第9話 スタンピード

《九十九日目》


 それから一週間ほど施設の回診を続けていると、明らかな患者の回復が見られ、あたしたちは大いに感謝されるようになってきた。

『ピロン! スキル〝清光〟のレベルが20になりました。スキル〝聖光〟を獲得しました。聖女クラス28になりました。』

 〝清光〟を出しっぱなしにしてたおかげか、レベルが上がった。カンストは20らしい。カンストすると上位スキルが解放されるみたい。 〝清光〟は、邪気を薄めるだけだったが〝聖光〟はそれを祓うことができるらしい。

 額面通りだと、〝聖光〟を常時発動で、ウィルスを除去できるはずだが、慎重に検証すべきだろう。取り敢えず、あたしは〝聖光〟を常時発動に切り替えてみた。出力最小で。

 施設の回診がひと段落して、休憩していると慌ただしい足音がして、冒険者組合の使いを名乗る若い男がやってきた。

「冒険者のシンさんとマシロさんですね! 組合長からの緊急招集です。すみませんがご同行願います。」

「いったいどうしたんだ?」

 男の急いでいる様子に怪訝な顔を向け、シンが問いかけた。

「魔物の異常発生、スタンピードです。急ぎ対応の為、アラレイドルにいる冒険者たちに召集がかかりました!」

 シンもあたしも、こういう状況は初めてだ。しかし少し驚きながらもシンは落ち着いたものだ。

「分かった。行こう。」


        ♢ ♢ ♢


「おう! 呼び出してすまんな。」

 組合の建物に入ると、ギルマスが手を挙げて声をかけて来た。

 小さなホールには、十組ほどの冒険者たちが集まっていた。

「スタンピードだそうだな。」 

 シンが辺りを見回して言った。

「ああ。この街に向かってきている。今この街は僅かの衛兵と冒険者しかいなくってな。だが、放っておくと街中まで侵入してくる恐れがある。少なくとも進行方向を逸らせればいいんだが。」

 ギルマスは言うと、受付正面の方へ戻り声をあげた。

「諸君! 緊急招集に応えてくれて感謝する。事態は先ほど説明した通りだ。人数的に心もとないが、できる限りのことはしたい。幸いこの街の人間はほぼ避難済みだ。残った者たちに対しても既に衛兵が保護に動いている。魔物に侵入されたら、街中が荒らされることになるが、まあ、避難した連中が戻って来た時にがっかりするだけだ。危険と感じたら逃げてくれ。群れは北東からやってくる。進路状況から見て、北門付近に最接近すると予測される。北門を中心に東門と西門に担当を振り分けるぞ。」


        ♢ ♢ ♢


 あたしたちは、他の冒険者二組と共に、東門に振り分けられた。人数的には丁度十人になる。北門が五組、西門が二組だ。直撃を受けそうな北門から逸れて来たものに対応する。

 持ち場に出てみると、改めて城壁の内と外では雰囲気がまるで違うことを認識させられる。門から伸びる街道の周りは見渡す限りの草原。視界の隅に森や、牧場の柵、遠くに霞んだ山などが認められる。まだ、異変が起こっている気配はない。

 東門を担当するあたしたち以外のパーティは、ここアラレイドルを拠点とする少し年配の人たちだった。

「君たちのことは聞いてるよ。施設で病人たちを回復してくれたってな。俺の身内もあそこにいるんだ。ありがとう! 俺はジャス。よろしくな!」

 顔合わせで、頑強な体つきをしたおじさんがあたしたちに声をかけて来た。パーティのリーダーっぽい。

「いや。俺は医者を生業としているからね。当たり前のことをやったまでだ。俺はシン。こちらがマシロ。俺の助手だが、薬を作れるから、半分はマシロの功績だよ。」

 シンは謙虚に言った。生業とか言ってるくせに、お金を受け取ってない。組合から受け取っているとか言ってる嘘つきだ。

 お互いに挨拶と簡単な自己紹介をした。みんな冒険者としては穏やかな人たちだ。うまくやっていけるだろう。

「それにしても何も見えないな。」

 遠くを見渡しながらあたしが言うと、ジャスが答えた。

「セルの話じゃあ、あと半日ぐらいはかかるらしい。しかし、この人数じゃやれることは限られるな。」

「時間あるなら、濠を作ったらどうだろう。」

「ん? 俺たちのパーティには土木系のスキル持ちはいないが・・。そもそもスタンピード対策で濠はあまり効果無いっていうか。」

 あたしがふと頭に浮かんだ考えを言ってみたが、乗り気ではなさそう。

「どういうこと?」

「そもそも街には濠がないだろう? スタンピードの時は少々の濠ではすぐ埋まって、奴らは乗り越えて来るからな。それが理由。」

 冒険者の一人が答えてくれた。それに対しシンが声を挙げた。

「いや。使えるかもしれん。このスタンピードってのは特に街を目指してくるものではないんだろう?」

 シンが問うと今度はジャスが答えてくれた。

「ああ。今回はその進路にたまたまアラレイドルがあるってことだな。」

「そして、その進路を曲げたい、ってことだな? 数を減らせっていうのは難儀だが、その濠で誘導はできないかな。」

「どういうこと?」

 あたしは、さっき出したセリフをもう一度言ってみると、シンはあたしを見て微笑んだ。

「従来の魔物を濠に落として時間を稼ぐんじゃなく、誘導路にしてしまうんだよ。壁を作ってもできるだろうが、時間がかかるし掘る方が速い。こちらに来た分くらいは流せるかも知れん。まあ、見ててくれ。」

 シンが草原に駆けだすと、ある程度距離をとったところで地面に直系5メートル程の穴を並べて開けだした。それを見たジャスが言った。

「ほう。彼は〝ピット〟が使えるのか。多才だな。」

 あたしも、シンが落とし穴を作るのを何度か見たことがある。〝ピット〟というスキルなのか。手伝いたかったが、何も思いつかなかったので、淡々と仕事をするシンを眺めていた。

(あ。少し疲れてきたかな?)

 あたしは、シンの状態を敏感に感じ取り、さり気ない足取りで様子を見に行く感じで持ち場を離れた。

 シンはあたしが近づいてくるのを認め笑顔を向けた。

「この濠を三本、城壁から流すように設置する。こちらの先端は群れが来る方へ、もう一方の端は、城壁から逸れるようにするんだ。群れ全部を流すのは無理かもしれないが、いけそうな気がしないかい?」

 あたしはさり気ない様子でシンに〝回復〟をかけながら言った。

「なるほど。柵を利用した家畜の誘導みたいなものかな? これなら濠に入った魔物は城壁のあっち側に抜けてくれるはずだね。」

「回復ありがとう。皆に、濠の端をスロープ状にしてくれるよう頼んでくれないかな。さすがに、そこまでの繊細なコントロールはまだ身に着けてなくってね。」

 シンは苦笑しながらあたしに言った。

「うん。わかった。また、疲れたら呼んでね。」

 あたしは、みんなに濠の説明と仕事内容を言うと驚かれた。

「話は分かったが、これを三本だと? 魔力は持つのかね? 本当にできたら相当タフだなあ。オーケー、皆話聞いてたな? 作業にとりかかるぞ。」

 そして皆納得したように仕事を始めた。流石に熟練の冒険者たち。門衛の詰所から、シャベルだのモッコだのを引っ張り出し、魔法を使えるものは、風やら小さい爆発を地面に向かって起こしながら、たちまちスロープを作っていく。

 僅か二刻ほどで形になった。空から見ると、三本の爪痕のように見えるだろう。

 そして、休憩しながら待機してると、遠くからぼやっと土煙のようなものが見えて来た。

「来るぞ!」

 ジャスが声をあげると、皆緊張した顔を上げた。

「な、なんか多くないか?」

 一人が違和感を感じて声をあげた。その時、門から駆け付ける一団。

「おーい! 魔物のルートがずれた! 東門に直撃するぞ!」

 北門から応援がやってきたようだ。急いで来たようで息が上がっている。

「あれをやってみようか。」

 あたしはシンに提案した。あれというのは、魔物を囲い込む二人の連携技で、最近効率よく経験値を稼ぐために編み出した方法である。

「ああ。だが、これほどの数に通用するかな。まあ、やるしかないようだがね。」

 言葉の割には自信ありげな様子で微笑むシンを横目で見ながら、あたしは周りの冒険者たち言った。

「ボク達は魔物の進路を変えてみる! 討ち漏らしを頼む!」

「わかった! こちらはまかせておけ。」

 シンはそう言って突出した。あたしもそれを追いかける。

 濠の先端に辿り着いて少しすると、群れの先兵らが突進して来る。

 あたしは〝聖壁〟を展開。群れの進行を抑える。

「すげぇ威圧スキルだ! 群れの突進が止まったぞ!」

 後方で何か聞こえる。すかさずシンが側方から本物の威圧スキルを得意な礫弾スキルを伴って放ち、魔物たちを濠の方に追い立てる。

 少しは逃すが、そこは後方の冒険者たちが討ち取ってくれる。

 いつの間にか人が増えてる。北門から駆け付けてくれたのだろう。

『ピロン! スキル〝聖壁〟レベル2になりました。』

 より広域の防御が可能となる。

 シンの威圧も威力が増している。レベルアップしたのだろう。

 魔物の群れは、予想通りに濠に誘導され、城壁を掠るような進路で通り過ぎて行く。

 誘導を繰り返すこと、一刻くらいだろうか。魔物の群れが、ふと途切れる。

 冒険者たちはそれを見計らって、遅れ気味な魔物の掃討に移行した。

 シンとあたしはスキルを解き、東門に下がる。

「ふう! お疲れ様。何とかなったね。」

 あたしがシンを労うと、シンが笑みを大きくして言った。

「ああ。マシロのおかげだな! 〝聖壁〟だったか。強力だなあれは。」

 二人で休憩していると、大体の掃討を終えた冒険者たちが帰って来た。リーダーのジャスがあたしたちに声をかけてきた。

「お疲れさん! タフだなぁ二人とも。こっちはみんな魔力切れでへとへとだぜ。歳には勝てんな。今回はお前さんたちに助けられたよ。それにしてもマシロの威圧スキルは凄まじいな。あんなのは初めて見たぞ。シンの土魔術もな。二人のおかげでアラレイドルは救われたと言っても過言じゃないだろうよ。」

「いや。俺たちもかなり疲れたよ。ところでずっと気になってたんだが、スタンピードの魔物って、どこに向かうんだい?」

 あたしも気になってたことをシンがジャスに訊いた。

「ああ。それが実はよく分かってなくてな。色々な噂がある。ただ、どこかで発生して、どこかで消えるんだ。嵐や竜巻みたいな自然災害と同じだな。」

 魔物の群れをアラレイドルから遠ざけたは良いけど、それで他の街が被害に遭うならと、責任を感じてたところなのだ。少しほっとした。それにしても謎だな。

 いずれにせよ、スタンピードの対応はそこそこの街で対応するのが決まりだそうだ。つまり自分たちが、自らの手でこの街を守れたことが重要なんだそうだ。

 ジャズはその場であたしたちを大げさに称え、それに釣られて、あたしたちは次々に他の冒険者から労いと賛辞を受ける羽目になった。


        ♢ ♢ ♢


 街に戻ると既に話が拡がっており、あたしたちは一番に活躍した功労者として迎え入れられた。

 少ないながらも、どこにいたんだろうという数の人々に冒険者たちは迎えられ、特にシンとあたしは、場所ごとに祭り上げられるものだから、忽ち有名人になっていた。

 特にシンについては、これまでの貢献もあって、〝最強の医術師〟の異名までついてしまっていた。

「まずいなぁ。ちょっと目立ちすぎたかな。」

「うん・・・ そうだね。ちょっと熱が入ったもんね。仕方ないけど。」

 シンの言葉にあたしも同意した。

 言葉と裏腹に、あたしはいつもの癖で、観衆に対し愛想を振りまいている。

 組合まで戻ると、ギルマスのセルが真っ先に労いの言葉をかけに来た。

「よくやってくれた! 流石は今評判のパーティだ。パーティ名は決めてないのかい? とにかくアラレイドルを代表して君たちに感謝の言葉を贈るよ!」

「ん? 数日前までボク達のことなんか知らなかったよね? 評判って何さ?」

 セルが不穏なことを言うので。あたしは思わず突っ込んだ。

「いや、なに。組合の回覧板が王都から流れてきてな。君たちは最近凄い勢いで昇格を果たしているパーティだそうじゃないか。君たちがいてくれて、本当にこの街は幸運だった。改めて組合から感謝状と報奨金が出るだろう。国からも出るだろうな。期待しててくれ。」

 いや。報奨金が出るのは嬉しいが、変に目立っては今後の行動に支障が出る。あたしはシンと視線を合わせ、早急に対策を練ることを無言のうちに示し合わせた。


        ♢ ♢ ♢


 その晩は、組合ホールでスタンピードを躱した祝いがあった。急だった為、盛大なものではなかったが、街中の人々が食材を持ち寄って、自分たちで調理し、飲んで食べた。

 スタンピードと言う極限状態から解放されたのもあって、皆陽気に羽目をはずしており、勝手に主役に抜擢されたあたしたちは絡まれたりもしていた。

「あ~あんたたち! この街をすぐってくれてぇ。ありがとうよ! 聞いたぞ? まっ魔物の群れをぎったんぎったんにのしたんだってなぁ。施設の病人もぉ。治してくれたんだって? もうもう、この街の英雄だな! なあ! お前らぁ! 英雄様の胴上げしようぜぇ!」

 それを聞いてあたしは真っ青になった。いくら何でも触られるのはマズイ!

 あたしはシンに目線で助けを求めた。

「俺が囮になる! マシロは急いで避難を!」

 シンは魔物に囲まれた時以上に真剣な面持ちであたしに告げた。あたしは皆に囲まれた時点で〝幻惑〟スキルを放ち、急いでその場を離れた。

「お~い。シン。 相方どこ行ったぁ?」

「おう! それなら用足しに出て行ったぞ?」

(もう! シンったら。もうちょっとマシな言い訳をしてよね!)

 顔を赤くしながら、一足先にもみの木の頂亭に帰ることにした。

『ピロン! スキル〝幻惑〟レベル16になりました。』

 うん。これ伸ばそう。

 

        ♢ ♢ ♢


 宿に戻り、扉を開けるとフラウに体当たりをかまされた。

「おかえりなさい!」

「ただいま。」

 フラウがすりすりと抱き着いてくる。

「フラウ? マシロさんは疲れてるんだから迷惑かけるんじゃないぞ? すみません、マシロさん。だが、この子がこんなに人に懐くのは初めて見るなぁ。」

「構いませんよ、ご主人。それより、打ち上げには来られなかったんですね。」

「ああ。この子をここに残してたんでね。あと、家内を引き取って来たんですよ。奥で休んでます。施設から出ることができるなんて。夢の様です。今日のご活躍も聞いてますよ。この街を守ってくれて本当にありがとうございます!」

 あたしの問いにカンジはそう答えた。

 良かったね。とフラウに微笑みかけると、フラウは涙を浮かべて力強く頷き、更に強く抱き着いてきた。

「ご主人。奥様はもう大丈夫です。あとは体力が戻れば完治です。と、シンが言ってました。これは私が作った体力増強剤です。十日分。こんなものでしょう。」

「何から何までありがとう。マシロさん。あなた方には返しきれない恩がある。だが、返せるものも持ち合わせていない。どうすれば。」

「いえ。あたしたちはやりたいようにやっただけです。もしよければまたここに立ち寄った際、おいしい食事とベッドをいただければ。」

 あたしは、カンジの感謝の言葉を受け止めながら言った。

「行ってしまうの?」

 不意にフラウの見上げる瞳と視線が合った。

「ああ。病気の人たちも殆ど回復に向かっているし、次の街でも待っている人たちがいるからね。ご主人。明日の朝、ボク達は立つことにします。」

 フラウの頭を撫でながら言ったが、その言葉にショックを受けたのか、フラウが更に力を入れてしがみついてきた。表情は見えない。

「・・・・と・・・ねる。」

 くぐもった声。

「なに?」

 あたしはフラウに優しく訊いた。

「きょうはマシロさんといっしょに寝る。」

「ええっ?」

 あたし以上にカンジの方が動揺していた。

「娘が幼いと言っても若い男性と一緒に寝るのはちょっと・・ マシロさんは勿論信用おける人なのはわかってます。分かってますが・・・ いや。マシロさんなら未来の旦那としては申し分ないのでは? う~ん。」

 カンジは混乱しているようだ。あたしはフラウに諭すように言った。

「フラウちゃん。また会えるから。ね?」

「いやっ!」

 それを見ていたカンジが言った。

「この子がこんなわがままを通すようなことを言うのは初めて見ました。幼い頃から随分と聞き分けがいい子でしてな。逆に心配していたのです。迷惑でなければ一晩お願いしてもいいですか?」

 言い方! 父親がそんなこと言っていいのか?

 あたしはフラウの潤んだ瞳を見ながらその頭を撫でて言った。

「しようがないなぁ。フラウちゃん、用意しておいで。」

「うん!」

 あたしの言葉に、ぱあっと表情を明るくして、準備のため駆けだして行った。

「ふふっ! しっかりしているようで、まだ十歳の子供だねぇ。おっと、これは失礼。」

「いえいえ。あの子のこんな姿を見れるのもマシロさんのおかげです。ありがとう。」

 あたしの失言に対し、カンジは考え深げに応えた。


        ♢ ♢ ♢


 部屋で用意されたお湯と〝清浄〟を使い、入念に体と服を綺麗にしたあとくつろいでいると、ノックの音が聞こえた。

「マシロさん。フラウです。」

「ひとり?」

「うん。」

 賢い子だ。言われずとも一人で来たようだ。

 あたしはドアを開けて、枕を抱きかかえたフラウを招き入れた。

「・・・ おねえちゃん。きれい・・」

 フラウにこの姿を見せるのは初めてだ。フラウは目をまるくしていた。

 あたしのお気に入りの部屋着はナイトドレス風だ。

 普段できないオシャレな装いを一人の時にたのしむ。最近覚えた趣味でもあった。

 今のあたしはだいぶ髪が伸びたとは言え、まだボブなスタイルだ。この世界の女性としては異質だろうけど。

「フラウちゃんの方が髪長いね。あたしも伸ばしてる最中なんだよ。」

「わたしもね。みじかいのもすき・・・」

「ねぇ。髪を綺麗にしてあげよっか。」

 この世界の女性は結構髪を手入れしなくても綺麗に保てる性質らしい。それでも放置すればそれなりに痛むもので。特に子供は、親が手入れしなければ荒れ放題状態になってしまうのは元の世界と同様だ。

 あたしはフラウを椅子に座らせると、全身に〝清浄〟をかけて綺麗にしていく。自然に出て来るハミングが〝愛歌〟の効果を及ぼし、フラウをリラックスに導く。

 腰まである紅い髪を丁寧にブラッシングしながら、あたしが作った香油を染み込ませる。少しパサついていた髪がみるみる内に光沢を帯びてくる。

 子供の髪は繊細だけれども元気だ。少し手を入れるだけで見違えるようになった。次に再度〝清浄〟をかけて余計な油分を取るとさらっさらな紅いストレートな髪が出来上がる。

「さて、どんな髪型にしようか。」

 あたしは自分でできる髪型のレパートリーを思い浮かべながら、フラウのサラサラな髪に指を入れその感触を堪能していた。

 フラウはうっとりとした表情をしている。リラックスできているようだ。

(そうだ。中華シニヨンにしてみようか。この世界では見たことないし。かわいいかも。)

 手早くツインのお団子頭を作るとその可愛さに我ながら驚いた。

(ナニコレ。あたし、メイクアップアーティストでもやっていけるんじゃ?)

 自画自賛である。

 その時、ノックがされ呼びかける声が聞こえた。

「マシロ? 俺だ。今戻ったんだが話ができるか?」

「シン? ちょっと待って。今開ける!」

 興奮状態にあったあたしは、自分の作品を見せたいばかりにドアを開けてシンを引っ張り込んだ。

「ねえ! どう? フラウちゃんのこの髪。かわいいでしょう!」

 ちょっと間があって、あたしが首を傾げると、シンの反応があった。

「ああ。二人ともとても綺麗だ。」

 見ると、シンが緊張しているようだ。あたしの顔を凝視して、変なこと言ってる。そこは〝かわいい〟じゃないのか。

 そこで、ふと今のあたしの格好を思い出した。

 そうだった。このナイトドレス風の格好は、これぞという時にシンに公開しようと思ってたんだった。そう思うと急に恥ずかしくなった。

「なっ! これはその! えっと~」

 思わずあたしはフラウを前に押し出し、後ろに隠れようとした。隠れようがないが。

「いや。マシロは何着ても似合うな。とても素敵だ。フラウもな。マシロにやってもらったんだろう? とても似合っている。ああ、そうだ。」

 シンが何か思い出したように手を翳すと、姿見が出て来た。〝収納〟から出したようだ。

「ほら。これで自分たちの姿を確認してみたらどうだい? さっき組合で欲しいものをもってけって酒の席でいわれたんで、丁度事務所にあったそれを貰って来たんだ。」

 あたしとフラウはその鏡を覗き込んだ。

「これかわいい! おねえちゃんありがとう!」

 それに頷きながら、あたしはあたしで、久しぶりに覗き込む鏡に映る自分の姿と対峙していた。うん。結構似合ってる気がする。

「ねえ。フラウちゃん、今更だけどこの格好どうかな?」

「さいしょに言ったよ? すごくきれい!」

 フラウがシンと同じことを言う。あたしはシンに向かって礼を言った。

「この鏡ありがとう。この前の話覚えてたんだね。」

 話とは、シンがあたしに向かって鏡で自分の姿を確認するといい、と言ってたことだ。この世界に鏡は貴重品の様だ。あまり置いてないのでついつい忘れがちだが。

 後で聞いた話だが、組合では受付嬢が自分の姿を確認するために大体置いてあるそうだ。現在、アラレイドルでは受付嬢がいないので手放しても問題なかったのだろう。

「話はまた明日。今日は二人で楽しんでくれ。じゃあお休み。」

 シンは言うだけ言って、去って行った。

「おやすみなさい。」

 あたしは扉に向かって呟いた。

 そのあとはフラウにお団子頭の作り方や髪の手入れの仕方を教え、必要なグッズと香油の作り方を書き留めて渡した。

 幼い子供には情報量が多すぎたのだろう。別れを前にしんみりとする余裕もなく、楽しくおしゃべりしながらいつの間にか眠ってしまった。

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