銃声


 現在作戦予定時刻を待たずして、異能倶楽部と陽炎の衝突が起きていた。

 だが、先手を打たれているとは言え、六大組織にまで上り詰めた異能倶楽部が何もせずに黙っているはずもなかった。

 実質的な指揮をしているツムギは新たに幹部たちに指示を出した。


 陽炎による一方的な攻撃をされている現在であるが、それでも彼方がこちらに手を伸ばすと言う事は、こちらからの視認だって不可能ではないだろう。

 ましてや、今回の幹部を狙った攻撃を考えれば、写真をばらまかれた三人の幹部以外の幹部を狙ってくる可能性が高い。

 恐らく、異能倶楽部の中枢を破壊することにより、組織の壊滅、少なくとも大打撃を与えるつもりなのだろう。

 異能倶楽部は、幹部や上位の階級の物を除けば、どうしたって自主性がなくなる。

 暴走の防止や正確な作戦実行のために意図的にそうなっているとは言え、言われた通りにしか動けない者たちが指示を出す立場にある者たちを奪われてしまえば、それは本当にただの学生の集団へとなり替わる。


 そして、幹部を倒さんと送られてくるのだからそこに当たられる人員は自然と陽炎と言う組織の中でも強者の部類に入るだろう。

 つまり、陽炎における幹部に相当する者たちが来るはずだ。

 それを狙って逆に陽炎に痛手を負わせることが異能倶楽部における今現在の方針だった。

 ただ、彼方は恐らく幹部級が出て来るにしても部下を連れてくる可能性は高いだろう。

 多勢に無勢で押し切られてしまう可能性はもちろんあった。

 

 だが、ツムギは幹部たちの力を信じているのだろうか。

 ためらうこともなく指示を飛ばした。







 ◆


「おい……おい、ヘルマン!聞いてるか」


 暑苦しい男の声に、ヘルマンと呼ばれた少年は顔を上げた。

 煩わしそうに眉間に皺を寄せて、口を開く。


「何だよ?」

「何だよじゃねぇよ。作戦、聞いてたか?」


 ヘルマンに声をかける彼と同じくらいの年の少年──冬廣武彦ふゆひろたけひこは再度問うた。

 それに対して、ヘルマンは「すまん」とだけ言った。


「はぁ。まあいつものことだし良いけどよ。頼むぜヘルマン」

 

 二人とも歳は十九で傍から見れば大学生が会話しているようにも見える。

 だが、実のところそんな日常の一幕、なんてことはなかった。


「なんたって、お前は陽炎のボスの息子なんだから」


「実力的にもお前が一番なんだ。皆の士気のためにもな」と武彦は言うが、ヘルマンはそっぽを向いたあと催促した。

 武彦は頭を掻きながら今度こそ作戦について触れる。


「まあ、作戦つっても大したことじゃねぇ。大雑把に言えば、異能倶楽部の幹部をぶっ倒せって話だ。今、こちらが情報を握っている三人、つまり、梶野桐雅、川原千佳、水ノ上凜也の動きを封じている。だから、俺らで他のやつを叩く」






 ◆

 

 ツムギからの指示を受けた人影はすでに動いていた。

 本来異能を使用する際に使われるエネルギー──一般に理力と言われる──を使い、身体強化を試みる。

 運動能力を大幅に上げたその身体でビルの間を跳躍した。


 裏の世界で異能を操る者の必須技能とも言える身体強化だが、やはりそれを当たり前のように使えると言うのはツムギの教育あってのことだ。

 幹部はもちろんであるが、末端に至るまで良し悪こそあるものの生身の人間からは突出した運動を可能とする。

 

 だが、それにしたって不向きなものもいる。

 例え幹部であろうとも、一般人よりも優れていても大勢で囲まれてしまえば抗えない程度の者も。

 それが、川原千佳だ。

 彼女の場合、理力による身体強化はあまり期待できない。

 オリンピック選手程度の力を出せても、それ以上は望めない。

 一般的に見れば、彼女の身体強化は優れている。

 ここ四年で陸上の記録が飛躍的に塗り替えられた事実がないと言えばわかるだろうか。

 そもそもの話、理力の身体強化は異能組織が独占しているため一般には出回らない。

 それでも、どうにか知り得たとしても、凡庸な人間がそれをしようとも大した力にはならないのだ。

 0.1秒を争う競技で、コンディションだとか風だとかで結果が変わるようなスポーツにおいてもだ。

 「ほんのわずか」を上げるにも値しないのだ。

 それなのに、普段家からも出ずインドアの権化とかした少女がオリンピック選手並みの力を引き出している。

 天才、そう称されるべきなのだろう。

 だが、裏世界で見れば大したことがないと判断される。

 いや、普通、と称される。

 

 もっと上がいる。

 それこそ異能組織と同じように理力を十分に扱う治安維持組織が居てもなお、活動を続ける者たちが居るくらいには。

 そして、幹部には幹部をぶつけると言う至極当然の考えを陽炎が持っているのだとすれば、千佳の相手はそんな人外とも言うべき存在だ。

 民衆に囲まれて身動きが取れない中で、そうなれば確実に詰む。


 それを阻止するために人影は千佳のもとに向かっていた。

 千佳よりも戦闘に特化したものが駆け付けるのが一番の解決策だ。

 出来れば千佳に相手が接触する前に阻止したいところだ。


 すでに千佳の近くには来ている。

 本来なら他の異能倶楽部の構成員がすぐに動けるように近くにいるのにそれも今は意味がない。

 完全に民衆の相互監視で動けない上に、幹部級がいるとなれば肉壁にだってなれるか分からない。

 だから、人影は目視できる位置に囲まれているものの、五体満足な千佳を見つけて胸を撫でおろそうとして──


「ずどーん」


 間抜けた声と共に、体に銃弾が叩き込まれたことに気付いた。

 気付くべきだった。

 陽炎はこちらが作戦を開始するよりも早く、動いていた。

 そして報告によれば、正体を知っていたかのように民衆に潜んでいたと言う。

 なら、千佳の居場所は分かっていたのだから、彼女をそのままにしておくはずがなかった。

 危害が与えられずにいたのだからそれは罠だと気付くべきだった。

 餌にまんまと釣られてしまった。


 人影はビルの屋上に倒れた。


「ヒヒッ。ハラハラリっと」


 銃を降ろした男は引き笑いをした後、軽やかな動きで人影の羽織っていたフードをめっくった。

 さらされた顔を見て更に笑みを深めた。

 そして、手元に取り出した写真を見て口を開いた。


「ヒヒッ。幹部の首ゲット」

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