第11話 クーヤミでの休日

《百一日目》


「おはよう。よく眠れた?」

 あたしは、宿の厨房を借りて朝食を作っていたところ、食堂に現れた兄妹に声をかけた。

「おはようございます・・ マシロさんって、本当に女の人だったんですね。」

「おにいちゃん! わたしそう言ってるじゃない! ごめんなさい。無作法な兄で・・」

 見た目幼女な妹に叱られる兄、という絵面はなかなかに微笑ましい。

 今朝のあたしは普段着のワンピースにエプロン姿で作業していた。昨日の件があって特に男装する必要を感じなかったからである。

「いいよ~ 慣れてるからね。」

 兄妹に手伝ってもらって、テーブルに朝食を並べているとシンが顔を出した。

「悪い! 俺が最後か。あ、おはよう。」

 前のアラレイドルの街からシンと同じ宿に泊まることになったが、シンが思いのほか朝に弱いという発見があった。

 いつも、どちらかと言うと隙のない雰囲気を漂わせているシンだが、朝は何というか、無防備だ。今も何だか眠そうな表情をしている。

(ふふっ。かわいい。)

 配膳が終わると皆で席について、朝食を食べ始めた。

 朝ごはんは、〝収納〟から取り出したキノコとベーコンで作ったコンソメスープに焼き立てパンだ。

 兄妹には好評だ。実においしそうに食べてくれるのでうれしい。

 食卓では雑談を交わしながら、あたしの格好の話になった。

「その姿、とても素敵です! ドレスなんか着るとすごく似合いそう。」

 クレアが言うと、シンが追い打ちをかけた。

「そうだろう! マシロはすごく綺麗なんだ!」

「ちょっ! 何を言ってるの!」

 シンのこの口撃にはいまだに慣れない。

「それはそうと、俺にはいまだに不思議に感じることがあるんだ。」

 シンが急に声を落ち着けて言いだしたので、皆シンに注目した。

「なにが?」

 あたしが問いかけると、シンはクレスに向かって訊いた。

「クレス。昨日はマシロを見て男だと思っただろう? 女性だという可能性は思いもしなかった?」

 クレスは昨日のことを思い返しているようで、少し間をとって答えた。

「はい。その考えは思い浮かばなかったですね。」

「え~? 信じられない! なんで? こんな綺麗な人なのに!」

 クレアまでそれ言う? 

「マシロ。以前からそうなのかい? 男装してるときは男としか認識されなかった? 俺から見れば考えられないんだが。」

 シンから指摘されてあたしはハッとした。シンは前の世界の話をしているんだ。

 確かに。あたしは男装が得意でそれを生業にしてた。けどそれはあくまで男役として。男性に比べたら線は細いし、声は作ってるけど女性の声は誤魔化しようがない。

「考えてみたらそうね。男装でも女性として認識されてたと思う。はて?」

 文字通り、あたしは頭の上に?マークを浮かべながら考えていると、シンがクレスに再び訊いた。

「クレス。何を見てマシロを男と思ったんだい?」

 クレスがまた間をとって考え込む。

「やっぱり、格好とか髪型とか・・・かな?」

 どうも自信なさげだ。

「今はどうだい? マシロを見て男だと認識できるかい?」

「いや。無理でしょ。今は綺麗なおねえさんとしか。あれ? どうしてマシロさんが男の人だと思ってたのかわかんなくなっちゃった。」

 クレスまで綺麗とか言う? これまでは恥ずかしさが勝ってたけど、複数人に言われるとちょっとにやけてしまう。

(ハッ! 社交辞令かも知れない。あぶないあぶない。)

 それまで、ちょっとおとなしめだったクレアが控えめに手を挙げた。

「あの。もしかしたらなんですけど・・・呪詛、呪いの類じゃないかと。」

「なんだってぇ?」

 それにはあたしも驚いて訊き返してしまった。それに応じてシンが問いかけた。

「感じるのかい?」

「ええ。微かにですけど。違和感が。」

 クレアのスキル〝霊感〟。名前からして精神感応系っぽい感じがする。呪詛に対して敏感なのかも知れない。

 あたしはちょっと考えて訊いてみた。

「呪詛だとすると、そんな都合のいい呪詛ってあるのかなぁ? 体調におかしなとこないし。むしろ今のあたしには都合がいいっていうか。」

 今度はちょっと考え込んでいたシンが言った。

「そうだな。クレア。有益な指摘をありがとう。今のところ問題ないみたいだが呪詛とかは気にはなるよな。俺も気を付けておくが、マシロも気にしててくれ。いや。むしろマシロの方が得意分野か。」

「うん・・・なんか釈然としないけど、あたしが男装してる間は殆どの人があたしのことを男性と認識するってことね。わかった。それを踏まえて動くことにする。」

 あたしの件が一段落したところで、シンが兄妹に言った。

「ところで、君たちのことなんだが、取り敢えず次の街のスラアンバーまで一緒に行こう。ここだと、引き返すにも引き返せないからね。」

 すると、兄妹は安心した顔をして、クレスが礼を述べた。

「ありがとうございます。本当に助かります。昨日は本当にもうだめかと・・・」

 クレスは昨日の状況を思い出したのだろう。言葉の後半は詰まった感じになった。クレアがクレスの背中を撫でている。

「昨日の今日で、まだ体力が回復してないだろう。もう一日ここに滞在して、明日北に向かおうか。」

 シンの言葉に皆が頷いた。


        ♢ ♢ ♢


「いいんですか?」

 気分転換にあたしはクレアを町に連れ出した。女の子には女の子の楽しみ方がある。あたしたちは服屋に来ていた。

「いいのいいの。避難した町の物資は必要に応じて使っていいことになってるの。昨日の宿だって勝手に使わせてもらったけど、そういうこと。だから、あなたたちが生きるためにこの町で食べ物を探して食べたとしても問題ないのよ?」

「そうなんですね。人の物を勝手に食べちゃって悪いなあって、ずっと思ってたんです。」

 クレアは幼い容姿にそぐわないことを言うので、あたしは思わずその頭をくしゃくしゃに撫でる。

「ふふ。これなんかどう? かわいいと思うけど?」

「う~ん。かわいいですけど・・ あたしのサイズってどうしても子供服になっちゃうんですよね。なんか、こう、もうちょっと・・」

「あら。十二歳なんでしょう? まだこんなのが似合う年頃なんじゃないの?」

「そうなんですけど・・ 」

「じゃあ。サイズ関係なく、どんなのが好き? 選んでみて?」

 クレアは暫く店の中を見回って、やがて一着のドレスを持ってきた。

「黒! また、大人っぽいのが好きなのね。ふむ。」

「一度、こんなの着れたらいいなあって。今のところ叶わない夢ですけどね。」

「いいね! これはゴシック調にできるね。うん。イメージが掴めた!」

「マシロさん。どうしたの?」

「どうしたって? これを元にして作ってあげる。あたし裁縫は得意なのよ。まかせて!」

 そのあと、帽子や靴、小物も徴収。

 あたしも遠慮なく好みの服を二、三着徴収した。


        ♢ ♢ ♢


 あたしは宿に帰って早速クレアの服を仕立てにかかった。人の服を思い描いた通りに仕立てるのは楽しい。〝概要〟と〝記録〟のスキルが仕事をしてくれるので、実に正確に手早く作業が進む。

(そういえば、あたしには〝裁縫〟スキルがないなぁ。シンにはあるのに。どうゆうこと?)

 作業にかかって数刻。思い描いた通りのゴシック風のドレスができた。

「わあ! すごいすごい! 素敵!」

 リメイクした服を体に当て、クレアはくるくると回った。

「ふふ。今度はクレアちゃんをお姫様にしてあげよう!」

 あたしはクレアに〝清浄〟をかけ、その綺麗で長い銀髪を丹念にブラッシング。銀の髪は黒のドレスに良く映える。はじめはリボンでまとめようかと思ったけれど、ここは大人っぽく繊細なデザインの髪留めでまとめ。

 襟元は、かわいらしくも清楚なレースが入ったデザインで、黒のドレスに合った靴下と靴。

 先日、シンが貰って来た姿見を前に、クレアは言葉少なに自分の姿に見入っていた。

「うん。なかなか思い通りにできた! いやあ。滅茶苦茶かわいい! おにいちゃん驚くよ? 見せに行こう!」

「うん!」


        ♢ ♢ ♢


「おにいちゃん! どう?」

 階下に降りると、何やらシンと話をしていたクレスに向かって、クレアが声をかけた。

「おお~! いいね! クレア。綺麗だね。マシロさんに選んでもらったの?」

「作ってもらったの! こんなの欲しかったのよ! マシロさんありがとう!」

「よく似合ってるなぁ。すごく可愛くできたね。それにしてもマシロは器用だな。何でもできるんだな。」

 二人に褒められたので、あたしは嬉しくなった。

「ふふ。昔取った杵柄ってやつね。もっと褒めて?」

 クレアは本当に嬉しそうにしている。

「こんなデザインの服って見たことないわ! かわいらしくて大人っぽい。わたし、こんなのを探してたの! これならパーティに行っても少しは歳相応に・・・」

 はしゃいでいたクレアが急にテンションを下げた。それを見たクレスがクレアの前にしゃがんで言った。

「きっと大丈夫さ。我が家は代々魔物を相手に生き延びて来たじゃないか。落ち着いたらまたパーティぐらいやってもらえるさ。」

「そ、そうだね! お父様も、お兄様も騎士団の人たちも強いものね。」

「こんな綺麗なドレスを着たクレアを見たら、みんな驚くぞ? なにしろ何着ても小さい子供っぽかったからねぇ。」

「もう! おにいちゃんってば、それ気にしてるんだからね? わたし。けど、本当にありがとう! マシロさん。」

 再び礼を言われたあたしは、兄妹に何かしてあげたくなった。

「いいって! あたしの趣味みたいなものだから。そうね。せっかく気に入ってもらえた様だから、パーティ仕様に帽子も作ってあげる。そうだ! クレスのも作ってみようかな。」

 ぼくのはいいですよ、なんてクレスは遠慮してたけど、クレアとお揃いでダークな衣装なんてどうだろう。絶対目立つなぁ。創作意欲が湧くなあ。なんて、自分の世界に入っていると、そばで微笑んであたしを眺めているシンと目が合った。

「楽しそうなマシロも、見てて飽きないよ。俺も作ってもらおうかな?」

「言ったね? 超絶カッコいい服を作ってあげるから、後で文句言わないでね?」

「あ。マシロが言うのは、マシロと出会った時に着ていたようなヤツかね? あれはちょっと派手すぎるというか・・」

「うふふ。あれは仕事着だよ。安心して? ふつ~のやつを仕立ててあげる。」

 あたしが少し悪い顔で言うと、シンは少し引いた声で言った。

「お手柔らかに・・・」


        ♢ ♢ ♢


 あたしはその晩、興にのって、クレアと一緒に仕入れて来た帽子の手直しをしながら、シンと話をしていた。目指すはゴシックスタイルに合う帽子だ。

「今日、クレスと話をしたんだ。あの兄妹はサンドレア国の辺境伯家の子供らしい。」

「そうなの? 道理で教育が行き届いた子供って感じだね。」

 あたしは地図を検索してみたが、サンドレア国はまだ検索範囲外で地名などは見えない。これから向かうパーラノアの街の更に北側のはずだ。

「そうだな。まだ小さいのにしっかりしている。クレスの話によると、辺境伯家はここサンクトレイルとの国境を挟んで隣接しているそうだ。俺たちの目的地パーラノアとは山を挟んでいるが交流は盛んらしい。」

「サンクトレイルとサンドレアは友好国らしいね。前に聞いたことがあるよ。生活必需品の魔石を産出する鉱山があって、安定的にサンクトレイルに卸してくれてるんだって。」

「ああ。俺も聞いた。ただ、魔石鉱山の管理は難しいらしいな。何でも魔物は文字通り魔力を糧にする生き物で、魔石鉱山はその魔力溜りとでもいうべき場所らしく、強力な魔物が発生するんだと。つまり、魔石掘りは命がけらしい。その魔石鉱山の一つをクレスの家が管理しているらしい。」

「じゃあ、魔物に対しては余計に警戒心を持っててもおかしくないよね? それを押してまで旅を強行したのはよっぽどの訳が?」

「そこのところはクレスも口が重くってね。詳しくは訊けなかったが。王都にいた兄妹は彼らの言うところの〝大海嘯〟の話を受けた後に、父親の現辺境伯の死亡の噂を耳にした。それに続く領地の混乱の様子が耳に届き、居ても立ってもいられなくなったってことらしい。あくまで噂だから、あの子たちは父親が死んだなんて思いたくないようだが。」

「そうなのね・・・」

 あたしは、まだ短い付き合いだけど、兄妹の想いをなんとかしてあげたい気持ちになっていた。すると、あたしの表情を見ていたのだろう。それに応えるようにシンが言った。

「分かっている。取り敢えずスラアンバーまでの道程で、無理がないようならパーラノアまで連れて行く。行けそうなら国境を越えよう。俺たちも旅は初めてだからな。旅の経験値はあの子たちと殆ど変わらん。手さぐりになるがどうかな?」

 シンが苦笑しながらあたしに訊いた。シンがあたしの意を汲んでくれたのが嬉しい。

「うん! 旅は道連れって言うしね。昨日会ったばかりだけど、あたしはあの子たちが気に入ってんだ。助けてあげたい。」

『ピロン! スキル〝縫製〟を獲得しました。聖女クラス33になりました。』

(うん?〝裁縫〟じゃないの?)

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