第2話 勇者との邂逅
《二日目》
翌日目が覚めるとあたしは呟いた。
「知ってる天井だ・・・」
やはり夢などではない様だ。まあ、こんな明晰すぎる明晰夢も無いだろう。昨日の段階で殆どあきらめてた。
身支度の不便さは想像した通りだった。
顔を洗う水は昨日のうちに取り置いたものをそのまま使う。 昨日は緊張からか、疲れすぎてたからか、糸が切れたみたいにそのまま寝てしまった。
周りを見ると部屋に鏡の類はない。普段、鏡はあるのが普通だったので、無いとどれだけ不便か思い知る。
全身が見れないことに酷く不安を感じた。
仕方なくあたしはチェック用のコンパクトをポケットから取り出し、顔をチェックした。
乱れた個所を微修正し、なんとか違和感のないように持って行った。
ルアンは綺麗な化粧をしていた。ならば化粧品は普通に手に入るだろう。
♢ ♢ ♢
「じゃあ。お世話になりました。」
朝食をおいしく頂いたあと、ルアンに挨拶した。
「昨日は楽しかったわ。またいつでも来てね。お安くするわよ?」
「まあ。すぐ来るかもしれないね。食事おいしかったから。」
「まあ! お父さんに言っておくわ。喜ぶわきっと。」
厨房周りは殆ど親父さんが仕切っているらしい。
あたしは手を振って森のふくろう亭を後にした。
先ずは、冒険者組合か。
しかし化粧品も欲しい。何気にこの世界で生きるための重要アイテムのような気がする。
あたしは悶々として、大通りを歩いていくと、少し前の店舗らしい建物のドアが開いて、男が放り出されていた。
「いい加減にしてくれ。ここはお前のような者が来る場所じゃない! とっとと出て行ってくれ。」
男は痩せぎすで、顔色がひどく悪い。
(ここは・・ 病院か? 病人が追い出されたのか?)
あたしは男に駆け寄り、一言文句を言おうとして建物の方を見たが、目の前でバタンと扉が閉まる。
「むぅ・・・」
あたしは、男を立たせようとすると、男は言った。
「なんだ。女か。ショートヘアの女なんて珍しいな。」
あたしはびっくりして、立たせようとしていた手を放してしまい、再び男は引っくり返った。
「な! なんで、あたしが女だと?」
そう言うと、今度は腰をさすっていた男が目を丸くして喰いついてきた。
「あんた! 俺の言葉が分かるのか?」
「な、何を言って・・」
「た、頼む。話を聞いてくれないか? 頼む・・」
男は涙を流しながらあたしに頼み込んで来た。
♢ ♢ ♢
あたしは、男を支えながら少し歩き、広場のベンチに座らせた。
「痛いのか?」
男が辛そうに体を庇いながら腰かけたのを見て訊いてみた。
「ああ。ずっと、碌なものを食べてないからな。明らかに栄養不足だ。」
男はどんよりと言った。と思ったら、勢いよく顔を上げ迫って来た。涙を流しながら。
「ようやく。ようやく話の分かる人に出会えた。神に感謝を!」
「お、大袈裟じゃない?」
「いやいや。俺がこの世界に飛ばされて、初めて話が通じる人に出会えたんだ。この感動を誰に伝えたらいい?」
「え? 今なんて? この世界に飛ばされたって?」
「あ? ああ。飛ばされたというか、呼び出されたというか。」
思わず、あたしも! と言いそうになってぐっと堪えた。
まだ相手がどんな人物か分からない段階で個人情報を漏らすのは悪手だ。一応、芸能の世界に身を置いて身に着けた処世術だった。
「飛ばされたと言ったな。どのくらい前だ?」
「そうだな。ここの暦が分からないんだが、陽が上って落ちるのを百は数えたが、それ以上は数えてない。たぶんその倍以上は日が経っている。」
「そんな長い間・・ 苦労したんだな。」
「くっっ! 分かってくれるか。 言い遅れたが俺はシン。シン・アンリューだ。」
シンは手を差し伸べて来た。
「ボクはマシロ。マシロ・キサラギ。ボクが女だとよくわかったな。そしてさっきはなんで追い出されてたんだ。病人を追い出すなんて酷い病院もあったもんだ。」
あたしは握手を返しながら名乗り、一気に謎に思ってたことを訊ねた。
「そりゃあ。見ればわかる。俺は医者だからね。新米だが・・・。追い出されていたのは病人としてではなく。ええと。医者として働けないかと頼みこんでいたからで。言葉が通じないから、説明すら受けてもらえない有様でね。」
「いやいや。それ以前にその風体じゃどこも雇ってはくれないだろう。全く浮浪者じゃないか。それに臭い! 病院じゃ特に清潔感は大事だ。」
「容赦ないな。全くその通りだ。だが、生きていく手段がなくてだな。これまで文字通り浮浪者のような残飯あさりの様な生活なんだ。」
「冒険者はどうなんだ? なにも無くても稼げるんじゃないか?」
「冒険者ってなんだ? どうやったらなれるんだ?」
そうだった。シンはこれまで何もわからないままサバイバルを続けて来たんだった。しかも時間感覚で一年近くも。あたしがシンの立場だったらどうだったろう。
背筋が粟立ってきた。きっと、早々に死んでる。運が良かっただけだ。
考えろ。あたしが昨日今日で掴んだ幸運を。
昨日ルアンとの話に出て来た、勇者と聖女の物語があったのを思い出し、ギクッとした。ひょっとして勇者なのか?
思わず目の前の男の伸び放題の黒髪をかき分けて、顔を覗いてみた。げっそりとはしているものの、意志がしっかりと宿った黒曜石の瞳を見つけた。
(よく見ればなかなかのイケメン。)
あたしはホッとした。
(何をホッとしてるんだあたしは!)
勇者と聖女の物語ではなくても、どうやらシンはあたしにとって重要人物になりそうだ。
あたしが言語理解を覚えたのは、聖女のジョブが解放された直後だ。その時、あたしはうさぎを治療した。
仮にシンが勇者だったとしたら、ジョブが解放されてないんじゃ?
解放条件はやはり魔物を倒すことだろうか。
「ねえ。城壁の外には出てみた?」
「いや。外に出てみようとしたことはあったよ。だが、城門の通行には金が要るようだったから。」
「お金持ってなかったの?」
シンには女と認識されているようなので、自然と素に戻り、口調も柔らかくなっていく自分がいた。
「いや。最初は持ってたんだよ。宮殿らしきとこから金を持たされて追い出された。だが、すぐに盗られてしまった。」
あたしと同じだ。つまり召喚され、何らかの理由で追い出された。そこからの自分の幸運と、シンの不運を比べて思わず感情移入してしまう。
できる限り力になってあげたい。あたしは決意した。
先ずはシンを少しでも回復してあげよう。あたしの持つスキル〝治癒〟を試す時だ。
「ちょっとマッサージしてみよう。これでも得意なんだよ?痛むところは?」
「唐突だな。全身が痛いんだがこれは栄養不足から来る痛みだと思っている。だがありがとう。足の関節がどうにかなってほしいかな。歩きづらくってね。」
あたしはシンの膝を手で挟むようにして暫く擦ってみた。治るように念を入れながら。
『ピロン! スキル〝治癒〟のレベルが3になりました。スキル〝清光〟を獲得しました。聖女クラス2になりました。転生特典表記理解を獲得しました。』
(あ。間違いない。レベルが上がるに連れ、何かが解放されていくシステムだ。表記理解って、文字が読めるようになったのかな?)
「ああ。痛みが引いていく様だ。あんたマッサージがホントに上手だな。あ。マシロさんと呼んでいいかい?」
「ふふ。マシロでいいよ? あたしもシンって呼ぶから。そんなに歳も離れてないでしょ。」
♢ ♢ ♢
「よし! 決めた! ついてきて。」
暫く、シンに〝治癒〟をかけながら考えていたことを試すことにした。
先ずは武器だ。あたしの想像通りなら、取り敢えずジョブの壁を越えることが目的なので、得物は何でもいい。
再び大通りに戻ると、看板や標識の文字が読めるではないか。思った通り表記理解のアビリティが仕事をしてくれたようだ。。
武器屋や防具屋は冒険者組合の側にあると相場が決まっている。看板が読めるならすぐに見つかるだろう。
冒険者組合を先に覗こうかとも思ったが、ここはシンのスキル解放が先の様な気がした。
案の定、武器屋を近くに発見。安い中古の剣を購入。シンに持ってもらった。あたしも今持っているのは模造剣なので、似た中古剣を買った。そしてハサミ。
「一体何をするんだ? 俺、剣なんか使えないぜ?」
「まあ。あたしもどうなるかわからないんだけど。一度試させて? 城門から出て、魔物を退治するの。」
それを聞いて、シンは驚いたような顔をした。
「魔物? 魔物って言ったか? この世界には魔物がいるのか?」
「そう。人々の生活圏を脅かす存在。それらから守るためにこの街は城壁に囲まれているの。魔物は昼間活動が極端に鈍るから明るいうちに討伐するの。」
「な、なるほど。俺は医者として生命を無駄に奪うのは好まないが、しかし、害獣駆除ということであれば、やぶさかではない。一度マシロに任せた身だ。言うとおりにしよう。」
シンは本当は不本意なのだろう。自ら言い聞かせるようにして歩いた。
城門では昨日の門番さんが今日もいた。
「よう。今日も外に出るのか? 気を付けて行けよ。」
「昨日は良い宿を紹介してくれてありがとう。ルアンも感謝してたよ?」
「そうかい。今度、久しぶりにあそこの鴨焼きを食べにいくかな。あ。ヨダレが出て来た。」
あたしとシンは、城門を出て、昨日の森までやって来た。
魔物がどんなものだかわからないけど、弱いものもいるはずだ。
昨日のうさぎだって魔物だったかもしれない。
暫く散策すると、大きめのカエルに遭遇した。
魔物だろうか。分からないから取り敢えず討伐!
あたしも、シンと同じくらいには生き物を殺すことに抵抗がある。だが、討伐と言ってしまえば少し抵抗が薄くなるのが不思議だ。
「シン。この魔物を討伐しちゃって?」
「このカエルをか? 魔物なのか。これ。」
実は分からない。魔物なら討伐時点で何か反応があるはずだ。
シンはそろそろとカエルに近づき、一気に剣を突き立てた。
元の世界の物語のように魔物の体は消えたりしない。シンは実に嫌そうだ。
『ピロン! 勇者のジョブを解放しました。スキル〝剣技〟を獲得しました。勇者クラス1になりました。転生特典言語理解を獲得しました。転生特典ステータスボードを獲得しました。』
「おおっ! 何か頭の中でアナウンスされた。勇者ってなんだ?」
どうやらアナウンスは本人にしか聞こえない様だ。そしてやっぱり勇者なんだ。
「おめでとう! どうやら勇者誕生のようね。これで、言葉が理解できるようになると思う。あ。街では勇者って言わない方がいいと思うよ? すっごくレアな職種だから。言えば不幸になるような気がする。勿論あなたの自由だけど。あ。あと、〝ステータスオープン〟って唱えてみて。」
シンは素直に唱えた。
「おおっ! 何だこれ! どうなってるんだ?」
勿論あたしには見えない。シンはつつきまわしたり、裏側から見ようとしたりしている。
昨日のあたしだ。思わず含み笑いをしてしまった。
「暫くそれを眺めていて。そこに座って? その酷い有様の髪の毛を切ってあげる。」
シンは興奮の最中にあったが、素直に頷き、近くに有った石の上に座った。
「うわ~べっとべとだ。臭いし。何日風呂に入ってないの。」
「風呂ってあるのかなぁ。井戸の水を借りて体を拭くくらいだなぁ。しかも、勝手に使うと怒られるから暫く洗ってない・・・ しかし、これって触れないんだな。」
シンはステータスボードを何とか触ろうとしていたがあきらめたようだ。それより風呂が無い? それはあたしにとって死活問題だ。街に帰ったら一番に確認しよう。
♢ ♢ ♢
二人分の通行税を払って、街に帰還したあたしたちは、再び冒険者組合に向かっていた。
「どう? 言葉分かるようになった?」
あたしが問いかけてシンの方に振り返ったとたん、顔をくしゃくしゃにし、ただ頷くばかりのシンの姿が目に入った。
「マシロ。あんたは俺の命の恩人だ。この恩は一生忘れない。とりあえずあんたの下僕となろう! 好きに使ってくれ。」
「やめてよ! 今まで通りでお願い。あたしたちはもうお友達なんだから対等でいてよね!」
「トモダチ? 友人でいてくれるのか! 是非お願いする。今日は人生最高の日だ! これまでの苦労が全て洗い流されたような気がする。」
「洗い流すのはあなたの体の垢よ! なんとか体を洗うところを見つけなくては!」
あたしは結構必死だった。冒険者組合で訊いてみよう。
冒険者組合の扉を開けると、色々な人が闊歩していた。広いフロアの正面が受付の様だ。フロアの奥半分にテーブルが並べられ、昼間から酒を飲んでいる輩がいる。
喧噪の中、受付に向かい、綺麗な受付嬢に対面して言った。
「体を洗えるところを紹介してくれませんか? あ。違った。冒険者登録をしたいんですが、ここでいいですかね。」
受付嬢はクスっと笑って、記入用紙を差し出した。
「はい。ここで承ります。奥にシャワールームがありますので、一回五百ルシルでお使いになれますよ?」
ちらっとシンの方を見て受付嬢は言った。
「あ。あとでお願いします。」
あたしはあからさまにホッとして、受付嬢に微笑まれてしまった。
「説明は要りますか? 見たところお二人とも異国の方の様ですね。国によっては少しシステムが異なるところもありますので。」
「是非ともお願いします。最初から説明頂けると助かります。」
「承知しました。まず、冒険者のランクですが、最上位Sランクから最下位Fランクに分けられており・・・・」
すごいテンプレだった。元の世界の作家はこの世界を見て来たのか? それとも向こうの人間がこちらに来て冒険者システムを作ったのか?
「では、登録用紙に記入願います。文字は書けますか?」
文字は読めるようになったけど、書くのは不安がある。あたしと同じであれば、シンはまだ表記理解を習得してない筈。
「いや。記入代行をお願いします。」
「承りました。ではお名前を。」
「ボクはマシロ。こちらはシン。」
「次に得意武器か能力を教えて下さい。」
ちょっと考えてあたしは答えた。
「ボクは剣です。」
「俺は治療だ。」
あたしは驚いてシンの顔を思わず見た。医者だからそうなんだろうけども!
「まあ! 珍しい。治癒魔術が使えるんですか?」
受付嬢が目をキラキラさせている。すかさずあたしが答えた。
「いや。彼は国で医療の職に就いていて。つまり、物理的に切った貼ったの治療をしていて魔術じゃないんですよ。」
「まあ。そうでしたか。けど、治癒には違いありませんね。」
受付嬢はにっこりとして記入していった。
奇しくもお互いに自分のジョブと反対のことを言ってしまったが、この方がいいだろう。
「出身地は登録なさいますか? 無くても大丈夫です。万が一のことがあれば出身地の組合に、お知らせと照会が行くシステムなので。」
あたしたちは当然ながら空白を選択した。
「それでは認識票を作製しますので少々時間をいただきます。お二人はFクラスからなので、あちらの掲示板でどんなものがあるか眺めておいてください。今日からでも始められますよ? 気になる依頼があればこちらに持ってきて下さいね。」
シンは始終感動して眼が潤んでいた。普通に会話できたのが相当嬉しかったらしい。
掲示板に貼りだされた依頼を眺めに行ったところ、シンが訊ねて来た。
「マシロは文字が読めるのかい? 先ほどは書けないみたいなことを言っていたが。
「ああ。こういうことは万事控えめに行動するのがいいんだよ。慣れないうちに目立つとトラブルの元になるってね、ボクの持論だが。それから、シンもレベルを上げたら、文字を読めるようになるよ? 言葉が分かるようになったみたいに。」
「本当か? それは俄然やる気になって来たな! マシロには本当に感謝だ。」
「後でシャワールームに行くよ? さっぱりしに行こう。」
♢ ♢ ♢
結局その日は常時受け付けの薬草採取の依頼と、これも常時受け付けのカンタフロッグの討伐依頼を選んだ。シンが討伐したヤツだ。
クエスト失敗はペナルティが発生するので、初日からクエストを受けるのはハードなんじゃないかなと思ったからである。
出かける前にシャワールームを借り、さっぱりしてきたシンは、見違えたようになった。さっき適当にな長さに切ってセミロングになった髪をまとめれば、いかにもこの世界の住人だ。あとは着るものをなんとかしなくちゃ。
「うん。だいぶよくなったな・・・」
あたしが元気なく言うと、あたしの顔を見て察した様だった。よっぽどどんよりしてたんだろう。
シャワールームは男女別になっていた。当たり前だがあたしにはどっちにも入れないというジレンマが生じていたのだ。
「今更だが、どうして男装なんかしてるんだ?」
「訊かないでくれ。色々と事情があるんだよ。」
「そうか。あんた綺麗だから女の格好で来たら問題なかろうに。」
「なっ! さらっとナンパなことを言うな! ビックリするじゃないか。」
「あ。しかし、その髪では女装も難しいか。」
「え? どういうこと?」
「ん? マシロはショートヘアだろう? この国の女性は九分九厘ロングじゃないか。」
言われてみれば。確かにみんな髪長い。ルアンも腰まであったし。さっきの受付嬢なんかは膝辺りまであったような。
それは盲点だったわ。気軽に男装を解けばいいかと思っていたのだが。ついてない。課題がまた増えた。
出かける前に受付嬢の所に再び行った。
「あの。質問なんだけど、ここら辺の川の水って飲めるんですか?」
あたしが訊くと、受付嬢が小首を傾けて答えた。
「大丈夫ですよ? けど念の為一度沸かした方がいいですね。」
「川に魔物とかは?」
「いるにはいますけど、カエルとか危険性の低いものばかりですかね。もっと下流に行くと少し上位ランクのものがいますけど。」
「ありがとう。じゃあ。いきますか。」
後半はシンに向かって言ったものだ。
川のことを訊いたのは、水浴びができないかと考えたからだ。
まあ。行ってみないとわからないが。
♢ ♢ ♢
二日目にして、三度目の森。
取り敢えず二人でカエルを狩って行った。あたしでも難なく狩れる。最初はおっかなびっくりだったが、人間慣れるものである。
シンはレベルがあがった様だ。ボードを見て検証している。
あたしも同じくらいは狩っているけどは反応がない。あたしのジョブでは魔物狩りによるポイントが入らないか、低いんじゃないかと思う。
あたしもステータスを見てみる。
名前 白鳥ゆり(如月ましろ)
性別 女
ジョブ・クラス 聖女・2
スキル・レベル 治癒・3、清光・1、愛歌1
アビリティ 言語理解・表記理解・ステータスボード
称号 【聖女】 異世界のたらしめ、歌のおねえさん、祓い巫女
通称も表示されるんだ。称号、なんか増えてるけど。ああ、気にしたらダメなやつだ。
もう少しカエル狩って変わらなかったら、薬草採取にまわろう。
「マシロ! 表記理解ってのおぼえたぞ! これが文字を読めるってヤツか?」
シンが目をキラキラさせている。顔も体もげっそりとしているのですごい違和感がある。
「おめでとう! これで取り敢えず生活には困らなくて済むかもね。」
「ありがとう! 全てマシロのおかげだ。なんてお礼を言ったらいいか。」
「それは言わない約束でしょ?」
あたしがおチャラけていうと、シンはすぐに理解したらしい。ふふっと笑って言った。
「よし! この調子で狩って今日はうまいものを食おう!」
再びシンがカエルを狩りに離れたので、あたしは薬草を探しに動いた。
予め受付嬢に特徴を教わっていたので、そこに意識を集中して探し回った。結構見つかるものである。あたしの感覚で三十分ほど経った時にそれが聞こえた。
『ピロン! スキル〝捜査〟を獲得しました。聖女クラス3になりました。転生特典魔法理解を獲得しました。』
(え? ここで魔法おぼえられるの? うわっ!)
あたしは突然流れ込んで来た魔法の知識に驚いて、思わず蹲った。う~気持ち悪い。
あたしは深呼吸して何が起こったか考えてみた。
この世界にはやはり魔法があった。流れ込んで来た知識はこの世界の魔法の概要。頭の中に別のメモリーができたみたいな感覚。
概要の中のある項目に意識を向ければ、その詳細が展開される様だ。つまり、脳内検索システムみたいな感じ。
言語理解や表記理解と違うような感じがするのは、あたしにとって魔法が未知なものだからじゃないか。
例えば言語は聞いた途端に検索され翻訳されるに違いない。
けど、この魔法理解は知識を得ただけか。魔法の使い方は分からなかった。
いや。あたしにも魔法らしきスキルがあるじゃないか。
ちょっとワクワクしながら、今獲得したばかりの〝捜査〟に意識をやる。
『捜査。目的の物を探して正しく見つける。上位スキルとして探査。未知のものを探して正しく見つける。がある。』
おお! 音声案内してくれるみたいだ。他はどうだろう。
『清光。邪気を薄める力がある。上位スキルに聖光。邪気を払う力がある。がある。』
『愛歌。任意の相手の心に癒しを与える。上位スキルに聖歌。任意範囲に生ける者の心に癒しを与える。がある。』
『治癒。特定箇所の怪我や病気を癒す。上位スキルに聖癒。特定個体の怪我や病気を癒す。がある。』
なるほど。これまでのことを考えると、あたしは聖女関連の仕事をするとレベルが上がり、上がるごとにその時行動した様に関連したスキルが得られるみたいだ。
つまり、うさぎを治療した→治癒を獲得。シンの膝を癒した→治癒レベルアップと清光の獲得。薬草採取→捜査を獲得。
愛歌は何したっけ?
しかし、どうやったら発動できるんだろう。
シンの膝の治療した時は、明確に治療するという意思があった。それは〝治癒〟の意味を理解していたからだ。
今では魔法知識のおかげで意味が分かる。試しに〝捜査〟をかけてみよう。
薬草カタフリ草の捜査。頭にその特徴を思い浮かべると、その所在が明確に分かるようになった。確信してその場に行くと、カタフリ草が確かにあった。
すごい! これはレベル上げが俄然楽しくなるね。
その時、ふと頭をよぎったことに心を奪われた。
聖女ならピュリフィケーションの類の魔法が使えるはずだ。前の世界の拙い知識が教えてくれる。その魔法をイメージして検索すると、果たしてあった。
『清浄。任意対象の汚れたものを綺麗にする。上位スキルに聖浄。任意範囲の汚れたものを綺麗にする。がある。』
(やったぁ!〝清浄〟を覚えるのを最優先にしよう。これでお風呂がなくっても大丈夫、なハズ。)
両手いっぱいにカタフリ草を抱えて、シンと別れた場所に戻ると、シンがカエルの討伐証明部である小さな角を数えていた。
魔物は角を持つのが特徴らしい。但し、通常の野生動物も角を持つものはいるので、初心者には見分けが難しいらしい。
「お待たせ。お互いに大漁だね。けど、失敗したなあ。袋ぐらい持ってくるべきだったね。」
あたしが言うと、シンは羽織っていたボロを脱いで言った。
「これに包んで行こう。それで全部運べるさ。」
「そ、そうね。」
あたしはその臭いがきついボロマントに包んで帰ることに抵抗を覚えながら言うと、シンが察して笑いながら言った。
「心配ない。俺が運ぶから。」
「頼む・・」
♢ ♢ ♢
街に戻り、冒険者組合に顔を出した。
「大漁ですね。これだけの量採取するのは大変だったでしょう?」
受付嬢はちょっと驚いたようだった。少し顔をしかめて見えるのは、臭いに耐えているのだろう。
報酬を受け取った。一日にしてはなかなかな額になった。お金は山分けにした。
シンは遠慮して渋っていたが、今後もお付き合いしていくのなら、そこはハッキリしておくべき、というあたしの説得をシンは素直に受け取った。
今日も陽がだいぶ傾いてきた。
「今日は、この報酬でお互い必要なものを揃えよう。それでは解散! 明日も朝にここで待ち合せようか?」
あたしが言うと、シンは人が変わった様に穏やかな表情で言った。
「ああ。頼む。明日は俺に食事でも奢らせてくれ。」
「ふふ。期待しているよ。じゃあね。」
シンと出会って一日だが、なかなか濃い時間を過ごしたものだ。
そうだ。服を買っていってあげよう。あの様子では自分の身なりについては頓着がなさそう。
サイズは大体わかる。これまで自分でも衣装作製に拘って来た身だ。他人のサイズも見れば大体わかるという技を身に着けた。
『ピロン! スキル〝概要〟を獲得しました。聖女クラス4になりました。転生特典地理理解を獲得しました。』
(ん! 今かね?)
まさか、またレベルアップがあるとは思わなかった。
今回も地理に関する知識が大量に入ってきたが、概念的には既に理解があるため、魔法理解の時のような衝撃は無かった。
意識すると、頭の中に地図が浮かぶ。デフォルトで、この街と周辺くらいの広さ。意識を拡大するに持っていくと、縮尺がどんどん大きくなった。どこまで大きくなるのかと思ったら、いわゆる地球儀になった。
はぁ。これは本当に異世界だ。しかも別の恒星系の見知らぬ惑星。三つの大陸があり、今のこの街は中緯度付近の海に割と近い土地柄だった。
二本の大きな川に挟まれた肥沃な土地柄と言ったところか。
得られる情報は、距離と方向、高低、山や川、海などの存在。
人が名付けた土地名前や国や街は表示されない。ただ、自分が行ったことのある場所は詳細に示される様だ。
『森のふくろう亭:朝夕食付八シル。お勧め料理、野鳩の炙り焼き』
マイ口コミかな? 自分の得た情報が示される様だ。メモする必要が無い。これはこれで便利そう。
少なくともこれで迷子になることは無くなった様だ。
〝概要〟って何だろう。
『概要。目にしたものの用途、物理的なサイズや距離、重さが分かる。上位スキルに鑑定。目にしたものの名称、能力や強さ、本質が分かる。がある。』
鑑定があるのか! 是非欲しいスキルだ。概要スキルを伸ばせば得られるのかな? どれくらいかかるんだろう。
けど、やっぱりその時に強く念じたことが、魔法的な意味を持ってスキルに転じる様だ。前提として聖女の能力に関するもののようだが、概要や鑑定は関係あるのかな? 悪い人を見抜く力とか?
まあ。深く考えないようにしよう。
何となく、元からある自分の素養に関するスキルは取得のハードルが低そうだ。
それからあたしは、服や装備の店を巡って、シンに似合いそうなものを選んだ。
そしてメイク道具と洗浄道具。探せばあるもので、昨日途方に暮れていたのが嘘のようだ。
あと、適当な大きさの運搬用の袋を買った。
♢ ♢ ♢
宿はというと、また森のふくろう亭へ帰って来た。
「いらっしゃいませ。あら!」
丁度カウンターにいたルアンと顔を合わせる。
「また、一晩お願いできる?」
「ふふ。勿論! 昨日と同じ部屋が空いてるわ。」
「じゃあ。それで。夕食と朝食付きで。」
「毎度ありがとう! じゃあ今日は6シルに割り引くわ。約束だからね。」
ルアンはウインクしながら微笑んだ。
(器用だな。この世界でもウインクって表現あるんだ。)
あたしは感心しながら、支払いを済ませた。
因みにあたしはウィンクができない。
「本当はもっと長期滞在したいんだけど、元手がなくてね。」
「ふふ。稼いだら是非! 長期滞在プランもあるよ? 滞在日数にもよるけど、ひと月滞在で大体半額くらい。お得よ?」
ひと月って何日だろう。まだ確認できてないことがあった。
不自然なことは訊けないし、まあいっか。
食事の後に、またルアンとおしゃべりし、お風呂のことを訊いてみた。
「ボクの国には、風呂という全身を湯に浸して洗うという習慣があるんだが、サンクトレイルではどうなんだ? 体を洗うということについてだが。」
「へえ。すごく贅沢な習慣があったものね。そんなたくさんのお湯を沸かすとあっという間に魔石を消費してしまうわ。」
「いやいや。薪や炭を燃やせばいいんじゃない?」
「薪って乾燥木のことよね。炭は知らないけど。それだと、どれだけ時間がかかるのかな。あまり実用的と思えないわねぇ。」
そもそも風呂を沸かすという概念がないみたい。一般的にはお湯や水で体を拭いたり、組合にあったようなシャワー施設を借りたりする様だ。シャワーは勿論水ということで、寒い日は覚悟が要りそうだ。あとは川や湖で水浴びをするくらいか。
その日は、お湯をもらって体を拭き、顔もきれいさっぱり洗い流した。
(あ~。お風呂にはいりたい!)
そう思いつつも、二日ぶりでさっぱりしたので、気持ちよく眠れた。
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