打開
迷った。
今の俺の状況を表すとこれだ。
落ちて来た男の人を何とか病院に連れて行こうと考えた俺であったが、道に迷った。
地図を見れないことは散々前回のご飯の時に味わってはいるが、やはりこうなった。
一途の希望に掛けてみたが無理なものは無理だった。
正直、俺のせいで手遅れでこの人がどうにかなってしまったら大変だと思ったものの、意外と息はしているようなのでとりあえずこれ以上迷わないように細心の注意を払って俺は歩いた。
また迷った。
今度は自分の目だけじゃなくて、他の人にも頼った。
黒服の怖そうな人に勇気を出して話しかけて案内もしてもらった。
で、その人どうやらローレライの関係者の人で、俺のことを知っていたらしく、引きづっている男の人を見せたら「ついてきてください!」と言ってくれた。
それでついて行って、今ここ。
いや、お前も方向音痴なのかい!
そう突っ込もうとして止めた。
で、この先に目的地があると言われて一応進んでみれば、ツムギちゃんが居た。
それとローレライの人が二人と異能倶楽部幹部の人、そして太った外人のおっさん。
どんな集まりかは分からないけど取りあえず助かったのだろうか。
ツムギちゃんに言えば病院の場所とか教えてくれるだろうし。
とか、思っていたのだが、太ったおっさんブツブツと何かを言った後、俺に話かけて来た。
「なら仕方がない。歓迎する、異能倶楽部ボス、ルカ」
何が仕方がないのか分からないが、おっさんは俺を歓迎したようだ。
首を傾げそうになるも、俺は思い到った。
今、俺たちのいる状況は悪戯をされて犯罪者としてさらされている。
そして、今日は中華を食べ行く日。
それを踏まえれば簡単なことだった。
このおっさんの正体は中華料理店の人だ。
イメージだと中国人とかがやっている気がするが、日本人だって中華料理を作るのだから西洋人が作っていてもおかしなことはない。
それで、このおっさんは俺が異能倶楽部のボスであるルカだ知っている。
と言う事は、これから行くはずのお店の人であるこの人に俺たちが異能倶楽部の者だとバレてしまった。
だから、こんな客を取っていいのかと考えていた。
そこにツムギちゃんと他の人たちだ。
俺たちが濡れ衣を着せられたことを説明して説得を試みたのだ。
ローレライの人はなんか中華に詳しそうなので、このおっさんの知り合いなのかもしれない。
昔同じところに居て一緒に仕事をしていた関係とか。
だから、そのよしみで説得を試みてくれているとかそんな感じ。
で、おっさんは渋々ながらに首を縦に振ってくれたと言うわけだ。
なんだか皆には申し訳ない。
俺では力になれなかったとは思うものの、そう言う役割ばかりを押し付けてしまう。
今度ツムギちゃんのしてほしい事とか聞こうかな。
そんなことを思いながら、ツムギちゃんを見れば目が合った。
どうすればいいだろうか。
どうやら話の決着はついたようだから、お言葉に甘えさせてもらうのは確定ではあるのだが、他の人とも連絡が取れていない状況でお店について行っても良いのだろうか。
いや、というか、おっさんもといおじさんは俺が異能倶楽部ルカであることを知っている。
ならば、お礼くらい言った方が良いのだろうか。
知らない人との会話はあまりしたくはないんだけど、でも、六大組織の皆とのつながりを通して少しは人と話せるようになった気がするし、ここは腹を決めよう。
ツムギちゃんがいると頼ってしまいそうだし、皆のこともあるから探して合流するにしても先に移動していてもらおうか。
そう思って口を開いた。
「組織の皆に色々としてもらったようだから、お礼をしたい。二人きりにしてもらえないかな」
俺がそう言うとツムギちゃんは頷いて移動を始めた。
確か幹部の二ツ神ネッカと言ったか、その少女も知り合いだろうボンキュッボンな女の人と離れていった。
ローレライの人たちも一旦離れてくれるようだ。
別に一言言うだけだから、そこまでしなくてもいいんだけど。
俺の言い方が悪かっただろうか。
◆
突如として現れた異能倶楽部のボス、ルカによってそれは宣言された。
「組織の皆に色々としてもらったようだから、お礼をしたい。二人きりにしてもらえないかな」
その言葉は、六大組織ボス直々に行われた宣戦の布告だった。
ただ、初めに手を出したのは陽炎だ。
ルカは喧嘩を買った形になるだろう。
お礼参り。ルカの言葉からくみ取ればそれが一番近い表現だっただろう。
自身で幹部を餌にしておきながら表面上は陽炎に対しての怒りを見せた。
いや、表情など分かりはしないのだ。
その影に覆われた顔はどんな表情を浮かべているのか分からない。
不気味、その一言に尽きた。
そしてそんな中、彼女が言うとおりにヨストを覗いた面々は移動を始めていた。
ツムギは出口へと向かった。
ローレライの二人は通路へと姿を消して、二ツ神ネッカと陽炎幹部の女は戦いの場を見つけに動いた。
ネッカが先頭を行き、それを女がついていくような形。
そんな風にして歩くこと暫くネッカは立ち止まり言葉を紡いだ。
「結構警戒してたんだけど、不意打ちとかしないんだ?」
以外と言いたげな顔をしてネッカは言った。
どう考えたって不意を打てる場面は多くあった。
だからこそ警戒を怠らずにここまで来たと言うのに何もしてこないとは。
しかし、ネッカの表情を面白そうに見た後、その豊満な身体に対して御淑やかな言葉を返した。
「ふふ。そんなことをしては意味がないでしょう?」
その瞬間、女が消えたことに気付かなかった。
転移でも縮地でも何でもない。
とにかく視界から消えた女を次に認識したのは、背中に弾力を感じてからだった。
色気を纏う甘い香り、女であるネッカですらもずっと触っていたくなってしまうほどの柔らかな身体。
それが艶めかしく絡みついた。
指先がネッカの身体を伝う。
吐息は耳元で奏でられる。
そして優しく弄るように女の右手がネッカの下腹部を通ろうとした時、やっとネッカは異能を発動した。
心臓が止まり、五感のすべてが消える。
光が消えて音が消える。
匂いが消えて味が消える。
感覚すらもなくなったいわば無の状態。
視界が闇とかそう言ったこと以前に身体を動かしているかどうかすらも認識は出来ない。
ただ、次の瞬間異能を解けばすべてが戻る。
そして空気を大きく吸い込んで自分の左手首を見た。
袖が手首を一周するかのように切れていて血がにじんでいた。
恐らく奴の異能だろう。
詳細はわからないし一瞬で目の前から消える能力もあると考えれば疑問も多く出るが確かに今の二つの現象は女のものだった。
それにしてもいやらしい手を使う。
女が背後に迫ったと気付いた瞬間、ネッカは下腹部を伝う指の感触に意識を持っていかれた。
だが、彼女の本命はネッカの左手首。
意識を逸らしたすきに異能を発動された。
急いでこちらも異能を使ったからいい物の、避けなければ恐らくだが手首から上が取れていただろう。
ただの爆乳エロ女ではないと言う事だろうか。
ただ、凄い異能を使う爆乳エロ女であるのならどう対処しようか。
そう考えていた時、不意に爆乳エロ女が喋った。
「確実に当てたと思ったのに、流石異能倶楽部の幹部さんですね」
「こっちこそ、貴方の異能には心底驚いているよ」
(……本当に)
女の爆乳を見ながらそう思った。
別に恨みがあるわけじゃないが目線の位置にあるのだ。
まあ、それはともかく、本当に見当がつかない
一つ考えられることとすれば、空間系の異能。
転移による瞬間移動に空間をいじっても攻撃。
まあ、現実的じゃないが。
空間系などと言うのはほぼあってないようなものだし、そこまで多彩じゃない。
そもそも感覚的に転移ではないし。
一瞬で見失ったような感覚に近い。
となると精神干渉系だろうか。
だが、攻撃は出来ない。
しかし、考える暇が戦闘中にあるはずもなかった。
女を見失った瞬間、体を触られるような感覚。
即座に異能を発動した。
二ツ神ネッカの異能は「幽世の干渉・認識」。
幽世、俗に言うあの世や黄泉の国と言ったもの。
それをあると「仮定」して干渉及び認識すると言った能力である。
現実空間である現世と重なったもう一つの世界への干渉による効果によって女の攻撃を避けていた。
彼女が幽世に干渉しようとすると一時的に現世からは干渉できなくなる。
いわば別の次元に移動することにより、透明人間や霊体化と言った物のようなことが可能になる。
ただ、副作用的な効果として心臓が止まる。
これは幽世が死者の世界だからだ。
死者の世界では人間は生きることが出来ない。
よって心臓が止まることとなる。
次に五感の一時的な喪失。
死人に口なし。
よって目も耳も何もかもを失う。
更に常夜と言う概念も関係してくる。
その結果、異能の発動中は心臓が止まり、五感が喪失すると言う結果を生み出す。
だが、感覚がなくなっても幽世に身体は存在する。
ならば、そこで移動すれば攻撃からすり抜けるようなことも可能だった。
攻撃からの回避にまたも成功する。
一度距離が開いたために両者がにらみ合うような形になった。
今一度ネッカは相手の異能を分析する。
一度目と二度目の共通点から異能の発動条件を絞り出す。
目の前から消える能力の詳細は分からないが、手首を傷つけた斬撃系の能力は少なくとも対象者へ触れることが条件だろう。
一度目と二度目、両方とも腕狙いだった。
そのおかげで避けることも簡単ではあったが、同時に一つ気づいたことがあった。
それは異能発動時の接触の際に彼女は指で輪を作るようにして腕を掴むのだ。
確定ではないがそれが一つの発動条件、ないしは効果的に異能を使うことにつながるのだと推測する。
だが、振れただけで傷を与えるなど強力過ぎる。
一介の幹部が持っていいようなものではない。
いや、待て。本当に爆乳エロ女の異能はそう言った条件を有することによって発動する異能なのか?
不意に浮かび上がった疑問。
それは極めて感覚的ではあったが自身の異能で避けた時の結果から見て確信した事でもあった。
先ほどから無意識のうちに女の攻撃する際に使う異能は斬撃だと判断していた。
それは異能を長く浴びれば刃が入るかのように腕が取れると推測していたからだ。
つまり、彼女の異能は降れることによって腕を切ると言う効果を付与する異能ではなく、振れることによってゼロ距離での運用を前提として発動される異能。
別に異能を使う際に触れていなければ発動しないなどと言う制約はない。
なら何故至近距離でなければ効果を発揮しえないのか。
そう思ったとき不意に床、そして血を流した腕が少し濡れていることに気付いた。
血ではない。
透明でごくありふれた液体。
「水……っ!?」
奴の異能は水。
恐らくこれは確定だろう。
圧縮した水を使い至近距離で放つことで削り飛ばすようにしての切断。
「気付かれましたか」
女は観念したように言った。
当たりと言う事で良いのだろう。
それにしても。
「随分と中途半端な異能なんだね」
そう。中途半端。
水を圧縮してものを斬る。
言うに容易いこの行為であるが実際それを現実的に考えた時に斬撃の様に飛ばすことは出来ない。
諸々の問題をすっ飛ばして圧縮したとしても切る対象を最低でも数センチ程度の距離まで近づけなければならない。
そう言った面倒くさいことが付きまとう。
だが、実のところ異能にはそう言った類の物理法則が伴うことはあまりない。
数メートル先にウォーターカッターのようなものを飛ばすこともできるのだ。
それは幹部級でなくとも再現できる範疇にある。
これは風系統の異能にも言えるが、とにかくこういった問題を抱える異能は少数派と言ってよかった。
そしてそこまでして現実的な効果範囲にとどめている半面で非現実的な効果ももたらしていた。
まず一つ、切断までにかかる時間だ。
通常水の力で何かを斬る場合、一秒にも満たない時間で腕を斬り飛ばすなどと言う事は出来ない。
それを成すにはそれなりの時間が必要となる。
二つ目に単純な話、威力を増すのであれば研磨剤を混ぜるのが常だ。
だが、彼女の扱うそれには全くと言ってそう言ったものが含まれていないだろうと言う事は察せられた。
これらは異能と言う前提であれば全くと言って珍しい事でもない。
だが、現実的な威力と条件が同居することで酷く矛盾して思えた。
「一瞬で姿を消すことが出来る能力がなければわりにあわないわね」
わりにあわない。
幹部級の異能として水による攻撃手段だけを見ればとてもじゃないが戦闘に特化しているとはいえなかった。
攻撃に映るまでのリスクとリターンが釣り合わない。
そう思っての反応だったが、それを見た女も口を開いた。
「ふふっ。実際、私の異能はわりに合いませんよ」
自嘲気味に笑う姿を見れネッカは首を傾げる。
あくまで攻撃と言うところに限定しての話だっただけに理解が追い付かなかった。
一瞬で消えることが出来る効果を持ち合わせながら何を言うのだろうか。
「そうかな。気付かれずに接近する力があればデメリットも帳消しになる気もするけど」
そしてそのエロい身体も使って先ほどの様に気を逸らせばほぼ確定で攻撃は入るだろう。
ネッカの異能が特殊なだけで回避されると言うのは稀な事例だろう。
と、そこまで考えたところで、ネッカの中で水の異能と姿を消す異能が繋がらないことに気付く。
水を使って姿を消すと言えば霧などの煙幕の発生なんかが考えられるが彼女の異能にその兆候は見られなかった。
そして思い到る。
彼女の属する陽炎と言う組織の情報に。
確か、疑惑の段階ではあるがナリヒサ製薬の裏組織とつながって急速な成長を見せていたはずだ。
元六大組織のボスであったヨストがいると言っても支援したものが居なければここまでの短期間での成長は望めなかったはず。
そしてナリヒサ製薬の裏組織と言えば、確か研究部ではとある装置が開発中止になっていたはず。
「……異能移植装置」
その名の通り異能を移植する。
これがあれば異能を二つ持つことも考えれる。
だが、女は首を横に振った。
「違います。いえ、惜しいと言ったところでしょうか?」
「惜しい?」
否定。だが、その後に続けられた言葉にネッカは問いを返した。
「どうせ私が勝てば貴方を殺して口封じもできますし、貴方が勝てば私が言わなくてもいずれバレるでしょうし。そうですね。特別に教えて差し上げましょう」
女はそう言った。
確かに勝っても負けてもここで話そうと変わらない。
すでにネッカが感ずいた以上隠しても意味はない。
つまり話しても支障はないのだ。
勝てばどちらにせよ口止めは可能。
負ければ組織に調査が入り、隠したところで情報は丸裸になるだろう。
「私が使ったのは、異能を新たに発現させる「異能発現剤」と言うものです」
「そんなことが可能だとでも言うの?」
そうネッカが聞けば女は笑った。
「いいえ。貴方の考える通り、死にますよ。異能は一人一つまで、それ以上は発現することはなく異能発現剤を使用したところでそれに耐えられなくて死ぬ」
「どんなに弱い異能だろうと」と言って悲しそうな表情を浮かべた。
「じゃあ、貴方は?」
「私ですか?……そうですね。百何人の被験者の内の死にぞこない、とでも言いましょうか」
「つまり、唯一の成功者と言う事ね」
ほぼ確定で死ぬような実験によって幸か不幸か生き残った女、そんなところだろう。
しかし、女は否定した。
「いいえ。先ほど言ったように私は死にぞこないです。こう見えても体のうち側はボロボロで延命治療で寿命を引き延ばしているようなものなのです」
本当か?そう思い様子を観察してみれば女は息を切らしていた。
異能を発動の際の接近で女は吐息を漏らしていた。
大した運動をしていないその状態でだ。
嘘ではないのだろう。
回避を続けるネッカと違い、恐らく異能によって運動の必要性が極めて低い状態でもこんな様子だ。異能の水ではなく彼女の汗で服が湿り僅かに肌色が透けている。
それは、まして優位に立っている女がするような様子ではなかった。
「異能発現剤とはイコール死、そんな表現が似合うような代物なんですよ」
◆
異能組織ボス、ルカと陽炎ボスヨストは向かい合っていた。
だが、その表情はお互いに一触即発と言ったような表情とは程遠かった。
ルカの顔には影が差してみることは出来なくとも二人の表情は総じて驚愕に染まっていた。
そしてそこにルカの背後を取った第三者の声が響いた。
「やったよ!父さん!」
その言葉にヨストは驚愕の表情を笑みに変えた。
ヨストが見る先には放心するルカとその首に異能発現剤と呼ばれる筒状の注射器を突き刺す男がいた。
男の名はヘルマン、ヨストの息子であり幹部。
彼はいつの間にか取り戻した曖昧な意識の中、敵組織のボスであるルカに対して死に至らしめることに成功した。
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