第8話 活動開始

《九十二日目》


 次の日、朝食時にフラウの父親、即ち宿の主人と対面した。

「昨日は留守にしていてすみませんでした。ここ何週間も客も無かったので、この子に対応を任せてしまって。」

 宿の主人であるカンジは頭を下げて謝罪した。

 やつれて見えるがカンジはまだ若いようだ。あたし達と一回りは違わないだろう。

「いえ。それは構わないですが、こんな小さい子を一人にしておくのはどうかと思いますが。街中とはいえ、今は普通じゃないでしょ? 治安が悪くなっているのではないですか?」

 あたしは、昨日感じたことをそのままに苦言を呈した。

「ああ。そうですな。そう思われるのはごもっともです。ですが、この子に限ってはそういう危機回避がすごいんです。私や妻よりもずっとね。これまで私達の仕事がうまくいってたのは、この子のおかげでもあるんです。なんというか、信用してるんですよ。まだ小さいですが。」

 カンジはフラウの頭を撫でながら、微笑んで言った。フラウも笑み返している。親子関係は良好のようだ。

 つまり、フラウの持つスキルを感じ取ってるってところか。

 この世界の人たちは、スキルの存在を知っていても、あたしたちのように直接視ることはできない。つまり、感覚的には前の世界での才能とか、能力と同義なんだろうなと思う。

「心配無いようならいいんです。ところで、ボク達は救護施設に行きたいのですが、だいたいの場所を教えてもらえませんか?」

「ああ! この子から聞きましたよ。お医者様なんですってね。本当に助かります! 是非案内させてください。」

 あたしが訊くと、カンジは道案内をしてくれるという。今日も奥さんの元を訪ねるつもりの様だ。

 フラウもお母さんに会いたいんじゃないかと思ったので、フラウに訊いてみると、少し表情を硬くして、首を振った。

「おかあさんの病気はうつるかもしれないの。わたしはまだ小さいからうつりやすいって。」

「かわいそうですが、もう少しの我慢だと言い聞かせてます。」

 後から聞いたが、聞き分けがいい分、不憫でならないとカンジは言っていた。


        ♢ ♢ ♢

 

 今日も宿でお世話になることを約束して、フラウの見送りで手を振りながら宿を後にした。

 昨日はあまり見れなかったが、街の中は本当に閑散としている。

 たまにすれ違う人もいるにはいるが、ゴーストタウンと言えばこんな感じなのだろうか。

 カンジの案内で救護施設に行く途中、彼は色々教えてくれた。

「ここ、アラレイドルは王都に近いこともあって、随分マシな様です。入ってくる情報によると、王都から遠い街ほど、流通や人員の恩恵を受けにくく、被害が拡大していると。」

 国は広いし、対して治癒師も薬師も少ない。現状、助けられるところから助ける、というのが国の方針だそうだ。

 実際、救護施設で看ている病人は伝染病に罹った者だけではないと思われるが、この世界では判別も難しい。

 具合の悪い者は極力集められて、感染の芽を摘むということらしい。

「こんなに施設に通えば、あんたも感染するかも知れないが、その時フラウをどうするんだ?」

 あたしが持ってた疑念をシンが訊いてくれた。

「その時は、冒険者組合長のセルに頼んでます。昔からの友人なんですよ。」

 カンジは少し申し訳なさそうに答えた。ギルマスが気にかけていたのは、そういうことか。


 カンジの案内で、救護施設に到着した。意外と広い。だが、ここも閑散としている。

 逆に言えば、これだけの規模で人が収容されていたともいえる。

 はじめに、責任者の所に連れて行ってもらい、色々と許可を貰った。と、言っても責任者は、少ない看護師達の只のまとめ役で、特に権限を持っている訳ではなかった。医者だと言うと疑いもせず大歓迎だった。

 先ずはフラウの母親の所に行くことにした。

 施設は広いので、一人部屋だった。

「フランナ。今日はお医者さんを連れて来たよ。」

 フランナと呼ばれた女性は、呼ばれると目を開けた。酷くやつれていたが、会話することはできた。

「あら、あなた。今日も来てくれたの? フラウは大丈夫? あの子は気丈に無理するから・・・ あら? お客様?」

 シンが身を屈めて、挨拶をした。

「初めまして。俺はシンといいます。医者をやってます。こちらは助手兼護衛のマシロ。今日は、ここの施設の様子を伺いに来ました。診察をさせていただいても?」

 フランナは少し驚いたような表情をしたが、カンジが深く頷くのを見て、表情を和らげた。 

「まあ。ここにお医者様が来てくれるなんて。王都はまだここを見捨てた訳ではなかったようね・・・ ありがとうございます。診察をお願いします。」

 シンは頷くと、寝ているフランナに向かった。起き上がる元気は無さそうだ。

 すると、シンは指先に光を灯した。

(おお! なんだこの魔法は!)

 あたしの知らない魔法だ。あとで教えてもらおう。

 シンはやはり驚いた様な表情を見せるフランナに向かい、光を当てながら、目を覗き、口の中を観察し、耳の中をみた。

 そしてあたしの方を見て言った。

「マシロ。ちょっと脈を診てくれるかな? 俺は少し準備するから。」

(え? アドリブかな? そもそも診察の打ち合わせなんかしなかったよね?)

 あたしは、シンの医者としての働きを見るのが実は初めてで、興味津々で見ていたので、急に振られて心の中で慌てた。

 けれど、昨日のシンの言葉を思い出した。

(穢れを祓ってってことよね。まだ祓えないけど。)

 離れてても魔法は発動できるが、あたしの魔法は直接触れていた方が効果が高いと、これまでの経験から分かっていた。

 あたしは、フランナの手首をとり、脈を測り始めた。

 少し速い。あたしは〝清光〟を発動。次いで〝治癒〟。すると、脈が落ち着いてくるのが分かった。

「先生? 少し脈が速いようです。いかがいたしましょう。」

 あたしが、先ほどアドリブで振られた仕返しで、芝居がかった問いかけをシンに向けた。

「先生? ああ。俺のことか。この熱覚ましと栄養剤をこの水で飲ませてあげてくれ。」

 シンは、こちらを向いて少し驚いた様子だったが、すぐに対応してきた。相変わらず落ち着いてるな。

 シンは、あたしが滋養のある薬草で作った粉の薬と、やはりあたしが魔力を込めて精製した水を渡してきたので、フランナに飲ませてあげた。

 シンは心配顔のカンジに説明している。

「やはり、黄紋斑病の様ですね。奥さんの場合、黄紋斑が殆ど出てない様ですが。これは感染力が強く、罹れば長引くようですが、体力さえ維持できれば、いずれは治癒するものです。一見、致死率が高いように見えますが、殆どは体力のない、老人や幼児、貧困層の人々が犠牲になってます。この病気はひどく食欲減退を招くようで、食べられない人から犠牲になっていくようです。この栄養剤をお渡ししておきますので、この精製した水で、朝、昼、晩と一日三回奥さんに飲ませて下さい。あと、できるだけ食事を採るように。」

「あ、ありがとうございます! なんだか妻の顔色も良くなってるような気がします。」

「大丈夫ですよ。きっと良くなる。俺たちは他所を見てきます。今晩、またお世話になりますね。」

「感謝いたします。良くなると言っていただいて。フラウも喜ぶでしょう。」


 あたしたちは、適当に二人で施設を巡ることにした。

 ちょっと空気が気持ち悪かったので、あたしは〝清光〟を常時発動状態にした。

『ピロン! スキル〝清光〟レベル16になりました。』

 あたしのスキルには常時発動状態にできるものある。色々スキルを検証している段階で見つけた。

 全開状態で維持することもできるが、色々と副作用があることも分かった。例えば〝清光〟は不浄のものが退いていく訳だが、無くなる訳ではないので、周囲にしわ寄せが行く。これを全開維持すると、しわ寄せが顕著になって逆に周りが迷惑するだろう。今は加減する方法も覚えたので、今は空気清浄機並みの発動加減のはずだ。

 患者は見たところ、七割が黄紋斑病に罹っており、フランナと同じ処置をした。身寄りのない者は、看護師に投薬法を言付け、当面の薬と水を渡した。

 他の病の者も、できるだけの治療を施した。

 中には、魔物との戦いで大怪我を負った冒険者がおり、傷口が化膿していて、ちょっと危ない状態だった。

 高熱で意識は朦朧として酷く苦しそうであり、看護師はお手上げ状態。

 仲間の冒険者は、おそらく患者の彼女だろう女性だけが残り、青い顔で看病していた。

 シンは迷わず切ることを選択し、あたしがサポートした。

 別世界から来た身としては、施設は清潔とは言えない環境だったが、あたしとシンであれば問題ない。

 あたしが、〝清浄〟をかけ、〝清光〟を放ちながら、シンが〝麻痺〟を患者に掛ける。更に〝刃切〟で見事な切除手術を行い、〝裁縫〟で縫い合わせる。

 なんで〝裁縫〟なんて取得してるんだ。って以前思ったことがあったが、なるほどこの為ね。

 抗生作用のある薬と、例の水を彼女に渡しておいた。

 少し落ち着いた様子の患者を認めて、彼女は何度もあたしたちにお礼を言った。


 そんなこんなで、割と忙しい一日がひと段落すると、もう日が暮れようとしている。

 あたしたちは、仕事を切り上げてもみの木の頂亭に帰ることにした。

「ふふっ。さすがに疲れたね。」

 あたしがシンに声をかけると、シンもにこやかな顔で言った。

「ああ。だが、気持ちのいい疲れだ。できる限りのことはやった。今日は夕飯がうまいぞ?」

「ははっ! そうだね。ねえ。あたしたちって、医療従事者としてやっていけるんじゃない?」

「まさに! 俺も同じことを考えてた。マシロとなら、このまま世界の果てまで行って人々を救えそうな気がするよ。」

「いいね!」

 あたしは、帰る道すがら、テンションが上がってシンの腕に抱き着きそうになった。

(おっと! いけない! 特にこの男装状態では。いやいや! そもそも抱き着こうとしたことがヤバイ。いや? ちょっとくらいいいかな?)

 あたしは誘惑に負けそうになったが無理やり頭を冷やして言った。

「フラウにお母さんの状態を報告しなくちゃね。それとも、カンジさんが先に帰ってるかな?」

「幸い、フランナさんは重篤な状態じゃなかったから良かったが、それでも食事が取れなかったら命に関わる。世の中にはそんな状態の人たちがたくさんいるんだろうね。せめて、マシロの救命剤と聖水を普及できればいんだが。」

「救命剤と聖水? あの薬と水のこと?」

「そう。俺が名付けた。名前無いと困るだろ?」

「只の栄養剤だよ? それに聖水は別にあるし。」

「いやいや。ただの栄養剤にあんな劇的な治癒効果は無いって。マシロが作ったから、何か付与されてるんじゃないかな。」

 シンは言いながら、聖水を検索した様だ。

「お? 〝聖水〟は対アンデッド用の攻撃スキルか。まあ、いいんじゃないか? 使う場面が全く違うし。俺はマシロの精製した水を聖水と呼びたい。」

 なんか、シンは変なこだわりを持って言ってる。

「あっ! けど人前で聖水だなんて言わないでね? ヘンに勘繰られるのは御免だよ?」

 シンはわかったと言って、笑顔を見せた。

 

         ♢ ♢ ♢


「ただいま~。」

 もみの木の頂亭の玄関を開けると、ばたばたと音がして、フラウがど~んとあたしに抱き着いてきた。

「おね・・・ わた・・・」

 フラウが何か言いたそうにしているのを感じて、あたしはフラウに目線を合わせるようにしゃがみ、優しく言った。

「いいのよ? あたしの正体がわかるのね。フラウは黙っててくれたんだよね。ごめんね、秘密を抱えさせちゃって。」

 すると、再びフラウが抱き着いてきて言った。

「お、おねえちゃん。おかあさんがよくなるって。おとうさんが。ありがとう。おねえちゃん。」

「ふふ。お母さんを診たのはこのお兄さんだよ? あたしは手伝っただけ。」

 フラウはシンに向かってもありがとう、と言った。

「けど、おにいさんはすごいつよい剣士だよね? おかあさんをなおしてくれるのは、おねえちゃんじゃないの?」

「うん。このお兄さんは本当にお医者さんなんだよ。あたしはその助手。まあ。二人で診たからフラウの言う通りかもね。」

 なんとなく納得してない顔をしてるフラウに、あたしのことはヒミツね。とか言ってると、奥から主のカンジが出て来た。

「シンさん、マシロさん。先ほどはありがとうございました。あれから少しの間で妻がみるみる調子が良くなってきましてね。寝たきりだったのが、少し体を起こすまでになりました。」

「それは良かった。回復の目途が立つまで、しばらく滞在して様子をみるつもりだから安心してくれ。」

 そうシンが言うと、カンジは感激したようだ。

「ありがとうございます! それまで宿代は結構ですので、存分にここを拠点にしてください。娘もそれが望みの様です。是非ともお願いします。」

「おお! ではお言葉に甘えるとしようか。だが、食事代は取ってくれ。なんなら食材も持ち込ませて頂くとしよう。ここの生活もあるだろう?」

 シンはフラウを見ながらカンジに言った。

「心遣い感謝いたします。ですが、本当に我が家と思って自由に使いください。」

 カンジが深々と頭を下げると、フラウも倣って頭を下げた。

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