第5話 修行の成果と新たな決意
《五日目》
気合を入れて、指名依頼の掃除仕事だ。報酬二倍!
屋敷の各所を磨いていく。〝清浄〟と掃除の相性は抜群だ。
頑固な汚れも取れやすくなる。
『ピロン! 〝清浄〟レベル5になりました。』
(やっと、5かぁ。予想してたけど、だんだんアップが遅くなるよね。)
期待を込めて、〝清浄〟を使ってみた。するとどうだろう。汚れが消えた! いや。よく見ると完ぺきではない。もうすこしかな?
次の日から、とにかく清浄を使いまくった。勿論、色々な掃除依頼を受けて実利を兼ねた。
♢ ♢ ♢
《八日目》
気が付けば、この界隈では掃除が得意な冒険者がいると有名になっていた。
〝伝説の掃除婦〟いつの間にか増えた称号である。
おかげさまで〝清浄〟レベル10を達成した。あたしのイメージした清浄レベルの風呂上がりの爽やかさも満足いくものになり、久々の達成感を全身で感じていた。
(ああ~気持ちいい。服を着たままかけられるのが利点よね。)
明後日はシンとの約束の日だ。
(このままの姿でもいいけど、男装に戻るかな? シンのレベル上げを手伝いたいかな。)
シンは調べたいことがあると言った。恐らくレベル上げそっちのけでやってるだろう。
この世界で気持ちよく生きて行くには、スキルのレベル上げが大事だということをこの数日で感じた。シンにも気持ちよく過ごして欲しい。
♢ ♢ ♢
《九日目》
「お世話になりました。また来ますね。」
あたしは銀の月亭を一旦引き払うことにした。
「必ずだよ? 宿代大まけにするからさ。また、新しい料理を教えておくれよ。
ジルはあたしの料理を気に入ってくれたようだ。いくつかのレシピを教えてある。
〝清浄〟が満足行くレベルになったので、次の目標は〝鑑定〟だ。しかし、〝鑑定〟取得には〝概要〟を伸ばす必要がある。恐らくカンストが条件じゃないかな。けど、カンストっていくつだろ?
これからまた森に行って、〝概要〟検索に挑もうと考えている。
ただ、〝概要〟自体は地味なスキルなので、集中力がもつか疑問だ。
あ。掃除のときに平行してやれば良かったかな? 屋敷には珍しいものたくさんあったし。
久しぶりにお馴染みの森にやって来た。常時受け付けの薬草採取をするつもりだ。勢いで森まで来てしまったが、〝概要〟のレベル上げ手段について、これといった案が無かった。
〝捜査〟で薬草を見つけ、そのサイズを認識する。なんか使い方が違う気がするが、しばらくそのやり方で採取を続ける。
だが、応答がない。やり方が間違ってるのかな?
一通り、まとまった薬草が採れたので、今日のところは街に帰ろう。その前に、男装にチェンジしよう。
先日の川で、水浴びしようと思った。〝清浄〟で十分に気持ちよくなれるようになったのだが、体を水に漬けるというのは別物なのだ。本当はお湯がいい。
川辺で衣服を脱ぎ、ゆっくりと体を水に浸した。
(あれ? ちょっと太った?)
『ピロン! スキル〝概要〟レベル2になりました。』
(んっ! なんでだよ!)
激しく突っ込んでしまった。確かに、ここのところ美味しいものを結構いただいている。掃除の仕事も頑張って運動もしてたはずだが、それを上回ってカロリーとってたかな。
それにしてもこのタイミング。自分のサイズ意識したらレベルアップとか。せっかくだから今後の為に、自分の身体検査をしとこうかな。
自分に意識を向ける。頭の先からつま先まで。スキャンするイメージで〝概要〟を適用する。
身長、体重、頭周り、首回り、肩幅、リーチ、バスト、ウェスト、ヒップ、太ももサイズ、脚の長さ、足のサイズ。詳細が頭に流れ込んでくる。生々しい。
『ピロン! スキル〝記録〟を獲得しました。聖女レベル8になりました。転生特典構成理解を獲得しました。』
(あっ! 来る!)
魔法理解を得た時ほどではなかったが、情報の波が押し寄せた。どうやら自分には馴染みのない情報らしい。
今回は、前もって受け止める準備ができていたので、それほど苦しくなかったが、気分は最悪。吐きそう。
構成理解は、この世のあらゆるものの成分、構成などを知ることをできる。化学反応等も含まれるので、例えば薬師が作る薬の内容や鍛冶師打つ刀剣の成分が検索でわかるというものだ。
その構成材料を集めて、手順通りに作成すれば目的物になる。つまり、錬金術の基礎知識だ。
(あ~、薬師とかでもやっていけるんじゃないかな・・・)
側にある薬草の束をぼうっと眺めながら考えた。
しばらく、息を荒くして耐えていたが、落ち着いてきたので他に気をまわしてみた。
〝記録〟の方はどうだろう。獲得したばかりのそれに意識を向けた。
『記録。特定対象の記録を採る。上位スキルに記憶。特定対象の記録の詳細を採る。がある。』
(これって、さっきので言えば自分のサイズを残すってことよね。うわ~、何気に嫌なスキルがきた~。自分しかわからないところが救いか。)
川から上がると〝清浄〟をかけてみた。思った通り、水滴が除去され、あっという間に乾いた状態になった。
(ふぅ。ここのところ努力した甲斐があったわぁ。)
あたしは回復すると、先日買った男物の作業着に着替え、ウィッグは大切にしまった。
ちょっと荷物も増えて来た。防具を買ったりすると、持ち運びも大変になる。荷物を預けるところか、拠点が必要かな。
♢ ♢ ♢
《十日目》
結局、昨晩は久しぶりに森のふくろう亭に泊まり、連泊を申し込んで来た。荷物を預けるためだ。
ルアンは快く受け入れてくれたし、夕食も相変わらずおいしかった。
今日はシンとの約束の日だ。何気に緊張する。
いつもの広場のベンチに行くと、既にシンが座って待っていた。
暇だったのだろう、ステータスボードをチェックしているようだ。
「やあ。おはよう。久しぶりだね!」
あたしから声をかけると、シンは振り向いて明るく笑った。
「ああ。たった一週間だが、大分会ってない気がするな。」
やつれた感じがかなり薄らいでいる。一週間前と比べると身綺麗になったし、顔も髪も整えてまるで別人である。
街中でシンと関わった人たちも沢山いるはずだが、誰も気づかないだろう。
そう思ってシンに訊ねた。
「だいぶ顔色が良くなったね。街の人もシンって気付かないんじゃないかな。」
「はは。その通りだ。言葉も通じなかったから、名のってもいなくてね。これまで邪険にされてきた相手に対等に接してもらえるのは気分が良いものだね。それもこれもマシロのおかげだ。」
「もう、それはいいって。ところでこの一週間なにしてたの?」
「うん。実は冒険者組合の資料室に籠っていてね。この世界のことが知りたくて。やはり、ここで生きて行くためには、先ずここでの常識を身につけないと。」
それを聞いて、あたしは少し冷汗をかいた。
(そういえばここでの常識って考えてなかったな。普通に過ごせてたから、元の世界と同じ常識と無意識に思ってた。)
「へ、へえ。で、どうだった? 常識に違和感があった?」
「いや。概ね常識的だったよ。自分基準でって意味だけど。むしろ、これまでの俺の行動が非常識だったろうね。」
シンは苦笑いしながら、頭を掻いた。
それを聞いて取り敢えずあたしは安心したかな。変な行動はしてないよね?
「そっか。良かったよ。他には何か分かった?」
すると、シンは少し姿勢を正し、あたしをまっすぐに見て訊いてきた。
「マシロは、聖女なんじゃないのかい?」
ストレートに訊かれて、あたしは声を失った。相当びっくりした顔をしていたんだろう。シンは表情を和らげ、言った。
「別に隠していたんじゃないだろうけど。マシロからは色々教えてもらったし。出会ってからここまで俺の生活は激変した。当然最初からマシロは特別な人だと思ってたよ。勇者のことは吹聴しないようアドバイス貰ったろ? それも助かった。資料室では真っ先に勇者について調べたよ。」
「・・・うん。」
あたしは、やっとのこと一言返事した。シンの言う通り、別に隠してたわけじゃない。
勇者と聖女の情報は、ルアンに訊いた程度のことしか知らないし、歴史理解の中でもその程度の情報だった。転生特典の情報って、この世界の一般情報レベルの様だ。百科事典規模のだが。
「・・どうだった? 何か分かった?」
シンの態度がいつもと変わらなかったで、少し落ち着いた。
「いや。特別なことはなにも。街中の酒場や、市場でそれとなく探ってみたのと、見つけた書物の記述を比べてみたが、意外と勇者についての具体的な記述は少なくってね。ただ、書物には勇者と聖女が大抵セットで出て来るんだよ。そこに共通する背景はこの世界の乱れ。具体的には魔物の異常発生、疫病の蔓延、天変地異とかね。」
それを聞いて、あたしも首を傾げた。
「あたしもそれは聞いた。宿の人にね。本に書かれてるなら、それなりに本当のことだね・・・ けど、この街はそんなに深刻な状態には見えないじゃない?」
シンはそれに答えずに言った。
「召喚。マシロも召喚されたんだろ? 宮殿に。これまでのマシロが教えてくれたことと、調べた話をまとめて考えるとそこに行きつく。なんで追い出されたかは謎だが、召喚の記述は見つけられなかった。そして、こう見えて実は世界は深刻な状態なんじゃないのかな。」
今更言い繕っても意味はない。それにシンはこれまでの行動から信用できる人っていうのは分かってる。
「そう。あたしは聖女のジョブを持ってる。あなたと同じで、どうやらこの世界に召喚されたみたい。あたしがシンを勇者じゃないかと思ったのはほんの偶然だけどね。運が良かった。けど、もし、本当に世界の危機だとしたらどうしよう?」
今のあたしには世界の危機とかそれを救うとか、そんな覚悟も度量も持ち合わせていない。ルアンに一応の話を聞いていたが、自分の話とは思えなかったのだ。これまでは。
「どっちにしろ、俺たちにできることは限られてる。色々なことに備えてどうするか考えて行こう。まだまだ、この世界について何も知らないしね。」
それを聞いて、あたしは思いついた。
「えと、転生特典ってあるでしょ。先週別れるまでは言語理解と、表記理解があったと思うんだけど、その後どう?」
「いや。あのまま引き籠ったんで、なんのアクションもとってない。」
「そう。あたしと同じだったら、ジョブのクラスを上げると、特典が貰えるの。その内容がこの世界の常識、というか情報なんだよ。例えて言うなら、超詰め込み教育。みたいな? 資料室で得られるような深い情報はないかもだけど、この世界を知るには早道だよ。」
「ホントか! それは興味深い! どうやるんだ?」
シンの喰いつきように思わず頬が緩む。
「また、森に行ってみようか。実戦でクラスを伸ばしてみよう。」
あたしたちは、クエストを受けて、馴染の森に来ていた。
今回のクエストはシャドウスネイク×5、スモールボア×1、ワイルドディア×1。それと、常時受け付けの薬草採取。
大型の魔物は回収業者がいることを知った。討伐証明部位を示せば、有料で回収してくれるらしい。
ディアーなんか、持って帰れるとは思えないので助かる。
「あたしの経験で話すけど、ジョブに関係するする仕事をすればクラスが上がり易いみたい。なので、勇者の仕事と言えば魔物の討伐じゃないかな。実際、前来た時もその仮説でカエル討伐を勧めたんだ。アタリっぽかったでしょ。」
「なるほどな。剣技というのがその時得られたスキルか。他にもあるのかな。」
「勝手な想像だけど、勇者にも魔法スキルがあるはず。あたしもいつの間にか色んなスキルが発生してるし。そうだな。何かを飛ばす攻撃魔法。最初はそれをマネするだけでいい。う~ん。そうだ! 石を投げてカエル討伐。 それでいこう!」
「え~。なんか、いじめてるみたいじゃないか。」
「うん。気持ちは分かる。けど、そううまくいくかは別。」
シンは適当な石を採り、カエルを見つけて投擲してみた。
元々、あまり運動が得意じゃなさそうな体つきだったが、案の定当たらない。二度、三度投げるが当たらない。そのうちムキになってきたようだ。連続して投げバラまいている。
そのうち、一つが当たった様だ。
「おっ! 〝礫弾〟というスキルが入ったぞ。勇者クラスが上がった。があっ!」
シンは突然、頭を抱えて座り込んだ。魔法理解を得たのだろう。
特典の順番は同じの様だ。
「しばらく我慢して。すぐ収まるからね。」
あたしは駆け寄って、〝治癒〟を発動しようとしたが留まった。異常じゃないから下手に何かしない方がいいだろう。
「あ~気持ち悪い・・・ 魔法理解か。魔法が使えるようになった?」
「ふふ。あたしもそう思った! けど、魔法理解は言わば辞典だね。取得した〝礫弾〟に意識を持って行って? 内容が示されるから。」
「おお! 解説されるのか。〝礫弾〟石を生成し目標に向かって放つ。上位スキルに〝礫爆〟広範囲に礫弾を放つ。がある。だそうだ。」
「やっぱり魔法スキルだね。たぶんだけど、石を投げ続けたら、馴染んできて石を生成できるようになるんじゃないかな? そこは試行錯誤だけど、スキルレベルアップはそんな感じだよ。それにしても上位スキルが危なそうだね。」
「なるほど! 何となく理解した。ここからは修行だな。やってみるさ!」
「うん。頑張ってね。じゃあ、ここから各々修行ということで!」
あたしは、〝清浄〟の訓練のおかげで、だいぶコツを掴んでいた。
目標は〝鑑定〟取得だ。
〝捜査〟で薬草を探し、〝概要〟で確認しながら採取。
地味だが、これが一番確実だと思われる。
(あ。これはレアな薬草だ。帰って、クエスト対象だったらラッキーだね。)
あたしの検索システムにユリペディアと勝手に名付け、照らし合わせて価値ありそうなのも採取する。
ちょっと夢中になりすぎて、周りの注意を怠った様だ。
気配を感じて顔を上げた時には、スモールベアの突進に見舞われていた。
小さい割に突進力のある魔物だ。咄嗟に身を庇ったが、弾き飛ばされた。
「きゃあ!」
我ながら女の子の様な声。こんな声出せるんだ。何気に恥ずかしい。
『ピロン! スキル〝聖鎧〟を獲得しました。聖女クラス9になりました。転生特典法典理解を獲得しました。』
(法典? 法律的な何かかな? けど、痛ったぁ!)
「マシロ! 大丈夫か!」
すぐにシンが駆けつけてくれた。すれ違いざまにスモールベアを討伐する。以前と動きが違う。
「ちょっと、見せて。痛いところは?」
シンがあたしの側に膝立ちし、ぶつかられた腕の部分を手に取る。距離が近い!
「今は痛いけど大したことないよ。いや!やっぱイッタ~!痛いっ!」
「いや。これは骨にヒビが入ってるかもしれんな・・・ あ。〝診察〟ってスキルが入った。あ~。やっぱりヒビが入ってるな。」
「おめでとっ! ったぁ! ヒビ入ってるのかぁ。」
思わず、腕の腫れた箇所に意識をやった。
『ピロン! スキル〝診療〟を獲得しました。聖女クラス10になりました。転生特典芸術理解を獲得しました。』
「あ、あたしも〝診療〟ってスキルが入った。ヒビ入ってるね、わかる。スキルで治癒しよう。」
あたしは〝治癒〟をかけると痛みがスーっと引いていくのが分かった。
『ピロン! スキル〝治癒〟レベル4になりました。』
怒涛のスキルラッシュだ。
「ほう! これは凄いな! 見ているうちに治っていくぞ!」
「ふぅ。初めて見せるかもだけど、これが聖女スキル、だと思う。どうやら、癒し系、防御系が得意みたいだね。怪我したり、気分が悪くなったら言ってね? 少しは役に立つかもしれない。」
「ああ。だが、もう何ともないか? 後遺症とかないだろうな?」
シンがやたらあたしの腕を撫でまくっている。あと、近い!
「だ、大丈夫! お、おかしかったら言うから! 大丈夫!」
思わず、腕を引っ込めると、真面目な顔してシンは言った。
「うん。予後観察は大事だからな。それにしても、近いスキルはあるんだな。〝診療〟って観察スキルなんだろ? 俺の取った〝診察〟とどう違うんだろう。」
「そんな時には魔法理解よ。〝診察〟と〝診療〟に意識を合わせるの。」
『診察。観察により病原を特定する。上位スキルに診療。観察により特定した病原を安定化する。がある。』
『診療。観察により特定した病原を安定化する。上位スキルに聖櫃。安定化した対象の容態を固定化する。がある。』
「おお~。診療は診察の上位スキルか。なるほど聖女だな。」
シンは嬉しそうに、あたしの顔を覗き込んだ。近い!
「っ! そ、そうだな! スキルの上に更に上があるのは初めて知ったな! 勉強しないとね!」
どうやらシンとあたしでは距離感が違う様だ。慣れなくては。
ついでに。
『聖鎧。任意の箇所を防御する。上位スキルに聖壁。認識できる範囲を防御する。がある。』
(これ上げたら、ケガしなくなるかな?)
そのあと、ノルマである、シャドウスネイクとスモールボアを討伐したが、ワイルドディアには手こずった。ちょっとあたし達には早すぎたか。
だが、負傷、診療、治癒を繰り返すことになり、結果、〝聖鎧〟レベル3,〝診療〟レベル3、〝治癒〟レベル6となった。
シンの方も、それなりにレベルが上がったろう。敢えて訊かないが。自分のスキル把握もままならなくなってきた。どこまで増えるんだろう。
久しぶりにステータスボードを見てみる。
名前 白鳥ゆり(如月ましろ)
性別 女
ジョブ・クラス 聖女・10
スキル・レベル 治癒・6、清光・1、愛歌・1、捜査・6、概要・6、幻惑・1 清浄・10 記録・3、聖鎧・3、診療・3
アビリティ 言語理解・表記理解、魔法理解、地理理解・歴史理解・経済理解・構成理解・数理理解・法典理解・芸術理解・ステータスボード
称号 異世界のたらしめ、歌のおねえさん、祓い巫女、伝説の掃除婦、変装の達人、スキルの導師、人気異世界料理人、自己治療マスター、はにかみ女子
(おい!)
相変わらず称号については、思わず突っ込みたくなる。
隣では、同じくシンがステータスボードを開いているようだ。実に楽しそうだ。男子ってこういうの好きだよねぇ。
ぼーっと、その横顔を眺めていると、シンが振り向き視線が合った。
「ど、どう? 楽しい? あ、いや。楽しそうに見てたから・・」
動揺して適当に口走る。
「ああ! 成長の度合いが視覚的に見れるのは実に興味深い。楽しいぞ! こっちに来て、碌でもない日々だったが、初めて楽しいと感じている。それもこれもマシロのおかげだ! これを言うとマシロは嫌がるが、本当に感謝だ!」
まあ。感謝されて悪い気はしない。
「じゃあ。今日はあたしもこの格好だから、どこかでお酒飲もうか! シンのおごりでね?」
男装のあたしは気が大きくなっていた。酒場でお酒なんて、興味津々だ。
「おう! 任せてくれ。〝良さそう〟なところは知ってる。組合に報告したら早速行こう!」
♢ ♢ ♢
『青のグラス亭』
シンに案内されてやって来たところは予想と違っていた。
異世界酒場と言えば、むさ苦しい冒険者が喧騒の中大騒ぎしているイメージだが、ここは、そう。バーだ。
静かにお酒を飲むところだ。
「こんなところがあるんだ・・・」
見ると、シンが固まっている。思ってたのと違うって顔だ。
「あ。いや、中まで覗いたことが無くってだな。表の雰囲気がいいなって・・・」
「ふふ。ありがと。いいじゃない。はいろ?」
「だが、こういうところの作法は知らんぞ?」
「異世界だからあたしも知らないよ? 何とかなるでしょ。」
こういう初見の場所では、あたしは大胆になる性質である。
「マスター! 二人。大丈夫?」
あたしが訊ねると、ダンディな髭のマスターっぽい人は、にっこりと笑い、黙ってカウンターに誘ってくれた。
周りを見ると、そこそこ人がいる。当然ながらカップルか、ソロが多いかな。
「マシロはこういうところ慣れてるのかい?」
「そうでもないよ? 静かに一人で飲む性質でもないしね。昔、同僚と時々ね。」
カウンターに座ると、先ずはそれぞれにお勧めのお酒を注文した。初見では取り敢えず任せるに限る。
「それじゃ、乾杯するか。マシロに感謝を。」
「また、それ? まあ、あたしもシンに感謝を。かんぱい。」
「少しなら、料理が注文できるみたいだぞ? 何か頼むか。」
さり気なく置かれているメニュー表を見ると、よくわからない料理名が少し並べてある。構成理解に引っかからないので固有名だろう。
「どんなのか分からないな。こんな時は。マスター! お勧め料理を三品ほどお願い。」
寡黙なマスターはにっこりと頷き、裏の厨房に声をかけに行った。
少し世間話をしたあと、不意にシンが声を潜めて訊ねて来た。
「なあ。ちょっと、他の土地も見てみないか?」
「どういうこと?」
「俺たちは、ここサンクレイルの王都しか知らないだろ? これまでの情報で、世界は危機的な状況かもしれない。いずれはここもその影響下に晒されると仮定すると、それを把握しておくのは無駄じゃないと思うんだ。」
「・・・なるほど。あたしは自分のことでいっぱいいっぱいで、そんなこと考えもしなかった。考えてみればそうだね。」
「まだまだ、俺たちの力不足は明らかだからね。俺たちが勇者と聖女と言うんなら、否応なしに巻き込まれる可能性がある。」
「勇者と聖女・・・ 」
あたしはそのワードが特別な意味合いを持って聞こえ、激しく動揺した。顔が真っ赤になっているだろう。薄暗いところで良かった。シンはあたしの動揺を違う意味で捉えた様だが。
「いや。すぐという訳ではないんだ。考えてみてはくれないか? 俺はマシロと一緒に行きたい。」
「なっ! そういうところあるよな! ビックリするじゃないか!」
一緒に行きたい。その言葉に驚いて、椅子を立ちあがって過剰な反応してしまった。
周りの人達も何事かと、こちらを見ている。あたしは一気に冷静さを取り戻し、ストンと腰を下ろした。恥ずかしい。
「すまない。急な話をして動揺させたな。俺は、調べ物をしてるうちに、そんな考えが浮かんだ。前から考えてたことなんだ。」
真剣な黒曜石の瞳に見つめられ、あたしも覚悟を決めた。
「いいよ? 行こう。そうだな。あたしたちの組合のランクをDまで上げたら行こう。普通のクエストをこなせる強さになるから。」
冒険者ランクは、直接的な強さを計るのではなく、こなしたクエストの質と量の蓄積から間接的に計算され、決められる。
直接的に計れる手段は鑑定くらいしかない。それが使えないのであれば合理的なシステムだろう。
「では、明日から本格的にレベル上げだな!」
「ちょっと! 楽しくなってない? 男の子だなぁ。」
晴れやかに笑うシンを見て、あたしも釣られて笑った。
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