まあ、なんだ。俺たちも道に迷って、この町にいるんだが・・」

 これにはシンディがまたまた喰いついた。我を忘れた様子でシンに迫り、その両手を握った。

「本当か! これは神様が引き合わせてくれた運命の出会いだ。 頼むよ。街を、子供たちを救っておくれよ・・」 

 後半は感極まったか少し涙声だった。けど、ちょっと近すぎやしないかな。あたしは少しもやッとした。

(あれっ? これって、あたし嫉妬してたりしてるのかな。)

 ふと急に恥ずかしくなって、包帯を巻き終わったヨシュアの腹に〝治癒〟を加減なしに打ち込んだ。

 シンはそのままシンディの脚を診ている。ブーツを脱がせ、思いのほか真っ白で綺麗な健康そうな脚が覗いている。

「これは捻挫と、骨にヒビも入ってるな。よくこれで馬に乗れたな。よし、湿布と包帯で固定しよう。ユーリ、湿布薬と包帯、あと介助を頼む。」

「先生? ここはあたしに任せて? 包帯巻きは得意ですよ?」

 シンはあたしの顔に何を見たのか、少し動揺したように言った。

「お、おう。じゃあ、任せた。」

 包帯巻きが得意になったのは本当だ。アラレイドルでシンを手伝っていた時に得た〝緊縛〟スキルのおかげだ。何で〝緊縛〟なのか分からないが。

『緊縛。任意対象を部分的に動けなくする。上位スキルに拘束。任意対象を動けなくする。がある。』

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