第3話 プレゼント交換?
《三日目》
翌朝は、再び男装メイクを施し、身支度をして、ルアンに見送られて冒険者組合に行った。
待ち合わせの広場のベンチではシンは先に来ていて、中空に目を遣っている。ステータスボードでも眺めているのだろう。
「おはよう。」
あたしが声をかけると、ハッと息を吹き返して、シンはこちらを見て挨拶を返した。
相変わらずげっそりと不健康な様子だが、目は生き生きとしている。
これまで相当辛い目にあってきただろうに。相当タフな精神力の持ち主なんだろうな、と改めて思った。
「やっぱり、昨日のボロのままじゃない。そんなことだろうと思って、これ。」
あたしは、昨日買ってきた服をシンに手渡した。
「これを、俺に?」
「気になって仕方なかったの。見た目もだけど、その臭いに。」
「はは。まあ、そうだろうな。けど、ありがとう。俺もマシロに渡したいものが。これなんだが。」
シンは丁寧に包まれた包みを、あたしに手渡した。
「なんだろう。開けても?」
シンは少し周りを気にしてたが、頷くのを見て、あたしは包みを開けた。
「わあ! これはウィッグね! 綺麗な色。うれしい! よく見つけたね。ありがとう!」
あたしは、思わずその栗色のウィッグを広げそうになったが、シンが周りを気にしてたのを思い出して、表面を撫でるだけにした。
「これなら、女装でも堂々と歩けるだろう。この街も長いからね。たまたま店を知ってたんだ。」
自分の姿より、あたしのことを気にするなんて、とんだお人よしだこと。
けど、初めての稼ぎで、お互いに贈り物をするなんて。なんだかほっこりとした気持ちになった。
「けど、シンがこれを選ぶ姿って想像できないね。」
「そうだろうとも! このナリで女性向けの店に入るんだぜ? めちゃくちゃ注目を浴びたさ。開き直ってたけどね。」
「ははっ! 想像できるなぁ。ありがとね。これでぐっと生活しやすくなる気がする。早速だけどシンも着替えたらどうかな? 場所を探そう。あ。昨日のシャワールームはどう? ついでに臭いもおとしてきなよ。」
「そうだな。そうさせてもらうよ。その後で依頼を受けるか。」
シンは組合にシャワーを借りに行き、その間あたしはウィッグに合うような服を探しに行った。
あたしは服選びに結構時間の掛ける方だが、その時はたまたま通りすがりの小さな店で素敵なものを見つけた。
それを着れば、この街に溶け込める街娘に変身できるだろう。
女性へのプレゼントを装って服を購入すると、さっきのシンの様子を思い出して口元が緩んだ。
(どんな感じでウィッグを買ったんだろう。やっぱりプレゼントを装って? けれどあの姿じゃなぁ。 ふふ・・)
♢ ♢ ♢
「誰?」
待ち合わせの組合ロビーに行くと、見違えたようなシンがいてあたしは驚いた。無精ひげもきれいに剃られ、やつれた感じがかなり軽減されている。
「やあ。この服サイズピッタリだったぞ? ありがとう。久しぶりに人間に戻った気がする。」
「見違えたな! 街の人達もシンだとは分からないだろうね。」
「新生、シン・アンリューだ。まあ。誰も俺の名など知らないがね。」
「丁度いいじゃない。しがらみ無く新生活を始められるなら、そんな楽なことないし・・」
あたしはそう言いながら、自分も同じだと思った。どうやら、ここで生きて行くしかないみたいだし、開き直るところだな。
そんなあたしの顔を見て何を思ったのか、陽気な様子でシンが言った。
「よし! 昨日も言ったが、今日は夕食を奢らせてくれ。その前に稼ぎにでかけようかね。」
「ああ。行こう。」
あたしたちは、少し報酬がいいクエストを受けてみた。
シャドウスネイク5匹とスモールボア1頭の二つだ。クエストには数の指定が付く。
達成できない場合は、報酬額の三割を納めなければならない。
無茶なクエストを受けないようにするためと、いい加減な受け方をさせない歯止め的な措置だ。
♢ ♢ ♢
あたしたちはまたまた森に入った。受付嬢の情報によると、少し奥の方が狩場の様だ。
スネイクは森の陰に潜んで見つけにくいらしいが、あたしには〝捜査〟のスキルがある。これは便利だ。
あたしが見つけて、シンが狩る。いつの間にかそのルーティンが定まって来た。
『ピロン! スキル〝捜査〟レベル2になりました。』
シンも何かのスキルのレベルアップがあったのだろう。聞き耳を立ててる様子だ。
ベアは行き当たりばったりだそうだが、そこそこ見つかる様だ。
だが、〝捜査〟を使えばすぐに見つかる。レベル上げにも繋がるようなので、積極的に使う。
そしてそのうち捜査レベルが3まで上がった。
ベア等などは食肉としても買取があるらしい。スモールベアはその名の通り小さいので持って帰れそうだ。
今度から、運ぶ手段も考えておいた方がいいな。
暫く歩くと川があるのを感じた。地理理解が仕事をしたのだろう。そう考えると、水に浸かりたくなった。
今日はシンが一緒だが、真面目な人だし不埒な考えは持たないだろう。
(まあ、あたしの凹凸の少ない体を覗きたくもならないだろうけど・・)
そう考える自分にもやもやする。思い切ってシンに言ってみる。
「ねえ。川があるようなんだけど、水浴びしたいの。見張りを頼めないかな?」
「ん? ああそうか。昨日はシャワー使えなかったもんな。存分に行っといで。見張りは任せろ。」
思った通りだ。無邪気な顔で請け負ってくれた。安心したあたしはそこで余計なことを言ってしまった。
「覗かないでね?」
はにかんだ感じの女の子の素が出てしまった。
(何を言ってるんだ! あたしのばかぁ!)
「あ。いや。大丈夫だ! 安心してくれ。 全力で守る!」
心なしか、シンの顔が赤い。それを見ていたたまれなくなったあたしは川に一直線に駆けていった。
服を脱いで、川に浸かる。最初は冷たかったが、慣れるとヒンヤリとして気持ちがいい。水はすごく綺麗で、流れを眺めていると落ち着いてきた。
(なんであんなこと言ったんだろう。シンの気を引こうとでもしたのだろうか。)
そう考えると、最初に見た時の意志の強そうな黒曜石の瞳が思い浮かんだ。思わずあたしは頭まで川に沈める。
♢ ♢ ♢
川では受付嬢が教えてくれたように、危険生物には遭遇しなかった。
昨日買った石鹸が本格的に役に立つ。全身隈なく洗ってさっぱりしたあたしは、とても気分が良くなった。
鼻歌を歌いながら、身支度を整えようとした時、シンにもらったウィッグが目に入った。
(メイクも落としたし、ちょうどいいかな。)
ウイッグを包みから出して広げてみた。
(やっぱり素敵な色。シンってセンスあるかもね。そして長い!)
さすがに、こんなロングな髪にしたことがないあたしは、どんなになるのだろうと思った。
街で買った服を着て、ナチュラルメイクをしたら、街娘の完成だ。たぶん・・・
シンの所まで戻って声をかける。
「おまたせ。ありがとね。気持ちよかった!」
シンは振り返った途端、固まった。
「誰?」
「し、失礼ね! あたしだよ!」
「あ。ああ。分かってるさ。それにしても綺麗だな! 見違えたな。いや。こうなることは分かっていた。すまん。ちょっと動揺している。」
「なっ! あなたって時々そんなこと言うよね。びっくりするじゃない!」
あたしは、思わぬことを言われて、顔がほてって来た。たぶん耳まで赤くなってる。
思わず両手で頬に手を当て後ろを向く。動揺するのはこっちの方だ。
幼い頃から背が高い方で活発な性格だったから、いつしか男の子のように振る舞うのが習慣になっていた。その方向を決定づけたのは女子校に進学して。正直すごくモテた。女子にだが。
だが、内面は別だ。あたしの中身は普通の女子だったので、女の子扱いされるのが夢だったのだ。
「そのウィッグは、マシロに似合うだろうなと思って選んだものだ。いやあ。良く似合っている。想像以上だ!」
「ちょっ! ちょっと待って! あたし、そういうの慣れないのよ! 綺麗とか! ああ。一度は言われたかった言葉だけれども!」
「ああ。すまん。俺もそんな言葉を出す性質ではないがな。不思議だ・・・ 今日はそのまま引き揚げるだろう? 街で全身が映る鏡でも見てみるがいい。」
シンが少し照れたように笑った。あたしはその顔を横目に覗き見て、小奇麗になったシンは改めてイケメンだと思った。どきどきする。
(好きになっちゃった? 昨日今日で? あるかなそんなこと。)
♢ ♢ ♢
帰りは変なテンションになって、あまりしゃべれなかった。
シンも何やら察して言葉少なに歩いた。意外と気を使える人なのだ。
「ちょっとここで待ってて。報酬受け取りと、これ売ってくるから。」
街に戻ると、シンがあたしの街娘姿に対し、身バレしないように気を利かしてくれた。
冒険者組合で依頼達成手続きと、狩ったボアの換金をしてくれるらしい。ありがたや。
あたしは黙って頷き、いつもの広場のベンチに腰かけた。
何気なく座っているベンチだが、やたらシンとのやりとりが思い出される。
(ここでシンに治癒を試したんだったなぁ。)
昨日のことなのに、ずいぶん経ったような気がする。この世界に来てまだ三日なのだ。かなり濃密な時間を過ごして来たということか。
この姿でできることとか、今後の計画をあれこれ考えているとすぐに時間が経ったようだ。
シンが手を振りながら近づいてくる。
組合で得た報酬をきっちり半分に分け、あたしに手渡したあと、シンがにかっと笑って言った。
「さて、約束だ。食べたいものを教えてくれ。おいしい店を知っているわけじゃないが、長い間見るだけだった〝おいしそうな〟店なら案内できる。」
「ふふ。シンにとっては文明人に戻ったお祝いだね。」
あたしも少し一人で考えて落ち着いた様だ。普通に応対できてる。
「酒は飲めるのかい?」
「自慢じゃないけど、そこそこ付き合えるよ? あ。けど今日はこの姿だし、控えめにしよう。そうだなぁ。お肉にしよう。鶏肉のおいしいところ。」
「おう! 鶏肉の〝おいしそう〟なところは知ってる。いつもいい匂いがするので指をくわえて立ち止まったものだ。」
それを聞いて、シンの不幸な過去を思い出した。
「うんうん。そこに連れてって? 存分に食べようね。」
そう言うと、実に嬉しそうにシンは笑った。
シンが案内してくれたのは結局元の世界で言うところの居酒屋風な処だったが、結構おいしかった。
改めて思うが、こちらの住人の味覚があたしと同様で助かった!
「どうする? 明日も一緒に依頼受けるかい?」
「それなんだけど。あたし、この姿に暫く慣れてみようと思うのね? 男装姿も楽でいいんだけど、ここでの暮らしをちょっと勉強したくって。」
「ああ、そうだな。そこそこまとまった金も得られたし。俺も言葉が分かるようになったし、文字も読めるようになった。マシロのおかげでな! ずっと気になってたことが色々調べられるかもしれない。この機会に俺も勉強したい。」
「うふふ。気が合うね。それじゃあ。そうね。7日後、いつもの広場のベンチで会いましょう。その間レベル上げもよし。その時は色々と成果を交換しよう。」
あたしたちは何度目かの乾杯をしてその日はお開きにした。
♢ ♢ ♢
この世界には鏡というものが少ない。高価なんだろう。
結局、自分の今の姿が見れなくって、もどかしい思いをしている。
持ってる化粧直し用の小さな鏡ではせいぜい顔しか確認できないし。
シンは良く似合ってると言ってくれるんだけど・・・
思い出すとまた顔が赤くなる。なんで、あの人は軽く言っちゃうかなぁ。褒めるのが習慣になってる国からきたのかな?
とりあえずあたしは今晩泊まる宿を探していた。
森のふくろう亭は最後の手段だ。この姿で行くとびっくりさせるだろう。
この街にはそこそこ宿が多いのを把握している。旅人が多いのだろう。外の街道で人を眺めていた時も多いのを感じた。
通りを歩いていると、小さいけど小奇麗な宿を見つけた。
(銀の月亭 女性専用?)
なんと、そう書いてあるじゃないか。こんな中世的な街でなんて先進的な。
あたしは、そっと宿の扉を開けて覗いたところ、かなり大きなドアベルが鳴ってびっくりした。
「はいはーい。お客さんかい? ああ。驚いたろう? 女性専用宿を謳ってるもんでね。邪なやつら侵入防止だよ。」
結構鍛えてそうな、美人なお姉さんが出てきて応対してくれた。歳はあたしの一回りくらい上か。女将さんって感じだ。長い麦わら色の髪を太い三つ編みにしている。
「お部屋空いてますか?」
訊ねると女将さんは、ニカっと笑って答えた。あたしより男前かもしれない。
「ああ。丁度一部屋空いてるよ。朝夕食付きで十シル。素泊まりで七シルね。」
「素泊まりでお願いします。」
先ほど食べて来たばかりだ。朝も明日どこかで食べよう。
「それにしても、女性専用って珍しいですね。」
「そうだろう? このくらい小さな宿だと男どもが入るとトラブルが多くってね。それなら女性専用にしちゃえって。私のアイディアさ。女性の一人客なんてそんなに多くないから心配だったけど、そこそこ需要があるもんだね。ほぼ連日満室さ。」
「ほぉ~。いいと思います。その考え。」
「ありがとう。各部屋に水も通してあるからね。あとこれね。桶に水入れて、これ入れると適度な温度になるから。」
女将さんは小さな魔石をあたしに渡しながら説明した。さすが女性専用宿。
部屋に入って、まず目に入ったのは姿見だった。あたしは色々な確認を後回しにしてそれに飛びついた。
(誰?)
あの時、シンがあたしを見て発した一言に思わず納得してしまった。
街娘の格好がこんなに可憐だったとは。それに腰下まで伸びるストレートな栗色の髪。何故か、あたしの顔にしっくり来ている。
あたしは、あたしをじっと見つめていると、違和感がなくなって来た。これが本来の姿だったと思うほどに。
(やばい。前の姿が思い出せなくなりそう。)
そう思ってウィッグを取ってみた。
(あ~! かわいい服が似合わない~!)
何故かあたしはショックを受けていた。
(髪伸ばそうかな。この世界は男性でもそこそこ長い人多いし。あ。靴も買お。)
少し落ち着いて、部屋を見渡した。小さいけど清潔に整えられた部屋。なにより注目は洗面台と、部屋まで引かれた水道。
(さすがは女性専用! 明日も空いてたら連泊しよう。)
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