接触


 ツムギによる命令は至極簡単なものだった。

 今現在身元が完全に割れている幹部が三人。

 その三人に敵である陽炎の幹部級が狙いを定めて集まってくる。

 そこを叩け。


 たった、その程度の事だった。

 無論相手もそれは分かっているだろう。

 だが、それでも来ざるを得ない。

 現在は民衆の監視のもとに幹部を抑えているが、もう一人現れれば形勢大きく変わってくる。

 陽炎であっても、幹部級をあたかも民衆に紛れ込ませて攻撃をすることは可能だ。

 何なら、正義の味方を大々的に名乗っている現在、白昼堂々と攻撃できるばかりか、賞賛すら一部ではされるだろう。

 だが、それでも、先に姿をさらしてしまえば視覚外からの攻撃を応援に来た幹部にされる可能性は高い。

 他の構成員のことは幹部クラスを充てるとしたらそこまで深く考える必要はないのだが、相手は幹部だ一人を相手にしてもう一人をと言うわけにもいかない。

 現在急いで単独で現場に向かってくるであろう幹部を上手く合流させることなく交戦できれば数の優位は取れる。

 すでに部下も幹部級の者と潜伏している。

 だが、幹部級の数は両組織とも限られている。

 三か所に均等に向かわせるとして、一人ずつ来ると考えれば、合流されさえしなければ優位に進める。

 

 とにかく、最初に相手の姿を捉えた方が勝つと考えてもいい。


 そして、すでに陽炎の幹部級の一人が川原千佳のもとに駆け付ける人物に弾を撃ち込んでいた。

 持っていた写真と照らし合わせれば、それは確実に幹部の一人の顔と一致した。


「ヒヒッ。幹部の首ゲット」


 写真と見比べてそう言った男は、陽炎でも幹部級の者だった。

 未だ、異能を見せることなく銃を使い幹部を一人仕留めていた。

 

「確かこいつは……あ?」


 そして、倒した幹部がどんな奴だったかを思い出そうとした時、唐突に違和感を覚えた。

 作戦を伝えられた時に見た顔ではない。

 写真と今撃ち殺した相手は同じだが、この写真もこの死体の顔も初めに写真で確認した時に見たものとは少し違う。

 髪型や髪色、服の系統は同じだ。

 だが、記憶していた者とは顔が違った。


(偽物!?)

 

 そう気づいたときには、かがんでいた足を戻して一歩下がった所で警戒するかのように構えを取っていた。

 写真をいつ取り換えられたかは分からない。

 だが、異能か何かを使えば可能だ。

 それを加味すれば、敵を倒して警戒を緩めたところで襲撃される恐れがあった。


 そして、バックスッテプでその場から離れたが、次の瞬間には地面が抉られていた。


「っヒヒッ。誰だぁ?」


 姿を現した人影にそう問うた。


「知ってるから気付いたのかと思ったが?」


 姿を現した少年は、何を今更と言った。

 でも、「まあ、良いか」と言ってから、口を開いた。


「異能倶楽部で幹部をしている。箱波ハコナミだ」


 眼鏡を指で押し上げてそう言った彼の本名は常澄昇利と言って、彼の名乗った名前は自称であった。

 ツムギやユキナの様に二つ名ではない。

 本人的には、こっ恥ずかしいので本名が良かったのだが、流石にそうもいかなかった。

 現在さらされているあの三人は組織に入る前から暴れていたために本名での活動をしているが態々そんなリスクを取る気はなかった。


「箱波……?」


 首を傾げた陽炎の男に今度は、昇利──箱波が問うた。


「で、お前は?」

「ヒヒッ。答えると思ったのか?」

「いいや」


 箱波は男の言葉に対してそう言った。

 そしてなんでもないように続けた。


「まあ、知ってるからな。陽炎の幹部、門浦茂樹……だったか」

「ヒヒッ。良く調べてる」

「情報を掴めないと言っても、お前くらい派手に暴れればわかるさ」


 陽炎、今日電波ジャックを行うまでは、捨てられたアジト程度しか分からないほどに様々なことが秘匿されていた。

 だが、それでも、分からないなりの情報収集はずっとしてきている。

 それも、この男は前科があり、大衆の前で陽炎に入った後も暴れているとなれば、知らないはずもなかった。


「その拳銃も、殺した警官のものか」


 箱波は鋭い眼光で睨んだ。

 門浦茂樹と言えば、元々凶悪な犯罪者として有名だった。

 警察から鹵獲した拳銃で警察を射殺してそれを繰り返した大量殺人犯でもあった。

 そして、異能が現れてからは更にその残虐性は顕著になっていった。

 調べなくたって、ニュースでよく知っているほどだ。


「ヒヒッ。そうだあァ。こいつは盗りたて殺したてほやほやのニューナンブM60」


 門浦はそう言って銃身を舌で舐めた。


「それで……最低でももう一人いるんだろぉが。出て来いよ。ヒヒッ」


 話を変えるように門浦はそう言った。

 実際のところ、確信を持っての発言ではなかった。

 だが、高確率でいると踏んでいた。

 まず、幹部の写真を入れ替えていた奴が一人、そして、先ほど地面をえぐった攻撃をしたものが一人。

 可能性としては、射殺したこの死体だったものが死ぬ間際に異能でも何でもいいが写真を入れ替えた可能性もある。

 だから、先ほどの地面をえぐる攻撃はこの目の前の男の者だと考えて良い。

 だが、そうでなかった場合、不意を打たれる可能性が高い。


 ただ、本当かどうかはともかくとして、箱波はこういった。


「ここにいるのは俺一人だ」







 ◆


 同時刻、同タイミングで、幹部の接触があった。

 異能倶楽部の幹部であるユキナと陽炎の幹部である一人の女だった。

 場所は大通りから少し離れた人気のない雑居ビルの立ち並ぶ区画。

 いわゆる路地裏と言ったところだろうか。

 ビルの陰に入った所で、この女に待ち伏せされていたことにユキナは気付いた。


「ビルの上を一直線に進まずに、入り組んだ道を進むのはこちらに動きを補足させないためでしょう。けれど、はい、残念♡」


 東洋、いや大陸風の顔立ちに若干の西洋の血を感じさせる女は色気を纏ったその声をユキナに向けた。

 それを聞いたあとユキナは言葉を紡いだ。


「先に聞いておきたいんだけど。実は今回の件には全く関係のない人……なんてことはないかな?」


 何を思っての発言か、ユキナはそう言った。

 先ほどのこの女の発言から彼女が少なくとも他三人の幹部のもとへユキナが急行していることを知っているのは分かるだろう。

 もし、この女が全くの関係のない一般人で、先ほどの陽炎の放送を聞いて異能倶楽部の動きを読んで尚且つユキナがここを通ることを予測して来てみた。なんてことは可能性としてあっても真っ先に除外することであろう。

 無論女の方にもそんな思考回路をする脳は積んでいなかったようで一瞬キョトンと小さく首を傾げた。

 それからうっすらと笑ってその問いに答えた。


「ふふっ。大丈夫よ。私はあなたが異能倶楽部幹部の雪花せっかであることを知っていわ。それに私だって陽炎の幹部の一人でリリーと言うの」


 何か可愛いものを見るような目でそう言った。

 そして当のユキナもその言葉を聞いて「そっか」と黒髪に入った白いメッシュを揺らした。


「じゃあ、攻撃してもいいんだね」

「当てることが出来るのならね」


 女──リリーはユキナの言葉にそう返してスカートに入ったスリットをたくし上げるような仕草をした。

 次の瞬間、その場に急速に広がるのは薄く色のついた煙と甘い香り。

 ユキナは咄嗟に鼻と口を塞いだ。

 恐らくこの香りは異能による現象であると即座に仮定する。

 効果は分からないが、恐らく嗅ぐ、あるいは吸い込むことで効果を発揮するものだろう。

 触れた時点でアウトであればどうしようもないのでそれは除外する。


「反応が早いのね」

むむむむ~!匂いだけじゃなくて色がついてるからね

「何を言っているのか分からないわ」


 ユキナは次の一手を警戒する。

 相手はユキナの二つ名を知っていた。

 で、あれば、異能の大まかな詳細もバレていると考えて良い。

 ユキナの場合、二つ名は異能に関してつけられたものだからだ。

 そして、こちらは相手の異能を知らない。

 恐らく異能が効かないとなれば接近戦を仕掛けてくると見て良い。

 幹部級となれば、そもそも異能の強さに比例して理力の身体強化もうまいはずだ。

 すぐに切り替えて接近戦に持ち込んでくるだろう。

 だが、それでも、可能性としてこの煙、つまり気体の物質化も考えられる。

 空気中の気体を槍のようにして刺すとかもなくはない。

 極めて可能性は低いが。


(とにかく今は様子見!)


 一瞬のうちにそう判断したユキナであったが、次の瞬間、彼女の耳にリリーの声が届いた。


「別に、その煙が私の異能だとは言ってないわよ」

「っ!?」


 声と同時に、左側──つまり、壁から銀色に輝く何かがユキナを襲った。

 突き刺さんと放たれるのは、剣の刀身。

 まるで、コンクリートの壁から這い出るようにしてユキナを襲った。

 それは着実にその勢いをユキナのわき腹に与えた。


「あら、そんな可愛いなりをしていても幹部ね♡」


 リリーは、視線を剣が貫かんとしたユキナの腹に向けた。

 そこには、刃から身を守る様に氷が氷結していた。

 攻撃を受けた一点だけを即座に守る技術にリリーは面白そうに笑った。

 煙がはけて通った視界からは、そんな顔が見えた。


(危なかった)


 恐らく先ほどの煙も視界を遮るための役割もあったのだろう。

 視界の端でとらえにくい攻撃を更に、視界に妨害によって確実なものとしようとした。

 そんな事実に気付いたユキナは改めて、気を引き締めた。

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