圧倒


「あれが水ノ上凛也か」


 一人の男が双眼鏡をのぞき込んでそう言った。

 そんな声に隣にいた男よりも小さな影が反応した。

 

「イケメンすねぇ」

「え、なに。お前ああいうのタイプなの?」

「タイプも何も一般的にあれはイケメンに分類されるものですよ」


 どことなくキモイ男の言葉に小さな影は答えた。

 そして会話から分かるようにもう片方の影は女の者だった。

 のぞき見などとても良い趣味とは言えないが、別に彼と彼女の趣味が人間観察なんてことはなかった。

 こうしてヒューマンウォッチングにいそしんでいるのはこれが与えられた役割だからだ。

 

 彼らは異能組織陽炎の幹部であった。

 そして現在、身動きを取りにくくした幹部である水ノ上凛也を見張りながら加勢に来るであろう他の幹部を探していた。


「しかし、名前まで割れてて異能の詳細が分からないって、どういう事なんすかね」

「さあな。そもそも名前が割れてるのは、あいつがどっかのくそ田舎で暴れて異能組織をいくつか壊したからだし。異能の目撃者たるその構成員も全員死んでるらしいしな」


「あー言う一見爽やかな見た目をした奴が一番やばいんだよな。気をつけろよ、瀬古口」と言って気遣いを見せた。

 何かそれに気持ち悪いものを感じながら瀬古口と呼ばれた少女は、次の瞬間小さく男の名前を呼んだ。


「……隅木さん」

「ん?なんだ?」

「気付かれました」

「は?」


 隅木と言う男が呆ける横で確かに瀬古口は見た。

 監視をしていた水ノ上がぎょろりと目を動かし視線が合った。

 そして一瞬目を離せなかった瀬古口だったが、それより早く姿を消した。

 言葉通り、消えたのだ。

 嫌な気配を感じて瀬古口は叫んだ。


「気付かれました!来ます!!」

「おせぇよ」


 短く背後で発せられたその声は確かに男の者だったが隅木のではなかった。

 つまり水ノ上。

 背後を取られてやっとそれに気づいた。

 どうやって移動したのか分からない。

 だが、とにかく攻撃を繰り出した。

 最短最速で理力による強化を受けた回し蹴りが繰り出される。


「っ!?」


 だが、それは空を切って今度は隅木の目の前に現れた。


「てめっ──かはっ!?」


 何かを言う前に腹部に理力で強化された拳が叩き込まれた。






 ◆


 中小組織で組まれた精鋭部隊は、天を昇るように放たれた黒い稲妻を目印に標的へと向かっていた。

 狙うは異能組織ボスの首、中小の組織とは言え、これだけ実力者が集まれば怖い者もない。


 ただ一つ気になることは、何故ボスであるルカが居場所を知らせるようなことをしたかと言う事だ。

 恐らく何かしらの意図がある。

 異能倶楽部が陽炎によって情報を開示されたから皆の様子が気になって集合するために狼煙のような役割で異能を使ったなんてことはありえない。

 では、何故そんなことをしたのか。


「…………!?──嘗めやがって!」


 そして精鋭部隊の中の一人が真実に気付いて悪態をついた。

 その様子に周りも気になったのだろうか男に向かって声が飛んだ。


「どうした?」

「いや、どうもこうしたもねぇよ。俺たち各組織の精鋭を前にして奴は、ルカは煽ってやがるのさ」


 気付いた事実に男は語った。

 そして続ける。


「要は、だ。異能組織にとっての本当の敵は陽炎だけ。俺たちの相手は早めの内にさっさと終わらせてやるから来いと、そう言っている!」


 男の推測に皆に電流が走ったような感覚が襲った。

 陽炎は脅威として認めているが、この精鋭部隊には大した価値も見出していない。

 だから、面倒ごとはさっさと終わらせてしまおうとあえて自分の居場所を晒した。

 しかも、各異能組織が集まり精鋭部隊が組まれる場所、そして時間を見据えて。


 よく考えてみればおかしな話だった。

 皆は初めはボスを狩ろうだなんて思っていなかった。

 陽炎と戦って弱っている幹部を狙って徐々に異能倶楽部を削っていく。

 そんな作戦が頭の中にあった。


 だが、標的を決めようと思ったタイミングで、あの黒い稲妻が走った。

 そこで初めて異能倶楽部のボスがこの場にいることを知ったのだ。

 なかなか表に出ない存在だ。

 考慮にすらなかった。

 それを敢えて絶好のタイミングに認識させて思考の誘導をした。

 精鋭部隊が自分を狙うように。


「クッソ。俺たちを軽く見やがって」

「だが、今は油断している。そう考えればこれは好機だ。所詮は一人の人間、勝てない道理はない」

「俺ら全員でルカを潰す」


 始めは憤りを感じそしてこれが好機だと気付いた。

 そしてどんどん士気は上がっていく。


「聞くところによりゃあ。ボス様とやらはまだガキだそうじゃないか」

「ああ!俺もそれ聞いたぜ。しかも女だってよ。なら、異能だけ強くたって俺らの相手にはならねぇ!」

「泣いて首を垂れても許してやんねぇ!つーか犯す!」

「おお、いいねぇ。恨み持ってる奴はごまんといるだろうし」

「くははっ!お前らロリコンかよ!まあ、俺もやるけど!」

「うわ~男ってサイテー」


 下卑た笑いが場の空気を軽くする。

 別にルカと言う存在を軽く見ているわけではないのだ。

 だからこそこういって余裕を演出する。

 

 もう近い。

 見えて来た。

 建物に囲まれた影の中、そこにルカは居た。

 先手必勝!

 そう叫んで飛び出したいところをぐっと我慢する。

 万全には万全を期す。


 異能や現代兵器によるトラップを仕掛ける。

 ルカを取り囲むように設置されたそれらは彼女が引っ掛からなければ意味がないが、周囲を一周するようになっている以上は絶対にあたる。

 彼女がこの場を移動しようとして一定範囲を出ようとすれば、それらが何重にも作動する。

 もちろん死角はない。

 上空までもがトラップで埋め尽くされていた。

 加えて異能によるものは完全に不可視となっているため、彼女から空を見上げても何も見えないだろう。


 そして、皆の準備が整った。

 確実に殺す!

 そう意気込んだところで、一つの声が邪魔をした。


「組織の人以外が来たら困るな」


 誰もその声に水を差すななどとは言わなかった。

 何故ならその声の主は、標的であるルカ本人の物だったからだ。


 そして、その言葉によって既に自分たちの存在がバレてしまっている事を否が応でも理解した。

 組織──つまり陽炎の事だろう。

 陽炎の幹部級を待っていたのに、こちらが団結して暗躍しようとしたことに対しての言葉だ。

 面倒なことはしてくれるなとそう言いたいのだろう。


 だが、そんな声に耳を貸すほどここに集まった者は素直ではない。

 六大組織の座を狙うものたちなのだ。

 ルカの言葉には気にせず皆が構えた。

 一瞬で決める。

 一斉に攻撃を仕掛けて反撃をされる前に仕留めきる。


 だが──


 またもや、黒い稲妻がほとばしった。

 先ほどとは出力が明らかに違う。

 天高く上るその姿を目で追うが首が上がり切らない。

 どれだけ飛距離があるんだ?

 いや、それ以前にここまでのものを人間がしても良いのか?


 これではまるで神の御業。

 異能などと言う枠組みを超えた強大な力。


 開いた口がふさがらない。

 だがそんな中誰かが言った。


「おい、待てよ。どうして攻撃性の異能を放ってトラップをすり抜けられんだよ!」


 そう、そうだ。

 上空には見えないがトラップが仕掛けられていた。

 異能によるトラップで攻撃性の異能を検知すると効果を発揮する。

 だが、この黒い稲妻はそれを素通りしていた。


 つまり、だ。

 奴の異能は防御不可。

 あるいは我々が使用する異能程度ならそれを掻い潜って攻撃が出来る。


「……無理だ」


 誰かが言った。

 圧倒的な力の差。

 歯向かうほど馬鹿らしいことはない。

 そう確信しての言葉だった。


 それは急速に伝播した。

 皆声に出さないだけで考えは同じだった。

 勝つとか勝てないとかの次元の問題ではない。

 ここから生きて帰ることが出来るかを考えるべきだ。


 そして、一人が後ずさりをして、後ろを振り向かずに逃げた時、その場にいたものたちの押さえつけていた感情は決壊した。

 我先にと逃亡を開始する。

 中小と言ってもそれらから集められた精鋭部隊が一気に機能を失った。

 音は立てない。

 殺されるから。

 速やかに迅速に。

 あの化け物の機嫌を損ねないように必死に逃げた。

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