第4話 執念のスキルゲット!
《四日目》
「あの~。ここって連泊できますか?」
朝一番で、女将さんに訊ねてみた。寝心地も良くてすっかり気に入ったのだ。
「ああ。いいよ。結構長期滞在の人が多いけど、泊まってもらった部屋は空いてるから。」
「おお! それなら七日まとめてお願いできますか?」
「おや。ありがとう! 大歓迎さね。長期滞在の人には自炊もできるようにしてあるよ。中庭に簡単だけど煮炊きできる設備を用意してあるし、支度の時間を外してくれるなら厨房の設備を使ってもいい。使用料込みで、一泊八シルだね。」
「本当ですか! 自炊かぁ。久しぶりにやってみようかな。じゃあ、そのプランで七泊お願い。五十六シルね。」
あたしは、大硬貨五枚と小硬貨六枚を渡した。
「えっ? ちょっと待って。八、一、二で十。八、三、四で二十。八、五、六で三十、八、七、八で四十、八、一、二で五十、三、四、五、六、七、八。本当に五十六だね。どうやったんだい? えらく計算速いね!」
そういえば、ルアンにも言われたっけ。この世界の人は計算苦手?
「まあ。特技ですね。」
適当なことを言ってしまった。そういえば、買い物に行った時も、会計がすごく遅い気がしてた。
「私はジル。ここでこの宿をやってる。冒険者あがりだがね。」
ジルは力こぶを見せるようにポーズしてウィンクした。
なるほど、それで逞しく見えてたんだな。
「あたしは・・ゆり。暫くお世話になります。」
瞬間、あたしは本名の方を名乗った。その方がいいと思ったのだ。
「ユーリね。珍しい名だね。異国のひとかね? 言葉上手だねぇ。」
「え、ええ。苦労したもので。」
思わず、シンの苦労顔を思い浮かべて言った。合掌。
名前はユーリと聞こえた様だ。まあいっか。
♢ ♢ ♢
さて。今日から〝清浄〟の特訓だ。昨日の水浴びの時に決心した。
だがどうすればいいだろう。
これまでのスキルの習得とレベルアップの経緯からみて、行為そのものを体現すればいいと思う。
そう思って、昨日は念入りに体を洗ったのだが何も起こらなかった。
単に経験値不足か、もしかして自分に対しては効かないとかだったら嫌だなぁ。
考えてみれば、これまでのスキルを得たきっかけは、外に向かって作用したものばかりだ。自分に施したものがない。
何かヒントになるようなものは無いか、冒険者組合にやって来た。掲示板を眺めてみる。
(あ! これはどうだろう。Fランクの掃除依頼。)
排水溝清掃と屋敷の大掃除があるけど。ここは難易度が低い方から。排水溝掃除だと新しい作業着を調達しなきゃだし。
そう考えると、屋敷掃除でも買ったばかりの服を汚すのも嫌だなぁ。
あたしは少し迷ったが、ユーリの名で改めて冒険者登録をした。
二重登録はだめだろうか? と思ったが、普通にできた。
個人特定はあまあまな様だ。成果が分散されるので、普通はやる人はいないのだろう。
そしてあたしは依頼を受けて、早速作業着調達に向かった。
地理理解のおかげで、一度通ったことのある箇所は、特に意識してなくても詳細が分かるようになっている。
すぐに目的の店が見つかり、作業着を選んだ。女物の服を選んでいたが、そういえば、男物の服が舞台衣装しかないことを思い出した。
今更だが、あれは目立つ。今にして思えば、初日にジロジロ見られていた訳だ。
そんなわけで、男物の作業着も選んだ。これにちょっとした防具を着ければ冒険者装備として違和感ないだろう。
ちょっと荷物になったので、一旦銀の月亭に戻る。連泊をお願いしてるので荷物を置けるのだ。
荷物が増えると拠点の必要性がわかってくる。
(そのうち、どこか家でも借りようかな? シンはアパート派かな? 戸建て派かな・・・ はっ! 何を考えてる! あたしのばかぁ!)
自分で突っ込みながら、あたふたと作業着に着替える。
髪はまとめた方が良さそうだ。と思って、ポニテにしてみたらウイッグがずれた。
(ああ。そうだ。長い髪のウイッグの弱点だな。アレンジが限定される。)
重力に逆らわないように試行錯誤して、結局ゆるふわ三つ編みおさげを前に垂らすことにした。
再びその姿をチェックしようと、姿見の前に立った。
(誰?)
これもありっちゃアリだけど、わが姿ながら迷走がすぎる。
『ピロン! スキル〝幻惑〟を獲得しました。聖女クラス5になりました。転生特典歴史理解を獲得しました。』
(え~? 今かな? スキル取得とレベルアップの条件がわからないな。)
また、どっとこの世界の歴史やらなんやらの知識が入ってきたが、これも概念的には理解があったみたいで、苦しくはなかった。
ついでに、気になっていた暦の概念がインストールされた。
どうやらこの世界は、一日十二刻でそれ以下の時間単位はなく、七日で一週間、八週間で一月、六か月で一年の様だ。長さが違うだけで、前の世界と同じ感じだった。すぐに慣れるだろう。
〝幻惑〟を調べてみる。
『幻惑。任意対象の姿を分かり難くする。上位スキルに静寂。任意対象の姿が察知されなくなる。がある。』
これって、聖女スキルと関係ないんじゃ? いや。突っ込むのはやめ。きっと何か繋がっているはず。
少しどきどきしながら、日雇いの掃除をしに、指定の屋敷に行く。
いわゆる勝手口で責任者を呼び出し、組合の紹介状を渡すと、仕事の取り掛かりのサインをくれた。終わりにまたサインをもらえば、依頼達成になるシステムらしい。
作業場と作業内容を簡単に説明され、あとはひたすらノルマを果たすだけだ。
(よし! ピカピカにするよぉ! それにしても大きな屋敷だな。掃除も大変だ。)
あたしの担当は内側の窓拭きだ。せっせと磨き上げる。
外側はどうするんだろう。道具でもないと届きそうにない。などと思っていると、高圧の水が当たる音がした。
思わず外を見てみると、一目で魔術士然とした人が、杖をかざし、水を噴き出していた。
初めて魔法っぽいものが発動しているのを見た。物理的なものが出るのはあんな感じか。
今のところ、あたしが持つスキルに物質化するようなものはない。
窓の外側というか、外壁の洗浄は意外にも高圧水洗浄だった。考え方がなかなかハイテクである。
あたしは窓の内側を一生懸命に磨いているとそれが来た。
『ピロン! スキル〝清浄〟を獲得しました。聖女クラス6になりました。転生特典経済理解を獲得しました。』
思わずあたしはガッツポーズをとった。
(よし!)
自分の意志で望んだスキルが手に入った。その経験が心強い。
そう思ったところで、お馴染みの知識がどっと流れ込んで来た。今回はこの世界の経済について。これも理解の基盤があったのでそんなに苦しまずに済んだ様だ。
この転生特典とやらは、どうやら順番にこの世界のことを教えようとしているみたいだ。やたら詳しく。
そして難易度が低い順に出てくるみたい。魔法理解が早々に出てきたのは、この世界では魔法使用は日常だということだろう。
今後、いつまで特典が続くか分からないけど、前の世界に馴染みのないやつが出てきたら、魔法の時みたいに苦しむことになるに違いない。
知識が増えるのは嬉しいけど、レベルアップの度にドキドキだ。
とにかく〝清浄〟を獲得した。
(この窓に試してみよう。)
あたしは窓に頑固にこびりついたなかなか取れなかった埃の塊に対し、〝清浄〟を発動してみた。
(お? 微妙・・・)
確かに前より綺麗になったけど、想像したほどではない。
あたしは、コンパクトを取り出し、鏡を見て自分の唇に対して、〝清浄〟を試した。口紅が薄くなる程度か。完全に取れた感じではない。
(よし! レベル上げだ!)
それからあたしは、集中して清浄スキルを使いながら屋敷の清掃をこなした。
〝清浄〟レベルが3になった。
その怒涛の働きぶりを認められたのだろう。明日も来るように指名依頼が得られた。なんと賃金二倍だ。
♢ ♢ ♢
夕飯は自炊予定なので食材を買った。
前の世界では一人暮らしだったので、自分で作ることは多かったし、作るのは好きな方だ。
まだ、こちらに来て四日目だが作るのは久しぶりな気がする。
宿に戻って身支度し、調理道具を借りて中庭で調理を始めた。
クリームシチューを作るつもりだ。買ってきた食材の量からして約三食分かな。パンも買ってある。
宿には冷蔵庫というか、小さな冷蔵部屋があって、場所を貸してくれるから助かる。冷蔵部屋は氷の魔石で冷やすのだそうだ。
それでも明日、明後日には食べないとなぁ、と思っていると、誰かが庭に入って来て声をかけてきた。
「こんばんわ~」
なんとも柔らかな雰囲気の女性だ。少し年上かな? 袋を抱えている。
「こんばんは。食事の用意ですか?」
あたしは挨拶を返しながら、訊ねてみた。
「ふふ。そう。ここに泊まってるの~。フロフィーよろしくね~。」
「あたしはゆり。よろしく。」
「ユーリ? 珍しい名前ね~ 異国の方? それにいい匂い。異国の料理かしら?」
どうやらあたしの名前はユーリと聞こえるらしい。
「クリームシチューというの。知らない?」
「あらぁ。ミルクやバター使うの? うん。珍しいと思うわ。」
あたしの広げた食材を見てフロフィーが言った。
買って来た食材も前の世界の物に似た物を集めて来ただけなので、うまくできるかどうかは作ってみなければわからない。
実に冒険者ぽいではないか。
けど、ミルクやバターという名前がそのまんま翻訳されているので、凄く近いものなのだろう。
あとの材料はジャガイモに似たもの、ニンジンに似たもの、タマネギに似たもの、何かのトリ肉である。
『ピロン! スキル〝調合〟を獲得しました。聖女クラス7になりました。転生特典数理理解を獲得しました。』
料理したからか、それっぽいスキルが入った。数理って、算術系かな。あとで確認しよう。
「ねえねえ。わたしも作るから一緒に食べない? どうしても作り過ぎちゃうから。それに、あなたの料理に興味があるの~。おねがい。」
それは願ってもない。あたしも興味がある。
「是非。あたしもお願い。ところで何をつくるの?」
「ふふ~ん。おさかな料理。どんなのかはできてからねぇ。」
魚料理とは! 熟練者かな? あたしもたま~には料理するけど、なかなか手が出ない。
フロフィーは袋の中を出して店を広げた。見たことのないものばかりだ。大き目の白身魚と、色々なハーブっぽい草や色とりどりの野菜。香草焼きかな?
そこからはフロフィーの手は速かった。魚を捌き、何やら香辛料で下拵えをしてハーブっぽい草を乗せて軽くプレスして放置。野菜を切って油を敷いた中華なべに似たパンに投入。軽く炒めて取り出し、入れ代わりに魚を入れる。十分に火が通って表面がカリッとなったら皿に取り出して野菜と盛り付け完成。
フロフィーの雰囲気に似合わず豪快な男料理の様だ。
「わたしはこう見えて冒険者なのね~。野営して作ることが多くってぇ。こんな作り方だけど、味はまあまあよ?」
どうやら、顔に出てたらしい。フロフィーは察して答えをくれた。
料理は、後で取り分けて食べるスタイルらしい。あたしもできたシチューを鍋のまま庭先のテーブルに運ぶ。
バスケットにパンを盛れば、食卓の完成だ。
「あ。ちょっと待ってね~。」
フロフィーは宿の中に入っていくと、瓶とグラスを二つ持って帰ってきた。お酒かな?
そして、ささっと手早くグラスに注ぐと言った。
「ふふ。新しい出会いにかんぱ~い。」
「かんぱ~い。」
あたしも釣られて乾杯し、一口飲んだ。おいしい。
先日、シンと食事した時の果実酒もおいしかったけど、これもフルーティな、ワインに近いお酒だ。
あたしはフロフィーにシチューをよそってあげる。
「あら~。おいしいわぁ、これ。予想以上!」
フロフィーに気に入ってもらえたようだ。実際うまくできたと思う。色々と似た物を使って作ったが違和感なかったな。〝探査〟スキルが仕事をしてくれたのかな?
「おさかな、香草焼き。おいしいね。」
あたしもフロフィーの作った魚料理を堪能した。カリカリっとして香ばしく、豪快に作ってた割に繊細な味付けだった。
「うん。わたしの得意料理。他のお肉使ってもあまり失敗が無いから~。」
今度あたしも作ってみよう。
食事をしながらいろいろなことを話した。
あたしが、この街に来て間もないこと。いろいろ教えて欲しいと言ったら、世間話のように教えてくれた。
フロフィーは魔術師らしい。Bランクというから上位の冒険者だ。人は見かけによらないなぁ、と感心する。
最近、世界中で魔物が増え、農地や家畜に被害が多くなり、飢饉やそれに伴う疫病が急増しているらしい。
そういうことは何十年か周期でおこるらしい。そんなこんなで、世界中が緊急事態なのだそうだ。
そんな中、ここ、サンクトレイル王都はまだ目に見えての被害は少ないようだが、周辺国家や街の環境が悪化しているせいで、物価が上がり、難民も急増しているとのこと。
フロフィーは魔物討伐のプロとして、この街に招聘されているらしい。
「銀の月亭は、この街に来た時のわたしの拠点なの~。ジルとは昔馴染でぇ。一緒にお仕事したこともあるの。」
ジルも冒険者だったと言ってたな。
「あら。おいしそうな匂いがすると思ったら。フロフィーにユーリ、仲良くなったのかい?」
「あら~。ジル。仕事ひと段落したの? 良かったら一緒に飲まない? ユーリのこのシチューというスープが絶品よ? 飲んでぇじゃなく、食べてみなさいよ?」
あたしは、是非とシチューを皿によそってジルに手渡した。
「わ。これおいしい! ユーリの国の料理? ねえ。レシピもらえないかな? 勿論タダとは言わない。買い取らせてもらうよ。」
「いやいや。あたしが創作した料理でもないのに、お金は受けとれませんよ。」
「そうは言っても、教えてもらうんだからさ。そうだ。宿代三日分でどうかな?」
ちょっと押し問答になったが、宿代をおまけしてもらうのと、フロフィーも交えて、今後、色々な料理のレシピをお互いに教えあうことで納得してもらった。
あたしもこの世界の料理が知りたいところだったので丁度良かった。
この世界に来て、早くもルアン、シン、フロフィー、ジルと、4人の気の合う友人ができたようだ。
何とかやっっていけそうかな?
この世界に来て四日。はじめはどうなるか緊張もしたものだが、人間慣れるもので、すでに世界に馴染みつつある自分を意識した。不思議なものだ。
部屋に戻ってから、自分の全身に清浄をかけてみた。
(レベル3でこんなもんかぁ。)
確かに綺麗になった気はする。服の汚れも目立たなくなり、化粧程度は落ちる。
しかし、自分が期待しているのは、風呂上がりのさっぱりしたレベルのものだ。
目標があるのは良い。活力が漲る。明日はもっとがんばろう!
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