第12話 異世界で迷子!

《百二日目》


「う~ん。この道でいいのかなぁ。」

 あたしは首をひねった。

 二頭の馬には、あたしの前にクレア、シンの後にクレスを乗せて、並足で歩かせている。街道を進んでいるが、すれ違う旅人は一人もいない。

「地図の示す方角はこっちで間違いないんだがな。」

 シンの言う地図とは脳内に浮かぶ地理理解の表示のことである。前に入手した地図と照会して地名が出るようにしてある。

 馬の速度なら、そろそろスラアンバーに着いてもいい頃であるが、そんな気配が全くない。

 お昼を食べて一刻も経ったろうか。

(一刻だって? 約二時間。あたしもいつの間にかこちらの時刻表現に慣れてきてるのがふしぎだな。)

 思わずふっと笑みがこぼれた。

 どうしたの? という表情でクレアがあたしを見上げてくる。

「ふふ。クレアちゃんを乗せて馬に乗るのが楽しいの。なんか上達したなぁって。」

 シンの鬼の乗馬特訓を受けたのがつい一昨日のことだとは信じられない。

 あたしが感慨に浸っていると、クレスが言った。

「この時間で、何も見えないのはちょっと不安ですね。近くで拠点を確認しておいた方がいいです。」

 出発前この兄妹には、シンとあたしが実は旅の初心者であることを正直に伝えておいた。気になることは遠慮せずに言ってくれとも。

 クレスは思いのほか賢い。どちらかと言えば妹のクレアの方がしっかりとしていると思っていたが、クレスの方がしっかりしている様に見えることもある。実に面白い。シンも素直にクレスに訊く。

「拠点とは?」

「見たことがあると思いますが、街道沿いにはシェルターが時々設置されてます。不測の事態に陥った旅人を守るための緊急避難小屋ですね。それを見つけておいて、時間の許す限り道を捜索して、間に合わなければ戻ってくる。強度的に心許ないですが。壁が無いよりましです。」

「ああ、あれか! 何の小屋かと思ってたが、そんな用途なんだな。教えてくれてありがとう。」

 シンが素直に礼を言う。クレスは言ったことが役に立ったと感じたのだろう。顔を赤くして照れた。

 あたしは早速〝捜査〟を発動し、見たことのある小屋をイメージして探したが近くにはない。対象範囲が広くもなく、常時展開できるスキルでもないので、暫く進んでは発動を繰り返したが手ごたえがない。

 更に二刻ほど経つと少し焦りが出て来た。陽が傾いて行く。

「旅人の行方不明の約八割は、道に迷っての遭難によるものです。僕たちの国ではそんな人たちを土座衛門と呼びます。」

(ちが~う! なんて翻訳するんだ。)

 その不吉な名前をクレスに示されたあたしは急に焦りが募って来た。

 シンもさっきから無口だ。あたしと同様に色々と試してるんだろう。

 〝捜査〟上位スキルの〝探査〟の方がいいのかな? 〝探査〟は未知のものを見つけるスキルだ。但し、今のところレベルは1。小屋ののイメージはあるが、名前を知らない。未知と言えば未知か?

「ねえ。その小屋の名前って知らない?」

 あたしはクレスに訊ねた。

「そういえば知りませんね。クレアは知ってる?」

 クレアも首を振ることで分からないと答えた。

 あたしは初めて使う〝探査〟を起動し、使い方が分からないので、これまでと同様に、小屋のイメージを乗せた。

『ピロン! スキル〝探査〟レベル2になりました。』

 脳内地図を見ると、探索範囲ぎりぎりのところに光点が現れた。前方ではない。少し戻って、かなり迂回した森の側にそれはあった。

「シン!」

 あたしは馬首を巡らせて、シンを呼んだがそれだけで通じた様だ。

「頼む!」

 短い会話を済ませ、あたしが先導して目的地に向かった。少し距離がある。初めて使うスキルなので目的の小屋なのか確証がない。

「クレアちゃん、ごめんね。少し急ぐ。」

 クレアに断って少し馬を急がせた。だんだんと陽が落ちて行くのが感じられる。

『ピロン! スキル〝乗馬〟レベル10になりました。』

 あたしのスキル最速の伸びを見せる〝乗馬〟。更に加速したが、クレアも危なげなく乗っている。これもスキルのおかげか。

目的地に到着すると、果たして小屋があった。辺りは薄暗くなっている。

「良かった! 間に合った。」

 あたしは取り敢えず安心した声を出して、クレアを馬から降ろした。

 シンもクレスを降ろした後、小屋の扉を開ける。

「急げ! 既に周りを囲まれている。」

 クレアも感じるのだろう。少し顔を青くして、小屋の中に駆け込む。

 暗くなるまで少しだけ時間がある。シンとあたしで馬を小屋に繋ぎ、シンが〝土壁〟で、小屋の周りを囲む。

 少しすると陽が落ち、魔物の啼き声が盛んになって来た。ここからは魔物の時間だ。

 夜の魔物の恐ろしさは話に聞いているだけなので、どんなだか実感がない。これまでは壁に囲まれた町で、そこそこ安心して過ごしていたが、こんなところで夜明かしは初めてだ。

「マシロ。すまないが、今晩は寝せられないかもしれない。」

 シンがすまなそうに言った。

「何言ってるの? シンのせいじゃないじゃない。それより、小屋の中で少しでも休もう?」

 シンは頷いて、一緒に小屋の中に入った。

 兄妹は、教会で見つけた時みたいに、お互い肩を寄せ合って緊張している。あたしたちが入って来た時にクレアが口を開いた。

「どうですか?」

 その問いかけにはシンが答えた。

「ああ。囲まれてはいるがまだ遠い。まだこちらを目指して来るでもない。気付いてないだけかも知れないが。魔法は使わないように。魔物は魔力を感知して寄ってくるらしい。ただ、気付かれるのは時間の問題だろうな。俺たちは常に微量の魔力を放っているらしいからね。今のうちに、腹に何か入れておこう。」

 あたしは、〝収納〟から今朝作ったお弁当を取り出した。

 それを見たクレアが言った。

「わたし、そのスキル欲しいなぁ・・」

「あたしは、ものを運ぶのをやたら面倒くさがってたらとれたんだよねぇ。商人とかは取りやすいって言うね。適性があるかないかも影響するみたいだけど。シンはどう?」

「俺か? 俺も同じだな。〝キャビネット〟は討伐した魔物をどうにか運べないか試行錯誤してたらとれた。まあ、必要に迫られたら取れるんじゃないか?」

 シンは時々英語が混ざるので困る。翻訳のバグかな? その言葉にクレスが驚いた様子で訊いた。

「シンさんも持ってるんですか? 〝収納〟。凄いですね! 憧れるなぁ。」

「運が良ければ取れるかもね。二人のスキルだって、必要に応じて発現したんじゃないの?」

 ご飯の合間に、お茶を配りながら、あたしは他の人がどうやってスキルを取るのか興味が沸いたので訊いてみた。

「う~ん。わたしは気付いたら持ってたって感じかなぁ。なので、スキルかどうかも気づかなかったです。人より気配に敏感ってくらいで。調べてないからスキル名も知らないし。〝収納〟みたいなはっきりしたスキルでも無いですしね。いまだにスキルかと言われても、そうとは断言できない感じかな。」

 クレアの言葉を受けてクレスも一緒だと言った。スキル名を教えることもできるけど、今はあまり意味がないとも思う。

 その時、あたしはふと思いついた。この子たちの安全を向上させるためにちょっとおせっかいをしてみよう。レべ上げだ。

「ねえ。あなたたちのスキルって、王都から出ての旅の間、強くなったんじゃない? クレアちゃんはどう?」

「わたしですか? どうかなあ。いつも魔物に怯えて気を張ってたし。あ! そう言えば、魔物の来る方向とどれくらい離れているかが分かるようになった気がします。」

「うん。クレアちゃんは感知系のスキルよね。使えば使うほど相手の方向や強さがハッキリしてくると思う。クレスくんはどう?」

「ぼくは・・よく分かりません。ぼくのスキルは他所から視えなくするものみたいですが、必死に逃げてるだけだったので、違いと言っても。」

「そっか。でも、確実に強くなってると思うよ? 極めれば目の前に魔物がいても気づかれないようになるかもね。要は使い続けることでスキルは強くなる。今夜はいい機会だから鍛えてみようか。どうせ寝る余裕はなさそうだから。クレアちゃんは魔物の様子を探ってみて。クレス君はクレアちゃんと一緒に気配を断つように。教会でやってたみたいにね。」

 二人は神妙に頷いた。

 食事も終わり、食後の果物を摘まみながら雑談をしていた時、クレアが突然顔を上げ、一方向を指さして言った。

「来ます。まだ遠いですが、四半刻くらいの時間で来そうです。」

 四半刻とはこの世界の独特な時間表現だ。一刻の四分の一という意味でよく使われるが、正式なものではない様だ。一刻より短い時間の概念が極めて曖昧で、人により表現が異なるのだが一番分かり易い。

 あたしはシンの方を見ると、シンは大きく頷いて言った。

「よし。二人はマシロが言った様に気配を消して小屋の中で待機。俺とマシロでこの小屋は守るから安心してくれ。」

 そうしてシンと一緒に外に出たあたしは、気配を察知すべく意識を集中させた。

『ピロン! スキル〝探知〟を獲得しました。聖女クラス33になりました。』

 おう! 実はあたし、受動的な感知系スキルは持ってなかったんだった。シンに任せっきりだったからね。けど、このタイミングで取れたのは良かった。

 早速意識を向けると、脳内地図に赤い点が一つ現れた。

(さっき言ってたのはこれね?)

 レベル1では感知範囲が狭いようで、他の個体はまだ見えない。

「あたしも〝探知〟が入った。シンにはどれくらいの個体が見えるの?」

 あたしはシンがどのくらいの範囲が見えるか確認した。

「おお! おめでとう。俺と同じものが視えるのは嬉しいな。連携がとり易くなる。因みに俺には百体くらいの魔物が視えるな。」

「ええ? そんな考えがあるなら言ってよ。取りにいったのに。あたしはまだ一体しか見えない。」

「あぁ。すまない。これまでは必要性が認められなかったからな。今、これから連携できたらと思いついたんだ。」

「うん。分かった。今後の為に今晩はこのスキルを伸ばそうかな。」

 そう考えて、あたしは〝探知〟を常時発動設定にした。そう。受動的な感知系スキルは常時発動できる、便利スキルなのだ。

 因みにあたしが持ってる常時発動可能なスキルは、他には邪気祓い系の〝清光〟〝聖光〟がある。これはずっと解放中だ。旅の間、昼間に魔物との遭遇が殆ど無いのはそのせいだろうと思う。

 暫くすると、あたしの〝探知〟に引っかかる赤い点が増え始めた。確実に魔物たちが近づいているようだ。そのうちその先鋒が土壁に辿り着いた。耳障りな啼き声をあげる。

 こうして夜の魔物と遭遇するのは初めてだが確かに厄介そうだ。昼間の魔物はあまり啼き声はあげないし、そんなに凶暴さはない。野生動物と同じくらいのイメージだ。しかし、夜の魔物は迫力が違う。土壁を削っていく音が聞こえる。

 あたしが〝聖壁〟を展開し、魔物を押し戻す。その間にシンが〝土壁〟で壁を修復。この繰り返しだ。

「まずいな! 思ったより多い。全方位から来るぞ! 俺は討伐優先に切り替えるから、マシロはここを守ってくれ!」

 言うとシンは土壁の外に飛び出して行った。途端に爆音が響く。範囲攻撃を使ったのだろう。

 あたしにも今の状況は視えていた。小屋の近くに魔物が集結しつつあるのが分かる。あたしの〝聖壁〟では一方向にしか展開できない。同時展開はできるが、どうしても隙間ができてしまう。

 ふと、小屋の後から迫る魔物の一団が視えた。前方に〝聖壁〟を展開しているので手数が足りない。

(この〝聖壁〟を繋ぐことができたらなぁ・・)

『ピロン! スキル〝結界〟を獲得しました。聖女クラス34になりました。』

 〝聖壁〟を繋いで囲むイメージを考えた時に新しいスキルが発現した。同じプロテクションスキルだが、系統が違うらしい。自分を中心にドーム状の壁が展開された。しかも常時発動が可能だ。大きさは自分を中心にして小屋がやっと収まる程度。

 あたしは〝結界〟を固定しホッと一息ついた。暫く様子を見る。

 魔物は壁に阻まれた様に入ってこれない様だ。

(〝聖壁〟と機能的にどう違うんだろ?)

 〝結界〟に意識を向けた時、概要が示された。

『結界。特定の範囲を物理攻撃から守護する。上位スキルに聖櫃。特定の範囲をあらゆる攻撃から守護する。がある。』 

 どうやら設置型の様だ。これで兄妹は一先ず安心だろう。

 あたしもシンを援けるべく土壁の外に出た。見ると、シンは派手な範囲攻撃を繰り返している。あたしはあまりやれることも無さそうだ。

「シン! 小屋の周りに防御展開できたよ? 戻っても大丈夫だよ?」

「ん? そうか! 新スキルかな? 流石だな! よしよし。」

 シンに声をかけると、すぐに分かったみたいで、風のように戻って来た。

「どのくらい大丈夫かまだ分からないけど、取り敢えず魔物の侵入は防げるみたい。」

 暫く二人で、結界の効果を確かめていたが、魔物たちは結構強力で、力任せに体当たりをしてくる。しかし強度は大丈夫そうだ。

 しかし、その凶暴な音や吠え声はやかましくってしょうがない。

 あたしは、何となく何とかならないかなと音を遮蔽するイメージをすると、ピタッと聞こえなくなった。

 新しいスキルが入った訳ではない。〝結界〟の『特定の範囲を物理攻撃から守護する』に、音が該当したのか。

 横を見るとシンが面白そうな目であたしを見ていた。

「すごいなマシロ。防御は全て任せていいかな?」

 勿論、冗談だと分かっていたが、あたしはこれ見よがしに胸を張って見せた。

「任せて? シンの背中はあたしが守るよ。」

 緊急事態な筈だけど、あたしたちは顔を見合わせて少し笑った。

 それにしても音がしなくなっただけで凄く落ち着く。

 少し安心して小屋の中に戻ったところ、兄妹がぐったりしているのが目に入った。〝静寂〟効果も切れている。あたしは慌てて駆け寄った。

「どうしたの? 具合悪い?」

 すると、クレアが息を荒くして答えた。

「だ、大丈夫です。魔力切れなので・・・暫く休んでれば大丈夫・・」

「魔力切れ? 魔力って切れるんだ・・」

 後半はシンに向かって訊いた形になった。シンは首を横に振って、すぐに考えるような体勢を取った。調べてくれるらしい。

 あたしは二人に水をあげたり、〝回復〟をかけたりで介抱に専念した。

 暫くすると、兄妹は徐々に調子を取り戻したが、クレアがあたしをじっと見てくる。

「マシロさん。体の方は何とも無いんですか? 結構な魔法を放っていたように感じられましたが。シンさんも。」

 シンは、何か思うところがあった様で長考していたが、その状態を解いて答えた。

「俺はちょっと疲れたぐらいだが、マシロは?」

「うん。あたしも。」

 その答えを聞いて、クレアは首をコテンと傾げた。

「凄いですね! きっとお二人とも凄い魔力量の持ち主なんでしょう。お兄様も大きな魔力量を持ってるけれども、それよりずっと・・」

 クレアはまた故郷を思い出してしまった様だ。声のトーンを落とした。

 あたしはクレアの頭を抱えて、暫く撫でていた。

「さあ。どうやら予想に反して今夜は寝れそうだから、寝るまでにもう一度スキル使う訓練しておきましょう。大丈夫。魔力無くなったら回復してあげるから。」

 あたしのにこやかな声に兄妹はビクッと身を震わせ、引きつった声で答えた。

「はい。頑張ります・・・」

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