脱落


 自身の腹部を守るようにして異能により出現した氷。

 それを壁から生えるように出る剣がまるで蒸発でもするかのように霧散したのを確かめてから解除した。

 そしてユキナは再度警戒をした。


 目の前にはリリーと名乗ったスレンダーな女。

 異能の詳細は把握しきれていないが対応が面倒くさそうだ。

 そう考えて一瞬彼女に手を翳すようにして異能を発動しようとするも、理性を働かせてそれを止める。


「あら、異能を使わないの?あなたの力ならここら一帯を私ごと吹き飛ばすことくらいできるはずだけど」


 煽るように言うリリーに対してわずかにユキナは顔をしかめた。

 別に今の発言に気分を害したわけではなく、今異能が使えない原因、その状況に唇を噛んだ。


(この先には人がいる)


 そう、今いるのは人気のない路地裏だ。

 だが、一度この細い路地から出てしまえば多くの人が行きかっていた。

 そんなところに向けて最大出力の異能は使用できない。

 異能倶楽部の幹部である彼女の力を一般人が受ければ広範囲で被害が出ることは確実だ。

 出力を抑えた上で勝たなければ。

 状況を冷静に分析した後、彼女はそう思った。

 運が悪い。

 いや、そうか。


「私が異能を全力で使えないようにここで待ち伏せたんだね」

「まあ、そうね。今見たように私の異能は壁から剣を出す力。だから、こういった狭い所ってのは必須なんだけど。でも、それに加えて相手の異能を使いにくい場所を抑えているわ」


「派手に民間人を傷つければ、異能倶楽部への世間の評価にも関わるだろうし」と続ける。

 異能倶楽部自体、民間人の手出しを禁じていると言う事はもちろんリリーは知らない。

 だが、原則として異能組織が民間人を大量に傷つけるのは得策ではなかった。

 派手に暴れれば、今は被害を見越して本腰を上げない治安維持組織が世間の異能倶楽部への不安が高まればその重い腰を上げることになる可能性は大いにあった。

 それに被害を出さない程度でもバレれば、人が寄ってくる可能性もある。

 路地裏から氷の冷気が漏れ出すことすら許さない。制限はよりきつくなる。

 そう言ったことを考慮してリリーはこの状況を狙ったのだろう。


 でも、異能を全く使えないと言うわけじゃない。

 多少制限がついたくらいだ。

 割り切ったユキナはすでに構えている。

 次はどこから来るのか、右か左か。


 答えは両方。


「ッ!?」


 右三本、左二本の剣の刀身がユキナを襲う。

 先ほどの様に体に氷を鎧の様に纏うまでもない。

 意識外からの攻撃でなければ、届く前に壁ごと凍らせて剣を止める。

 そして、その間に念のために回避をしようとしたところで、脚に力を込めて急ブレーキをかけた。

 後方に移動しようとしたユキナを阻むように右から四本目の剣が。

 そして、壁に垂直ではなく斜めに生やすことで、突き刺すことを想定させていたようだ。


「あぶッ!?」


 だが、それでは終わらない。

 敢えて避けられるのを予見していたんだろう。

 ほんの少しだけ、剣の長さを抑えていた。

 つまり、まだ伸びる。


 ユキナはギリギリのところで躱そうとして、服が切れて肉に届きそうになったところで氷を肌を守るように纏わせた。


「あら、惜しい♡……っ!」


 ゆっくりと紡いだ言葉の語尾が跳ねる。

 その瞬間同時にリリーも地面を蹴っていた。

 理力を利用した身体強化。

 接近戦を望んでいるのか。


 だが、そこでユキナは考える。

 異能の相性を考えれば、今本気を出せないユキナは近距離まで制限した異能しか使えない。

 大して、少なくとも剣を生やす異能を持つ彼女は遠距離から攻撃を仕掛けていた方が有利である。

 なら何故その優位を捨てるような真似をするのか。

 いや、今はともかく彼女の足を止める。


 ユキナは異能を発動して地面を凍らした。

 理力で強化された力をもってすれば、氷で脚を地面に縫い付けられようとも何とか逃れることが出来るだろう。

 だが、どんなに速くそれをこなしたとしても隙は生まれる。

 ここにそのまま攻撃を叩き込めば勝てる。


 そう確信したユキナは少し笑みを浮かべた。

 だが、ユキナの予想を裏切るようにして、彼女は足を止めるどころか減速すらしなかった。

 確実に足を地面につける体勢を取った時に避けられないタイミングで異能を使った。

 それなのに何故。


 疑問を抱いた彼女は視界の端でリリーの異能である剣の刀身を見た。

 地面からの距離はほんの少し、先ほどまでの攻撃を見慣れていたユキナは見落としてしまっていた。

 リリーが攻撃をする際に出していたのは基本的にユキナの膝より上だった。

 その先入観が、彼女の足場を見落としてしまった。

 そして、剣の刀身を足場にしたリリーはすでに接近していた。


 どうする?

 氷の棘を足元から生やす?

 却下。生成に時間が掛かるし踏まれるか、彼女の剣で横から攻撃されれば壊れてしまう。

 壁からの氷を伸ばしての攻撃も同様に却下。

 そして最大出力で吹っ飛ばすこともできない。


 ならば。

 体術で応戦する。

 理力による強化によって身体能力を上げる。

 そして、広範囲に影響が及ばなければいいのだから、手のひらからは異能を使えるようにする。

 リリーは壁を経由しなければ異能の効果を及ぼせない。

 ならばこちらが優位に立っていると考えて良い。


 今までの戦いの中で観察をした結果、彼女が異能を発動する際、剣を生やす方の壁に触れていなければならないことは分かっている。

 だから、攻撃する方の腕はある程度予想も可能。

 

 壁に触れた。


 左手、つまりユキナから見て右の壁から異能の攻撃が来る。

 ならば、殴るにしても使えるのは、右手。

 そこまで考えて、自身の顔すれすれに銀色の刀身が通り過ぎた。

 超至近距離に障害物が現れた影響で視界がふさがった。

 直接頭を狙った攻撃よりも、目を塞ぐために発動された異能の方が厄介だ。

 そして、視界を開くためにユキナが頭を動かす前に刀身は霧散する。


 そして、足の裏が眼前にせまっていた。

 ギリギリで首をひねって、通り過ぎる白く細い脚を手で掴み異能をゼロ距離で発動しようとして、掴む前にまるでゴムが縮むかのように足が引き戻った。

 遅れて、ユキナの背後に刀身を生やしてそれを蹴り、後退したのだと気付く。

 彼女は一旦距離を取るようにして生やした刀身を理力で強化した足で強く蹴ったせいか、高速で刀身のしなる音が後ろで響いた。

 身体を捻った体勢での蹴りを入れることで、両手をフリーにして壁を触ったのだろう。


 リリーが息を整えるのを見て、ユキナも一度息を吐いた。

 なかなかうまくいかない相手だ。

 異能使いとしての力は現時点でこちらの方が高いだろう。

 だが、使い方、この状況含めて彼女の方が上手い。


 とは言え、それでも彼女の異能については分かったことも多くある。

 まず彼女が剣を生やす時、その延長線上にある壁に触れなければならない。

 そして、彼女が一度に出せる剣の数は左右五本ずつの計十本。

 これは断言出来た。

 何故かと言えば、彼女が異能を使用するときに出した本数に対応して彼女の指が手品のように消える。

 始めは目立ちにくい薬指から消していたが、本数が多くなるごとに徐々にユキナも気付いた。

 そして、刀身を消すことで指は戻る。破壊はしてないが恐らくそれも同じだろう。

 とは言え、片方の壁から五本以上は出ないと考えるのは危険だ。

 先ほど身体を捻った蹴りを入れて来た時の様に右手で左の壁を触れば、六本目も出すことは可能だろう。

 そして、刀身を消す際だが、一本ずつではなくすべて消える。

 一つを消そうと思えば、その他九本出していようともすべてが解除されることとなる。

 ただ、少ない数での運用は結構うまいようで、先ほどの視界を塞いだ刀身を解除してその後すぐに足場用の剣を出していたのは流石としか言いようがない。

 油断できない相手だ。


「ふふ、さっきので決めたかったんだけど、大分手の内がバレてしまったようね」

「その割には意外と余裕そうに見えるけど」

「大人はね。顔に出したらやっていけないのよ♡」


 それだけ言うと、リリーは地面を蹴った。

 ユキナは相手の手数も考えて次で決めに来るだろうと推測する。

 ユキナは先ほどのように地面を凍らせる。

 先ほどは足場を作られてしまったが、分かっていれば伸びきる前に凍らせることくらい可能だ。

 左の壁から生えて来た低い位置の刀身を凍らせてその機能を失わせる。

 だが、そこに注意を一瞬でも割けばリリーはすぐに左右の壁から刀身を伸ばした。


 右二本、左三本。

 若干の向きを変えてユキナを斜めから狙うような攻撃を含ませることで後退や前進を妨害する。

 だが、先ほどの刀身同様氷で凍らせる。

 慣れてきたことで小回りも聞くようになってきた。


 まだ彼女は異能を解除し刀身を消していない。

 単純な計算であれば、右手一本、左手二本。つまり右の壁からは後二本、左の壁からは後一本。

 息をつく間もなく、攻撃は繰り出される。


(八……九本!…………あと一本!)


 そしてそれらすべてを回避、あるいは異能で凍らせる。

 あと刀身が出るとすれば、一本、そして確率的には右手の壁の可能性が高い。

 どっちだ。

 そう周囲を警戒したとき突風のような風が吹く。

 否、煙だ。

 初手で目くらましに使ってきた煙を再度使ってきた。

 一回きりの初見殺しだと思っていたが、そうではなかったようだ。

 敢えて選択肢から外れるように、今の今まで温存していた。

 そして、この視界の悪い中で彼女が行うであろうのが、異能の解除による刀身の回収、あるいは、最後の一本を当てる事。

 前者は絶好のチャンスを逃すことになるだろう。

 回収して再度の攻撃につながるまでにユキナは剣に邪魔された移動を制限なしに出来る上に、煙を使った不意打ちの効果は薄くなる。

 ならば、来るのは恐らく最後の一本での攻撃。

 煙によって相手の姿はシルエットしか見えない。

 両手を壁につけているが、もし向こうを向いている状態であれば、右と左を混同させられる。

 どちらから来るかは読み切れない。

 完全な賭けだ。


 いや、違う。

 右か左かではなかった。

 ユキナは、地面から自身を狙うようにして刀身が突き出して初めて第三の手に気付いた。

 彼女の指は手だけではない。

 足もある。

 回避、そして氷での防御。

 何とか防ごうとして、一瞬、体から力が抜けた。


「……あ、れ?」


 踏ん張ろうとした足が踏ん張れずに、一歩遅れる。

 そんな現象に頭が回らないでいると、答え合わせでもするかのようにリリーが口を開いた。


「一番始め、その煙が私の異能ではないと言ったわね」


 まさか。


「でも、私のじゃないだけで、第三者のものではないとは言ってないわよ。まあ、最初の煙は本当にただの煙だったけれどね」


 そう言うと、物陰から人影が顔を覗かせた。

 恐らく先ほどの煙はその人影の物だろう。


「煙はただの目くらまし。そう思って吸引してくれれば十分だったのよ。そもそも、持続的に煙を出せる異能でもないし、普通は嗅ごうとはしてこない。さらに言えば、効果もほんの一瞬、動きを鈍くするだけ」


 始めからこれが狙いだったのだろう。

 そして。


「でも、そこに私の異能が合わされば、あの雪花だろうと隙はつくれる。それに気づいているでしょう。今のあなたは異能がほとんど使えない。理力もしかりね」


 そう彼女が言った通りだった。

 そもそも、剣を一本二本出すだけで、その間指が消えるだなどとハイリスクが過ぎたのだ。

 しかも、その刀身は壁からしか出ない。

 ならば、その刀身に切り付けられた時点での何かしらの効果があると考えるべきだった。


 ユキナが足元を見れば、ほんの少し、ほんの少しだけ刀身がかすり血が出ていた。

 そして喰らった本人であるユキナは感じていた。

 異能がほとんど使えないとリリーは言ったが、具体的には一般人程度までに落ちている。

 扇風機やエアコン代わりになるかどうかの冷風しか今の彼女には出せなかった。


「じゃあ、お話はこれくらいにして、終わりね」


 リリーがそう言えば、異能によって地面から刀身が伸びた。

 油断はしていない。

 指を使って発動した異能は解除することはしない。

 それらは彼女を囲むように伸びている。

 つまり、移動を阻害しているのだ。

 だから確実にやるために、使ったのは残りの足の指だった。


 刀身はユキナ向かって突き刺さんとばかりに伸びた。

 だが、その瞬間、ユキナではなくリリーが顔色を変えた。


「っ!?」

「その足じゃ大して動くこともできねぇだろ」


 そんな男の声と共に、繰り出されるのは理力に強化された強烈な蹴りだった。

 そして一瞬、煙の異能使いは固まっていたが、応戦しようとして、すでに拳が腹部に刺さっていた。


「はぁ、この程度の相手に何やってんだよ」


 男は、崩れ落ちる身体から目を離してそう言った。

 そして、そんな彼が見た方にいたユキナは大きく息を吐いた。


「あ、危なかった~」


 文字通り眼前に迫っていた刀身が霧散していくのを見ながらの発言だった。

 まさに危機一髪と言ったところだった。


「助かったよ!梶野君」


 そして、そんな表情から一変して命の危機など忘れたようにそうお礼を言った。

 男の正体は、梶野桐雅。

 異能倶楽部幹部その人だった。

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