中身


 ツムギがリオのもとから離れ、黒服に話を通して外に出ればバツの悪そうな男が居た。

 ツムギに遭遇してしまった。そうとでも言いたそうな顔をした男だった。

 男の名前は冬廣武久。

 今回の件でローレライが送ったスパイとして陽炎に所属していた男だ。


 ヘルマンが倒された後、冬廣は念のためルカを追っていた。

 気付いていて敢えて無視しているのか、気付かれていないのかは微妙な線ではあったが、害をこちらに成すことがなかったので出来るだけ追跡を試みた。

 そしてこれ以上は無理と言ったところまで来て、そこがローレライアジトの入口へ続くことに気付いた時、出て来たツムギと鉢合わせた。

 そこで何故、彼が顔色を悪くしたかと言えばあくまで今の彼は陽炎の幹部である。

 だから、同様に異能倶楽部幹部のツムギと遭遇してしまえば交戦は免れなかった。


 ツムギはローレライを伝って情報を得ていたが、実際のところスパイの正体など知らなかった。

 ローレライとしてもそこまで教える義理もない。

 だから、二人が鉢合わせればこうなるのも必然だった。


「相手はしたくなかったんだがな」


 冬廣は表情を引き締めてそう言った。

 そんな冬廣に対してツムギは言葉を紡いだ。


「確か、ヘルマンと一緒に居たと言う男が居たわね」


 部下からの報告によってなんとなく冬廣のことを知っていたのかそう言った。

 今回のことに限らず冬廣はヘルマンと行動を共にしていた。

 となれば、その存在を把握する程度であればツムギには容易い事だろう。


 ツムギの言葉にやっぱ素性がバレているかと、一縷の希望もなくなったことを知る。

 どう切り抜けるべきか。

 そんな疑問が頭を駆け巡る。

 シロサヤと言う名前は裏の世界では有名すぎるほど有名だ。

 そしてその余りある情報を使えば、強敵であることはおのずとわかった。


 分が恐らく悪いだろうと言う事も想像がつく。

 そのうえでどう動くべきか。

 自身の手の内を晒してでも全力でここを生き残るか。

 それとも、力を抜いて手札を見せることなく負けるか。


 いや、どちらも下策が過ぎるだろう。

 やはり、ここでとるべき正解などないのか。

 あるいは、上手くこの二つの中間でも狙えばいいのか。

 上手いとこどりなんて出来る気が全くしないが、


「まあ、やるしかねぇよな」


 肩にかけるようにして持っていたベージュを基調としたそれの紐を掴んで降ろす。

 棒状のそれには柄が付き、鍔が付き、鞘が付いていた。

 刀。現代日本では美術品としての価値しか認められていないもの。

 それを純粋な武器として冬廣は腰に据えた。


 柄下地は木の色と言うよりベージュカラーに塗られており、柄巻、下緒、そして鍔に至るまで紺色で染色されていた。

 そんな刀をツムギはちらりと見た。


「奇遇ね。私も刀を使うのよ」

「知ってるよ」


 ツムギの言葉に冬廣はそう返した。

 知らないわけがない。

 知っているに決まっている。


「だからこその二つ名だろうが」


 ツムギは応じるようにして刀を出した。

 そう、出したのだ。

 いきなり何事もなかったかのようにいつの間にか現れたそれはいつの間にか握られていた。


 そして冬廣が言ったように、その姿は二つ名を体現するものだった。

 シロサヤ。

 つまり、白鞘である。

 白木を使い作られた鞘で身を包んだ刀で本来ならば戦闘に使うようなものではない。

 そも鍔迫り合いなどしようものなら、鍔などついていないのだから自身の手で刃を握ることになってもおかしくない。

 それ以前に強度などと言った問題は多くある。


 だが、それで今日の今まで彼女はその得物で多くのことを成し遂げてきたことを冬廣は知っている。

 戦闘に日本刀を持ち込むものは居るが白鞘でなんて人間は居ない。

 仮に居たとしても命は簡単に落とすことになるだろう。

 そんな状態で白鞘を使いその珍しさから彼女の二つ名の一要因として存在するのだ。

 だから、知らないはずもなかった。


「シロサヤ……行くぞ」


 敢えて声を掛けた。

 一斉ので、攻撃を仕掛けた方が勝算はあった。

 まず、いきなり攻撃をされるものなら反応が遅れた瞬間に詰むだろう。

 それを阻止する策がこれくらいしかなかった。


 故に最速の斬撃を打ち込むしかない。

 それが冬廣が唯一勝ちを見出すことの出来る道だからだ。

 抜刀の構えを取る。

 そうすれば、「いいでしょう」とばかりにツムギも構える。


「───っ!」


 冬廣が繰り出すのは明応流抜刀術。

 何よりも先に刃を届かせる技。

 

 どちらが斬るが早いか。

 開始は同時。先に刃が届いた方が勝つ。


 そんな思考よりも先に行きついた確信。

 だが、それよりも相手の刃が速かった。

 

 一瞬の間に勝負は決まり、冬廣は地面に膝をついていた。

 負けた。







 ◆


「異能ってどの器官に紐づいていると思う?」


 とある場所で男が言った。

 ナリヒサ製薬の裏の組織、その研究部に属する男だ。

 そんな男の声を聞き届けた部下の女は口を開く。


「さあ、異能が現れて四年は解明されていないですからねぇ。世間では脳みそとかって言いますが……実際のところ全くですからね」


 何も知らないような人間が言い始めたこれは世間では通説の様に扱われてはいるものの実際のところなんの根拠もなかった。

 だから、わからないとしか言いようがない。

 大体この辺だ。なんていう曖昧な答えすらないのだ。

 腕がなくなったり、脚がなくなったりした人間が異能を使えると言うことを見れば大体生命の維持に大事な器官に関係しているのだろうとは言えるが。


 そんなことを考えた女は今度は質問する。


「どうしていきなりそんなことを?」

「異能発現剤ってあるでしょう?アレを作った時の話を思い出してね」

「あ~聞いたことはあります。成功率脅威のゼロパーっていう」


 彼女も多少耳にしたことがある。

 何の成果も得られなかった欠陥品。

 実験体をいくつも消費した挙句に全くの成果を出さなかったそれを。


「そうそう。それで、作るときに異能はどこから生えてくるかって考えたんだけど……」

「結論は出たんですか?それ」

「いや、まあコンセプトみたいなものだし、別に正解を当てるわけじゃないんだけど。一緒に研究してた一人が面白いことを言ってね」


 男は懐かしむようにして頬を緩ませる。

 そう昔の事でもないだろうと女は思うものの何も言わずに答えを待った。


「彼が言うには魂、だそうだよ」

「魂ですか」

「そう。別に異能なんてものが現れるような世界になったんだ。その意見は面白いと思ってね。そう仮定したうえで実験を続けたんだ」


 有り得ない。

 そうは言わないが、女からしてみればそれを大真面目に受け取ることが出来るのはこの男くらいだろうと考えた。


「でも、成功しなかったんだから。それは否定されたってわけですか?」

「いや、とある外部の組織で一人だけ成功者が出たんだよ。副作用的に体はボロボロになったようだけど」

「効果はあったってことですか」

「まあ、そうなるのかな。でも、やっぱり、魂云々よりも異能を発現させるってのが良くなかったのかなとは思うんだよね。単純にキャパオーバーで」

「じゃあ、前に上に報告していた異能移植装置とはわけが違うんですね」

「まあね。異能発現剤をまっとうに使うのなら魂を二つ持つ人間でも用意しなきゃいけないだろうね」


 男はそう言った。








「手の内を晒して攻略、なんてことを考えていたんだけど……」


 そんなことを呟いてネッカは爆乳エロ女を見下ろす。

 女はすでに肩を上下させながら呼吸をしていた。

 もう限界だろう。


「もう動けないだろうし。最後に聞いて良いかな。姿を消した異能、あれは精神干渉系?」

「……はぁはぁ、ええ、そうですよ。私の異能は対象の人物から意識を外させること」


 まあ、大体予想通り。

 そう思ってネッカは聞いた。

 対象、恐らく複数人の指定か一定範囲内にいる人間を対象にしたものだろう。

 そして攻撃の際は……なのか、別の異能を使う際なのかは知らないが、一度異能を切ることが求められる。

 すでに女に勝ち目はなかった。


「でも、話してよかったの?」


 自分で聞いておいてなんだが、素直に答えた女にそう言った。


「ふふっ。どうせ私は先が長くないですから。……それをあなたもわかっていて聞いたのでしょう」

「…………」

「それに、私の仕事は完了しました。これだけ時間稼ぎをすれば、異能倶楽部のボスさんもヨストさんに倒されていることでしょう」


 その苦しさからか息を切らして女は言った。

 だが、その言葉をネッカはやんわりと否定した。


「それは、どうかな」


 あんな得体のしれないものを倒せる人間は居るのだろうか。

 そんなことを思った。


 アレを初めて見た時からその意見は覆らない。

 ネッカの異能は「幽世の干渉と認識」つまり魂のようなものを見ることが出来るのだ。

 それは条件を満たさなければ出来ない所業ではあるものの、自分たちのボスといった女が現れて品定めをしないはずもなかった。


 そしてその時見たのだ。

 アレの魂を。

 まるでその小さな体に二つもそれを持つような姿にネッカは戦慄した。

 そんな存在は今まで見たことがない。

 得体が知れなく、そこが見えない。


 それに勝つことなど。


「無理なんじゃないかな」






 ◆


 陽炎ボス、ヨストは実のところルカとの戦闘はそこまで分の悪いものではないと思っていた。

 彼女の異能は恐らく強力な黒い電撃ではない。

 そうヨストは睨んでいたのだ。


 すべては演出。

 希少な情報を持つがゆえに彼はその確信へと迫っていた。

 ナリヒサ製薬の裏組織のとある男とつながっている彼からすれば通常の人間よりも多くのことを見ることが出来た。

 

 あの日、一番最初にルカが自身の力を知ら占めた日。

 あのビルには特殊な爆弾が搬入されていた。

 それがあのビル爆破に関わっているのだとヨストは考えていた。


 一度研究部の男に仕事を頼まれたことがあった。

 それは搬入された爆弾を盗まれたように演出してくれと言ったものだった。

 つまり、盗んだふりをしろということ。

 だが、そこで疑問が生まれた。

 何故そんなことをしなければならないのか。


 そう考えたところで、男は言い訳を始めた。

 あのビルを破壊した犯人は爆弾を利用したのだと。

 信号を発信する異能、つまり、あの黒い稲妻のような力を使って爆弾の起爆をしてあたかも異能でビルを爆破したかの様に仕立て上げたのだ。

 そして男は続けた。

 あの爆発を引き起こした人物、つまり、ルカを泳がせるために敢えて爆弾を使ったことに気付いていないように見せようと。

 それは組織全体を騙すほどの作戦だった。

 どこに刺客が紛れているかが分からない。

 だから、ナリヒサすべてに嘘をつく必要があると。


 だから、爆弾を爆発のさなかに盗まれたと偽装した。

 そして男の言っていたことは確信に変わる。

 何故ならだ。奴は異能を使って一度たりとも攻撃の類をしていないのだ。

 したとしても威嚇が精々。

 これは答えを言っているようなものだろう。


 そして今のこの状況。

 どう考えたってヨストの方が有利であった。

 ルカはヨストが異能の詳細を知らないと考えている。

 それを込みでの作戦であればいくら裏をかく天才であろうと勝ち目はない。


 ただ、結果として手を下すまでもなかった。

 それが事実だった。

 どうやってか罠に嵌められた息子であるヘルマンが意識を取り戻して虚を突いたのだ。

 

 攻撃系の異能を持っていないことを証明するようにヘルマンがコピーしても意味のない見掛け倒しの異能をもってしてヘルマンを倒したようだが詰めが甘かった。

 ヘルマンは、持っていた異能発現剤をルカの首に突き立てた。

 それで終わりだった。


 ヨストは笑みを深めて言った。


「よくやった。ヘルマン」


 そんな言葉を聞いたヘルマンは意識をまたも飛ばした。

 ヨストは実際物事がうまく運んでいると考えていた。

 異能が弱くとも、ルカと言う少女の所業を見れば油断は出来ない相手であると思っていたからだ。

 だが、ともかくこういう結果になったわけだ。

 ヨストの勝利だ。

 そう確信した時だった。


 ──稲妻が現れた。


 崩れ落ちるかの様に見えたルカが足に力を入れて二本の足で身体を支えていると気付いたのはその後だった。

 青が黒に縁取りされたような稲妻が宙に燃える。

 ルカの身体からあふれ出すように発光が繰り返される。


 明らかに今まで使った異能とは違う。

 なんだ?

 わからない。

 だが、


「役立たずめが」


 ヨストは地に伏せるヘルマンを見て言った。

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